第19話 シャーロットの企み

 マリサ達が受けた海軍の作戦の成り行きを見守るグリンクロス島のウオルター総督とシャーロット。

 

 ホーニゴールドがジェニングスと手を結び勢力を拡大しつつあることは各地のニュースとなり広がっていき、グリンクロス島でもその被害が知れわたり、予定していた荷が入らなかったり、被害を避けるため遠回りをしたりという状況が見られた。海賊による略奪はここでも海運の危機となっている。


 このグリンクロス島も過去に海賊から襲撃されたことがあり、それを受けて島では高台に砲台が設けられ、各要所に石積みの壁が作られつつあった。

 

 島一帯に広がるプランテーションではサトウキビや綿花、果実などが栽培されており、多くの奴隷たちが働いている。主産業を守ることは島の経済を守ることだ。戦前は他国の襲撃を避けねばならなかったが、今の相手は海賊だ。襲撃されたことを経験している住民たちは総督への協力を惜しまない。

 もっとも、それは総督の娘であるシャーロットの人気があってのことだ。


「戦争は終わったのに仕事は増えた感じがあるわね」

 シャーロットは毎日港まで総督や護衛のアーサーと散歩を欠かせないでいた。住民たちと共に海賊を追い出したことで彼らから信頼され、人気の的となっている。

「仕事は仕事だ。国王陛下の植民地を守り切らねばならん。まさかこんなに海賊が台頭するとは思ってもみなかった。正直、海賊はマリサだけで十分だと思っているよ」

 少し笑みを見せるウオルター総督だが、その奥に影があるのをシャーロットやアーサーも知っている。

「マリサ達はナッソーへ入り、ジャマイカ出身のジェニングス船長と手を結んだことを船乗り連中の話で知り得た。もちろん、これは命令を出した海軍から入った情報だろう。ただ、詳細がなかなか入ってこない。マリサはともかく乗員たちが海賊化して戻らない可能性も無きにしも非ずだ。”青ザメ”の中に逃亡奴隷がいたのを覚えているか?あのラビットという奴隷は”青ザメ”が解団した時点で逃亡奴隷として捕らえられるはずだった。だが私はマリサが身分差を嫌い、仲間として同じように接していたことから先手をうって私がラビットを買い上げた。もちろんマリサはこのようなことを知らないし、ラビットも知らないことだ。海賊化して戻らなければ奴隷として処刑されるだろう。情報がはいってこないということはもどかしいのだ……」

 ウオルター総督はマリサ達が海軍の命令を受けて秘密裏にニュープロビデンス島ナッソーへ入ったことで心配する毎日を送っていた。

 

「大丈夫よ。マリサのことですもの、きっとうまくやり遂げるわ。共に働いたことがあるアーサーもそう思うでしょう?」

 そう言うシャーロットも本当は心配をしているのだが、明るい性分のシャーロットはそれをあらわさない。

「マリサは賢いというか何というか……駆け引きができる女だ。きっとうまくやっていると思う」

 アーサーは海賊”赤毛”の船長として”青ザメ”と共闘したことがあった。共に海軍に協力したこともあり、結果的に船を失ったが仲間は”青ザメ”に加わり、自分はシャーロットの護衛として島に残っている。

「そうよね。マリサならきっとうまくやっている。心配しすぎは体に良くなくてよ、お父さま」

 そう言ってシャーロットはウオルター総督を励ました。

「ところでアーサー君、シャーロットが時々外で暴れているという噂を聞いたが、本当か」

 この総督の言葉に思わず顔が引きつるシャーロット。

「暴れているとすれば、奴隷たちの農作業を手伝うはずが雑草と作物と間違えてひっこぬくとか、漁民を手伝うと言って投網をぐちゃぐちゃにするとか。噂はそのことだと思います」

 アーサーは素知らぬ顔で答えた。

「やれやれ……これについては心配いらぬことだな」

 総督に笑顔が戻る。それをみてシャーロットとアーサーは顔を見合わせて安堵の表情を見せた。


 

 グリンクロス島には海軍の駐屯地があるわけでないが、水や果実の補給に適していることから海軍の船が寄港することはよくあった。ただ、港がそこまで深くないため大型の船となると港へ入れず、沖合に停泊してボートで荷が運ばれた。


 その日はフリゲート艦アストレア号が寄港しており、総督は艦長と幾人かの士官を食事に招いていた。

 アストレア号は”光の船”との海戦でマリサ達と共にしていた船である。あの海戦でアストレア号も損傷を受け人員の被害もあったが、修繕が終わり任務に就いているのだ。島へ海軍の船が入ることは大きな抑止力となる。島の住民にとっても海軍の船の入港は食糧などの納入で稼ぐことができ、上陸を許された乗員たちにとっては息抜きもできる待望の機会である。


