第23話 ポート・ロイヤルへ

 マリサはスパロウ号の乗員たちと置き去りの島の情報を海軍へ知らせるためにエンジェル号へ乗り込み、ジャマイカのポート・ロイヤル港で下船する。


 海賊化したアーティガル号は海軍駐屯地があるジャマイカへ寄ることはできない。そのためエンジェル号を拿捕して船長と取引をした。

 そのひとつがマリサと掌帆長ハーヴェーをジャマイカへ送り届けることだった。


「これがスパロウ号の乗員たちが置き去りにされている島の所在地です。細かな位置関係は立場上あたし達で調べることはできませんでしたが、ジェニングスの部下が娼婦に漏らした情報をまとめたものです」

 マリサはアイザックが娼婦を相手にしながら得た情報と地図をその場にいる艦長や士官たちに差し出す。

「そんな島があったのか……。確かに海は広くまだ我々が知らない島もあるのだろうが、この所在の地図によれば航路からそう遠くない位置にその島があるということか。なぜ気づかなかっただろうな」

「そこに島はない、と決めつければ見つけられないということだよ」

 そう言って笑ったのはグレートウイリアム号のベイカー艦長だ。

「なんでも決めつけは良くないからな。まずは作戦の1つが達成できたわけだ。感謝するよ、マリサ」

 アストレア号のスミス艦長がマリサとハーヴェーにコーヒーを淹れる。


 これでフレッドだけでなくグリーン副長や他の乗員たちが助けられるだろう……いや、そもそも無事なのか……。島の所在を掴んだものの、スパロウ号の乗員全てが無事かどうかもわからない。マリサの不安は治まらない。そしてマリサにはもう1つの予感さえあった。


「スパロウ号の乗員たちの救出をお願いします。ただ、海賊たちがここまで勢力を広げたことに何か理由があるのではという疑念が無きにしも非ずです。単純に略奪だけでここまで海賊たちの勢力が大きくなったとは思えません」

 マリサがそう言うと先ほどまで笑顔だった艦長や士官たちの表情が硬くなる。


「ほう……。君は何か裏があるのではないかと見ているのだね」

 興味を示し、彼らはマリサに注視する。

「ジェニングスの一件を含め、ジャコバイトの存在が見え隠れしています。ロンドンのコーヒーハウスであたしはジャコバイトを名乗る男にこう言われました。アン女王陛下から助けられた命ならジャコバイトとして戦え、と。それだけでなくジェニングスもジャコバイトとかかわりがありました」

「それはアーチボルト・ハミルトン前ジャマイカ総督のことだな。それなら心配いらん。彼は逮捕され国へ送還されたよ」

 そう言ってスミス艦長はマリサに保存してあった新聞を見せる。

 マリサはその記事を一通り読むと首を振る。

「ジャコバイトはその存在を隠すかのようにひっそりと活動をしています。勢力を伸ばしたかのように見える海賊ですが……彼らは利用されている、そうみていいと思います。全ての海賊がそうでないとしても、利用されている海賊がいる限り利用している奴らも必ずいます。あたしたちの敵はジェニングスやスペイン・フランスでなく……ジャコバイト、そう考えています」

 マリサの話を隣で聞いていた掌帆長ハーヴェーが目を丸くしている。


(お、おう……マリサよ……そこまで推測するのか。それはさすがの俺も考えなかったぜ……)


 飛躍するマリサの考えに驚いたハーヴェーは”青ザメ”が私掠だった時代からの古参の乗員の1人であり、戦死した大耳ニコラスとともにマリサの成長を楽しみにしていた。


(ニコラス、ロバート、デイヴィス船長……本当にマリサは成長したんだねえ……)

 しみじみと思い、涙が出てきていた。


「ハーヴェー、あんた何を泣いているんだ?優しいおじいちゃんになって戦いを忘れてしまったんじゃないのか」

 マリサがハーヴェーの様子を不思議に思ってそういうと艦長たちの表情が緩む。


「ジャコバイトについては我々も危険分子だと見ている。ジェームズ・スチュアート様を国王として迎えたいそうだが、そのことで国を二分するわけにいかない。軍部はその動向を見ている。君にも何か思うことがあるのか」

 ベイカー艦長はこれまでのジャコバイトが起こした反乱や事件をマリサに話し、尋ねた。


「あたしは海賊を利用しているジャコバイトを見つけ出し海賊として潰します……あ、いえ……そのときは軍部に引き渡します」

 海賊は逮捕権や処罰する権利もない。海賊はあくまでも処罰される側だからだ。だから捕まえてもその処遇は国へ任せるべきだろう。マリサは慌てて自分の言葉を変えた。


「海上輸送において重要な商船は今や海軍の護衛なしでは航行できないほどだ。その費用は商船の輸送代に跳ね返ってくる。我々海軍にとって敵は海賊だ。海上輸送の安全を守らねばならない。ジャコバイトを敵だという君のその決意は何か考えがあってのことだな」

