第26話 名誉のための決闘

 海賊共和国はその勢力を拡大し、略奪の被害にあった国々から抗議の声がイギリスへ届くようになった。戦争が終わり、航海の安全が守られなければならないのにもかかわらず、国籍問わず略奪をする海賊たち。そればかりか植民地への襲撃もみられた。


 奴隷は各植民地の労働力であり、モノ扱いされていた。アフリカ大陸から多くの奴隷が新大陸アメリカ植民地へ運ばれ過酷な労働で一生を終えなければならない。


 しかし海賊はここに目をつける。

 

 海賊は基本、自由である。

 アーティガル号のラビットは、”青ザメ”時代、奴隷船から逃亡したのをマリサ達に助けられ、そのまま海賊となり自由を得ている。(もっとも、戦後に逃亡奴隷として捕えられる恐れがあり、ウオルター総督が買い上げた形になっている。このことをマリサやラビットも知らない)

 同じように海賊共和国の海賊も奴隷を仲間として迎えるのである。

 ホーニゴールド側についたエドワード・ティーチもアフリカの部族の王子ブラック・シーザーを仲間としていたことから、海賊社会に奴隷制度はなかったと言ってよかった。(奴隷貿易はアフリカの黒人が関与していた。部族の争いで負けた人々を奴隷として奴隷商人に売り、その対価として白人から西洋の武器を手に入れたのである。このブラック・シーザーも部族の争いに負けて奴隷として売られていたが、奴隷船が海賊に襲われた際、海賊の仲間となることで自由を得た)


 ナッソーには海賊となって自由を得た元奴隷たちが住みつくようになり、このことが他の奴隷たちにも知れわたると、植民地の雇い主や奴隷たちに動揺が広がった。雇い主は奴隷たちの反乱を恐れるようになる。

 海賊というならず者に加えて奴隷たちも住みつき、島の住民はひっそりとして国の介入を祈るしかなかった。



 ホーニゴールドを師と仰ぐエドワード・ティーチは、彼の信頼を得て前年にスループ船の指揮を任されていた。スループ船に乗船していた海賊たちは100人に満たないものであったが、それを足掛かりとすることは十分であった。すでにこの時点でナッソーの4大海賊頭目(ホーニゴールド、ジェニングス、バージェス、エドワード・ティーチ)として名を知られていた。


 ベラミーに裏切られて以来海賊共和国の要塞化に精を出していたホーニゴールドだが、肝心の海賊行為はイギリスを相手にしない信条からその成果は披露されるようなものでなかった。


 ――ホーニゴールドの権威は地に落ちた――。


 そんな噂がナッソーを飛び交い、揶揄する者もいた。

 しかしエドワード・ティーチはホーニゴールドを裏切ることをせず、忠実な部下としてあり続ける。

 

 ジェニングスとホーニゴールドは反目しつつも互いに干渉をしないことで直接的な対決が避けられていたのである。



 ブラック・サムことベラミーの死から数週間後には、そのニュースがナッソーにも届いていた。

 わずか1年という短期間で誰よりも稼いだ若手の海賊の死とウィダー号の難破はナッソーの海賊たちを驚かせる。どんなに強く、稼ぐ海賊であっても死は平等にある日突然訪れる。それを思い知らされ、彼をしのんで酒を酌み交わす者もいた。


「そうか……ウィダー号が難破しベラミーと部下たちが亡くなったのか……」

 仲間からベラミーの死を聞き、黙り込むホーニゴールド。

「ウィダー号には財宝や積み荷が満載されていたらしいが、嵐で難破となるとその海域に財宝が浮かんでいるんじゃないか。カリブ海に散ったスペイン財宝艦隊の宝が海へ散ったようにな。回収して一儲けしようぜ」

 酒場でそのように盛り上がる海賊たちもいた。宝があり、そこに海賊が群がろうとするのは自然な話である。

 この話に乗り気の仲間たちが騒ぎ立てる。

「よし、そうとなれば早速回収しようぜ」

 ベラミーを偲んでいた海賊たちと妬んでいた海賊たちがここで対立する。

「黙れ!ベラミーの死を喜ぶ奴らは俺が許さねえ!」

 そう叫んだのはウィリアムズの部下だ。盟友ベラミーの死が辛かったのはウィリアムズだけでない。

 たちまち店の中は乱闘となる。大暴れをして財宝回収の話で盛り上がっていた海賊たちに向かっていく。体をテーブルにぶつけ、殴っていくが1人ではどうしても不利であり、彼は乱闘の末に腕を負傷してしまった。やむなく彼がピストルを持ち出したとき、周りで見ていた1人の男が制止する。