 食事前にウオルター総督はカリブ海の海運の安全が脅かされていることを艦長から聞いていた。

「これほどまでに海賊が横行しているとは。さぞかし国王陛下も心を痛めておられることだろう。無法状態のナッソーに平和を取り戻し、威信をかけて我が国の領土を守る必要がある。ところでアーティガル号の動きはどうなのだ?差し支えなければ進捗状況をきかせてくれないか」

 マリサ達の動きが噂として入ってくるだけで、自分は何ひとつ助けてやれないことにやるせなさを感じている総督。シャーロットが気遣うほど黙り込んでしまうことがあるほどだ。

「恐れながら総督閣下、私たち軍部の者もアーティガル号はもちろん、ナッソーの詳細を知ることはできません。何しろナッソーは国や海軍が見切った場所故に、上陸して確かめることはできないのです。唯一の役人も家族を伴って島を出てしまい、ナッソーは海賊が自治を行っている状態です。だからといって我々は手をこまねいてみているのではありません。海上において海賊船を発見すれば討伐に向かっています。海賊たちは略奪と欲でまとまっているようにみえますが、いずれそこにほころびがでるでしょう。アーティガル号はスパロウ号の乗員の安否の調査と頭目であるマリサの家族の救出でナッソーへ入りました。海賊たちと信頼関係を築きながら機を狙っているものと思われます」

 執務室で目を閉じ、じっと艦長の話を聞いているウオルター総督。


「私情を話すのは良くないのかもしれないが、情報が入らないことに私は不安なのだ。娘であるマリサ、その夫であるスチーブンソン君、そして母親のハリエットと孫娘……。どれくらい心配をしても足りないくらい心配をしているのだよ。マリサ達は、ナッソーへ入るためには海賊化しないと無理だと承知の上で命令を遂行しようとしている。もしも海賊たちに命令のことが知れたらアーティガル号の乗員たちも拉致されたスチーブンソン夫人と孫娘の命は危ないだろう」

 総督の目は涙ぐんでいた。何も手を出せないことが辛いのである。

「お察しします……。とにかく信じるほか今はできないですね。私たちも最善を尽くす所存です」

「ああ、少し言葉が過ぎたようだ。……今日の夕食会では本国の様子など知らせてくれないか。国と違い、ここにはコーヒーハウスがないからね。噂が届くころにはかび臭くなるくらい古くなっている」

 総督の冗談に艦長は胸をなでおろす。

「承知しました。お計らい感謝いたします」

 そう言って艦長は執務室を後にする。



 一方、晩餐会に使う食材を使用人と買い付けをするため港へ降りているシャーロットは島民と交流がてら露店や店を巡っていた。肉が必要であったが、牛の放牧よりはプランテーションで畑作する方がお金を稼ぐことができるためあまり飼育されておらず、ニワトリだけが手に入った。

 だが魚介類は新鮮なものが手に入るのが島の利点だ。

 

「お客様のために新鮮な魚をお願いするわ」

 シャーロットが露店の主人にそう言った途端、背後から大声で怒鳴り散らす声が聞こえた。


「この島じゃ国王はジョージ1世と決まってるんだ。ジャコバイトのあんたにとやかく言われる筋合いはない!出て行ってくれ」

 飲み屋で食事をしていたのだろうか。男が2人、中から飛び出してきた。ひとりは店の主人、もうひとりは客だろう。

「英語を話せない国王なんてふさわしくないぞ。今にみろ……俺たちジャコバイトはジェームズ・スチュアート様を必ず玉座へ導く。ナッソーの海賊の中にも仲間がいるんだ。泣きを見るのはお前たちだぜ」

 そう言い放つと雑踏へ消えていった。


「全く奴らジャコバイトの石頭はどうかしちまってるぜ。マー伯爵(ジョン・アースキン)によるジャコバイト蜂起(1715年)だって失敗し、本人は部下を置いて逃げてしまっている。時代は変わってるんだ。それがわからないのかねえ」

 ため息をつく店の主人。


「ご主人、今の人は海賊の中にもジャコバイトの仲間がいいると言っていたわ。どういうことなの」

 シャーロットは興味を示し尋ねてみる。

「おや、お嬢様。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。奴の言っていたことが本当かどうかわかりませんよ。でもジェームス・スチュアートを国王として迎えたいカトリック教徒や政党の奴らは確かにいます。奴の言っていることが本当だとすれば、海賊は略奪して資金を提供しているということなんでしょう」

