第34話 海賊たちの分裂
海賊たちは恩赦の布告後もどう受け止めるか胸に秘めながら海賊行為を続ける。
ホーニゴールドもエドワード・ティーチと共に海賊として荒らしていた。エドワード・ティーチにはリベンジ号と共にボネット率いる連中も加わっており、艦隊として略奪をするには充分であった。
だが、ほかの海賊たちと決定的な違いがあった。
「なんでイギリスの船だからといって襲わねえんだ!俺たちは国に何ら義理はねぇ!ほしい船が目の前を通過しているのに手出しできないなんておかしい」
イギリス船を襲わないというホーニゴールドの信条を部下は受け入れられなくなっていた。それは他の海賊がどの国の船も襲って成果を上げていることから焦りの気持ちがあった。
ホーニゴールドの船団はレンジャー号、エドワード・ティーチがもともと使っていた船、ボネットから引き継いだリベンジ号の3隻で身軽さもあり、10月にはもう1隻捕獲した。それでもイギリス船が貴重な荷を積んで平和に航海をすることに部下から激しく不満が持ち上がり、もはや抑えられるものでなくなっていった。
この抗議がついに形となる日が訪れる。
11月。
「イギリス船を襲わないホーニゴールド船長をこのまま船長としていてもらうか、或いは彼を罷免するかを投票する」
エドワード・ティーチは仲間に声をかける。
しばし沈黙が流れ、投票が行われる。そして結果はホーニゴールドを罷免するものであった。
「すまない……。このままだと反乱を起こされる可能性が大きかったからだ……」
エドワード・ティーチは表情を変えないでいる。船団を引き継ぐのは自分であり、統率をしなければならないと感じたのだろう。
「お前の選択は正しい。気にするな」
そう言ってホーニゴールドは反論するでもなく罷免を受け入れ弟子の元を去るが、そのままナッソーに留まっていた。理由があったからである。
ホーニゴールドは恩赦を受け入れた後にやろうとしていることがあった。それまでナッソーの自称総督を名乗り、海賊たちによる自治を手助けしてきたという自負がある。恩赦を受け入れ、国から役人が来るのなら仕えるつもりでいた。ここまで自分がかかわってきたニュープロビデンス島ナッソーを良くしたい、その思いだった。
海賊共和国としてすっかり名が通っているこのナッソーだが、確かに海賊たちが住み着いて少数の一般住民は怯えながら暮らしており、分断されている。もちろん、生活のために海賊を相手にして商売をする者もいたが、世間から見れば略奪者海賊が済む島である。唯一の役人ウオーカーが逃げるようにナッソーを出て以来、役人不在であり、国が見切った状態のナッソーを何とかしたいとホーニゴールドは思っていた。
(……俺はもう海賊や船長にこだわらない。このナッソーを良くしたい。海賊共和国の巨頭の一人としてそれはやるべきことであり、ここまでまとめあげた俺の責任でもあるのだ……)
周りの海賊たちの中にはそんなホーニゴールドを嘲笑する者もいたが、彼に同調して同じく恩赦を受け入れ、
ジェームズ・ボニーは恩赦も受け入れ、あわよくば役人が来るのなら仕えるつもりだったが、アイルランド出身の妻アン・ボニーは国王にへつらう気など全くなかった。
「ナッソーへ来て今さら国王に頭を下げろっていうの?あたしは弱い男が嫌いだよ。役人が来るならそいつを追い出せばいいことじゃない!」
アンはすこぶる機嫌が悪い。アイルランド人はイギリスから差別されることがあった。アイルランド人を差別し馬鹿にする国のために忠誠を誓おうとする夫を見限ろうとしていたのである。このアンの気持ちをわかるでもなく、恩赦に対するジェームズ・ボニーの心はすでに決まっていた。
ホーニゴールドを罷免したエドワード・ティーチはその後もボネットと共に海賊行為を続けていく。
11月28日、彼らはカリブ海セント・ビンセント島沖でフランスの奴隷船ラ・コンコルド号を見つけ襲った。
「イギリス船じゃなくフランスの船か……ホーニゴールドがいたら悔しがるだろうな。お前たち、奴らみんなを殺すのは弾がもったいない!島へ置き去りにしてやろう。俺はそこまで悪人じゃねえんだ。感謝されるだろうよ」
そう言って海賊らしく奴隷や乗員たちを小さな島であるベキア島へ置き去りにした。やはり海賊の流儀として食料である豆、ほんの小さな船を残していた。置き去りにされたら奴隷と乗員も同じ立場である。
