第24話 置き去りの島からの脱出
置き去りの島では救助が来ることを信じてスパロウ号の乗員たちが毎日を生きている。
髪の毛や髭も伸び放題で、元の顔がわかりづらいほどだ。ジェニングスは置き去りにするとき、いくらかの銃や銃弾を置いていった。そしてその島には天候が荒れると様々なものがわずかな海岸や入り江に流れ着いてきたので、使えるものは使っていった。
「ジェニングスはこの島をどの航路からも外れている地図に載っていない島だと言ったが、嵐のたびに様々なものが流れ着くことから、付近を通る船はあるはずだ。置き去りの島だというジェニングスの言葉をうのみにすべきではない。諸君、これまで君たちは生きるために戦い、知恵と力を合わせてきた。それは船に乗るうえでとても重要なことだ。諸君の働きはこれまでに誰一人死んでいないことが証明するだろう。諦めるな。きっと助けが来る」
負傷していたエヴァンズ艦長はいくらか傷が癒えたものの、まだ治りきっていない。それでもときおりフレッドに体を支えてもらいながら乗員たちに声をかけ元気づけていた。
「艦長、少し声に張りが出るようになりましたね」
フレッドが言うとエヴァンズ艦長はほっとした顔を見せる。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。……乗員たちは家族や恋人を残している。帰りたくて仕方がないだろうが今の状況では我々の生存さえ届けられない。それは君も同じだろう?幼い子どもの顔を覚えているか?」
「……いえ……お恥ずかしいことですが、エリカの顔を思い出せないのです……」
フレッドがうつむくとエヴァンズ艦長は彼の肩をたたいた。
「その責任は私にある。船を奪われただけでなく、乗員の家族も不幸にしてしまった罪はどう償っても償いきれない。私は救助されてもその責任から裁判にかけられるだろう。艦長らしく堂々とするつもりだよ」
そう言ってエヴァンズ艦長は水平線を見つめた。それはどこか宙を見ているようでもあった。
エヴァンズ艦長のこの様子を何度もフレッドは見かけている。救助されても彼は裁判の後、処刑されることもあり得るだろう。そのことも艦長の心を重くしていた。
魚を獲ることがうまくなった乗員たちは、競うように魚を獲ったり海へもぐっては貝を採ったりしていた。嵐で難破した船から様々なものが流れ着くので利用できるものは利用した。小型のボートも手に入った。空の樽は水の貯蔵に使うことができ、木切れは小屋の建築に役立った。食料が流れ着いたときの喜びようは敵に勝った以上の様だった。そして海難事故のせいか多くの遺体が打ち上げられることもあり、彼らは遺体を丁寧に埋葬をし、祈った。亡くなった彼らの思いを引き継ぐかのように生き延びたいと思ったのである。
彼らは海戦と操船から離れた日々にいつしか慣れていき、日常化していった。それでも脱出したい、国へ帰りたいと思う気持ちは日増しに募るばかりだった。
そして祈りが神に届き、奇跡が起きる。
水平線上を凝視するグリーン副長はついに期待すべき影を見つける。
水平線に現れた小さな黒点。それはどんどん近づいてくる。間違いがあってはと思い何度も望遠鏡をのぞき、近くにいたフレッドを呼び寄せる。
「スチーブンソン君、君に見えるか。あの小さなものを確認できるか。私は興奮しすぎて思うように言葉にならない!」
グリーン副長は震える手で何度も望遠鏡を覗き込む。
呼ばれたフレッドも望遠鏡を取り出すとグリーン副長が示す方向を見た。
そこにみえたものは小さな黒点じゃなくすでに船の形をしていた。どうやら1隻だけじゃなく2隻だ。旗も望遠鏡で確認できるほどになっており、はっきりと海軍機が見えたのである。そして望遠鏡をのぞいている2人はその姿に見覚えがあった。
(間違いない。あれはアストレア号とグレートウイリアム号だ……)
フレッドが躊躇する横でグリーン副長は部下に指示をし、のろしをあげさせる。今までに何回か小さな船影を見つけるたびにのろしを上げたが、風向きに恵まれず、相手は気づかなかった。だが今度は初めからこの島へ向かっているのだ。
スパロウ号の乗員たちは皆海岸や高台へ出て大声で呼び始めた。その声はうねりとなって響き渡る。
うおーっ!うおーっ!