「ピストルを持ち出すなら外でやれ。ここはナッソーだ。やるなら海岸で決着をつけるべきだ。……だが、彼は負傷している。その腕でピストルを持たせるのはフェアじゃないだろう。それなら私が代わりに相手をしよう」

 その男はオルソンだった。いつもならアーティガル号に残り、あまり海賊たちとかかわりたがらないオルソンだが、その日は飲んだくれの息子アイザックのことが心配になって酒場へ来ていたのだ。

「本気か、お父さま。他人のために決闘だなんて……」

 思わぬことに驚いたルークがそばでささやく。

「心配いらん。心配するならアイザックを心配してやれ。どさくさに紛れて娼婦と部屋へあがってしまったぞ」

 オルソンの言葉通り、乱闘騒ぎの間にアイザックは娼婦に誘われて部屋へ行ってしまった。

 そう言われてルークが戸惑っていると、別の黒髪の娼婦が言い寄ってくる。

「あら、あまり大人の付き合いに慣れていないようね。なんならあたしが教えようか」

 ルークより年上だろうか。他の海賊と違い、貴族であるオルソンやアイザック、ルークは特に小綺麗にしているせいか娼婦から熱い視線を送られることがよくある。彼女たちの目には育ちがいい出自の海賊として映っていたかもしれない。

「すまないね。残念ながら僕の好みは金髪の女性なんだ」

 そう言うと黒髪の娼婦は金にならないと知って不機嫌そうな顔をした。

「ふん、偉そうに言うんじゃないよ坊や」

 ふてくされて他の海賊の方へ行った。

 

「お父さま、決闘するなら万一のために僕も付き添います」

「そうだな……もし私が負けたらお前が奴を倒せ。その覚悟があってそう言うのならな」

 オルソンの言葉に少し驚いたルークだったが、今オルソンが向かおうとしていることは遊びでないと思い知る。

「お前は何を企んでいる?俺と何もつながりはねえぞ」

 腕を負傷したウィリアムズの部下が思わぬオルソンの申し出に困惑している。ルークは刺繍が入った自分のハンカチを取り出すと彼の傷の血止めを試みる。

「そう、私はジェニングスの配下、元”青ザメ”アーティガル号の海賊であり、ホーニゴールド側のお前と反目しあっている立場だ。私が決闘を代わりに申し出たのはそのような小さなことでない。1人の海賊に何人もかかって負傷させた奴らの卑劣な行為が許せないんだよ。これを黙ってみていたら我々の頭目マリサも同じことをするだろう。我々は筋が入った海賊としてアン女王陛下のために戦った。その血が私にピストルを持たせようとしているのだ」

 オルソンにもっともな理由を言うと周りの海賊たちも口々にはやし立てる。

「ここはナッソーだ。問題の解決は決闘のみだ。さあ、みんな、海岸へでて結末を見ようぜ」

 男の声に押され、当事者を含めた人々がぞろぞろ海岸部へ移動する。

「なんだい、アイザックの奴は何も知らずにお楽しみの最中ということか……」

 ルークはため息をつき、慌てて後を追う。



 夕刻が迫った海岸では、穏やかに波が繰り返し打ち寄せている。周りに多く植生しているヤシの木々はこれから起きることを見守っているようだ。

 決闘の証人として選ばれたのはナッソーの自治を目指しているホーニゴールドである。稼ぎ高は少なくなって影響力はないものと思う者もいたが、配下のエドワード・ティーチはそれを打ち消すかのように海賊行為により稼いでいた。

「ナッソーの平穏のために、掟によりこの決闘が行われる」

 ホーニゴールドはそう言うと両者の持つ武器をいったん取り上げ、一丁ずつピストルを持たせた。そしてエドワード・ティーチには離れた場所で見守りを命じ、こう言った。

「もし決闘の最中、或いは結末で卑怯な手段をとる者がいたら撃ち殺せ」

 そう言われてティーチは集団を離れ、全体が見渡せる場所へ移動する。


 海岸の中央まで来るとオルソンと決闘の相手は顔を見合わせる。相手はオルソンより年下で、背も幾分低かった。しかしその日焼けと伸び放題の髭は彼が経験豊富な海賊であると示していた。

「この位置から双方後ろを向き20歩歩いたら振り向いて撃て」

 決闘のやり方は様々であり、剣を用いた決闘よりピストルを用いた決闘が浸透していた。剣を用いた決闘は使う者の年齢層や体力によって扱う剣の種類が限られてしまうからである。

「はじめる。……1……2……3……」

 2人は合図に合わせて歩みを見せ、周りの海賊たちが固唾かたずをのんで見守る。息子のルークは心の動揺を抑えられず、手が震えて仕方がなかった。

「……20」

 両者が振り向いてすかさず撃ち放つ。


 ズドーン!