奴隷船を奪ったとしてもそれだけでは海賊船として使うことはできない。エドワード・ティーチは大砲を40門備え付け、武装した。そして名前を「アン女王の復讐号(Queen Anne's Revenge)」とイギリス船らしくするとこの船を旗艦として荒らしまくった。アン女王の復讐号は海賊たちの中でも規模が大きく羨望の的となる。
このころには彼の病気が進行しており、これまで有能で的確に指揮をしてきた彼の精神に異常をきたすことがあった。
以前、娼婦が見たエドワード・ティーチの発疹、そして発熱。それは梅毒の症状だったのだ。
一方、ジェニングスのもとでもヴェインを含む配下の海賊たちが恩赦を受け入れるかどうかを話しあった。出身や宗教上、或いは信条もありそれぞれが意見を言うが全体の意見がまとまらない。しかしジェニングスの心は恩赦の布告以来すでに決まっていたので、部下にこう告げる。
「私は率いる船団を解き、恩赦を受け入れて投降する。もう海賊行為を続ける気はない。今後はジェームズ国王陛下を支持し、国のために働くつもりだ」
ジェニングスの言葉に私掠船仲間のアシュワース船長も同調した。恩赦の意味をよく知っていたからである。他にも恩赦を受け入れる部下もおり、彼らはジェニングスの判断を支持し、従う。
ジェニングスの忠実な部下であるヴェインは彼の決断に失望しながらもいったん恩赦を受け入れる。もともとジェニングスはジャコバイト派であるハミルトン前ジャマイカ総督から私掠免許をもらって活動をしたのが始まりだ。それを知っているヴェインは他のジャコバイト派とつながりをもとうと密かに企んでいた。国家権力に反抗するヴェインは国王の恩赦を有難く受けるつもりはさらさらなかったのである。
ヴェインは読み書きができる者に手紙を書いてもらい、ジャコバイト派である元軍人のジョージ・カモック船長に言づける。その内容はメアリー・オブ・モデナ(ジャコバイト派が国王として支持しているジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートの母。名誉革命で国を追われ、ジェームズと共にフランスへ亡命をしている)に相当規模の艦隊をバハマ諸島およびカリブ海に派遣を要請するものだった。ヴェインはジャコバイト派の影響力の変化を読み取っていなかったのである。このときメアリー・オブ・モデナは乳がんに伏しており軍隊を派遣できるほどではなかった。
それというのも1717年9月にフランス国王ルイ14世が崩御したため、亡命していたジェームズ・エドワード・フランシス・スチュアートとメアリー・オブ・モデナは保護を受け続けることが難しくなっており、その後に即位したルイ15世は5歳と政治を行うには幼すぎたからである。
こうした社会情勢を日ごろから耳にして先を読み取る海賊は少なかった。遠い未来でなく自分の欲望と近い未来を選択しており、ヴェインもその一人だった。
これまで『海岸の兄弟の誓い』という海賊の掟のもとに結束していたナッソーの海賊たち。しかし国王の恩赦の受け止め方に違いが出ており、その結束に亀裂が生じることとなったのである。
国王の恩赦の布告はやがてあちこちの海賊たちに知られることとなる。それは海賊間で、或いは港町で船乗りたちのうわさ話で広がったり、文字の読めない海賊に対しては信号という手段も使われたりして伝えられた。あるものは有難く、あるものは一層反抗心をだして恩赦の布告を受け止めていく。
船上、酒場、娼館、港町の界隈など布告が広められ話題となっていき、それは海賊たちだけでなく一般市民も知ることとなり、中には治安の悪化を懸念する人々もいた。
ナッソーでは恩赦という波が海賊たちをのみ込んでおり、嵐のように彼らを動揺させ落ち着きをなくしていった。
これまで海賊の略奪により被害を被っていた国内外の商船のオーナーや貿易会社、保険会社、そして植民地の住民たちは複雑な思いをもつこととなる。
国王の恩赦により海賊たちの罪が許されたなら自分たちは被害を受けただけとなり、不満をもつのだが、それは国王に対しての不満となるためにあからさまにできるものでなかった。
そんなときひとりの男がジェンングスのもとへやってくる。ジョン・ラッカム(ジャック・ラッカム)である。彼は熱心なジャコバイト派で英語を話せない国王に対して反感をもっており、恩赦に対しても否定的だった。そのためジェニングスと共闘したいと思い巨頭のひとりである彼を訪ねたのだ。
