第22話 ホーニゴールドの罷免とコッド岬の幽霊
海賊共和国のもう一人の巨頭であるホーニゴールドは、フナクイムシの被害にあっていたベンジャミン号を手放し、スループ船のアドベンチャー号を旗艦とする。ベンジャミン号は200名の海賊たちを乗せて略奪をしていたが、さすがにフナクイムシにはなすすべもなかったのである。
海賊の仲間は国籍を問わず加わる。オリビエ・ルバスール船長率いるポスティリオン号の海賊もホーニゴールドの配下となった。ルイ14世から私掠免許をもらい、フランス海軍士官から海賊となった集団であったが、海賊行為に国籍はなかった。フランスもイギリスと同じく、ルイ14世が崩御をし、1715年9月にルイ15世が即位して新たな歴史を刻んでいた時代の変化とともにあった。
「ほう、アーティガル号の海賊旗も珍しいが、彼らの旗も変わっているな」
初めてポスティリオン号の海賊旗を見た海賊たちは、物珍しさにしばらく見入る。
海賊旗と言えば黒い布に
「おしゃれなフランス人だから海賊旗もおしゃれなんだよ。俺たちも身なりを整えて貴族のようにふるまわねえといけねえぜ」
男の言葉にその場の海賊たちは大笑いをする。
事実、海賊と言えど船長の中にはこざっぱりとして身なりを整えている者もいた。
一見、これで海賊の島として統一されたように見えたニュープロビデンス島・ナッソー。しかし亀裂は思わぬところから入る。
ナッソーを拠点とする海賊集団フライング・ギャングを統括するホーニゴールドは、ジェニングスを仲間として迎え入れたことで海賊同士の争いを避けたのだが、秩序のある法が存在しない『海賊共和国』では海賊たちを結び付けているのは略奪品や金であるため、もろさが見え隠れした。
今日もホーニゴールドを司令官とする船団は新大陸アメリカを行き交う船を狙っている。彼の配下には良家の子息でありながらなぜか海賊の道を選んだティーチや、逃亡奴隷から海賊となったアフリカの部族の王子・ブラック・シーザーがいた。
ブラック・シーザーはもの覚えがよく、船の操舵を任された。このことは奴隷出身であっても仕事ができれば同じ仲間とする民主的な考えがあってこそのものだ。
そして読み書きができる賢いティーチはホーニゴールドの手の内を学びながらいつかは自身の艦隊を作ることを夢見ている。彼は他の海賊と違い、慎重に考えることができ、そして計算深かった。
それでもやはり女を抱くことは他の海賊と同じで、ナッソーへ戻るたびに好みの女を抱いていった。
そんな信頼できる仲間を得て海賊行為をするホーニゴールドだったが、彼には譲れない信条があり、仲間との間にずれが生じる。
曇天での航行中、ブラック・サムことベラミー船長、ティーチを連れ、フランスの海賊ルバスールとカリブ海にあるイスパニオラ島で合流したホーニゴールドたちは一隻の船と遭遇する。艤装はなく、新大陸から欧州へ向かう船と思われた。
「天気はすっきりしねえが獲物ははっきりと見える。これは神様の導きだぜ」
ホーニゴールドの仲間たちは遠く水平線上に捉えた船をみて気持ちが高まる。
「いや……待て」
ホーニゴールドは彼らの前に進むと望遠鏡で確認をする。そして檣楼にいる男にも確認を求めた。彼もより高い位置から確認をするとその結果に首を振って答える。
「やはりな」
ホーニゴールドは頷くと、取り巻いている連中にこう言った。
「旗を確認した。あの船はイギリス船だ。しかも嵐にあったようで船が被害を受けている。ここは見送ることにする」
そう言うと海賊旗を揚げようとした乗員を制止する。
これまでもホーニゴールドは獲物である船に遭遇しながらも、その船が嵐に合ったイギリス船であることを確認すると襲撃をしなかった。
これはホーニゴールドがスペイン継承戦争においてイギリスの国益のために戦った私掠船あがりの船長であり、それを誇りとしていたことが起因した。