 銃撃音が響き、2人とも衝撃を受ける。そして相次いで倒れた。

 一瞬、静寂が包み夕日の色は辺りを染める。


「お父さま!」

 動転したルークが駆け寄る。しかしまだ決着がわからないのでホーニゴールドに引き留められる。


 それから数秒か……。オルソンがゆっくり上半身を起こす。


 しかし相手は全く動きをみせない。彼の胸元は赤い血で徐々に染まっていた。彼は絶命していた。

「私も歳を取った。不覚にも負傷してしまった」

 そう言って笑みを見せるオルソンは左上腕部を負傷している。


「決闘はオルソンの勝ちだ。ウィリアムズの配下である彼の名誉は守られた」

 ホーニゴールドの声に歓声を上げる海賊たち。彼らは名誉がどうのこうのを喜んでいる者ばかりでなく、娯楽として楽しんでいる者さえいた。


 オルソンは痛みをこらえながら起き上がると、預けていた武器をホーニゴールドから受け取る。

「つながりのない男の名誉のためによく命を懸けられるもんだな。そういや俺は一度だけデイヴィージョーンズ号に海軍から海賊として乗りこんでいた男と出会ったことがある。厳しい目つきの男だったが、その男の影響か?。そうだとしてもお前は彼とどこか違う。海賊だが、別の顔を持っている、そうなんじゃないか」

 ホーニゴールドはオルソンの立ち振る舞いに疑念を抱いていた。

「たしかにあなたの考察は正しいと言える。でもそれは私だけじゃなかろう。どの海賊船においても全ての乗員が船乗り上がりとは限らない。海賊は基本自由だ。身分だけじゃなく人種も問わない。そうではないか?”青ザメ”は宗教さえ問わなかった。そしてどこの海賊よりも先だって女の海賊がいる」

「マリサのことだな。……女が船に乗っているあたり、海岸の兄弟の誓いにそむいているが、まあ海賊でありしかも頭目だからな。珍しい海賊集団だが、そのうち女海賊はまた現れるだろうよ。なぜならお前の言う通り俺たちは自由だからだ」

 そう言ってホーニゴールドはオルソンに右手を差し出す。ジェニングスとは敵対する集団の頭目であったが、負傷した仲間に成り代わり決闘を挑み、勝ったオルソンに敬意を払っていた。

 オルソンは特に表情を変えなかったが、ホーニゴールドの気持ちを理解し、固く手を握り返す。

「お前たちがジェニングスの仲間であることが悔しいくらいだ。順風満帆であることを祈るよ」

「同じことを私からも言わせてもらうよ、ホーニゴールド。互いに良き航海をしよう」

 こうして2人は別れ、オルソンはけがの手当てのためにアーティガル号へ戻る。



 アーティガル号では思わぬオルソンの負傷にハミルトン医師だけでなく、その場にいた連中も驚く。

「いつも落ち着いているオルソンが他人のために決闘?」

 マリサはオルソンの意外な行動に首をかしげる。オルソンは慎重な人間だ。決闘をするだなんて余程のことがあったのだろうか。

 傷の手当てを受けているオルソンをとりまき、不思議そうに見ている連中。

「こういっちゃなんだが……あんたとわしは長い付き合いじゃないか。いつまでも若いという気を起こすな。ここまで来たら長生きすることを考えようじゃないか」

 幸い傷は浅かったようで、ハミルトン医師は問題ないと言った顔を見せた。

「息子が結婚したとはいえ、まだ孫もいないんだ。年寄りというには早いぞ。ただ日ごろの鍛錬が少なかったのはいなめめない。体の動きが鈍ったのは確かだ」

 オルソンは傷の手当てが終わると連中にこう言った。

「怠けるといざというときに体が動かない。この私がいい見本だ。みんな、体を鍛えて剣や銃の腕を磨け。慢性的な人手不足のアーティガル号はひとり乗員が欠けても立ち行かないだろう。ひとりひとりが大切な乗員だ。そのことを忘れるな」