「私と共闘したいって?残念だが私はもうそれどころじゃないんだ。他をあたってくれ」
以前のジェニングスなら喜んでベテラン海賊であるラッカムを迎えただろう。しかしジェニングスは恩赦のことで頭がいっぱいだったのである。すでに海賊行為から足を洗うことを部下に表明していたため、ラッカムの申し出を断った。
仕方なく酒場へ行ったラッカムはそこで光るものを見つける。勝気な顔をした女、アン・ボニーである。彼女は夫であるジェームズ・ボニーと一緒にいたが、自分への視線に気づくとラッカムを見つめた。
夫よりも引き付けられるものを感じたアンは彼に向ってほほ笑む。この出会いはふたりにとって運命的な出会いとなった。夫ジェームズ・ボニーに対してあれほど嫉妬深かったアンは、自分がその立場になると夫の目も入らないようだった。
やがてラッカムと人妻であるアンは恋に落ちていき、結婚をしたいと思うようになる。
ジェニングスはジャマイカに残している資産が気になっていたが、海賊行為による逮捕状がジャマイカからでており、どうすることもできなくなっていたのである。もともと私掠免許を当時のハミルトン総督からもらい、ジャコバイト派への資金調達のために私掠を行っていたのだが略奪欲にかられていつしか海賊行為へと変わっていった。そのころ若手の海賊として現れたベラミーたちと共闘をしてサン・マリ号を襲い、この時点で私掠仲間のリデル船長とその船が仲間から離れた。あれ以来、国から追われ逮捕されれば処刑が待っていた。
もちろん、ホーニゴールド派のエドワード・ティーチの活躍が耳に入らなかったわけでない。特にエドワード・ティーチがアン女王の復讐号という旗艦船を手に入れたことを知ると、自分もその気になれば彼に一人勝ちさせない自信がわいた。しかしそれは虚栄に過ぎないということをジェニングスの良心が見抜いていた。
(もう……これは引き際だということか……この機会を逃したら次はないだろう……)
ジェニングスは他の海賊たちの動向を見ながら機会を探していた。答えは決まっていた。
1718年1月。
ジェニングスの愛弟子であるヴェインは、恩赦を受け入れようとしているジェニングスが考え直して反撃するだろうと信じていた。艦隊を持ちこれまでも数々の略奪行為でナッソーの巨頭のひとりとして君臨していたジェニングスを半ば英雄の様に見て支持してきた。それだけに彼は恩赦の受け入れを撤回して再び海賊としてナッソーの頂点に立つだろうと期待を持っていたのである。
しかしこのヴェインの期待はあっさりと裏切られてしまう。
「島の防御をもっと高めて国と対峙すべきじゃねえのか」
ヴェインをはじめとする部下はジェニングスに進言をする。巨頭のひとりであるホーニゴールドは艦隊長を罷免され船長の座を降ろされてからも島の要塞化を進めていた。ジェニングスも当然、そのように動くだろうと思っていた。
「前にも言ったとおり私は恩赦を受け入れる。私の人生を海賊行為による処刑で終わりたくないからな」
集まった部下の前でジェニングスは考えを述べる。
その後ジェニングスはアシュワース他恩赦を受け入れる海賊たちと共にバミューダのベンジャミン・ベネット総督のもとへ自身の船ベルシェバ号と共に出向き、放免状をもらって投降する。ジェニングスはジャマイカに土地をもつ裕福な人間だった。もともと私掠船であったが海賊化をしたため逮捕状がジャマイカから出ており、自分の土地にもどることができなかった。国王の恩赦はそれを解決することができたのである。
ジェニングスの投降ですっかり失望したヴェイン。
「なんだい……ジェニングス船長もつまらねえ金持ち連中と同じなのか……。俺はそんな奴を尊敬していたのか。情けねえ……そうなれば俺がこの海賊共和国を仕切ってやる。俺が巨頭となって見返してやる」
裏切られたと思った彼はここで恩赦を受け入れない海賊をまとめることとした。師として仕えたジェニングスが去り、ナッソーには残党がいる。こうなっていてはホーニゴールド派、ジェニングス派などと言ってられない。団結して反旗を翻す気でいた。幼いころから処刑を娯楽代わりに見て育ち、人の死を何とも思わないようになったヴェインは恩赦の価値がわからなかったのである。
