第37話 ヴィンセント・ピアースの上陸と海賊の残党

 国王の恩赦の布告は正式にナッソーへ届く前から海賊たちに知らされ、徐々に分断をしていく。もちろん恩赦の布告がナッソーへ届くには日数がかかるのだが、それ以上に猶予期間を求めたのは海賊たちを混乱させ分断を図る狙いもあったのだろう。


 1718年1月6日、海賊に恩赦を与えることを提案したウッズ・ロジャーズは国王からナッソーへ遠征隊をおくりこむこととバハマ総督を任命される。総督として任務に就くまでに様々な準備があり、すぐに動くことができなかったので先遣隊としてヴィンセント・ピアースとフェニックス号を派遣した。



 ナッソーではやがて来るであろう海軍を待ち望む者と抵抗をするものに分かれている。前者は恩赦を受け入れて足を洗うことを考えている海賊であり、後者は恩赦を受け入れない者だ。

 その中にはジェニングスに失望したヴェインがいた。海賊共和国が崩れつつある中で巨頭となってジェニングス以上の海賊になろうと決めていた。恩赦の受け入れを口にしていたものの、貴族だの金持ちだの身分や階級の高い奴らが最下層の人間というだけで自分を見下してきたことを許せず、そんな社会を見返してやりたいと思い続けていた。師匠であるジェニングスは自分と評価してくれ、重用してくれたが、投降し恩赦を受け入れて海賊から足を洗ってしまった。このことにヴェインは失望をし、ジェニングス以上の海賊となろうと思ったのである。


 ヴェインはナッソーへ海軍の船が来ることを知ると、16人の仲間と共にスループ船ラーク号を襲撃し、ナッソー近くに停泊させた。海賊船として艤装するためである。そして自分と同じように恩赦を受け入れないままナッソーにいる海賊たちへ声をかけていき仲間を集めた。

 そのなかには海軍の船がナッソーへ入った以上、立場が悪くなる船もあった。海軍から鹵獲したフリゲート艦スパロウ号である。5等艦スパロウ号は十分に大砲の数を備えていたがジェニングスの策略により自然の地形という挟み撃ちにより逃げ場を失い、多くの人員が銃撃により亡くなった。まんまと奪ったスパロウ号だが、ジェニングスは投降するときにこの船を残していった。投降する以上身軽な方がよいと考えたのだろう。彼は自分の船であるベルシェバ号と共に投降していた。

 残されたスパロウ号だが、それを動かすほどの技量のある海賊たちは訓練された海軍ほどおらず、少ない人数で動かすしかなかった。以後スパロウ号は人員不足にさいなまれていくのである。戦時中は乗員や海兵隊、士官たちが揃い的確な指示のもと、300名近い人数で動かしていた。それは軍隊という規律ある社会の中で生まれた人員の動きである。略奪という反社会的な行動でつながっている海賊たちの結束はこれに及ぶものでなかった。

 

 ”青ザメ”時代からマリサ達と行動を共にしていたフェリックスをはじめとする8人の元アーティガル号の乗員は、ヴェインの指示でスパロウ号へ乗り込み、ナッソーを離れた。戦時中にグリンクロス島が海賊団に襲撃されたことがあり、その海賊団の船長はマリサがウオルター総督の娘ということを掴んでいた。この情報がヴェインの耳に入ってしまったのである。ヴェインはフェリックス達を海賊としてグリンクロス島へ再び送り込み、裏切り者のマリサ達を貶めようとし、あわよくばグリンクロス島を海賊の拠点にしようとしていたのである。

 

 こうして略奪でまとまった海賊と訓練され規律ある社会で働いている海軍の違いに気付かない海賊たちは、ヴェインの呼びかけに応じ恩赦を受け入れない海賊としてまとまっていく。


 

 そしてニュープロビデンス島ナッソーについに激震が起きる。

 

 1718年2月23日、海賊共和国ナッソーの港へイギリス海軍フェニックス号が到着し、ヴィンセント・ピアース艦長が上陸する。

 海賊共和国は唯一の役人が逃げてしまい多くの海賊や娼婦が住み着いていた。国と海軍も見切った状態が続き、残された住民は何とかしてほしいと懇願するも戦時中でもあり国は動かなかった。戦争が終わり、新しく国王を迎えたことで住民たちはわずかな望みをもって暮らしており、ヴィンセント・ピアースの上陸は大きな期待となった。


 なぜなら海賊の本拠地であるナッソーに海軍の船が入り、艦長が上陸したのはこれが初めてだったからである。もっとも、戦時中に”青ザメ”のデイヴィージョーンズ号に乗ってナッソーを訪れていたグリーン副長とフレッドも海軍の所属だったが、それぞれ海軍への協力命令に基づき彼らを仲間として迎えられており、グリーンは副長、フレッドは副航海長としてその役目をもっていたので海軍として上陸したのではない。

 

