第43話 ウッズ・ロジャーズと海賊の喧騒

 4月にロンドンをでてから一路ナッソーを目指し航海をしているウッズ・ロジャーズ。3隻の海軍の船と入植のための7隻もの船団には130名もの新たな入植者や治安を守る兵士、航海中或いは上陸後に必要な食料や物資など、すぐに植民地としてなりたつように多くのものが用意されていた。

 

 ウッズ・ロジャーズは裕福な家庭の出身で、スペイン継承戦争でも活躍した私掠船の船長だった。船乗り下積みを経て船長となり、1708年には船団を組んで地球を1周した際、南端を目指す中で極寒の地点へ到達している(今でいう南極に近い場所だったと推察される)。また、ファンフェルナンデス島へ置き去りにされていたセルカーク(後にセルカークをモデルにしてロビンソン・クルーソー物語が作られた)を救助して話題にもなった。

 

 彼は長い時間をかけてどうやれば海賊を制することができるか考えていた。

 

(軍隊の力による制圧はそう難しくないだろう。だが、人間を制するならどうか……力による制圧は戦争と同じで憎しみを生むだけだ……。人を変えるには人ではだめだ。神の言葉と神の望む道徳感が必要だ……)

 

 ウッズ・ロジャーズはそれを実行するために積み荷の中にあるものを入れていた。彼は宗教にその答えを求めたのである。それはこれまでに彼が波乱な人生を送っていることが影響していた。

 

 どこを見ても水平線ばかりの海原。コンパス(方位磁針)がなければ船は目的地を見失うだろう。今、自分は船団を率いる船長としてバハマを目指している。大きな目的は長らく海賊共和国として海賊の巣窟となっていたナッソーの立て直しだ。恩赦によって勢力が二分されている今がその好機だ。

 良い風に恵まれたときの航海は気持ちが自然と目的地へ向く。だがそうでないときは躊躇するものだ。


 私掠船船長として戦争にも貢献した自負がある。しかし平等に彼にも不幸が訪れた。私掠船の出資者だったウィートストーン卿が亡くなり航海の赤字を補填できなくなったので自宅を売却することになってしまった。そればかりかおよそ200名の乗員たちへの利益の分配をめぐって裁判となった。稼ぐために行った私掠事業が結果的に自分を破産者にしてしまったのだ。

 


 これまでに何度も入植者の様子を観察した。若い男女がおり、植民地で結婚して家族を持つだろうと期待される彼らの姿にウッズ・ロジャーズは自分の過去を重ねた。

 自分も幸せな結婚をし4人の子どもに恵まれたが、末っ子は残念ながら赤子のうちに死んでしまった。私掠事業の失敗による破産は家族という幸せをも壊してしまう。妻子とはその後別れてしまい、今や孤独な男だ。神を呪いたいとどれほど思ったことだろうか。

 それでもこうして神は自分に仕事を与えてくださった。どのような困難があろうともそれを乗り越えて見せよ、そんな神のメッセージが聞こえるような気がした。


(神よ、私に困難を解決する英知と力をお与えください)

 

 目を閉じて気持ちを落ち着ける。自分が向かっているのは未知の土地でなく『海賊』という困難が待ち伏せている植民地だ。船団には人々の期待と不安、そして使命が乗っている。

 

(大丈夫だ……神は私と共におられる)

 ウッズ・ロジャーズは聖書を胸にすると大きく深呼吸をした。



 

 航海の途中、寄港地で海賊の情報を掴む。同行している海軍の艦長たちはいち早く情報に基づき対応を考える必要がある。

「大変なことになった……。先遣隊として送り込んだピアース艦長が抵抗勢力に負けてフェニックス号と共にナッソーから離れてしまったそうだ」

 この情報は海軍が海賊を制圧する前に戦わずして逃げたということになり、同行している海軍の乗員たちは激しく動揺した。

「このままでは国と国王陛下、そして海軍の威信にかかわる。我らはなんとしてもナッソーを掌握し植民を成功しなければならない。我らはとてつもなく大きな使命を背負っているわけだ。まずは海賊なぞに負けない心を持つんだ。神は我らとともにおられるぞ。国王陛下万歳!」

 艦長のひとりが鼓舞するとほかの2名の艦長たちは口々に神と国王を賛美した。ピアースの撤退とナッソーの状況は船団を率いているウッズ・ロジャーズにも共有される。

 