1人1人の言葉にならない喜びの声が風に乗ってかすかにアストレア号とグレートウイリアム号の乗員たちに届き、艦長をはじめ乗員たちの興奮がおさまらない状態だ。
海賊が置き去りの島・過去には宝の隠し場所として使っていた未知の島はこうして公的に知られることとなる。
グレートウイリアム号は島から少し離れて投錨し、グレートウイリアム号よりひとまわり小さなアストレア号が島へ近づき何艘ものボートを送り込む。
救助の船が来たことを士官候補生のクーパーから聞かされたエヴァンズ艦長は安堵の顔をする。これで部下は助かり、自分は船を奪われた艦長として裁かれるだろう。置き去りにされた全員、生き延びることができた。それだけでも本望である。
「良かった……本当に良かった……。神よ、この奇跡に感謝します」
そう言ってエヴァンズ艦長は天を仰いだ。
小さな入り江に何艘ものボートが到着し、懐かしい制服姿の乗員たちが降りてくる。かつて自分たちが降ろされ、そのまま置き去りにされたこの場所で今度は救助されるのである。
スパロウ号の乗員たちがボートめがけて走り寄っていく。クーパーはエヴァンズ艦長の身体を支えながら、彼らの後を追った。
のろしを上げていた部隊も撤収し、入り江へ急いだ。その一人、フレッドは心の中でマリサへの接し方に問題があったことを認識し、詫びなければならないと思いながら……。
「名前を名乗ってくれ。これじゃ顔が全くわからないじゃないか」
アストレア号の艦長は笑いながら周りを取り囲んだスパロウ号の乗員たちに声をかける。そう、スパロウ号の乗員たちはみんな髭や髪が伸び放題だったのである。生きるのが精いっぱいでそんな身だしなみを整える余裕などなかったのだ。
代表でエヴァンズ艦長は支えられていたクーパーの手を離すと、ゆっくりと自分の足で歩み、アストレア号の艦長の前へ立つ。
「私はスパロウ号の艦長、エヴァンズです。この奇跡への感謝で胸がいっぱいです……」
「初めましてエヴァンズ艦長。私はアストレア号の艦長を半年前に拝命いたしました。スミスというものです。ご自身の部下をよくまとめられましたね。お疲れ様です」
スミス艦長はエヴァンズ艦長と握手をする。そしてこう叫んだ。
「国王陛下、万歳!」
スミス艦長の声に続き、その場にいた皆が声を高らかに国王への賛美をする。
スパロウ号の乗員たちはそれぞれボートに乗りこみ、アストレア号へ送られた。医療が必要なエヴァンズ艦長は医者に診てもらう必要があるとスミス艦長が判断をし、先にアストレア号へ送った。
グリーン副長の部隊はスミス艦長とその部下を島へ案内する。島で暮らしていた状況の証拠となる物(グリーン副長とフレッドの部隊が島を探索し、地図を作っていた)を渡したり、幹に傷を入れて記録を取っていた木に案内したりしたあと、彼らをあの高台へ案内した。
「ここは私たちがジェニングスにはめられ、操舵を失ったばかりか多くの人員が命を落とした場所です。スパロウ号はジェニングスの船であるベルシェバ号を追尾し、この入り江まで追い詰めました。しかしこの辺りでスパロウ号の身動きが取れなくなったときに、ここと向こうの高台から海賊たちの銃撃に会い、多くの人員が命を落としました。その後我々はスパロウ号を奪われ、ここへ置き去りにされたのです」
そう言ってグリーン副長は島の複雑な地形を説明する。
「この入り江は一見、狭くなってその先がないように思えますが、船の操舵と帆の角度を変えれば通り抜けできるようです。事実ベルシェバ号とスパロウ号はこの入り江を抜けたのですから」
グリーン副長が見せた入り江は高い崖に挟まれていた。そしてそれは通り抜けができたのである。
「なるほど……。この島は2つの島に分かれていたのか。わかりにくい構造だな」
スミス艦長は多くの乗員の命が奪われた入り江を見つめ、祈りの言葉をささげる。
「我々は多くの乗員が亡くなる中で落ち着きを失いました。冷静に考えていたらまだここを抜けていたのかもしれませんが、結果的に判断を誤りました。ジェニングスの作戦を読めなかったことは私たちの責任であります。エヴァンズ艦長は自分のせいでこうなってしまったことを悔やんでいました。置き去りにされてからも日々死者のことを祈り、指揮をとってくださってます。そしてかなりの責任を感じておいでです」
「それは艦長ならそう思うものだろう。国王陛下の船を任されたのに奪われるのは処罰ものだからな。だが、今回は少し事情が違うのだよ。グリーン副長、そのあとの話は船で話そう。乗員たちに必要なものを運ばせおく。幸いここは水を補給できるようだ。海賊の島は国王陛下の島として活用されるようになるだろうからな」
そう言ってスミス艦長は部下に命じて水を補給させる。
一足先に船へ送られたエヴァンズ艦長は船医の手当てを受けることができた。
「残念ながら治りきっているとはいい難い状況です。まだ無理は禁物です。処置に必要な薬や方法もない中でここまで治っていることが奇跡ですよ」
船医は船にある薬で処置をする。確かに傷口が化膿し、悪化して亡くなることもあるのだから、処置しないままここまで来ているのは奇跡だというしかなかったのだ。
「……これは神が与えてくださった命だ。きっと私に何か役目があるのだろう。処刑されるのならそれも役目ということだ」
そう言うエヴァンズ艦長の言葉を黙って聞く船医。
「エヴァンズ艦長、あなたあての命令を本部から預かっているので見てほしい」
島から戻ったスミス艦長はそうって封筒を差し出す。その場にはグレートウイリアム号のベイカー艦長も立ち会っている。
2人に見つめられ、慎重に封筒を開けるエヴァンズ艦長。
(処刑されるというのになんて仰々しいのだ?)