「目の前にいる獲物をみすみす逃すのか。俺たちは海賊だぞ。略奪しない海賊がこの世のどこにいるかってんだ!」
不満をあらわにした乗員たちが口々に叫ぶ。この様子をティーチは静観している。彼はホーニゴールドを師とする忠実な部下だった。何があってもホーニゴールドについていく気でいた。
乗員たちの騒ぎはベラミーやフランスの海賊であるルバスール船長も加わり、事態の収拾にあたることとなる。
「騒いでいても始まらん。ここは民主的に投票でホーニゴールドが船長として継続した方がいいか決めようぜ」
ここに海賊共和国の掟が適用され、イギリス船を襲わないホーニゴールドの艦隊長としてふさわしいかどうかの投票が行われる。
その投票結果は船団の司令官ホーニゴールドを罷免するものだった。海賊共和国を作り上げ、ナッソーの要塞化を続けているホーニゴールドだが、イギリス船を襲わない彼の主義主張は配下の海賊に認められることなく、『臆病な海賊』としてあっさりと罷免された。
ホーニゴールドはティーチを含む26人の部下を引き連れ、ニュープロビデンス島ナッソーへ帰還する。26人の部下は投票でホーニゴールドの罷免に反対をした仲間だ。ホーニゴールドの船、アドベンチャー号はスループ船であり、海賊行為をするには小さくて力不足だった。船を変える必要があったが、そのことより海賊共和国を強固な島とするため島の要塞化をすすめねばならなかった。
「俺は船長についていく。これからもよろしく頼む」
ティーチはホーニゴールドに手を差し出す。それはホーニゴールドを哀れと見ていたのではなく、それまで彼とともに海戦をした中で海賊としての力を見出していたからである。ホーニゴールドの方もティーチをはじめ、自分についた26人の仲間に一層の信頼を置く機会となった。
船隊長を罷免されたホーニゴールドは自身の存在価値を見出すためか、島の要塞化に精を出す。
国や海軍も手を出さず、役人さえ逃げたニュープロビデンス島ナッソー。島の入り江は身軽な多くの海賊船を停泊できたが、大型の帆船である海軍のフリゲート艦クラスでは水深が浅いので入ることはできない。ジェニングスが拿捕したスパロウ号もそうだ。しかし、いつ海軍が討伐に来るかもしれない。その時、ナッソーの海賊団であるフライングギャングたちが揃って迎え撃っても、海軍が多くの砲門を持つフリゲート艦クラスで艦隊を組んできたとしたらなすすべも無いだろう。
島の防衛は必須だった。
ホーニゴールドは島の砦に大砲を置き、港には32門の方を持つ船を待機させて要塞代わりとした。
彼は例え自分を罷免した海賊たちであっても、同じ海賊共和国ナッソーの仲間として拠点であるナッソーを守ろうとしているのだ。ホーニゴールドのこの姿にティーチは彼への信頼を増す。
(ホーニゴールド、俺の中では間違いなくあんたは船隊長だ)
彼についてきたことは間違いないとティーチは確信する。
その後ホーニゴールドはティーチをスループ船の船長とし、ともに海賊行為を行う。お互い信頼関係がなかったらこのようなことはできなかっただろう。ホーニゴールドのもとでティーチは海賊としてのセンスを磨き、計算深い海賊として育っていった。
読み書きができる海賊は重宝がられる。資産家や貴族といったように身分が高い者を除いて、教育を受けないまま成長し、働く人々は少なくなかった時代だ。
文字の読み書きさえできれば相手との交渉・コミュニケーションを記録として残すことも可能である。
ある日ティーチはいつものようにその日の略奪について日記を書いていた。読み書きができない海賊たちは最初、興味深そうに毎日日記を書くティーチを見ていたが、それも慣れてしまい特に気にも留めなくなっている。
しかしホーニゴールドはこの几帳面なティーチに指導者としての才覚を見出していた。
