第41話 占拠

 グリンクロス島を制圧して第2の海賊共和国とするため、ヴェインの指示により来襲した海賊たち。

 島の要塞の射程外にスパロウ号を停泊させて、ことあらばやってくる船を沈めようとしていた。スパロウ号よりも小さくて小回りの利くスクーナー船の海賊たちは、その身軽さを利用して港へ入って上陸を試みる。今までにも島を海賊が襲撃したことはあったが、スパロウ号のようなフリゲート艦の襲撃はなかったことだ。襲撃している海賊たちの数も圧倒的に多い。

 グリンクロス島に海軍が寄港するといっても常駐しているわけでない。抑止力はあったが海軍の船がいないときに襲撃されたらひとたまりもない。島の要塞は治安が良かったおかげであまり使われておらず、火薬庫や弾薬庫は倉庫として使われている有様だった。


「金目のものは奪え!気に入った女がいたら確保しておけよ!あとでゆっくり遊ばせてやるからな」

 先陣を切って上陸した海賊たちは隠れている人々を驚かせながら総督の屋敷へ続く道を走っていく。まずはウオルター総督の身を確保するつもりだった。以前の海賊はここまで頭が良くなく、屋敷へ侵入したもののマリサにあっさりとやられてしまった。しかし今回の海賊は少し考えているようだ。

 スパロウ号が近隣で海賊行為をしながら集めた急あつらえの海賊の仲間たち。そんな彼らは一獲千金を夢見た男たちであり、時代の流れに無頓着だった。

「総督が残っていたら殺さず利用するんだ。いいか、殺すなよ」

「じゃ、海賊は総督になることができないってことかい?」

「そうじゃない。お偉い方は俺たちの言いなりになるってことさ。国のお偉い様よりも海賊の方が上位にあるってことを知らしめてやるんだ」

「なるほどな……。それじゃ、俺はこの島の役人として登用してもらおう。2つ目の海賊共和国をここへ興すってなんだかぞくぞくしてくるぜ」

 海賊たちは高揚して顔が赤い。途中、見かけた島の住民をピストルで撃ち殺すとさらに興奮が増した。

「俺たちは悪党だ。今更正義がどうのこうの言われても分からねえ。国のために尽くして略奪をしたのに、戦争が終わると恩給さえもらえない俺たち私掠はお払い箱だった。だから裏切った国をみかえしてやろうぜ」

 ここでも敵国がいなくなった戦後、私掠の目的を果たすことができず、貧困にあえいだ男たちがいた。彼らもまた、私掠上がりの海賊だったのである。


 彼らは声を潜めるでもなく、むしろ堂々と屋敷へ向かっていた。それは自信以上に彼らの興奮がそうさせていた。


 島の警護の男たちが数人やってきたが、なだれ込む海賊を前に足がすくんでしまう。それが余計に海賊たちを興奮させた。

「ギャー」

「うぐっ」

 容赦ない海賊の刃にかかり、倒れていく。

「おう、邪魔者は消しちまえ!これで総督が逃げていたら国だけじゃなく海賊のお笑いものさ」

 海賊たちはげらげら笑いながらその後も逃げ惑う住民を驚かせ、あるいは銃で撃っていった。



 一方、シャーロットは幾人かの使用人たちと共にプランテーションで働いていた奴隷たちを連れ出していた。奴隷たちは海賊にとっても商品である。捕まったら他へ売買されるだろう。奴隷たちはシャーロットのおかげで前回も命拾いをしているので今回も指示に従っている。

「奴隷たちを一か所に集めないで分散して避難させましょう。お父さまはこの島の最後の砦よ。だから海賊は生かしておくはずだわ」

 シャーロットはそう言ってともに行動をしている男の使用人に指示すると、およそ30名の奴隷を少人数に分けて裏手の道から住民のいる町を目指した。港まで行けばシャーロットのがいるからである。それは以前海賊を撃退したときに協力をしてくれた仲間だ。

