第四話:希望の代理人
――問一、魔獣や魔人と呼ばれる存在とは如何なるものか?
「呪層に適応した生き物だろ。
強い奴ほど、呪詛の濃い場所じゃないと生きられない。
だから呪層の外を汚染して、生存圏を広げようとしてる」
問二、魔獣と魔人を区別する要素は?
「知恵のある無し。
魔獣はどんだけ強くてもケダモノだが、魔人は最低でも人間並みには賢い」
問三、そんな魔獣と魔人に共通する特徴は?
「
問四、呪紋とは?
「一定以上の呪詛を溜め込んだ魔獣、魔人が発現する特異能力。
人間――勇者の持ってる聖痕に近いけど、まったく別物だ。
魔王が与えてるって説もあるって聞いたことあるが、そっちは詳しくない」
問五、聖痕とは?
「人間が神様から貰った奇跡の欠片。
教会の
聖痕を持つ勇者じゃなきゃ、呪詛には長く耐えられない。
呪詛に耐えられなきゃ、魔獣や魔人と戦うのは難しい。
だから、呪層に挑むのは勇者でなくちゃならない」
「……ふむ。基本的な知識に関しては、特に問題はなさそうだね」
自動的に浮かび上がる光の文字。
そこに描かれた問を、一つ一つ答えていく。
《奇跡》を用いた自動筆記で出題を続けながら、サーレは小さく呟いた。
「これ、まだ続けるのか?」
「今の君はとても稀有な事例だ。
どこにどう不具合が生じるか分からない以上、確認は慎重にしておきたい。
……けど、少し意外だったな」
「何がだ?」
「君も、怒るかと思ってたよ」
「…………」
思い出されるのは、廊下での一幕。
激昂した仲間――イグナールに詰め寄られる、サーレの姿だ。
今ならば理解できる。
サーレは自分だけの判断で、カイネの亡骸を使って俺を《転生》させた。
いや、俺を利用して死んだカイネを生き返らせた、と言った方が正しいのか?
どちらにせよ、教会を預かる高位聖職者としてはあり得ない所業だ。
怒って当然だし、俺もブチギレて然るべきかもしれない。
……けど。
「怒ってない、わけじゃない」
「なら」
「お前にキレて殴りかかったところで、今の状況が変わるわけじゃないだろ」
現状を受け入れたと言うべきか。
それとも、単に諦めただけと言うべきか。
死んで、カイネの身体に入ってしまったことは驚天動地の事態だ。
けど、『どうしようもない現実』とやらにブチ当たることには慣れている。
我ながら、なんとも情けない特技だと自嘲するしかない。
「……そうか。あぁ、君の言う通りかもね。
すまない、本当に」
「謝るぐらいなら最初からやるなって話になるだろ」
「まったくだね」
笑う。
サーレは、乾き切った砂のような笑い方をする。
……カイネと同じ顔、同じ声で。
まったく違う言葉を喋る相手に、彼女はどんな想いを抱いているのか。
俺は勇者には――カイネにはなれない。
彼女が抱えているだろう罪悪感を、どうしてやることもできない。
心臓が、また微かに痛んだ。
「……問六、教会について知っている限り説明せよ、か。
《教会》は聖痕を与えた神様と、その奇跡を信仰してる組織だ。
《帰還》の奇跡がなきゃ、呪層の探索はもっと危険なはずだ。
ギルドとも協力関係で、《都市》の運営にも関わってる」
「なら、ギルドは?」
自動筆記が問を出力するより先に、サーレが直接問いかけてきた。
気にせず、こちらも答えを口にする。
「ギルドは、名目上は呪層に挑む探索者たちの互助組織だ。
幾つかある審査さえ通れば、制度上は誰であっても登録することが可能。
実際のところは、聖痕持ちの勇者を《都市》側が管理するための組織だけどな」
「《都市》については?」
「……何百年以上も前に現れた、八柱の魔王。
奴らが地上に現れ、一番強力な呪いで汚染したことで発生した呪層。
これの拡大を封じて、最終的には攻略することを目的として築かれた城塞都市のことだ。
最初はもっとあったけど、今は全部で七つだけ……だよな?」
「そうだね。呪層の拡大を抑えきれず、《都市》ごと呑み込まれて滅んだ国も多い。
我らが
……うん、一先ずこんなところで良いかな?」
「終わりか?」
「あぁ、十分だよ。記憶障害が起こっているのは、君が死んだ前後のみ。
あとは大きな異常はないようだ」
「…………」
死の記憶だけが、すっぽりと抜け落ちている。