「エドワード、お前は何でも几帳面だ。お前がやっていることを俺もずっと前からやっていたらと思うくらいだ。海賊だからと言って行き当たりばったりじゃいけないからな」
ホーニゴールドにそう言われてティーチは何度も頷く。
「そうさ。記録は過去の反省であり将来の指針のきっかけともなる。その日の天候、その日の航行、航路、どこの船がどこを通りかかり何を積んでいたか。病気の発生はなかったか。略奪について死者やけが人が出たか。何でも記録できるものは記録した方がいい。ホーニゴールド船長、俺もいつかは船長の様に船隊を組んで海賊行為をしたく思っている。その日のためにこうして記録をとっているのさ」
「
そう言ってホーニゴールドはティーチの肩をたたいた。
一方、艦隊長ホーニゴールドを罷免した後、残された船団ではベラミーが新たに船長となり、以前からともに行動をしていたウイリアムズが操舵を任される。
彼らは国籍関係なく船を襲って略奪していき、海賊たちは金持ちになっていく。後にベラミーは短期間で誰よりも稼いだ海賊として後世に名を残すことになる。
このベラミーの活躍はコッド岬で待つ、ベラミーの恋人、グッディも知ることとなる。
「ベラミー、ニュースになるほど稼いでいるのね」
ベラミーと結婚することなく子を宿してしまったグッディは家を追われ、隠れるように粗末な納屋で暮らしていた。お腹の子はそんなグッディの境遇を知ることなく育ち、生まれた。誰からも祝福されない赤子の誕生であったが、それでも恋人ベラミーの子は愛おしく、寂しさをまぎらわせた。
婚外子というグッディの子の立場はマリサとその双子の姉であるシャーロットも同じだったが、保護者と経済的な背景に恵まれたことで違いがあった。
グッディはいつの日かベラミーが自分と子どもを迎えに来ることを信じて、周りの視線に耐えて暮らしている。
ある日、食べ物がなくなり赤子をわらの上で寝かしつけると外へ食べ物を探しに出ていった。なんとかして自分も食べなければ乳も出ないからだ。
時間がたち、ようやく少しの果実を見つけたグッディは赤子が泣いていると思い、急いで納屋へ戻る。
「なんてこと……」
言葉を失い泣き崩れるグッディ。
赤子はわらに埋もれて死んでいた。まだ寝返りもできなかった赤子はわらに埋もれても体を動かすことができず、窒息したのだろう。
理由についてグッディだけでなく他の人々もわからない。そんな時代だった。
冷たくなった我が子を抱きしめ、何度も声を殺して泣き続ける。それでも子は亡くなったというのに乳房が張ってくる。我が子はもう乳を飲むことができないのに。
思わずグッディは声にならない声で子守唄を口ずさむ。その後すすり泣く声がしばらく続いた。
グッディの様子を監視するかのように見ていた村の人々は、赤子が亡くなったことを知ると役人に告げ口をする。
硬直した赤子を抱いたまま、ずっとわらの寝床に座り込むグッディ。
そこへ役人がやってくる。
「グッディ、赤子を殺した罪で逮捕する」
そう言ってグッディと赤子の亡骸を引き離し、グッディを拘束した。
「違うわ、私は赤子を殺していない!」
叫び、引き裂かれた亡骸に向かおうとするグッディを役人たちが抑えこむ。激しく抵抗するが、男たちの力にかなうものではなく捕えられた。
「ベラミー、なぜ迎えにこないの?あなたを呪うわ!」
役人に連行されるグッディは全身で叫んだ。
恋人に届くはずもないグッディの泣き叫ぶ声は、無情にも鉛色の空に響く。
殺人罪で逮捕されたグッディは無実を訴えながらもバーンステーブル刑務所へ収監された。
愛するベラミーの活躍はニュースで知ることができたのにいまだに帰ってこない。そしていつか3人で暮らせると信じて愛しんだ我が子は亡くなってしまった。それを殺人だと言われたグッディはこの悲劇に泣きあかす日々を送った。それは確実にグッディの精神を
