第45話 協力要請

 最後の立ち寄り地であるジャマイカで久しぶりにグリーン副長と会ったマリサたち。何やら問題が起きているようでそのまま海軍の事務所へ案内される。

 

「久し振りだね。また会えてうれしく思うよ……といった悠長な挨拶はさておいて、君たちはグリンクロス島で起きていることを知っているか。商売で港へ入っているところを見ると何も知らないようだが」

 そう言ったのはグレートウイリアム号のベイカー艦長だ。その場にはアストレア号のスミス艦長、そしてグリーン副長とスパロウ号の正式な艦長であるエヴァンズ。ほかにも以前マリサたちとともにジャマイカへきて恩赦を受けていたノズアーク号のエズラ船長の姿もあった。思わぬ顔ぶれに戸惑いを隠せないマリサたち。

 

「いったい何が起きたんです?あたしたちは真面目に商船として従事しており、グリンクロス島へはここの用件が済み次第向かう予定でした」

 マリサはそう言ってベイカー艦長に詰め寄る。

「よく聞いてくれ……いいか、グリンクロス島は海賊団に襲撃され占拠されてしまった。ウオルター総督が人質に取られているのは確かだ。グリンクロス島の港では我々から奪ったスパロウ号が要塞として出入りする船を監視、威嚇している。事のいきさつはここにいるエズラ船長が見ている。彼らは恩赦を受けた裏切り者として海賊から攻撃を受け、島から逃げてきたのだ」

 ベイカー艦長が話し終えるとマリサの体が小刻みに震えた。グリンクロス島の情況を知らずにいたマリサたち。費用と利益ねん出のため立ち寄り地を多くしていたことが災いしたのか。

「他にも船乗りたちの話から状況が入っている。グリンクロス島は第二の海賊共和国として位置づけられ、拠点とする海賊が増えているそうだ。今、一般の商船はグリンクロス島へ入らなくなっている。海軍の立ち寄り地でありながら平穏な島であることに我々は注視を怠ってしまったのだ。ともかくグリンクロス島の情況を考えるとスパロウ号の奪還を急がねばならん。そしてウオルター総督と島を解放するのだ」

 ベイカー艦長が話し終えるや否やマリサは部屋を飛び出そうとしオルソンに止められる。

「離せ!オルソン。助けに行かなきゃ……。総督の屋敷には……エリカが……」

 そう言って涙を流しながらオルソンの胸元をたたく。

「落ち着くんだ、マリサ。私たちが今すぐ助けに行っても返り討ちに会うだけだ。だから準備をして機会をねらえ。……私たちの敵はスパロウ号ではなく海賊団だということを忘れるな」

 これまでになく取り乱すマリサを前にオルソンと息子たちが声をかけていく。


 マリサの心はジェニングス一味から救出したエリカとハリエットをすぐに国へ送らなかったことの後悔でいっぱいだった。海賊の横行がどうのこうの心配せずにさっさと国へ帰らせるべきだった。ウオルター総督の好意に甘えて自分もはっきりと言わなかったのが今回の事件を引き起こしてしまったのではないか……。エリカとハリエットにまた怖い思いをさせたことを考えるだけでも自分が母親失格のように思えてならなかった。


「スパロウ号の奪還は我々の任務であり責務だ。君たちの協力もぜひお願いしたい。ウオルター総督がアーティガル号に渡した特別艤装許可証が活かされる時は今だ。民間の船としてできることがあると信じているしアーティガル号の艤装が自衛に限定されていることを理解している。必要とあらば君たちを援護しよう」

 スパロウ号の正式な艦長であるエヴァンズ艦長も傷がようやく癒えてしっかりとした口調で話している。

「私たちにグリンクロス島へ乗り込めということですか。確かに私たちは何度もあの島を訪れていますが、その前に私たちはナッソーを抜けジェニングスを裏切った形となっております。アーティガル号だけで乗り込むというならそれ相応の覚悟と準備が必要かと思われますがいかがでしょうか」

 オルソンの顔つきが険しくなる。そもそも海賊討伐は海軍の仕事であり、商船として従事している自分たちの仕事ではない。いくら身内を人質に取られているといえ、商船の艤装で乗り込むのは無謀だ。

「言葉が少なくて誤解を生んだのならお詫びしたい。実はグリンクロス島には海賊に抵抗している組織が存在している。ある漁船が漁へでたものの天候不順により難破をして近くの島に救助されている……というかこれはつじつま合わせだ。アーサー船長率いる漁船が危険を冒してまで外海へ出て島の状況を近くの島へ情報を流したのだ。グリンクロス島の占拠と組織のことは補給に入った我々の知ることとなった。君たちはぜひとも組織と繋がって内部から島にいる海賊たちを掃討してほしい。アーティガル号なら商船として島へ入ることができるだろう。我々は幾隻もの海賊船と海賊どもを討伐しながらスパロウ号奪還を目指す」

 グレートウイリアム号のベイカー艦長に話ではシャーロットの警護役として雇われていた元海賊のアーサーが漁船を操っていたらしい。何がどうしてそういうことになっているのかマリサはだんだん腹立たしくなってくる。

「あなた方海軍の要求はあまりにも理不尽で勝手すぎる。本気でそんなことをいっているのですか!」

 興奮が収まらないマリサをアイザックとルークがなだめるが、確かに海軍側の要求は難易度が高い。


「ここであなた方の要求を断れば特別艤装許可証が意味のないものになってしまうでしょう。承知しました……アーティガル号のオーナーのひとりとして船を作戦に使うことを認めましょう。マリサもそれしか方法がないことを胸の内で分かっているはずです。ただ、海賊側がアーティガル号を黙って入港させるとは思えません。島に何かしら必要なものを運ぶ目的であれ、狙われる可能性もあります」

 オルソンはマリサを息子たちに任せて交渉を続ける。

「オルソンさん、島は海賊に占拠されて一般の商船が入港できなくなっている。つまり、生活に必要なものも入らないということだ.アーティガル号は島に必要なものを運ぶためにグリンクロス島へ向かう。君たちは”青ザメ”時代に海賊船でありながら需要に応じて商船として働くこともあった。当然荷と船を守りながらの航海は慣れているとみている。この作戦は君たちでないとできないだろう。頼めるかね」

 アストレア号のスミス艦長はその後グリンクロス島の物資不足の件について説明をしていく。


 グリンクロス島に船で運ばれていたものは島に無いもの、つまり栽培されていない小麦や場所の関係で飼育が限られてる牛、そして木材等だ。海産物は漁師が採ってくるし酒については少量だが作っていた。しかし主食である小麦や肉類(肉としてでなく、生きた牛や鶏を運び、飼育してから食用とする)は数が少なく他所から買うしかなかったのである。

「承知しました。アーティガル号には”青ザメ”時代から乗り込み組という優秀な人材がおります。まずは彼らを組織へ送りましょう」

 オルソンの言葉に思わずはっとしたマリサ。乗り込み組のひとりは自分だ。しかも今オルソンがやっている交渉は、本来頭目である自分がやらなければならなかったのではないか。感情に流されてた自分が情けなかった。

「……オルソン、ごめん……。後のことはあたしがまわしていくよ。自分の役目を忘れるところだった……」

 マリサがそういうとオルソンは息子たちを交えてその後しばらく作戦について話し合った。


 海軍側の話ではおおまかにこうである。

 ①先行として乗り込み組が秘密裏に上陸をして組織と接触する。

 ②アーティガル号は島の情況を何も知らないふりをして荷を運ぶ。

 ③攻撃されれば艤装の使用は認められるがスパロウ号への攻撃は認めない。

 ④海賊の一掃は海軍と協力をする。

 