 艦長や士官たちはコーヒーを飲み干し、マリサの話に聞き入る。

「海賊が略奪によって得た収入はジャコバイトにも流れています。これはジェニングスの動きから知り得ています。それはホーニゴールド側の海賊も同じことでしょう。あなた方が海賊を討伐することはジャコバイトの弱体化を導くということです。何としてもあたしたちを利用しているジャコバイトをあたしは見つけ出したい、そう思っています」

 

 マリサの決意は固い。ロンドンのコーヒーハウスでジャコバイトに襲われたとき、なぜ深く考えなかったのか。結果的に家族を拉致されジェニングスの配下になってしまった。だから何としても利用している奴らをその手で仕留めたかった。


「話は分かったよ、マリサ。ああ、そうだ……君の夫であるスチーブンソン君やグリーン副長はスパロウ号の乗員だったな。我々も国王陛下の海軍としての威信がある。必ず乗員を救出し、スパロウ号を奪還させることを約束しよう。アーティガル号の作戦は海軍に周知されている。今度は君の家族の救出とジャコバイトの情報を掴むことを目的として活動してくれ。ところでマリサ、ちょっと尋ねるのだが……」

 スミス艦長が話題を変えてくる。何か疑念があるのだろうか。

 

「恩赦を海賊に与えることをどう思うかね。確か君たちはウオルター総督から恩赦をもらったはずだね」


 恩赦……それはマリサを苦しめただけでなく勇気づけ、連中を救った手段だ。


「”青ザメ”は過去に犯罪を犯した者が潜んでおり、そのためウオルター総督は恩赦でなく特別艤装許可証を船に与えてあたしを守ろうと考えてくれました。ご存じの通り総督はあたしの父です。しかし犯罪人が自首したことで恩赦を受けることができ、連中は罪を許され縛り首の恐怖から逃れることができました。恩赦は有り難く、連中の中には家族や恋人を得た者も多数います。ナッソーの海賊の中にはジェニングスのように財産を持ち、学識のある者もいます。そうした彼らは恩赦と海賊行為による犯罪を天秤にかけることができるでしょう。二大巨頭がそろい、国や海軍も見切ったと言われる海賊共和国ナッソーですが、恩赦を出すことでその基盤が崩れる可能性は十分にあります」

 

 マリサの言葉に何度も頷く士官たち。


「巨頭の1人であるホーニゴールドは私掠船あがりなので愛国心があります。もし海賊共和国と交渉するなら彼がいいでしょう。ホーニゴールドはイギリス船を襲わない方針だったため、臆病な海賊として民主的に船長交代となり、ナッソーの自治に力を入れています。彼の腹心のエドワード・ティーチはとても賢く思慮深い海賊だと聞いています。今はホーニゴールド側にいますが彼が艦隊を組んだときにどのような戦いをするのかはまだわかりません」

 マリサはジェニングスとホーニゴールド以外にもこのエドワード・ティーチを注視している。若さなのか無鉄砲かはわからないブラック・サムことベラミーの急成長にはさほど興味はない。しかしティーチは自分と同じ駆け引きがあるように思えた。


(ジェニングスとは違う意味で天秤をかけるだろう……敵なのか味方なのかはまだわからないが、注視は必要だ)

 アーティガル号と合流する帰路、マリサはナッソーの海賊たちとのかかわりを考えていた。

 


 黄金期を迎えた海賊共和国。マリサはそれがいつまでも続くと思っていない。これまでの海賊や私掠の活動をみても歴史は変わっていった。時代が変わりつつある中で海賊”青ザメ”は時代遅れの海賊(buccaneer)として運命に抗い戦争を生き抜いた。

 戦後は商船として平穏に活動するはずだったが、王朝交代の時代が変わる中で家族を拉致され間接的にジャコバイトとかかわりを持つこととなってしまった。そう、ここでもまた時代が変わることに抗っているのである。


(お義母さん……エリカを頼みます……)

 義母ハリエットはとても主体的な女性だ。常にデイヴィスを陰で支えていたイライザ母さんとは異なる生き方だが、マリサと共感するものがある。ハリエットはきっとエリカを守り抜き、救出を待っているだろう……マリサは信じることで迷いを吹っ切る。


 

 ジャマイカのポート・ロイヤル港をあとにしたエンジェル号は用件が済んだマリサとハーヴェーを乗せ、約束の錨地を目指す。

「海賊と商売をしたなんていい経験でしたよ。でもこれからは商船でも武装が必要となるでしょうね。例の作戦がうまく遂行されることを祈っていますよ」

 エンジェル号の船長は凛として立ち振る舞い、海軍の上層部相手に交渉をやり遂げたマリサに対して女性としてでなく大人として見ていた。自分の知る限りどこの女も一歩下がった位置におり、男と同格に見ようと思えなかったからだ。