 そして少し後からアーサーが後を追っている。これは総督の命令であった。

「俺はとんでもないことをお嬢様に教えてしまったのか……。これで警護の仕事をやめなきゃならなくなった……」

 そう言いつつもどこか気持ちがすっきりとしていた。



 屋敷では多くの使用人も逃げたと思われたが、使用人頭と数名の使用人はどうしても総督のそばにいると言ってきかずに残っていた。

「ご主人様を一人残してしまうと私たちが今までお仕えしてきたことが嘘になります。どうか一緒にいさせてください」

 そう言ってウオルターのそばを離れようとしなかった。

「無茶を言うな。海賊が港を制圧しようとするならまっすぐ私のもとへ来るだろう。奴らがお前たちに危害を与えないという保証はない。早く逃げなさい」

 総督が促すも使用人たちは逃げようとしない。そればかりかウオルターを守るかのように取り囲んでやがて来る侵入者に備えた。

「ご主人様、私たちは衣食住のお世話をする使用人です。海賊たちにとっても利用する価値はあるはずですから」

 そう言って武器を持ち合わせてないものの、海賊と向き合う姿勢を見せる。

 


 屋敷には使用人たちの他にも逃げなかった者がいた。というより逃げ遅れてしまった者だ。

 それはハリエットとエリカだった。ジェニングス一味に捕らわれて軟禁生活を送って以来、エリカは普通の子どもらしからぬところがあった。救出されてここへ来ているものの、人の往来が限られる島であり、しかも町まで出ないと子どもを見かけることがない環境にあるため、ハリエットは少しでも人とのかかわりを求めようとエリカを連れて町へ出ていた。

 その日も昼過ぎまで町へ連れ出しており、疲れたエリカが屋敷へ帰るなりうとうとしてしまったので、すぐにハリエットは部屋のベッドへ寝かしつけていた。

 マリサが不在であり、自分が母の代わりとならねばならなかったハリエットは気の休まることがない日々を送っている。そしてこの日は抱いてエリカを連れて帰ったこともあり、エリカを寝かしつけながら自分も寝入ってしまったのだ。


 

 ハリエットがふと目を覚ますとあたりが騒々しくなっていた。多くの人の声が聞こえ、それは使用人たちが話すような言葉ではなかったので、違和感を感じた。

「これは……」

 そう、その騒々しさや言葉は確かに耳にしたことがある。

(海賊がここへきているの……?)

 ジェニングス一味にとらわれたときの彼らの話し方そのものだったのである。


 ハリエットは慌ててエリカを抱き上げ、身をひそめようとしたが、寝ぼけまなこのエリカにその意図は伝わらない。

「ばあちゃん、エリカまだ眠い……起きるの嫌……」

 そう言って再びベッドへ行こうとし、ハリエットが連れ戻そうとする。

「嫌だ!エリカ、眠い……寝るの!」

 大きな声を出すエリカ。屋敷内へ入った海賊がこの声に気付き、入り込んでくる。

 ハリエットはとっさにエリカの身の上に体をかぶせて守ろうとする。

「何、ばあちゃん……、寝かせて頂戴……」

 エリカは様子がわからずまだ眠そうである。


 ズドーン!


 一発の銃声が屋敷内に響きわたる。それは威嚇であった。


 エリカはこの音に驚き、怖さで鳴き声を上げる。

「う……うわーん、うわーん」

 海賊にとらわれた日々がエリカにフラッシュバックする。エリカはハリエットにしがみついた。とっさに抱き上げるハリエット。

「うるせえぞ、このクソガキ!」

 海賊たちはハリエットとエリカを銃を向け、静かにするように言いつける。

「かわいそうに逃げ遅れたのか。ヘヘッ……俺たちはこの島を海賊の島とするんだ。ここにガキがいるってことはお前ら総督の親族か客人だろう?せいぜいかわいがってやるから安心しな」