 その後彼らは具体的な海賊の動向の情報を整理していく。

「抵抗勢力」となっているのは主にジェニングスの弟子だったヴェインとホーニゴールドの弟子だったエドワード・ティーチだそうだ。ほかに海域を南へ移しているウイリアムズもいる。カリブ海だけでなくアメリカ植民地の港や交易の船も狙われており経済的な損失を考えたら猶予もならんだろう。それだけに海賊の拠点となっているナッソーの掌握は重要なのだ」

 同行している海軍の艦長たちは海賊の出没に神経をとがらせている。

「我々の使命はウッズ・ロジャーズの船団を海賊から守り植民を成功させることだ。それを忘れちゃいかん」

 植民の成功は結果的にナッソーを掌握することだ。その後も彼らは海賊の情報分析にあたった。



 こうしてウッズ・ロジャーズの船団が確実にナッソーへ向かっているころ、届かぬ吉報に業を煮やしている男がいた。

 ナッソーから邪魔なピアースとフェニックス号を追い出したあのヴェインである。自分は今や師であるジェニングス以上の海賊だと自負し反抗する者たちを排除していった。それは恐れがあったのかもしれない。

「くそっ!ジャコバイト派(フランスへ亡命をしているジェームズ・エドワード・フランシス・スチュアートをアン女王の次の国王として支持している人々。ジェームズはカトリック教徒だったため王位継承から外されていた。アン女王の崩御によりスチュアート王朝は途絶え、ドイツから遠縁のゲオルクがジョージ1世として迎えられハノーヴァー王朝が始まった)からの応援部隊はまだなのか!手紙の返事だってまだだ!」

 いらいらして周りの椅子やテーブルなどひっくり返し、それでも収まらずピストルで撃ちまくる。周りにいた仲間は自分たちに被害が及ばないように離れて事の成り行きを見守っている。

 ハアハア息を切らし、ようやく落ち着きを取り戻していくヴェイン。

「……どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって……俺が貧しい家の出身だからか?海賊だからか」

 文字の読み書きができないヴェインは社会情勢を知る機会がなく、あっても略奪行為に明け暮れていたため知ることができなかった。


 これまでにもジャコバイト派は国へ反旗を翻して反乱を起こしているが、どれも鎮圧されている。ジャコバイト派が国王にと望むジェームズ・エドワード・フランシス・スチュアートと母メアリー・オブ・モデナは長くフランスへ亡命をしてルイ14世の保護下にあった。しかし1714年にルイ14世が崩御をし、ルイ15世として幼い国王が即位すると保護を得られる確証もなくなりその立場は怪しいものとなっていた。

 そういった社会の流れをヴェインが読み取っていたならば他にも考えようがあったのかもしれないが、ヴェインの周りにはそれを進言する者がいなかった。政治の局面を理解して交渉を行うのは外交に手慣れた役人であり、役人でもない海賊たちには無理もないことだった。


「こうなれば遠慮なく襲撃し略奪するまでだ。もうジャコバイト派をあてにしねえぞ!……俺は俺の力でのし上がっていく。このナッソーを掌握し巨頭となって見下してやる。ウッズ・ロジャーズが来ても俺は恐れねえ。こっちから海賊の流儀を見せてやるからな、恐れるのはお前たちであって俺じゃあない。ナッソーを敵に回したことを後悔させてやる。そう、裏切ってナッソーを離れた海賊も同じだ。国にへつらっているアーティガル号の奴らなぞ真っ先に海の底へ沈めてやるぜ」

 ヴェインはそう言って仲間の一人から第2の海賊共和国計画の進捗状況を聞き、皆で共有する。

「フフフフ……。あははは……。そうか、そうなのか。あのスパロウ号がやってくれたか……。そりゃあ心強い。お前らよく聞け!スパロウ号は途中船を略奪し仲間を増やした。そしてグリンクロス島の総督の屋敷を占拠し総督の身柄を拘束したってことだ。港は海賊だらけだとよ。……フフフ……面白いじゃあねえか。海賊の拠点をふやすなんざホーニゴールドさえやってなかった。ホーニゴールドができなかったことを俺たちはやったんだぜ!さあ、うまい酒を飲もうじゃねえか」

 グリンクロス島占拠のニュースは航海をする船を通じてナッソーへも情報が入った。一般の商船たちは恐れてグリンクロス島へ入港しなくなった。それはグリンクロス島の流通を妨げ、やがて物資不足を招いていく。