これはこれで、なかなか嫌な感覚だ。
自分が何故、どうやって死んでしまったのか。
思い出しても気持ちの良いもんじゃないだろうが、覚えてないのも不気味だった。
「……君の魂と精神、それと記憶に関しても、《転生》の聖痕は保存しているはず。
にも関わらず、君は自分の死の瞬間を覚えていない。
これはなかなか奇妙な話だね」
「おかげで、死んだって実感がまるでないんだよな」
「それはあった方が良いのか、ない方が幸せなのか、なかなか判断に苦しむところだね」
俺の言葉を聞いて、サーレは苦笑いを浮かべた。
実際、どっちが良いかと聞かれたら答えに困るよな。
ともあれ、理由が分からないことばかり悩んでも仕方がない。
大事なのは、この先のことだ。
「……サーレ、もう一度聞かせてくれ。
魔王が生きてる可能性があるってのは、事実なのか?」
「間違いなく、とまでは断言できない。
ただ、その可能性は極めて高いと考えてる」
それは、記憶障害を確認するテストを行う前。
過ちだと知りつつも、サーレがカイネを――俺を、生き返らせた理由。
カイネが相討ちの形で討伐したはずの魔王。
それがまだ、生きてるかもしれないというのだ。
「呪層の中心部、魔王がいる最深部とその周辺。
これらの呪詛の汚染度が急激に低下したことは、さっき説明したと思う。
魔王が死なない限り、こんな現象は起こり得ない。
……けど、その減少が突然停止してしまった」
「だから、魔王はまだ生きてるかもしれない、と?」
「可能性は極めて高いと、そう言うしかないね。
上昇する兆候が今のところ確認できないのは、幸いと言うべきなのかな」
ハッキリとしたことは、何も言えない。
それはサーレであっても変わらないようだった。
本当に、まだ魔王が死んでいないのか。
もし死んでいないとすれば――。
「……トドメを、刺さなくちゃならない」
「…………」
「フォルテ、君も知っているだろう?
魔王が地上に現れてから数百年。
人類は、未だに一柱の討伐も成功してない。
だからこれは、かつてない偉業なんだ。
カイネは奇跡を起こした。
前人未到の呪層の奥底に到達し、魔王を討ち果たしたんだ。
その奇跡が、彼女の犠牲が、無駄になるかもしれない、なんて」
サーレの声は震えていた。
気付けば、俺は彼女の方に手を伸ばしていた。
声と同様に震える指先が、縋るように俺の手を掴んだ。
「――認められない。希望が、奇跡が、消えてしまうなんて。
それじゃあ、何のためにカイネは死んだんだ……!
こんなの、堪えられるわけがないだろ……!?」
「……そうだな」
堪えられない。
当然だ、堪えられるはずがない。
大切な誰かの死が、無駄死に終わるかもしれないなんて。
過ちと知りながらも、それでも間違いを犯したサーレ。
彼女の気持ち、その一端ぐらいは俺も理解できるつもりだ。
カイネという希望の光は、それほど大きかった。
「……魔王討伐の時、ボクは足手まといだから最初に離脱したって話したろ?」
「……あぁ」
「そもそも、同行するのもかなり無理を言って認めて貰ったんだ。
ボクは稀少な《治癒》の聖痕持ちで、教会の《奇跡》の扱いにも長けてる。
魔王討伐で、ボクの力は絶対に必要だって」
「…………」
……サーレは、自分を足手まといだと言っていた。
けど、実際のところは違うはずだ。
傷や病を癒やすことできる《治癒》の聖痕。
《聖痕》の力を模した、それに近い現象を発現できる教会の《奇跡》。
それらの扱いに長けてるなら、確かに魔王討伐では大きな力となるだろう。
けど、サーレ自身も口にしている通り。
《治癒》と《奇跡》、その二つを同時に使える人間は稀少過ぎる。
少なくとも、最強の勇者であるカイネと同等。
教区長という立場も加味すれば、それ以上に失うわけにはいかない人材だ。
サーレも、きっと分かっている。
分かった上で、その道理を蹴飛ばせなかった自分を嘆いていた。
「何もできなかった、なんにもできなかった。
イグナールたちはまだ、魔王と戦うところまでは行けたんだ。
けどボクだけは、魔王の顔すら見てないんだ」
「…………」
「だから、やれることをやったんだよ。
間違いだとか、過ちだとか、そんなのは当然分かってる!