 ひげ面の海賊はマスカット銃を担ぎ、2丁のピストルを持っている。この姿にエリカはひどく怖がり涙をこらえきれない。

「うわーん、うわーん……」

 泣きじゃくり体を震わせる。

「だからうるせえってんだよ!俺はガキが嫌いだ。泣きゃいいと思っているクソガキめ!」

 そう言ってエリカをハリエットから引き離すと体を床へ投げつける。


 ドン!と音がし、一瞬エリカは何事かわからなかったが、やがて激しく大声で泣き始めた。

「あーん……、あーん……。……痛いよう……」

「子どもをいたぶるのはやめて!子どもは関係ないでしょう!」

 ハリエットが床で泣いているエリカを抱き上げると怖さも忘れて海賊に抗議をする。

 そしてエリカもしゃくりながらこうつぶやいた。

「……母さん……母さんが……悪い人をやっつけてくれるから……。悪い人は母さんがやっつけてくれる……」

 そう言って海賊たちを睨みつけた。これはエリカが身に着けた大人びた感情だった。

 このつぶやきに海賊たちは大笑いをする。所詮小さな子どものつぶやきである。何を言っているか考えようとせず、戯言だと思ったのだろう。

「はあ?何言ってるんだかな。こいつはおとぎ話が過ぎるんじゃねえのか。おい、そこの女!クソガキに現実を教えてやらねえとダメだぞ」

 2人に見張りをつけ、その間に仲間たちは総督を探し拘束するために屋敷内を進んでいった。


 エリカの表情が無表情になっていく。この島へ来て表情が出るようになっていたが、それもこの出来事だけで崩れてしまった。それでもエリカは投げ飛ばされた痛みを我慢し、心の中でマリサを思っていた。

(母さん、また助けに来てちょうだい……。私、母さんが来てくれるのを待っているから……)

 このエリカの思いは海賊へ伝わらない。そんな表情の読み取りなどできる彼らでもなかった。


 海賊たちのうち、2人はエリカとハリエットを監視するために残り、あとは総督を探すべくあちこちを荒らしていく。

 そして先行していた海賊はついに執務室へ入り、総督と使用人たちを見つけた。


「いたぞー!何ということだ……俺たちを客として出迎える気だ。俺たちは総督に歓迎されているぞ」

 先行して入った男たちの興奮した声が屋敷内に響き渡る。

 すでに彼らは男の使用人数名と海賊の来襲に駆け付けた島の役人を銃殺している。シャーロットが時折音楽を奏でてゆったりとした時間が流れていた屋敷は、死傷者が横たわり、流れ出た血で殺伐としていた。

 その匂いは風に乗ってハリエットとエリカに伝わる。


「ばあちゃん……怖い……怖いよう……」

 怯えたエリカは声を振り絞り、つぶやく。

「またおばあちゃんと一緒につかまってしまったわね……。大丈夫、おばあちゃんがそばにいるわ……」

「ばあちゃん……、母さんきてくれるよね……」

「ええ……。エリカのお母さんはきっとここへくるわ……」

 小声で励ましあう2人。

 見張っている海賊はそれを聞きつけ、銃口をエリカの頭に当てる。

「女!このガキを黙らせろ……。さっきからごちゃごちゃとうるせえんだよ!」

 そう言って引き金を引くそぶりをした。

 ハリエットは黙ってエリカを抱きしめると海賊たちを凝視した。それは無言の抗議であった。


 

 海賊の仲間は砲台へ行き、1発の空砲を放つ。これは総督を人質に取り屋敷を占拠した合図であった。

 ウオルター総督があえて屋敷から逃げなかったのは、国王の代理ともいうべき自分を海賊は殺すことなく利用する気であり、生きていれば必ず彼らに対いて策を講じることができると思ったからだ。何より、安易に行政の執務を行う屋敷を明け渡し逃げたとなると海賊はさらに横暴な態度をとるだろうとみていた。

 そしてある決断をする。しかしそれはマリサに会い、手渡す必要があった。


(私の判断の遅さがこの事態を招いてしまった……。島の出来事がとにかくいち早く知れ渡り海軍やアーティガル号へも伝わってほしい。マリサ、お前は再び戦うことになるだろう……)


 狂喜する海賊たちに取り囲まれ、ウオルターはじっと目を閉じた。

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