第1章 栄光の都市
1
(右後方十メートルに敵確認)
脳に直接声が流れ込んでくる。
残る仲間は計五人。それぞれの位置、自分との距離、その間にある障害物。その周囲にいる敵の位置。コンマ数秒ですべてを把握し、設定を完了。脳から声を出す。
(了解)
言うが早いか振り向いて敵を確認。岩に隠れて勝機を窺っているようだが、殺気が微妙に漏れている。隠れているとは到底言えない。足音を潜め、岩の陰から少し出る。相手の左手の人差し指の爪がほんの少し見えた。それに向かってゴム弾を発射する。
(ツヴァイ被弾。訓練終了。訓練終了)
ゴム弾が相手に当たると同時に、そうアナウンスが入る。辺りの岩や砂が消えていく。薄い水色の空間に、緑の線が引かれているだけの部屋に戻っていく。それを待たずにソウは訓練部屋を出ていく。部屋の外には今日の指導教官が立っていた。
(整列)
教官の言葉に部屋から出てきた生徒たちは整然と並んでいく。皆同じ青色の訓練服に、同じような無表情。違うのは胸についているバッジの数だ。つけていない者もいれば、いくつかつけている者もいる。
教官は生徒全員が並んだのを見ると、一歩前へ出た。
(今日の最優秀者はワンであるソウ。よくやった。明日も頑張るように)
教官はそう言って、少しだけ口角を上げた。教官の大きな笑みを見て、他の生徒たちはわかっていたような表情を浮かべる。ソウには教官からバッジが渡される。最優秀者に渡されるバッジだ。ソウの胸にはすでに五つのバッジがついている。つけきれない分は家で保管している。今日も一番古いものを外し、新しいものをつけることになる。
(有難うございます)
(来年には総務部秘書課配属が決まってもおかしくない。この調子で頑張るように)
(はい)
ソウが頷くと、教官の視線が生徒一同に戻る。そして今回の訓練の講評を始める。良策と失策、その都度の動き方を簡潔に説明するものだった。
(本日これにて終了。帰宅)
わかりやすい説明の後、教官の真面目な声が飛ぶ。
(はい)
その言葉に生徒全員が返事をしたのを確認して、教官は部屋を出た。
掌のバッジを見る。鈍色のバッジ。戦闘中に目立たないような色だ。指で覆って握りしめ、そのままズボンのポケットに突っ込む。
(ソウ、今日もさすがだな)
(形勢不利状況における戦闘訓練の課題で、まさか不利側で五人も残して勝てると思ってなかったよ。最後の人差し指の被弾も驚いた)
(教官の言葉、もはやエリートコース確定だ、鼻が高いって意味だろうな)
(ありがとう)
大人しく帰宅した者もいるが、数人がソウの周りを囲む。皆少し口角を上げており、随分興奮しているようだ。
毎日の授業は同期の中からランダムに組み合わされた人員で行う。しかも訓練中は互いを数字で認識する。だから名前を覚えるようなことは少ないが、各学年の成績優秀者は自然と名前が広まっていくものだ。とりあえず話しかけてみる、とりあえず近づいておく。そんな魂胆なのだろう。この街ではそんな媚びより実力が物を言う。いくら優秀者に気に入られたとしても、ある程度の実力がなければゴミ箱行きだ。それは全員理解しているはずなのに、わざわざ行動するのは理解できない。
(銃撃の精度もそうだけど、声の扱いもうまいよな。どんな時でも正確に仲間だけに届けて、敵には悟られない。その設定も誰よりも速いし)
(俺は未だにミスることもあるわ。流石に敵には届けないけど、仲間の一人に届いてなかったりとか)
(戦闘中だとけっこう難しいよな。日常会話とは違うし。コツとか教えてくれよ)
(常に敵や仲間の位置を把握するようにしておけば、対応が楽だと思う)
次々と発される言葉に淡々と返す。周りの者は一瞬目を丸くして、すぐに目を細めた。(それができたら苦労しないわ)と皆が笑いだす。先程より口角を上げている者、中には歯を見せている者もいる。参ったなとでも言うように頭をかいている者もいる。
豊かな表情だ。ソウは一人、無表情のままで同期を見つめる。
(今日は訓練ありがとう。また会う日が来たら)
十人十色な表情に向けて短く言葉を発する。別れの声を聞きながら訓練部屋を出た。
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