「あいよ!」

 そう返事をして持ち場へ着いていく連中。それを見届けたマリサはオルソンに話しかける。

「結果的にオルソンは決闘に勝ったので事なきを得たが、もしもオルソンが負けていたらどうするつもりだったんだ?オルソンは領主という立場だから、相続・爵位・何やら問題になっていたかもしれないぞ。それにアーティガル号でもオルソンは重要な位置にいる。頼むからもう二度と決闘なんてしないでくれ」

 マリサは決闘を知ったのは事後であったが、かなり心配をしていた。その心の動揺はマリサの瞳が揺れていることからオルソンに伝わる。

「……マリサの言う通りだ。私は少しばかり思慮を欠いていたようだ。息子もいることだし、我々の任務が終わるまでは決闘をすることはしないつもりだ」

 そう言って胸元からハンカチを取り出すとマリサの涙をぬぐった。

 マリサ自身も置き去りにされたスパロウ号の乗員たち……夫であるフレッド、叔父であるグリーン副長……の安否を確認できていない。海軍は救出に向かうはずだが、詳細を知らない。そして義母ハリエットと娘エリカは拉致されたままだ。

「拉致された家族について弱みを握られたくないからといって行動を起こさずにいたが、もう行動をおこすべきだよ。ここはひとつ、私にまかせてくれないか」

 オルソンの言葉は領地にいたころの語り掛けのようだ。マリサは無言で何度も頷いた。


 アーティガル号の乗員たちは仲間意識が高い。それは”青ザメ”として海賊行為を共にしただけでなく、捕虜となっていた自分たちを脱出させ、海賊行為による処刑からも救ったマリサの行動による影響もあった。身分・宗教・人種・性差を乗り越えた集団だからこそできた結束だ。規範があり、それに基づく自由がある。時代遅れの海賊であったが、それだけは時代を超えていた。封建社会において女性は男性の下、あるいは後ろにいる者と見られていた。例外なのは君主である。グレートブリテン王国としてイングランド、スコットランドの両国の統合をはかったアン女王もその1人だ。

 ”青ザメ”はスペイン継承戦争・アン女王戦争において国のために海賊行為をしていた私掠船あがりの海賊(buccaneer)だった。マリサが女海賊として自立していけたのはそんな時代背景があったからだろう。


 オルソンが負傷したことと、アイザックが娼館から戻ってこなかったことから出帆を見合わせたマリサ達。

「アイザックはもう大人じゃないか。心配しても始まらないよ」

 ルークが慰めるが、オルソンは傷の痛みより自分の気持ちがわからないアイザックへの心配で気が気でなかった。

「そういう問題ではない。お前は娼館が何をもたらすか知らないのか」

「何をもたらすって……そりゃあ、男の幸せじゃないのか」

 ルークが顔を赤らめて言うとオルソンは首を振った。


「幸せだけなら私が心配することはないだろう。懸念事項があるからこそ言っているのだ。お前も油断をしているとやけどをするぞ。できれば娼館の女に手を出すな」

 オルソンがそう言っている意味が分からず、ルークがその場を離れようとしたとき、1人の男が桟橋を渡り、アーティガル号へ乗り込んできた。

「桟橋をかけたままなんて危なくないか。俺みたいに他人が入り込んだらどうする?」

 その男は昨日の決闘騒ぎのもととなったウィリアムズの手下だ。傷の手当は十分だったらしくもう気にしていないようだった。

「女遊びから帰ってこない坊やを待っていたんだよ。俺たちは見捨てるような集団じゃないからな」

 リトル・ジョンがそう言って男に近寄る。

 この男の登場にオルソンも何かあったのかと気になり、他の連中共々やってくる。


「昨日は代わりに決闘だなんて俺が望んでもなかったことをしてくれて……まあ、ありがとうよ。俺はノア。ウィリアムズ船長の下で砲手を務めている。亡くなったベラミーは仲間思いの奴だった。そのベラミーの死を笑われているようで我慢ならなかった。お礼と言っちゃなんだが……何かお前のためにできることはないか」

 そう気恥ずかしそうに言う。


「私は礼を望んじゃいない。でもわざわざここへ来てくれたんだ。ノア、私たちに力を少し貸してもらえないか」

 オルソンはノアを招くとマリサ、リトル・ジョンを呼び、ある取引をすることにした。

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