第44話 冤罪令嬢は信じたい
「うーん、何か引っかかるんだよなぁ」
王都憲兵隊隊長は悩んでいた。
彼の前には半年ほど前に死亡したアイリ・ガラント事件の報告書がある。
間違いなく裏があるとは思うのだが……。
「隊長、まだやってるんですか? もう終わったことじゃないですか」
「あぁ、そうなんだがな」
実はこの隊長、半年ほど前のアイリ・ガラントの不審死を疑問に思い秘密裏に調査をしていた。その結果、世間一般で噂されたアイリ・ガラント像とガラント子爵領での彼女の印象は全く違っていて、ますます疑念を募らせていたのだ。
「どうにか証明できないものか……」
その時だった。どこからともなく声が聞こえてきたのだ。
『ねぇ、エミリア・クロック。あなた、商談に失敗したんですって?』
◆
「この会話、王都中に届けているぞ」
「「は?」」
こともなげに告げたシン様の言葉に、誰よりも動揺したのはきっと私だった。
王都中に届いているとこの人は言った。
うん……あの、聞いてませんけど!?
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は慌ててシン様に声を届ける。
「王都中って…………あの、ほんとですか?」
「あぁ。わざと言ってなかった」
「なんで言わなかったんですか!?」
「敵を騙すには味方からというだろう」
いやいやいやいやいやいや、確かにそうかもしれませんけど!
待て待て、落ち着け。
ふぅ。一旦確認するのよアイリ。
まず今回の作戦内容だ。
今回は私の振りをしたリーチェが絶妙な速度でエミリアを誘導し、私が挑発して自供を引き出す。それを事前に根回しをしていた裁判長のいる、王都最高裁判所に声を届ける手筈だった。
その際、必ず一度エミリアをフルネームで呼ぶように言われた。
……やっぱり王都中なんて言ってないよね!?
「シン様?」
「君に言えば余計な力が入ると思ってな。これが一番合理的だと思った」
久しぶりに聞いたゴーリさん!
いやそうかもしれないけど。
実際そうなったと思うのだけど。
(お、王都中にシン様のことが好きって言っちゃった私って……あぁもう!)
水晶の前で悶える私である。
こんな辱めを受けたらもうお嫁にいけない……あ、もういってたっけ。
「お、王都中、って」
私以上にショックを受けたエミリアが呆然と呟いた。
「どこから……」
「アイリが最初に名前を呼んだところだな」
「……っ」
「この会話も筒抜けだ。残念だったな」
声だけの会話で冤罪を証明するのは難しいかもしれない。
けどそこはシン様だ。きっと裁判所だけじゃなく、貴族社会全体に根回しもしていて、既に準備が済んでいるに違いない。
(社会的暗殺……王子に続いて、エミリアも)
もはや二人が生きられる場所はこの国にはない。
隣国で顔を隠してつつましやかに生きていくのが最良の選択だろう。
彼女がそれを選ぶかはともかく……。
「わ、わたくしは」
「今さら取り繕ったところで、もう遅い」
シン様がリーチェの手を取り、エミリアの横を通り過ぎた。
がくん、と膝が崩れたエミリア。
項垂れて表情の見えない彼女に「あぁそうそう」とシン様は振り返る。
「俺がアイリを裏切ると言ったな? ありえんぞ」
シン様がリーチェの肩を抱く。
私は本当に自分が抱かれているような錯覚を覚えた。
いや、待って。
だって、そんなの。
「俺はアイリのことを、世界で一番愛しているからな」
ぶつん、と魔導具との接続が切れる音がする。
私の目の前の水晶が全部暗くなって、作戦が終わったことを知らせた。
逆に言えば、
「~~~~~~~~~っ!」
かぁぁあああああ、と頭が熱くなって、私はしばらく顔を上げられなかった。
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