「今回のことはかなり船長や船にも迷惑をかけた。本当にすまなかった。エンジェル号の協力がなかったらスパロウ号の乗員の救出はできない。新聞には載らないだろうが海軍の乗員たちを救う手助けをしたと自負してもらったらいい。本当にありがとう」

 マリサはとても海賊らしからぬ笑顔で感謝の意を表す。


 やがて指定された錨地へ着き、マリサとハーヴェーはアーティガル号へ乗り込む。連中はマリサの表情から無事に海軍へ情報を渡したことを知り、安堵する。

 別れ際、マリサは自分のサーベルを船長に手渡した。

「もし海賊に出会ったら『この船は”青ザメ”の息がかかっている、襲えばマリサを相手にすることとなるだろう』と言ってくれ。効果があるかどうかはわからないが、そのサーベルはあたしの名前が彫られている。ちょっとした気休めぐらいにはなるだろう」

 長年使ったサーベルだがサーベルの替えは調達できる。これはせめてものお礼だった。


 船長はサーベルを有り難く受け取ると乗員たちに指示を出す。

「錨を揚げろ!出発するぞ」

 弦側からアーティガル号を見つめ手を振る。


 アーティガル号もそれを受けて錨地を離れ、海賊共和国を目指す。奇妙な取引だったがこれも刺激になったようだ。連中はいい表情でエンジェル号を見送ったあと、自分たちの仕事に就いた。


「家族のことで何か話をしたか?」

 オルソンと息子たちがマリサに寄り添う。息子たちはマリサと同じ船に乗り、行動を共にできることが本当に嬉しくてたまらないのだ。

「いや……その話はしていない。それでもお義母さんとエリカはニュープロビデンス島のどこかに軟禁されていることは間違いないだろう。女や小さな子を相手に拷問しても得るものはない。悪賢いジェニングスのことだ。どのようにあたしを動かせばよいのか感じているはずだ。ただ……」

 そうマリサが言うと息子たちも聞き耳を立ててきた。

「ジェニングスはジャマイカに土地を持つ裕福な人間だ。海軍から彼の素性について他にも情報があった。その資産を捨ててまで海賊をする意味が彼にあるのか……そんなジェニングスを動かすとしたら……『恩赦』だろう」

「恩赦?そんな動きがあるのか」

 驚くオルソンを前に首を振るマルサ。かつて”青ザメ”が犯罪人の自首と共に受けることができた恩赦はウオルター総督からのものだ。国の植民地を任されているとはいえ、島の総督の判断で恩赦を与えるのは余程のことだった。


「マリサの考えは間違いでない。恩赦が出るかどうかは国王陛下のお考え次第だ。海賊行為による処刑と命の天秤がかけられる男は限られているから仮に恩赦が出たとしても全ての海賊が受け入れるとは思えない。だが、海賊共和国は必ずほころびを見せる。法や秩序がない社会は長く続かないからだ」

 オルソンの言葉をじっと聞き入る息子たち。

「お父さま、領地の仕事をしているときよりずっとかっこいいよ。目の前の貴族がお父さまであることに誇りを持った。そうは思わないかい?アイザック」

 真顔で話しているオルソンを前にしてルークのこの対応は緊張感を無くしていく。

「そうだね、兄さま。毒の守り人(オルソン家に伝わる機密事項)なんて僕たちの性に合わないよ。戦ってこその僕たちだ。かっこよくいきたいね」

 アイザックも酒を飲み干すと赤ら顔で答えた。

「オルソン家の秘密は秘密じゃなくなったみたいですね。ではアーティガル号の乗員としてしっかりと働いていただきます。ルーク様、アイザック様、アーティガル号へようこそ」

 そう言ってマリサは二人に手を差し出す。

「こちらこそ、改めてよろしく。ああ、マリサ。僕たちを様付けするのはやめてほしい。船上において僕たちは身分や宗教など問わない集団だろう?」

「では、ルーク、アイザック。優秀な乗員の1人オルソンの指示をよく聞いて動き、自分の身は自分で守ってくれ」

 マリサの言葉にオルソンは天を仰いだ。


(私は子守をするのか……)

 

 デイヴィージョーンズ号に海賊の1人として乗っていた頃は長く領地を留守にしていたことがままあった。今はその償いなのかもしれない。それなら息子たちを守っていこうと思った。


 長子に伝えられるあの屋敷の秘密(植物や鉱物など様々な毒を扱っている。屋敷には有毒植物が植えられ、庭師ジョナサンが管理している)を彼らは何かのきっかけで知り得て自分たちで知識を身に着けていったのだ。

 オルソンは秘密が秘密じゃなくなったことに戸惑いもあったが、逆に一族で守られるべきことだろうと自分に言い聞かせる。


 

 マリサが海軍へ置き去りの島について情報を出したことにより、海軍ではすぐさま救出計画が練られる。神の導きか、相次いでアストレア号とグレートウイリアム号がポート・ロイヤルへ入港し、かつてスパロウ号と共に海戦を共にしたこの2隻が救出船として選ばれたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る