第46話 上陸

 1718年5月。

 ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを国王にと望むジャコバイト派を支持し、彼らの力を借りようとしていたヴェインだったが、すでに王室はスチュアート王朝からハノーヴァ王朝へと変わっており、ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを擁護していたフランス国王ルイ14世も崩御したことからその影響力は小さくなっていた。時代の先読みを誤ったヴェインは世の中を逆恨みするかのように海賊行為を広げ、恩赦を受け入れた海賊も敵としていた。

「俺がこのナッソーの巨頭だ。海賊として最後まで略奪を続けてやる。もっと稼いで俺を馬鹿にしたやつらを見返してやる」

 ロンドンで幼少時代から娯楽代わりに罪人の処刑を見て育ったヴェインは情け容赦なく命を奪い、社会に反抗する態度をもっている。彼はジャック・ラッカムやエドワード・イングランドなど恩赦を求めない海賊を仲間とし、フライング・ギャングとして略奪行為を続けていた。

 

 ヴェインの海賊団に加わったラッカムはどうしても大金が必要だった。恋人アン・ボニーの離婚を夫であるジェームズ・ボニーへお金を払うことで成立させ、結婚したいと思っていたからである。(43話 ウッズ・ロジャーズと海賊の喧騒)そのアンも国にへつらう根性なしのジェームズ・ボニーを見切り、海賊行為を続けるラッカムに熱い視線を投げかけてはアバンチュールを楽しんでいた。


 6月。ヴェインはフランス船数隻を拿捕して奪い取ることに成功する。有能な船員として頭角を現していたエドワード・イングランドが船1隻を任されたほかラッカムはヴェインから操舵を任される。その後も次々と船を拿捕し乗り換えていった。ヴェイン率いる海賊たちの勢いはとどまることを知らず、海の安全を脅かしていた。


「恩赦を受け入れた臆病な奴らに海賊の本気を見せてやれ。いいか、もう奴らは仲間じゃねえ!俺たちの獲物だ。遠慮なく潰していこうぜ」

 この勢いに乗ったヴェインは手下にとって英雄だった。いくらでも稼ぐことができ、夢をかなえてくれる英雄だった。あの冷酷非道でしかないヴェインだが、身分や出身をものともせず海賊行為を繰り返し成果を上げている頼もしい海賊なのである。



 拿捕と略奪を繰り返すヴェインの噂は船乗りたちを通して各地に広まり、または新聞によって知識層にも広まる。そしてあの男の耳にもヴェインの噂が入った。

 バミューダのベネット総督の下に現れたその男はあることを提案する。


「ベネット総督閣下、かつての私の部下が我が物顔で海賊行為を行っていることは師匠として非常に胸が痛むものであります。弟子の始末は師匠である私がするべきではないかと考えております。私掠免許をいただき、ヴェインの討伐にあたりたいと思いますがいかがでしょうか」

 そう言ったのはヴェインのかつての師匠であり海賊共和国の2大巨頭のひとりだったヘンリー・ジェニングスである。ジェニングスは国王の恩赦の布告を受け入れ、アシュワース船長や仲間とともに投降していた。戦時中は私掠行為で国へ貢献しており、その腕をヴェイン討伐に活かそうというのである。

「確かに君ほどの男がこのまま遊んでいてももったいないと私は思っている。ただ、ヴェインたちの討伐は海軍に任せておけばよいと私は思う。まあ……そうはいっても戦争が終わった今でも各国との関係は微妙なものだ。いつかまた私掠船として活躍してもらうかもしれないな」

 ベネット総督は政治の流れから私掠船が必要となる日は近いとみていた。


 やがてベネット総督の決断により、ジェニングスとアシュワースは新たに私掠免許を受け取り海へでることとなる。



 1718年7月。

 海賊共和国としての基盤が揺らぎ始めていたニュープロビデンス島ナッソーでは、先遣隊が逃げてしまったことで気をよくしたヴェインが勢力を広げていた。グリンクロス島を第二の海賊共和国とする計画が順調に進んでおり、ナッソーがその用をなさなくなる前に次のステージへ進もうとも考えていた。

 あの”黒ひげ”エドワード・ティーチが北アメリカ植民地あたりを荒らしていると聞き、彼に会いたい、共に海賊団として強化したい思いもある。

「まだまだ俺たちの獲物が世界中にあるんだ。カリブ海と北大西洋だけがステージじゃねえ!もっと稼いで恩赦を受けたやつらを見返してやろうぜ」

 ヴェインが仲間たちに声をかけるとその場の海賊たちが次々に声を上げる。ヴェインは次のステージを南アメリカのブラジルとし、同じく海賊行為を繰り返しているコンデントやフランス人海賊のルバスールと合流し、更なる活動をするべく航海の準備を進めていたのである。


 