はじめはさらっと読み流したが、その意味を掴むため二度目は言葉をかみ砕くかのようにゆっくりと読んでいく。そしてその意味が分かると手が震えて涙が零れ落ちた。
「……この私にもう一度艦長として役目を与えられるというのか……」
信じられないという表情で首を何度もふる彼をスミス艦長は温かい目で見守っている。
「そういうことだよ。エヴァンズ艦長。海賊を討伐し、スパロウ号を奪還するのだ。海賊の横暴は今や国際問題であり、国王陛下の悩みの種だ。我々はこれ以上海賊の蛮行を許してはならない。我々の船は共に”光の船”と戦った……もう一度海賊と戦い、海上の治安を取り戻そう。エヴァンズ艦長を含めたスパロウ号の乗員たちはそれまでアストレア号とグレートウイリアム号に分けて配属されるが体と心の休養も必要だ。エヴァンズ艦長はアストレア号でその時が来るまで治療に専念してくれ」
なんと初めから処刑ありきでなく、まずスパロウ号の奪還をせよとのことだ。処罰しても問題は解決しないということか。
そこへグリーン副長とフレッド他生き残っていたスパロウ号の士官や士官候補生も呼ばれ、命令書の説明を受けた。
「海賊にやられっぱなしじゃ国王の威信にかかわる。何としても船を奪還するぞ」
グリーン副長の言葉に黙って頷く乗員たち。
それにしてもジェニングズが
「あの島は未知の島として存在していました。一部の海賊だけが知っていた島を誰があなた達に教えたのでしょうか」
この質問にエヴァンズ艦長とベイカー艦長が視線を合わせ、笑みを見せながら答える。
「海賊だけが知るあの島のことや君たちのことを教えてくれたのは海賊なんだよ。しかも”青ザメ”の……」
そう言ったとき、すかさずフレッドが大きな声を出す。
「マリサ!マリサが教えたのですか」
フレッドの声にマリサの叔父にあたるグリーン副長も驚きを隠せない。
「……マリサ……?海賊?どういうことだ……マリサたちは海賊じゃなく、商船に従事しているはずだぞ……」
グリーン副長が戸惑うのも無理はない。
彼らはマリサとその家族に起きていることを知らないのである。
「いきさつを説明しましょう。あなた方がジェニングスにはめられて置き去りにされた頃、マリサの家族はジェニングスに拉致され、現在行方不明となっています。マリサとアーティガル号の連中はそれを海軍へ相談に来ました。その際、スパロウ号をナッソーで見かけたと聞き、我々はマリサたちと取引をしました。マリサ達はスパロウ号の乗員の消息をつかみ、マリサの家族の救出をするためにジェニングスの傘下に入り海賊化したのです。これはナッソーへ入ることができない海軍の作戦であり、マリサ達は海賊たちの動向をつかみながらあなた方の情報を手に入れることができ、それをうけて我々が島へ向かったわけです」
スミス艦長が経過説明をしていく。
「エリカと母が拉致……?エリカ……エリカ……母……」
説明を聞きながらもフレッドは自分の家族に起きた事件のことでそのあとの説明がうまく入らない。それはグリーン副長も同じだった。
「海賊共和国と彼らが呼ぶナッソーは国や海軍も見切った状態であり、内部を探るには海賊化して入るしか手はありません。もちろんこのままアーティガル号の連中が海賊化から戻らない可能性もあります。そうなれば例え作戦であっても処刑の対象となります。我々はマリサの統率に賭けています。連中をまとめ、無事に家族を救出するだろうと」
ベイカー艦長が補足する。
「スチーブンソン君、心配なのは私も同じだ。まずはエヴァンズ艦長のもとで体制を立て直すべきだ」
そう言ってグリーン副長はフレッドの肩をたたく。それでもフレッドの身体は小刻みに震えている。
「僕はマリサを傷つけたばかりか、娘にかかわろうとしなかった……。僕は貴賤結婚という重圧に負けてしまったのです……」
小さな声で話しながら涙を流すフレッド。
「……スミス艦長、ベイカー艦長……。スチーブンソン君は私預かりでよろしいでしょうか。私の方で彼を落ち着かせ、立ち直らせたいと思いますが、いかかでしょうか」
「まあ、君とスチーブンソン君はデイヴィージョーンズ号からの付き合いだと聞いている。その方が彼のためならばよいと思う」
グリーン副長の申し出を快諾する二人の艦長。
まずは体勢を立て直し、好機を逃さずスパロウ号を奪還しなければならない。
こうして海軍は動きを見せる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます