第38話 抵抗勢力
3月、抵抗勢力であるヴェインはついに行動を開始する。
「国にへつらうご機嫌取りの馬鹿者ども!男の大事なアレをピアースに盗られてしまったお前らへ俺が海賊の流儀を見せてやる……海賊というものを思い出させてやる」
ヴェインは本気で恩赦を受けることなく密かに抵抗勢力を広げていた。投降しなかった海賊は派閥を超えてヴェインの元へ集まった。
ヴェインたち40名の海賊たちは何艘かのボートに分けて乗り込み、海軍の管理下にあるナッソーから逃亡する。そこにはジェニングスに海賊の弟子になることを願い出たものの、拒否されたジャック・ラッカムもいた。
彼らはフェニックス号の前を通過するとジャマイカのスループ船2隻を拿捕する。このスループ船は商船として荷を積んでおり、海賊行為にもってこいの獲物であった。まさかボートがスループ船を拿捕するとは誰も思わず、スループ船側も油断をしていた。
彼らは拿捕した2隻のスループ船へ乗り込むとフェニックス号から見える位置までやってくる。
「さあ、俺たちの流儀を見せてやれ!銃撃と砲撃しか能がないお
ヴェインの声に海賊たちが呼応する。富と自由と求めて海賊となった彼らは今更国王にへつらう気など全くなかった。目障りな海軍に自分たちの本気を見せつけてやろう、そんな気持ちであふれていたのだ。
スループ船の異常に気付いたフェニックス号の乗員たちが注視する中、海賊たちは彼らの目の前で海賊旗を揚げてスループ船の荷を
「もっとやれ!わざとらしくな!」
ヴェインも配下の海賊たちも気分よく荷を漁っていく。
この様子に慌てたピアースは直ちにヴェインたちを討伐するべくいくつかのボートを出した。しかしこれはピアースの誤りだった。商船といえど相手は2隻のスループ船である。ボートでの討伐は難しいものだった。
「おお!あんなボートで俺たちを討伐しようっていうのか!馬鹿にしてんじゃねえ!海賊の戦いを知らねえお前たちはお
ヴェインは一笑すると討伐隊を撃退するよう仲間に指示する。スループ船から海賊たちが銃撃をしていき、討伐隊は逆に撃退されてしまう。
「ピアースよ、お前は頭がいいのか悪いのかもわかんねえ奴だな。というより役人は頭が悪いってことじゃねえか」
思ったよりも弱い海軍にヴェインは再び海賊たちの奮起を期待する。
この勝利は抵抗勢力であるヴェイン一味を歓喜させ、恩赦を受け入れなかった自分たちの選択は誤りではなかったと確信を持たせていく。それは一介の略奪の集団でしかない海賊が国へ戦いを挑んだ一瞬だった。
ヴェイン一味の勝利は頭を下げ恩赦を受け入れようとしていた海賊たちに忘れられた闘争心を思い出させることとなる。
ナッソーの雰囲気が変わった。再び海賊共和国となりえるのか……海賊の残党はそんな希望を持ち始める。
「ヴェインは海賊であり続けることを選んだ。奴ほど立派な海賊はいねえぞ。恩赦を受け入れたホーニゴールドやジェニングスよりも海賊らしい海賊じゃねえか。さあ、俺たちから贈り物をしようぜ」
1人の海賊の声掛けにその場の男たちが賛同し、こっそりと水や食料、弾薬などを補給していく。もはやヴェインは英雄扱いだった。
ピアースの誤算はこれだけに終わらない。なんとヴェインはピアースがヴェインから取り上げていたラーク号を奪い返すことに成功したのである。このニュースは海賊たちを奮い立たせた。
その後ヴェインのもとに新たに仲間が加わり75名にもなる海賊団となる。敵が増えれば討伐に時間がかかるだけである。
4月初めにヴェインはナッソー近海から外海へ略奪のために出ていった。もうピアースやフェニックス号などヴェインの敵ではなくなった。怖いものなしとなり、ヴェインはナッソーの制圧をしたのはホーニゴールドやジェニングスでもなく自分だと自負した。
「ジェニングスの旦那、あんたがやれなかったことを俺はやり遂げたぜ。底辺のおれがここまでなりあがったのはあんたのおかげだ。感謝するぜ。せいぜいあんたは自分の土地でうらやんでいたらいいのさ」
すでに投降して恩赦を受け入れ、ナッソーを去った師であるジェニングスを嘲笑し、ヴェインは以降も海賊行為をしていく。
こうした近海の海賊たちの動きを追って情報を集めている男がいた。あのアン・ボニーの夫であるジェームズ・ボニーである。彼は元々海賊となって稼ぐためナッソーへ来ていたのだが、恩赦の布告を前に自分なりに駆け引きをした。海賊となり首を賭けて稼ぐか、やがて着任するであろうウッズ・ロジャーズの元で働くかを考え、彼は後者を選んだ。
アンにとって男は海賊となって活躍する方が魅力を感じるものだったが、ジェームズの選択はそれを裏切ってしまう。ジェームズはアンの気持ちが離れつつあるのを感じていたが、そう簡単に自分から逃げないだろうと考える。この時代の離婚はかつてヘンリー8世が離婚をするためにカトリック教会をぬけ、イングランド国教会を立ち上げなければならなかったぐらい簡単なものでなかった。アンは地位や財力もない貧しい身である。そのことが離婚を言い出すことはないだろうとジェームズを安心させていた。
しかし当のアンは気が強く自由奔放に恋愛を楽しむ女である。結婚していようとなかろうと自分の気に入った男に言い寄るのは何とも思っていなかった。夫が他の女に手を出すのは許せなかったが、自分はそうでなかったのである。恋多き女であるアンは国にへつらっている夫に嫌気がさし、次第に勢力を伸ばしつつある海賊ジャック・ラッカムに思いを寄せるようになった。
ピアースがヴェイン一味の討伐に失敗したという事実は恩赦の雰囲気や有難みを壊してしまい、海賊たちの中には恩赦の受け入れをやめてヴェインの様に海賊行為を続けることを選ぶものもでてきた。
「私はもはやこのナッソーで役に立つことはないだろう」
ヴェインが外海へでた数日後には消沈したピアース艦長とフェニックス号はナッソーを離れていった。こうしてウッズ・ロジャーズが総督としてニュープロビデンス島へくるまで再び海賊の動きが不穏になっていった。
我が物顔で荒らしまくるフライング・ギャング。特にヴェインは犯罪人の処刑を見て育った男であり、人が死ぬことも娯楽としか思っていなかった。しかし海賊には仲間意識があり、ともに戦うことを望んでいた。ジェニングスがバミューダのベネット総督に投降してからは、自分と同じように海賊行為を続けているエドワード・ティーチに会ってみたくなった。彼にとってエドワード・ティーチも師であった。
「ヴェイン船長、さっき港から情報を仕入れたんだがバミューダのベネット総督が海賊を拘束したらしいぞ。やつら俺たちに喧嘩をふっかけているとみていいぜ」
手下のひとりがヴェインにささやく。
「ほう……上等じゃねえか。俺たち海賊をなめるんじゃねえ。俺たちは恩赦と国王に背を向けた海賊だ。俺たちの本気を見せてやる」
ヴェインは内心怒りに燃えていた。例え会ったことがない海賊であっても拘束されたなら拘束した奴に目にもの見せてやろうと決めていた。
ヴェインは特にバミューダ船に目をつけ襲っていく。
「助けてくれ……降伏するから助けてくれ……」
バミューダ船の船長が命乞いをする。今まで降伏した人間に残虐な行為をすることはなかったが、復讐心あふれる彼らはベネット総督に自分たちの本気を見せつける気でいた。
「ギャー!」
「ググググ……!」
ヴェインとその仲間により残虐な暴力が行われていく。ある者はそのまま命を失い、あるものは生きながらにして極度の痛みで苦しむ。
「お前ら後悔するならこの船がバミューダ船籍だということを後悔しなよ」
ヴェインは生き残った者にそう言い残した。
ヴェインの復讐はそれ以降も続き、4月14日にはエドワード・アンド・メアリー号を襲った。捕虜を船首から延びるバウスプリットに縛り付けると、彼の目をマッチで焼き付けようとしたり口にピストルをむけたりして金目のものは何でも奪っていった。乗員であっても奴隷なら奪っていった。彼らにとって奴隷は商品であった。
ヴェインはラーク号をレンジャー号へ名前を変更した。それはこれからもっと海賊として荒らし、略奪していくという決意であった。ジェニングス以上の海賊となりナッソーだけでなく、略奪の目的地をあらゆる海上へ向けた。以前、ジャコバイトからの支援を期待してジャコバイト派の元軍人であるジョージ・カモックに書簡を送っている。それは読み書きができる者代筆を依頼してのことだったが、社会情勢の読み取りができていないヴェインはまだジャコバイト派の影響が大きいと見込む読み間違いをしてしまったのである。
ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを国王に迎えたいジャコバイト派の影響はヴェインが思っているよりも小さくなっていた。ナッソーへ相当数の艦隊を送ってほしいと書簡に書いたヴェインの要望が受け入れられることはなかった。すでにフランスはルイ15世が幼いながらも国王となっており、亡命してルイ14世の保護下にあったジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートとその母の立場は悪くなっていったのである。
いつかはジャコバイト派が支援してくれるだろうと期待を持ちながらヴェインは主だった抵抗勢力として活動していく。
「お前ら、俺たちは海賊だ。掟でつながった海賊だ。そこには国の決まり事や社会の規範なんてもんは存在してねえ。裏切りは許さねえぞ!恩赦を受け入れた奴らも元仲間だから見過ごすって甘い考えをするなよ。裏切った奴らも徹底的にやってしまえ!ジェニングスの旦那を裏切って逃げたアーティガル号の連中も始末してしまえ!そして新たに拠点を作るんだ。ナッソー以上の海賊共和国を作り上げるんだ」
ヴェインの言葉に海賊仲間が呼応する。海賊共和国ナッソーは海軍が入ったことで瓦解し始めており、彼らは新たな拠点を求めた。
「スパロウ号はジェニングスの旦那の置き土産だ。これを活かしてアーティガル号お気に入りのグリンクロス島を襲撃しろ。海軍様ほど人数はいねえがスパロウ号はフリゲート艦だ。十分な砲だって備えている。グリンクロス島のかわいい要塞なんざ吹っ飛ばしてやれるさ」
ヴェインは改めてグリンクロス島の襲撃目的を話す。いったんヴェインの元を離れて海賊行為をしながら必要な武器や人員を集めていたスパロウ号は再びヴェインの目の前にいた。そこには”青ザメ”・あるいはアーティガル号の人員としてマリサと共に戦っていたフェリックスや、”光の船”に捕らわれマリサによって助け出された後、仲間となっていた連中もいた。彼らはヴェインの呼びかけに呼応するものの心から喜べなかった。
裏切っているのは自分たちだからである。
そんなフェリックス達の迷いをヴェインは気にも留めず、活動を新たな海賊共和国設立のために活動するものと資金稼ぎをするものとに分かれた。もはやフェリックス達の迷いはあらわせる状態になくなったのである。
スパロウ号の船長はヴェインの指示により、海軍で働いた経験のあるレイモンドが引き受けていた。かつて自分が海軍にいたころはフリゲート艦なぞご立派な艦長が指揮するものだった。しかしレイモンドは海軍で働いたことがあるとはいえ、そのときは一介の掌帆長にすぎなかった。海軍は多くの人員が艦長の的確な指揮の下で効率的に船を動かしている。海戦となれば敵の船の動きや風、波の変化をとらえるばかりか、そこに砲を撃つため、或いは撃たれないための距離を読むことも求められる。それをやれるのか……レイモンドは不安だった。しかし海賊となり恩赦を受け入れない抵抗勢力として選んだ以上やるしかなかった。自分には残している家族はいない。だから海賊となった。
「船長、スパロウ号の奪還のために海軍は必ず動くだろう。この船の能力を活かすためにもっと人員と武器が必要だ。これからも荒らして捕虜をとり仲間を増やそうぜ」
海賊共和国復活の使命をうけて帆走していくスパロウ号。多くの海賊たちの表情が良く、レイモンドに期待をしている。
「そうだな……仲間を増やさないとこの船は宝の持ち腐れだ」
レイモンドは自分に言い聞かせるかのようにつぶやいた。少し弱気な自分を隠しながら船長として連中の前に立たねばならなかった。
「人員が増えたらグリンクロス島襲撃を決行する。そのときは頼むぞ、フェリックス。お前はあの島へ何度も行っているだろう?それを活かしてくれ」
レイモンドは自分の弱気の振替をフェリックスに求めた。
「あ、ああ……。どこに酒場があってどこにいい女がいるか教えてやるよ」
フェリックスはわざと答えを外す。しかしレイモンドはその意図を知っていた。フェリックスの目にも自信なぞなかった。
彼も自分と同じ迷えるものだ。そう感じたのである。
こうして迷いつつも確実に彼らはグリンクロス島襲撃の策を練っていく。
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