「敵陣へ単独で突っ込む感じですね……。あたしたちが乗り込んだとして海軍はどのタイミングで攻撃をするのですか」

 さすがにマリサは不安だった。まず敵の数が読めない。

「いざというときは貴族のたしなみを使え」

 マリサの耳元でオルソンがささやく。そのそばでルークとアイザックが笑みを浮かべている。そう、オルソン家は代々毒の守りびとでありそれを継承していた。幼少時代オルソン家の使用人の子として育ったマリサもその一部をオルソンから教わり、実行している。(マリサ・時代遅れの海賊やってます~幼少編~9話 眠れる薔薇の美女)(マリサ・時代遅れの海賊やってます 45話 反撃②)

 

(オルソンの息子たちは知っているだろか……オルソンの求めに応じて彼らの母親を毒殺したのはあたしであることを……)

 マリサはふと心の隅に残っていたものを思い出した。それは貴族社会の闇を見、経験したことだが、少なからず罪悪感はあり時折マリサを苦しめていた。マリサが積極的に毒を使わないのはそれが原因だった。

 オルソンもこのことに気づいていなかったわけでない。いつか真実を話さねばならないだろう……あのときマリサが毒の量を間違えたために妻マデリンは死にきれなかった。とどめを刺したのは自分である。マリサはそれを知らないのだ。

「躊躇するな。迷っている暇があれば剣でも銃でも使え。敵陣へ突っ込むということはそういうことだ」

 オルソンはマリサの肩をたたく。


「では、乾杯と行きたいところだがあいにく業務中でね。いっしょにコーヒーでもいかがですか」

 ベイカー艦長が誘ったがマリサは首を振る。

「フレッドに合わせてください。……会って話がしたい……」

 マリサはどうしようもなく不安だった。またもや総督やシャーロット、エリカ、ハリエットを海賊の争いに巻き込んでしまっている。特にまだ小さなエリカが泣いているような気がし、考えただけで苦しくなった。

「エヴァンズ艦長、どうだろう……せっかく細君が来ているのだからスチーブンソン君に休みをとらせては?英気を養うのも必要だろうからな」

 スミス艦長がそう働きかけたおかげでフレッドの急な休暇が認められ、マリサはフレッドと会うことになった。



 フレッドは置き去りの島で苦楽を共にした士官候補生のクーパーとアストレア号に乗り込んでいた。貴賤結婚の重みで自分を見失い、娼婦を求めていたこともあったが、マリサと和解をし今はスパロウ号奪還を常に考えている。

 

 港沖合に停泊しているアストレア号から小さな渡し船がでる。その人影は徐々に大きくなり遠目でフレッドとわかるほどになる。戦時中、デイヴィージョーンズ号で海賊行為をしていたとき、フレッドが人質兼マリサの監視役として乗り込んでおり、反発しながらもいつしかふたりは愛し合うようになった。マリサの掟に基づく一途な想いと連中を縛り首から守らんとする頭目としての働きはフレッドの心をとらえて離さなかった。


 やがてその人影が確実にフレッドとして認識でき、渡し船から降りて上陸するとマリサは周囲を気にもせずに駆け寄り抱きしめた。

「急な休みをもらい、なんだろうと思っていたがこういうことだったのか」

 フレッドも久しぶりに会うマリサを強く抱きしめ何度もキスをする。

「グリンクロス島のことを聞いて居ても立っても居られない……。エリカとお義母さんが人質に取られている。せっかくジェニングス一味から解放したのにあたしが判断を誤ったせいでこんなことに……」

「それは誰のせいでもない。僕たちがやらなきゃいけないことはそれぞれあるはず。だからそれにむかっていくまでだ」

 フレッドの冷静な物言いがもどっている。もう彼に貴賤結婚の重みはないのだろう。


 互いがいつごろどこの海へいるのかわからず、偶然同じ港へいても艦長の配慮がなければ会えなかったふたり。しばらくは艤装に基づく準備が必要なことから船のことは連中に任せ、その日マリサはフレッドと同じ宿をとった

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