 7月22日。ナッソーにとって歴史的な日が訪れる。

 ブラジルへの出帆準備をしていたヴェインたちはナッソーの沖合に船団の姿を見かける。それは4月にロンドンを出てナッソーを目指していたウッズ・ロジャーズの船団だった。ウッズ・ロジャーズは海賊からナッソーを奪還し、海賊の一掃を国王から任されている。船団には海軍の船や植民をする移民たちや生活に必要な物資を乗せた船もあった。

 ウッズ・ロジャーズの船団にいる3隻の海軍の船はここで奇襲をかけてヴェインの船1隻を拿捕する。いきなりのことで慌てたヴェインだったが、まだ余裕が無きにしも非ずだった。

「なんてこった!俺たちにケンカを売る気か!あの臆病なピアース同様に奴らを追い出してやる」

 ヴェインはそう言ってあざ笑う。しかし船団の規模を見てウッズ・ロジャーズがそう簡単に引き下がらないと感じた。

 ともかく今のヴェインは自称ナッソーの総督である。海賊たちをまとめているつもりだった。そこでまずはウッズ・ロジャーズと交渉しようと考え、アン・ボニーの夫であるジェームズ・ボニーに手紙の代筆を依頼する。

「頼みがある……。俺の言うことを手紙に書いてくれねえか」

 教育を受けることがなかったヴェインは読み書きができなかった。そしてそれは当時として珍しいことでなかった。読み書きできるだけで尊敬され、一目置かれた時代である。これで計算能力があればさらに有用だった。

 ジェームズ・ボニーに手紙を書いてもらったヴェインはある行動に出る。

 

 

 ナッソーには先遣隊のピアーズが訪れていた時に投降し、恩赦を受け入れた者がいる。ホーニゴールドもそのひとりだ。ヴェインが海賊として名を挙げていくなかで、恩赦を受けたホーニゴールドは本格的なナッソーの掌握と植民という大きな目的をもってやってくるウッズ・ロジャーズに仕えるべく、しばらく様子を見ていたのである。それはホーニゴールドだけでなく、海賊を志願してナッソーへ来たものの利害関係を考えたジェームズ・ボニーも同じだった。彼も役人に仕えて身の安泰と生活の安定を願っていた。(37話 ヴィンセント・ピアースの上陸と海賊の残党)

 恩赦を受け入れたホーニゴールドたちも新たな動きを見せることとなる。


 

 ゆっくりと海賊共和国ナッソーへ近づいていくウッズ・ロジャーズの船団。

 ナッソーの港が見えるとウッズ・ロジャーズは国王からの命令を胸に、ナッソー掌握の成功を何度も心の中で神に祈る。


(善人が悪に負けるようなことがあってはならない。神よ、我らを守り導き給え)


 海賊の自治による海賊共和国として名をはせたニュープロビデンス島ナッソーに新たな局面が来ていた。巨頭のひとりだったホーニゴールドが海賊の自治の先に望んでいたもの、それは善人がすむ島ナッソーへの転換である。奇しくもナッソーを掌握し植民を成功させようとするウッズ・ロジャーズの目的と似ていた。

 ウッズ・ロジャーズも国王から海賊根絶の命を受けており、海賊掃討という大きな仕事が植民成功のカギを握っていると理解している。

 海賊たちを力に頼らず改心させるには宗教の力が必要だと考えているウッズ・ロジャーズは積み荷の中に宗教のパンフレットを積んでいた。神の言葉なら、神の教えなら海賊たちの道徳心を呼び起こすことができると考えたのである。



 7月24日。ウッズ・ロジャーズはナッソーの総督を名乗るヴェインからの手紙を受け取る。

「ほう……、国王陛下が認めている総督ならわかるが自分でそう名乗っているだけだろう。愚かしいにもほどがある」

 そう言って文面を読む。それは取引をしないかという内容だった。しかしウッズ・ロジャーズは文面の中にある単語の間違いを見つける。

殿の書いた手紙ならこうした間違いはないと思うが」

 そう言って間違いを指摘すると手紙を届けたジェームズ・ボニーは顔を赤らめた。

「……申し訳ありません。ヴェインは文字の読み書きができないので私が代筆しました」

 ジェームズ・ボニーの言葉に納得したウッズ・ロジャーズはこう言い放つ。

「交渉であるにせよ、文字の読み書きができず代筆を頼む奴とまともに話ができるとは思わぬ。この手紙は返す。我々の目的はナッソーを善人の住む島として植民を成功させることだ。国王陛下を相手にするというならそれ相応の文字の読み書きと知識を得てからにしたまえ。そのようにヴェインに伝えてやれ」

 ウッズ・ロジャーズは決してヴェインを馬鹿にしたわけでないが、交渉するなら人を介せず相手のもとへ出向くのが筋ではないかと言いたかったのである。しかしこの真意をジェームズ・ボニーは理解せず、ただ手紙を突き返されたことや文字の読み書きができないヴェインをと伝えたので交渉の機会は失われてしまう。