この恩赦を受け入れようとしない海賊たちに危機感をもったホーニゴールドだが、自身は船長を罷免されて艦隊もなく、手出しができないことに歯がゆさを感じており、ジャマイカの海軍駐屯地へ手下を送ると海軍にナッソーへ入ることを要請した。
(無法者の海賊の統治は終わった……もう国の管理となるだろう)
そのようにナッソーの成り行きにかかわり、見守る覚悟だったのである。
恩赦を受け入れたのはホーニゴールド、ジェニングス、アシュワース、ジョサイア・バージェスなど時間差はあったが、名のある海賊たちが次々に足を洗っていった。
こうして海賊共和国ナッソーはウッズ・ロジャーズが目論んだ通り、恩赦を受け入れる海賊と受け入れない海賊とに分裂を始めるのである。
残されたのは恩赦を受け入れることを拒み、フランスへ亡命しているジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを王位につかせたいジャコバイト派と手を組んだり、自己の欲望のまま略奪をしたりする海賊たち。その中には海賊となるためにアーティガル号を降り、ホーニゴールド派に加わったフェリックスほか7名の連中もいた。
「罷免されたホーニゴールドはもうカリブ海の覇権を握ることはないだろうし、放免されたジェニングスもここへもどってこない。そうなら誰がこのナッソーを制圧するかということだ。誰がだって?決まってるさ。それは俺たちだぜ。スパロウ号は海軍から奪った船だ。ジェニングスの旦那は今更それと返却して罪を許してもらおうと思わなかったのだろう。そうなら旦那の忘れ物を有難く俺たちが使っていくのが礼儀ってもんだ」
ヴェインの元にはフェリックスほか7名の他、恩赦に応じなかったジェニングス派、ホーニゴールド派の海賊が集まっていた。エドワード・ティーチの艦隊からも外れた彼らは仕える船がなく、失業状態だったのである。こうしてスパロウ号は鹵獲されたまま海賊船として使われ続けることとなり、フェリックスほか7名も乗員として配置された。
このとき、ヴェインはホーニゴールド派の他の海賊の何人かからある情報を耳にしていた。
「フェリックス、俺は以前グリンクロス島を襲撃したある海賊からマリサの情報を仕入れたんだが、マリサはグリンクロス島の総督の娘だそうだな。なんでそれを今まで黙っていたんだ?それなら堂々と総督に喧嘩を仕掛けていけるぞ」
ヴェインの言葉に周りの海賊たちは驚いた様子である。確かに戦争中にある海賊団がグリンクロス島を襲撃したものの、マリサの機転で手下が捕らえられている。どうやら船長は逃げ延びたらしいが、彼が情報をもらしたのだろうか。
「黙っていたなんていい言葉じゃないよな。あんたがいうとおり、マリサのことは真実だ。”青ザメ”時代から俺たちは身分や宗教、人種、立場など問わない集団だ。だからマリサがどこから来ようと大した問題じゃない。問題は強いか弱いかであり、頭目としてまとめ上げられるかだ。まあ総督には寄港した際、水や食料をいただいたこともあるからな、世話になっていたんだ」
フェリックスは少し自慢げに答えた。
「そうか、それならこうしよう。アーティガル号から来たお前たちは他の海賊と共にスパロウ号でアーティガル号を追え。そしてグリンクロス島を襲撃しろ。奴らはジェニングス船長を裏切った。ナッソーを裏切ればどうなるか思い知らしてやれ。お前たちが元”青ザメ”だからといって俺は気を遣わねえぞ」
ヴェインの言葉にハッとするフェリックス。そう、今までは自ら海賊化を望み、アーティガル号を降りただけだった。しかしこれからは頭目であるマリサと敵対するのである。
「お前たちは海賊なんだろう?それができねえでどうする。俺たちは恩赦の布告を受け入れず海賊としてジェニングスやホーニゴールド以上に海を制圧するんだ。これは俺の命令だ。やれ!」
ヴェインはそう言って懐からナイフを出し、フェリックスの喉元に突き立てた。首筋が刃先に触れて一筋血が流れ落ちる。
「……わかった……わかったよ……いうとおりにする」
フェリックスと他の7名は怯えていたがもう後悔するには遅すぎた。
こうしてヴェインは残った海賊をまとめ上げ、エドワード・ティーチとは別に海賊行為をしていった。
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