だけど他にどうすれば良かった!?」
「……サーレ」
「せめて無事を祈っていた時に、目の前にカイネの死体が《帰還》してきた!!
絶望で目の前が暗くなるって、アレほんとだったんだね!!
どれだけ祈っても、絶望しても、カイネが死んだ現実は変わらない!!
こんなにも何かを呪ったのなんて、生まれてはじめてだよ……!」
「サーレ!」
強く呼びかけると、白い肩が小さく震えた。
血の気が失せ、冷たくなっている指先を、痛みを与えない程度に握り締めた。
「少しは落ち着いたか?」
「……あぁ、ありがとう。フォルテ」
俺の名前を呼んだ時。
口から出そうになったのが、『カイネ』の名であること。
気付いていたが、それに触れることはしなかった。
サーレは、涙で湿った瞳で俺を見た。
「どうか、協力して欲しい」
「……何を、すれば良いんだ?」
「全部だ。
カイネがするはずだったこと、その全てだよ。
厚かましい願いなのは、分かってる。
恨まれ、憎まれても仕方がない。
ボクは君にそれだけのことをした。
それでも、叶えられるのは君しかいないんだ」
縋る指は、俺の――カイネの手に、僅かに食い込む。
罪を告白する罪人のように、サーレは切実な声で訴えかけてきた。
「魔王がまだ死んでいないとして。
これにトドメを刺さなければ、カイネの死が無駄になる。
認められない。
そんなことは、絶対に認められない」
「……俺は、
とても、彼女のようにできるとは思えない」
「だとしても、代わりになれるのは君だけなんだよ」
代わり。
勇者になれなかった俺が、
それは酷い皮肉に思えた。
心臓の痛みを、俺だけが感じている。
サーレは悪くない。
彼女は、失望と絶望に抗うのに必死なだけなんだ。
「希望を、絶やすわけにはいかない。
全ての人たちが、勇者の勝利を、魔王の死を臨んでいる。
……君には、酷い茶番に思えるかもしれない。
だけど、それでも――」
「分かった」
頷くと、サーレは呆気に取られた顔をした。
こんな必死に説得しているのに、俺が受け入れるとは思っていなかったらしい。
気持ちは分かる。
俺自身、全部を納得しているわけじゃない。
「今の俺に、何をどこまでやれるのか、正直分からない。
ただ、無駄にしたくないってのは同じだ。
カイネのことも、それ以外も」
サーレの選択と、カイネの死。
そのどちらもなければ、俺はここにはいなかった。
《転生》の聖痕とやらがあっても、生きた身体がなければ死んでるのと同じだ。
偶然、俺には《転生》の力があって。
それがたまたま、カイネの死と重なった。
……運命なんて都合の良い言葉は、できれば使いたくはなかった。
使いたくはないが、こんな現実、運命ぐらいに思わないと呑み込めない。
「……ありがとう、フォルテ。
本当に、心から感謝するよ。ありがとう」
「礼は良いよ、命を助けられたのはむしろこっちなんだ。
……それより、ホントにやれる自信はこれっぽっちも無いからな?
あんまり期待してくれるなよ」
「そんなの、大丈夫だよ」
サーレは笑った。
こちらの手を握りながら、それは希望を宿した笑みだった。
彼女の赤い瞳に映っているのは、誰の顔か。
「カイネの聖痕は、輝きを失ってない。
きっと彼女が、君のことを認めているんだ。
だから、何も心配することなんてない。
あぁ、絶対に大丈夫だよ」
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