 イギリス海軍と対峙する海賊たち。ピアースの目的を知っており、反撃を試みる者はいなかった。


 総督を自負していたホーニゴールドは敬意をもってピアース艦長を迎える。それは恩赦を受け入れる他の海賊たちも同じだった。

「ようこそ、ピアース艦長。私はこのナッソーをまとめ上げているホーニゴールドです。恩赦を受け入れる海賊たちの代表でもあります」

 ホーニゴールドの丁重な出迎えにピアースは何度も頷き、書面を出すと高らかに読み上げた。


『1718年9月5日までに投降する海賊には恩赦が与えられる』

 また、各植民地の総督と副総督が海賊たちに恩赦を与える権限があることも伝えられた。一足早くバミューダのベネット総督に投降して恩赦を受けたジェニングスがその例だ。文字の読み書きができたジェニングスは恩赦の書面上を細かく読んでおり、早々に投降を決めたのである。


 海賊たちはこの恩赦についてすでに情報が入っていたが、ピアースの前に新たな気持ちで聞き入っている。それはピアースにも伝わった。

 ホーニゴールドを代表とする恩赦を受け入れる海賊たちはここに投降をすることを表明し恩赦を受け入れた。3日もたてばピアーズのもとに投降を希望する海賊たちが殺到した。恩赦を受け入れた海賊には、ホーニゴールド、ポールスグレイブ・ウイリアムズ、コックラム、バージェス、スティルウエルなどがいた。

 そしてエドワード・ティーチも恩赦を受け入れた。良家の子息であったエドワード・ティーチは社会情勢から自分の立ち位置を読み取ることができていたが、梅毒の進行はときに判断を誤らせ、彼の人生を左右していく。

 

 これまで海賊共和国として海賊たちが勝手に自治を行っていたニュープロビデンス島ナッソーに海軍の船が入ったことで、島は国王の管理下に置かれた。その後は国王の代理となる総督が配置され、役人が配置されるだけだ。そのために必要な建物や組織も作られていくだろう。

 

 

 ここに様々な海賊たちの活動拠点とされたナッソーは国王の植民地として生まれ変わる。海賊たちはやむなく拠点を他の植民地へと移すしかなかった。しかしあえてナッソーに残り、機会を伺っている海賊もいた。

 


 ピアースを迎え入れたホーニゴールドはナッソーの立場を少しでも良くしようとピアースと交渉をする。残された海賊たちの動向や海賊たちが出没する島の地理的環境など情報を役立ててもらい、島が国の領地として維持できるように入植者だけでなく司法や行政の庁舎なども必要だったからである。そして自称ナッソーの総督としてここまで自治を行ってきた経験がある自分を役立たせてほしいと考えていた。

 ホーニゴールドと同じようにピアースがナッソーへ入ったことで気を良くしている者もいる。あの気の強い女アンの夫であるジェームズ・ボニーである。彼は海賊になって稼ごうとしてナッソーへ来たが、すでに海賊共和国ナッソーは国王の恩赦の布告のより瓦解し始めていたため、それなら自分を役人として取り立ててもらおうと考えたのである。稼ぐためには海賊でなくてもよく、役職をもらうことで地位が高くなればとさえ考えていた。


「ピアース艦長、ここは恩赦を受け入れるものばかりではないぞ。海賊共和国を失うことを恐れた海賊たちの多くは拠点を他へ移していったが、まだ残っている者もいる。そいつは一番やっかいで国に反感を持っている男だ。そいつを何とかしなければ島の安全はすすまない」

 ホーニゴールドはいかにも自分が何でもナッソーのことを知っているとばかりに、抵抗勢力でありラーク号を略奪して島の入り江に潜伏をしているヴェインのことを話した。それはピアースにナッソーの内情や地理的環境を話すことで自分を優位に立ちたいという思いもあった。もともとは純粋にナッソーを良くしたいとの思いだったが、結果的にピアースにとって海賊上がりの男に指図をされるという屈辱感を与えていく。

 

 ヴェインはホーニゴールド派と敵対していたジェニングス派の残党だ。一足先に投降して恩赦を受け入れたジェニングスはヴェインのことを自分に託すことはなかった。もっとも、恩赦を受け入れる立場のホーニゴールドが声をかけても国王に反感を持つヴェインは拒否しただろう。

 

「恩赦を受け入れない海賊が出ることは予想している。私の後にここへ来るウッズ・ロジャーズ総督はそのことを把握しており、海賊討伐へ動かれるはずだ。しかしこの島に潜伏しているならわざわざ海賊を探す必要はなかろう」

 最初はナッソーの実情と海賊たちの情報を教えてくるホーニゴールドを頼もしく思っていたピアースだが、ホーニゴールドの意見が指図にも聞こえ、徐々に疎ましく思うようになっていく。それでも先遣隊としてやるべきことをやらねばならない。ヴェイン一味が海賊行為によりラーク号を奪って潜伏していることを知ったピアースは、さっそく彼らを捕らえてラーク号を没収した。恩赦の期日を過ぎており、彼らは逮捕されることになった。それは期日までに投降をして恩赦を受け入れなければどうなるか見せしめの意味でもあった。


(ホーニゴールド、おまえはかつての海賊仲間を国へ売り飛ばしたんだな!)