刑務所を抜け出しては奇声を発し、夜な夜な海辺を徘徊するグッディ。それはどこかにベラミーを待つ記憶の片鱗があったのかもしれない。しかしその頃にはグッディの容姿もすっかりかわり、やつれて髪を振り乱している姿はかつてのグッディを知ることができないほどだった。
コッド岬において叫びながら真っ黒な海原の一点を見つめるグッディ。それはまさしく魔女、もしくは幽霊のようだった。
この異常行動のため、精神を病んだと判断した役人は刑務所からグッディを強制退所させる。人々はグッディが魔女と契約をしたとして恐れ、グッディは町を追われた。その後もコッド岬で、或いは刑務所で彼女の幽霊を見たという噂は絶えることなく、その地はグッディの幽霊がでるということで有名になる。
ベラミーは全くこのことを知らず、若手で紳士的な海賊として名を上げていく。
ある日のこと、彼らは新大陸アメリカ北部ケープコッド沖にてモーニングスター号を発見し、それは格好の標的となった。
「俺たちは海賊だ。荷をいただいてもかまわないかな?」
謙虚に船長に申し出るベラミー。海賊船の船長であっても全く威張らず、襲撃した相手に紳士的に対応をする。
「い、命だけは……仲間の命だけは助けてくれ」
モーニングスター号の船長は彼の紳士的な振る舞いに落ち着きを取り戻す。
ベラミーはかつらをかぶることなく、長い黒髪を高級な絹のリボンで結んでいた。ストッキングをはき、靴の金物は磨かれて光っていた。ビロード生地の衣服姿はまるで貴族の貴公子のようであった。
「では船長、いっそのこと仲間にならないか」
モーニングスター号の乗員たちは殺されるよりは海賊にでもなった方がいいと言い出す。こうしてモーニングスター号の乗員たちはすべてベラミーの配下となり、公平公正に分配された戦利品を受け取った。
このように他の海賊とは違って紳士的なベラミーを義賊として受け止める人々もいた。
急激に成長したベラミーの様子はバージニア州ウイリアムズバーグのスポッツウッド総督が受け取った書面にも記載されていた。
ベラミー率いる船団は本国とアメリカ植民地を結ぶ商船を襲撃しており、被害が多発した。
その対応を求める声があちこちから届いている。
特にアメリカ植民地では綿やたばこが主産業であり、それを襲撃されては植民地にお金が入らないのである。そしてプランテーションの労働力となる奴隷をアフリカから運ぶ奴隷船も狙われた。
輸出入の安全を守らねばならない。スポッツウッド総督は迅速な海賊の対応を願うことを書面を本国へ送る。
そしてその書面に書かれていたことは本国の議会や王室に挙げられ、国の危機と言っていいほどの海賊の横行にどのような対策を立てたらよいか話し合われた。
海賊の被害をうけて変化したこともある。財宝だけでなくアフリカからアメリカ植民地へ送られる奴隷たちも狙われるようになったことで、武装船が必要になってきたのだ。それは先駆けて特別に艤装を許されたアーティガル号に追随するかのようだった。自衛(Self - Defense )は必要である。全くの無防備では船を守れないからだ。
1717年。奴隷商人であり下院議員であるハンフリー・モリスによって武装した奴隷船ウィダー号が世間の注目を浴びて出帆する。
建造費2万ポンドもかけ、大砲は28門搭載されていた。何より船足が早い船だった。
この巨額の費用はイングランド銀行の当時の頭取でもあったハンフリー・モリスの力によるものだった。
ウィダー号のプリンス船長は政治家や投資家など多くの人々の期待を受けて出帆を指示する。
この奴隷船ウィダー号も海賊共和国の歴史に名を残すこととなるのである。
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