 ヴェインに促された仲間たちは連れ立って飲み屋へ行くと思い思いに酒を注文し、浴びるように飲んでいく。その後は娼婦たちの出番だ。娼婦たちは稼ぐことができればよく、刹那的に物事を見ていた。彼女たちの中には海賊にさらわれ、娼婦として輸入された者も少なくない。戦争がおわれば故郷へ帰ることができるかもしれないと淡い希望を持っていた。だが戦争が終わってもナッソーには海賊が住み続けている。海賊におびえながらひっそりと暮らす島の住民や娼婦たちはウッズ・ロジャーズに少なからぬ期待を持っていた。ウッズ・ロジャーズにかける一番の願いはナッソーを海賊の島から心良き人々の住む島へ帰ることだった。それは海賊の巨頭として海賊共和国の自治を守っていたホーニゴールドの願いと同じだった。

 

 

 巨頭のひとりだったホーニゴールドはうまくピアース艦長とかみ合っておらず、ヴェインに自由を与えるように進言したものの、真意をつかめないヴェインを狂暴化させてしまった。巨頭としての地位を失いながらもひっそりとホーニゴールドは機会を狙っていた。ピアース艦長の後からくるウッズ・ロジャーズとその船団が本命だからである。


(このナッソーを海賊が住みついた島として残してはいけない……。俺たちは掟を遵守して島の自治を行ってきたんだ。海賊共和国から脱皮して善人が住むナッソーとして生まれ変わってほしい。そのためにはピアースの後からくるウッズ・ロジャーズとの交渉をすすめて投降しない海賊の連中を説得しなければならない。……頼むからお前たち、問題を起こさないでくれ……)


 ホーニゴールドは何とか良い形でナッソーを残せないかと思っていた。ウッズ・ロジャーズにかける期待は計り知れないものだった。ピアースの失敗を繰り返してはならない。そう自分に言い聞かせていた。



 そんなナッソーでは密かに熱いアバンチュールを展開している人物がいる。それは恋多き女、アン・ボニーである。アンは夫ジェームズ・ボニーと共にナッソーへ来てひと稼ぎしようとしていたが、肝心のジェームズ・ボニーが恩赦を受け入れてウッズ・ロジャーズに役人へ登用してもらうことを望んでいたため夫を見放していた。勝気な女アンは国にへつらう男が我慢ならなかった。そんなとき、海賊となるためにナッソーへ来たラッカムと出会ったのである。(32話 国王の布告とアン・ボニー、34話 海賊たちの分裂)

 

 長い海岸線のヤシの木々に隠れて抱き合う2人。アンは夫の目を盗んではラッカムと密会をしていた。

「根性なしのジェームズなんかもうあたしの相手じゃないよ。あたしの相手は戦う男さ。ラッカム、あんたと一緒になりたいよ……」

「俺もお前がほしい。……だがお前は旦那がいる……旦那の許しがないとお前を離婚させることができねえ……。待ってくれ、アン……」

 

 この時代、一般人が離婚をすることはとても難しかった。多くの愛人を持ち、処刑を行ったヘンリー8世でさえ勝手に離婚することは叶わなかった。これは結果的にカトリック教会からイングランド国教会へ変わっていく要因となった。カトリック教徒であるジェームス・エドワード・フランシス・スチュアートを国王にと望むジャコバイト派が生まれたのも宗教と政治の絡んだ問題があったと思われる。


 ラッカムが考えた通り、一般人が離婚をするためには夫の許し以上に金が必要だった。この時代の結婚とは、役所へ届け出をすることや牧師の下で結婚を祝うことでない。立場にしても女は常に男の隷属であり、結婚をすると男の傘下に入るといったものだった。当然女の権利はないと言ってよく、いくらアンがラッカムと一緒になりたくても夫ジェームズの許しがないとできなかった。しかもそれはお金がかかることだった。妻を競売にかけて高値でほかの男たちに落札させる『妻売り』が庶民の間で行われていたのも離婚にお金がかかるからだった。

 

 夫の目を盗んではラッカムに抱かれる恋多き女アン・ボニー。一日も早くラッカムと一緒になりたいと切望する。


 

 そしてアンにとって運命的な出会いがラッカムの船で待っていた。

 ラッカムの船には若くて器量の良い乗組員がいる。この乗組員が乗っていた船が海賊船に拿捕され、ナッソーへ連行された仲間の一人である。名前はメアリ・リード。男装してラッカムの船に乗っていた。メアリ・リードもまた勝気な女性であり、恋人がいた。

 メアリは子供のころから男の子として育てられ、戦時中は軍艦で働いたり騎兵隊で働いたりしていた。女であることはいつまでも隠し通せるものでなく、退役して結婚もしている。夫に先立たれると生活のため再び船に乗って働くこととなるのだが、この船が海賊に拿捕されたのである。


 ウッズ・ロジャーズを待つナッソー。待ち受ける海賊たちと島の住民たち。


 喧騒は収まる気配がなかった。

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