 ウッズ・ロジャーズに同行していた3隻の海軍の船は200名ほど乗員がおり、ナッソーの沖合にある島を利用して2つのうちひとつの入り口を停泊を封鎖した。そうすることでナッソーの海賊たちを威圧し続け、余計な騒動を避けようとしていた。

 

「海賊の手紙は受け取らねえって事か?全く人を馬鹿にしやがって……これだからお役人や金持ちを許すことができねえんだ。おめえらよりも海賊のほうが賢いってことをわからせてやらなきゃならねえな」

 手紙を突き返されたヴェインははらわたが煮えくり返るような悔しさと怒りでいっぱいだった。どうしてもウッズ・ロジャーズにお返しをしてやらねば気が済まなかった。


 港にはヴェインが海賊行為で拿捕したフランス船が停泊しており、ヴェインは部下に命じてタールや松脂をぬたくらせると、今度は可燃性の荷を積んだ。

「本当にやるんですかい?せっかく拿捕したのに何かもったいねえな」

 ヴェインに命じられて作戦を実行している部下たちはヴェインの思い切りの良さに感心する。

「いいんだよ。お役人様は頭が固いんだ……。海賊は何かを失ったら奪えばいい、拿捕した船のこういう使い道があるってことを教えてやんねえといけねえ」

 ヴェインは拿捕したフランス船の仕上がりに満足していた。ウッズ・ロジャーズ側はこうした船の動きの意味をつかめず、望遠鏡で時々様子を見ているだけである。


「さあ、やろうぜ!」

 ヴェインは部下に命じると拿捕したフランス船の錨を切り、即座に火を放った。すぐさま海へ飛び込むヴェインと仲間たち。タールや松脂があちこちに塗られた上、可燃性の荷まで積んでいるフランス船はたちまち火の船と化し、火の勢いや風に任せて港を移動しながらウッズ・ロジャーズの艦隊へ近づいていく。

 ウッズ・ロジャーズの艦隊は自分たちへめがけて漂ってくる火の船に大慌てだ。ここでうかうかしていたら自分たちも道連れとなってしまうだろう。

「逃げろ!こっちが危ないぞ」

 ナッソーの港のひとつの入り口を海上封鎖していた艦隊は急きょその場を離れるべく乗員たちが錨を巻き上げようとしている。

 

「わはは……あの慌てようはなんだよ、あれが海軍様かい?」

 仲間により船へ引き上げられたヴェインと部下たちは大笑いである。そしてこれに飽き足らないヴェインがさらに命じる。

「さあて、俺たちから花火の贈り物だぜ」

 ヴェインの船、サン・マルタン号からいくつもの砲弾が放たれる。


 ドーン!ドーン!


 猛火の無人船だけでなく砲撃までされた海軍の乗員たちはパニックになっていた。

「急いでこの場を離れろ!錨を切れ!」

 ウッズ・ロジャーズは停泊していた船の錨を切ることを命じる。猛火の無人船が自分たちにぶつかれば船火事以上の被害がでるだろう。それは避けなければならなかった。国の財産である船を失うわけにはいかなかった。

 

 

 ヴェインの船、サン・マルタン号は海軍の船を砲撃し威嚇しながらナッソーの港を出ていく。

 だが、ヴェインは海賊としての働きを忘れていなかった。

 海軍たちがパニックになっているどさくさに紛れてスループ船キャサリン号を奪ったのである。キャサリン号のイェーツ船長も無理やり仲間に入れられた。


 こうしてヴェインはナッソーの港をでてウッズ・ロジャーズの手から逃がれただけでなく、ついでにキャサリン号を奪うことに成功する。

 猛火の無人船と砲撃を何とかわしたウッズ・ロジャーズはサン・マルタン号とキャサリン号の追跡を命じたが、自分たちの状況を考えると彼らを捕らえることは出来なかった。



 追跡してくる海軍の船をまいたのを確認したヴェインは笑いが止まらなかった。

「これが海軍様の仕事か?ガキじゃあるまいし、なんて間抜けなんだ。俺たちのほうが賢いんだよ、思い知ったか」

 それでもまだウッズ・ロジャーズから馬鹿にされた悔しさがあり、彼は後日嫌がらせの手紙を代筆してもらい、送りつけた。こうして無事に外海へ出られたことにより、ヴェインの最後の一花といえる海賊行為が幕を上げる。



 ウッズ・ロジャーズは負けたのか?たしかにヴェインを捕らえることは出来なかったが、彼の目的はナッソーの掌握と植民の成功であり、総督としての仕事だ。

 抵抗勢力であるヴェインがナッソーを去ったことにより、ウッズ・ロジャーズはバハマ諸島総督としてナッソーを掌握することができたのである。


 海賊共和国ナッソーはウッズ・ロジャーズを迎えたことにより新たな歴史が始まった。

 

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