 潜伏先がばれ、捕らえに来た役人たちを前にヴェインは怒りをあらわにする。ヴェイン一だけでなくナッソーにいた海賊たちも逮捕に驚きを隠せないでいた。

 ホーニゴールドがピアースの温情を期待してヴェインの居場所を話したにもかかわらず裏目に出てしまった。



「ヴェインを逮捕したのか!そいつはまずい話じゃねえか」

 ラーク号にいたヴェインと16人の海賊の逮捕にホーニゴールドやバージェスが逮捕に反対をし抗議をする。今のナッソーの力関係は張り詰めた糸のようだ。ヴェインの逮捕はそれを切ってしまい、ナッソーを荒らしていく怖さがあった。

「奴らを逮捕したら投降した海賊たちまで不安がるだろう。そうなったら反乱を起こしかねない。ここは釈放した方いい」

 ホーニゴールドたちの猛抗議にピアースはどのように国王の威信を根付かせるか考える。


 ホーニゴールドは投獄されたヴェインに会い、今からでも恩赦の受け入れを頼んでみないかと説得を試みる。

「投降の期日は過ぎているが、頼めば理解してもらえるかもしれない。国王の恩赦の布告が耳に入らなかった、そういえばいい」

 獄中にいるヴェインへ話すと、彼は宙を見つめた。あれほどまでにホーニゴールドに対して怒りをもっていたヴェインは落ち着きを取り戻し、何かを考えているようだった。

「ホーニゴールド、俺はあの薄汚いロンドンの下町で貧しい暮らしをしていた。楽しいことなんか何もありゃしねえ。あるとすればたまにある処刑だ。罪人が目の前を行進して処刑場へ連れていかれると、わくわくして後を追ったもんだ。それは珍しい光景じゃねえ。お前もあの光景は知っているだろう?短いロープでの処刑は死ぬまでに時間がかかる。苦しみのあまり体が躍っているように動くんだ。それを貧しい俺たちは笑うことや悲しむこともしねえでただ見ているだけだ。特にキャプテン・キッドの処刑は俺にとっちゃ忘れられねえもんだった。キャプテン・キッドは英雄だった……貧しい者の味方だった。そんな英雄もブランコの前に立った。だが彼は一度で死ぬことができなかった。吊っていたロープが途中で切れてしまったんだよ。それで許されるかと思ったら役人たちはロープをもう一本用意し、もう一度処刑し直した。もう一度だぞ!おかげでキャプテン・キッドは苦しみを2度も味わい絶命した。その様子に俺は興奮して体の震えが止まらなかった。そして心に決めた。……国を見返してやるってな……。国は俺たちのことを何とも思っちゃいない。戦争で私掠船に乗り国のためにつくしたものの、恩給さえ出ねえで海賊となった奴らも多いのをお前も知っているだろう?俺たちがどうなろうとも何とも思っちゃいねえよ」

 ヴェインが恩赦を望んでいないことは明らかだった。それでもここで処刑されたら他の海賊たちが不安がって反乱を起こしかねない。ホーニゴールドはピアースに寛大な措置を望んだ。


 

 ヴェインの釈放をホーニゴールドから求められたピアースは、ここで釈放をすることで国王の寛大さを知らしめることができると考え、ヴェイン一味を釈放した。

「国王陛下はお前たちにやり直すことを望んでいらっしゃる。この寛大な御心を感謝をもって受け入れるように。バハマの新たな総督はウッズ・ロジャーズであり、この島も管理下に置かれる。このニュープロビデンス島は海賊が住み着いた島でなくなり、善良な人々が住む島として生まれ変わるだろう。ウッズ・ロジャーズ総督は準備が整い次第ここを訪れる。その時期は夏ごろである。今ここに恩赦を受け入れた海賊たちには証明書が発行され、保護される。国王陛下万歳!」

 ピアースは自分の仕事に満足した。こんなことはホーニゴールドにはできないことだ。先遣隊としてナッソーへいる以上、自分が優位であることは揺るぎないものだ、そう思った。

 ピアースのもとには恩赦を受け入れる海賊が殺到し、正式に恩赦を受け入れた。処刑されなくて済むのなら有難い、海賊たちは自分の罪を忘れたかのようにピアースの元を訪れ、中には国王を賛美するものもいた。

 

 こうしてナッソーが平穏無事に国の管理下に置かれると思われたのだが、あっさりとホーニゴールドとピアースの思いをヴェインは裏切ってしまうのである。


 そう、恩赦を受け入れない海賊はまだ其処彼処そこかしこにいた。すでにあのスパロウ号はヴェインの命令でナッソーを出てグリンクロス島襲撃とのっとりを目論んでいる。

 

 嵐の気配が感じられた。

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