第45話 エピローグ

 王城の第二塔頂上、辺境伯とその夫人が居なくなった場所。

 静寂に満たされた場所でエミリアは項垂れていた。


(……行ったわね)


 彼女の頭に反省の二文字はない。

 また、大人しく捕まるつもりもなかった。


 あぁ、認めよう。

 自分は負けた。完膚なきまでに負けた。


 大変に腹立たしいが、あのアイリ・ガラントにまんまとやられたのだ。

 もはやこの国で生きることは出来ないだろう。


 だが、それがなんだ?

 自分にはこの美貌が残っている。

 他国へ落ち延びて力をつけ、改めてアイリに復讐すればいい。

 そのためならどんなに情けなくても生き延びるつもりだった。


(こんな時のためにリチャードに王族専用の脱出路を聞きだしておいたのよ)


 おのれの勝利を疑わないが、負けた時の逃げ道は用意する。

 小賢しい知恵を巡らせたエミリアは辺境伯の気配が消えるのを待っていた。

 幸いにも、彼らがここを出ていく際、なぜか・・・氷の壁は溶けて消えている。


 逃げるなら。


(今よ……!)


 立ち上がって振り返った瞬間だった。


「え?」


 どす、と胸に熱い衝撃が走った。

 何かがぶつかる。地面に倒れて誰かが馬乗りになる。


「は、はははは! お前のせいだ。お前が、お前が選んだ道なんだ……」

「あな、た……」


 狂人のごとく瞳を濁らせたリチャードがそこにいた。

 彼が持つナイフは、エミリアの胸内部に深く突き刺さっている。


「お、おわりだ。僕とお前はもう、終わりなんだ……」

「ぁ……」


 本当に、終わるの?

 こんなところで? こんな男に殺されて?

 いや、いやよ。誰か、誰か、誰か。


「たす、けて……」


 エミリアを助ける者は誰も居ない。

 狂人の笑い声だけが、彼女の聞いたすべてだった。







 ◆







「あれ? 何も見えなくなった……音も聞こえないわ」


 シン様にもらった映像眼鏡の調子が悪くなって私は首をかしげる。

 作戦を終えた今、もう用済みと言えば用済みなのだけど。


「もうちょっとこれでシン様と話すのも楽しそうだったけど……」

「呼んだか?」

「へぁ!?」


 突然後ろから抱きしめられて私は飛び上がる。

 慌てて振り返れば、悪戯っぽく微笑んだシン様が居た。


「お疲れ様、アイリ。よくやったな」

「私、お役に立てましたか?」

「あぁ。もちろん」

「そうですか」


 社会的暗殺のお手伝いが出来たとしたら嬉しい。

 それが自分を追い込んだエミリアならなおのことだ。

 正直、悪いことをした人間が破滅するのはちょっぴり楽しい。


「あ、それと映像眼鏡これ、なんだか調子が悪くなったんですが」

「任務が終わったからな。俺のほうで魔力を切った」

「なるほど」

「……クズ共の末路など君に見せたくはないからな」


 ボソ、と呟いたシン様。

 確かに私も、エミリアが憲兵に捕まる姿を見ても楽しいとは思わないかも。

 どうせ最後まで反省もせずに喚き散らして、挙句の果てに脱走を試みるだろうし。


「ところで、さっきのことだが」

「!?」


 私は硬直した。


「にゃ、にゃんのことでしょう?」

「君が俺を好きだと言ったことだ」


 うぅ~~~~~~~~!

 もう、上手く話題を逸らせていると思ったのに!


「そ、それは、そのぉ」

「王都中に声を届けておいてなかったことにはさせないぞ」

「あれはシン様がやったんじゃないですか!」

「そうだったか?」


 そうですよ!?


「なら聞くが……アレは、そういうことと思っていいのか?」

「……察してください」

「あいにくと俺は察しが悪い。君の口から聞くのが一番合理的だと思うが?」

「ゴーリさん……!」


 相変わらずの正論論法で私はぐうの音も出ない。

 こういう時は……そうだ、助けてシィちゃん!

 いちおうの護衛ということで残ってたけど出番がなかったシィちゃん!

 さぁ出番だよ!


「キュオ!」

「シィちゃん!」


 私の足元にいたシィちゃんは仕方なさそうに尻尾を振る。

 でもそれは私を助けるためじゃなくて……普通に部屋から出るためだった。

 いやいやいやいや、シィちゃん!?


「もう逃げ場はないぞ」

「……逃げるつもりもないですよ」


 くい、と顎を掴まれる。

 端正な顔立ちが目の前にあって、だんだんと近づいてくる。

 私は避けなかった。

 それどころか、自分からシン様のほうに唇を近づけた。


「……」


 唇が触れ合うだけの軽いキス。

 それだけで胸の底から絶大な安心感が湧き上がってくるから不思議だ。

 どれくらいそうしていただろう。

 この時間が永遠に続けばいいのになんて思ったところで、シン様が離れた。


「……シン様」

「なんだ?」


 私はシン様の胸元にこてりと額をぶつけて言った。

 まぶたを閉じて、幸せな時間を噛みしめる。


「これからもずっと、私に信じさせてくださいね」

「あぁ、もちろんだ」





 完


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ご愛読ありがとうございました!

ひとまず完結できてほっとしています。

新作を投稿していますのでぜひそちらもお楽しみください!


【宮廷料理官シェラザードの悶々~敵国に売られた令嬢は大嫌いな公爵に溺愛されるようです~】

内容はタイトルのままですね。ちょっとひねった溺愛料理ファンタジーです。

嫌いなやつにだんだんと惹かれていく主人公がちょー可愛くて応援したくなります。

料理のシーンはごはんを食べたくなること間違いなし。

めちゃくちゃ面白いのでぜひ見てくださいね!


それでは、次の作品でお会いしましょう。

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冤罪令嬢は信じたい~銀髪が不吉と言われて婚約破棄された子爵令嬢は暗殺貴族に溺愛されて第二の人生を堪能するようです~ 山夜みい @Yamayasizuki

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