「ということは、海賊は政治に利用されているということね。なんてかわいそうな話なんでしょう。ご主人、お話を聞かせてくださってありがとう」

 シャーロットは笑顔で言葉を返すと使用人のもとへ帰った。


(やっかいなものに巻き込まれたわね。マリサ、私も何かあなたの力になりたいわ……)


 そう心に決めているシャーロットは、総督に内緒でアーサーに剣や銃の手ほどきを受けることを始めている。護衛役のアーサーだからこそできることだ。どうやらそれが『シャーロットが其処彼処で暴れている』という噂になって総督の耳に入ったようだ。

 シャーロットはマリサの様に船のことを知っているわけでないし、戦うことも知らない。でも自分を守ることぐらいはやりたい。そしてそれが役に立つ日がくれば……そう思っていたのである。


(そうね、私はもう一度”海賊シャーロット”を演じてもいいと思っているのよ)

 

 もちろんそのことに怖さもあるが、いつまでもお嬢様として蝶よ花よと囲われていることは我慢ならなかった。それがわがままであっても、行動をしないで後悔をするよりは行動して後悔した方がましだろう。


(あなただけに辛い思いをさせたくないの。勝手だけど私もあなたの仲間だからね)


 シャーロットは笑みを見せると買い付けを済ませた使用人たちと屋敷へ戻っていった。


 

 アーサーはどうだろうか。

 屋敷へ使用人たちとシャーロットを無事に送り届けたアーサーは屋敷がある丘から海を見つめていた。


 海……そこは元々自分が活躍していた場所だった。海賊”赤毛”として小型船ながらも海賊稼業をしていた。自分が立ち上げた海賊団であり、海賊(pirate)として自由気ままにやっていた。”青ザメ”のデイヴィス船長と知り合いだったこともあり、交流があった。


 汗と汚れと酒の匂いが染みついたような毎日だったが、満足をする日々だった。

 

(懐かしい……。平穏な日々を退屈だと思うのは贅沢かもしれないが、俺はあの日々が懐かしくてたまらん。マリサ、お前がうらやましいよ)


 そう言って思い切り風を体に受ける。潮の香りは海賊だったアーサーを包み、慰めていく。


(お前のために何かやりたいというのはシャーロットお嬢様だけじゃないんだ。俺だって役に立ちたい。俺の活躍の場は陸じゃなく海だと思っているからな)


 シャーロットにこっそりと戦い方を教えているアーサーもその日が来ることを意識する日々を送っていたのである。



 

 そしてマリサとかかわりを持つもう一人の人物が北アメリカバージニア植民地の港を出た。

 彼の名前はルーク・オルソン。”青ザメ”時代から砲手長を務めるオルソン伯爵の次男であり、研鑽と野心のためにアメリカ植民地で体験や勉強を続けていたのである。

 海軍と接点がないルークはマリサの家族が拉致されたことやスパロウ号の乗員が島で置き去りにされていることを全く知らない。彼は学んだ成果を父親に報告をするために帰国しようとしていたのだ。


(お父さま、オルソン家が毒の守り人として密かに活動をしていたことを僕が知らなかったとでも?僕はアーネスト兄さまと違い、自分でこの知識を身に着けた。だけど時代は毒だけじゃ迎えない。そのこともお父さまは知ることだろう)


 ルークは本国にいるころから動力や科学的なものに興味を示し、発明家のセイヴァリやニューコメンのもとを訪れたこともあった。新大陸では見たこともない動植物に感動をし、子どもの様に観察をしていったので周りから変人扱いされていた。

 また、何もない開拓地へ出向いては望遠鏡を取り出し、飽きるまで星や惑星を観察していた。これはオルソン家が困窮していたときはできなかったことだ。国ではルークの勉強を道楽だという者さえいたが、酒と女におぼれるアイザックの日常にその陰口は隠れていた。


(……マリサが海賊になってしまったと知って僕たちは本当に驚いた。どこでどう間違ってそんなことになったのかお父さまは何も語らなかったが、それでも君は戦争を生き延びて忌まわしい海軍士官と結婚した。アーネスト兄さまはともかく僕とアイザックは心が折れそうになるくらいの衝撃だった。君はもう僕たちの手の届かないところへいってしまったんだ。それは仕方がない。でもこの虚無感は何だろうね……何をやっても埋まらないんだ)


 ルークはマントを羽織り、遠くに消えゆく陸を見つめている。国へ帰りたかったわけではないが、あれこれ知識を得て何かやっても満たされなかった。そのことで諦めもつき、父親が望むなら誰でも妻として迎える気でいたのである。


(神よ……この哀れな子羊をどうかお救いください……)


 そうつぶやき、じっと目を閉じた。

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