第17話 海賊たちの交渉
1716年4月。
ベラミーたちに騙され、宝を横取りされたジェニングスは悔しさをかかえながらもしばらくナッソーに身を寄せていた。ジャマイカでジェニングスたちに私掠行為による抗議が殺到し、身の保全を考えたからである。
そんなある日、ジェニングスの船であるベルシェバ号で事件が起きた。
「ジェニングス、獲物を取り逃がし、宝を横取りされたままのあんたは船長の資格なぞない!すでに略奪している宝を分配しなければ俺たちの中から船長を出す」
共闘をもちかけたベラミーたちは船に積んであった財宝の荷を奪ってしまい、ホーニゴールド側についた。このことはジェニングスを窮地に
しかしその考えも反乱を起こされてはどうにもならない。
「……わかった。財宝の分配を許可する。我々は分裂している場合じゃないのだ」
ジェニングスが乗組員たちに分配を許可したことで反乱は収まる。だが、このままではハミルトン総督へ納めるものがなくなってしまう。そこで再び略奪をすることとなった。この決断は乗組員たちの士気を高めた。
そしてついにアーティガル号がナッソーへ到着する。
艤装した商船が入ってくるとたちまち海賊たちが興味を示し集まってきた。その中には海賊に復帰するためアーティガル号の仲間から抜けた連中もおり、その中のフェリックスは懐かしい連中の顔を遠目に見て喜んだ。
「やはりな……ここへ来ると思っていたぜ。商船なんて退屈だろう?」
そう言って周りの男たちに、自分がかつてこの船に乗っていたことや”青ザメ”時代の活躍の話を自慢げに言った。
そのアーティガル号ではマリサ達が作戦遂行のため気を引き締め、改めて自分たちの役割を考え直していた。これは海賊に戻るのではない、あくまでも作戦なのだ。
「先にジェニングスへの交渉を行うから港へ接岸するのはやめておこう。あたしはボートでナッソーへ入る。リトル・ジョン、船を守ってくれ」
マリサはボートで送り届けてもらい、一人で交渉する気だ。
「ここまで来て一人で交渉するというのも水臭いぞ。だったら私が同行しよう」
オルソンがそう言ったが、そこへオルソンの動きを止めるかのように前へ進み出た者がいた。オルソンの三男アイザックである。
「いや、あいつらに用心されては疑われるだけだろう。ここは僕が一緒に行くよ。新参者の僕は誰にも顔を知られていないし、お世辞にも警戒されるような気配はないからね」
酒と女におぼれたアイザックだが、まだ役に立ちたいという思いがあった。特にマリサは育ての親であるイライザとともにオルソン家の使用人として過ごしてきただけにその思いは強くなっている。
「アイザック、実戦を知らないお前が同行しても足手まといだ。やめておけ」
オルソンが引き留めるがアイザックは聞こうとしない。
「お父さま……いや、オルソン、僕はマリサを相手にして剣を練習してきた。相手に用心させない方が武器になると僕は考えている。だから交渉には僕が同行する」
アイザックは乗員として加わってから今日まで酒を控えていた。マリサの禁酒に合わせてのこともあるのだが、もともとあることを紛らわせるための飲酒であり、控えることはなんとかできたのだ。
「アイザックの言う通りだ。あいつらに警戒されては交渉がうまくいかないだろう。相手を優位に立たせると見せかけることも大切なことだと思う」
マリサがそう言ったのでオルソンはそれ以上引き留めをしなかった。そしてアイザックに銃とサーベルを持たせた。
「くれぐれも無茶はするな。マリサの足手まといだけにはなるな」
それは父親としての言葉だったのだろう。アイザックは黙って頷いた。
こうしてマリサとアイザックはアーティガル号からボートへ移り、ナッソーへ上陸した。
「よう、マリサ。ここへ来ると思っていたぜ」
待ち構えていたフェリックスが声をかける。仲間を抜けていたフェリックス他8人は他の海賊集団に加わっていた。
「挨拶は後だ。あたしはジェニングスに話がある。誰か案内してくれ」
マリサがそう言うと、アーティガル号の到着を聞きつけていたジェニングスの信頼する部下であるヴェインがマリサとアイザックを案内することとなった。
ジェニングスは配下の仲間と新たな私掠行為のために計画を立てていた。それまで掠奪していた財宝を乗員に分配したのでハミルトン総督へ渡す分がなくなったからである。海軍が手薄な海域で手っ取り早く金になる船を狙わなけらばならない。それはやはりスペイン船を狙うのが良いように思われた。
「ジェニングス船長、先ほど港に艤装した商船アーティガル号が入ってきました。その乗員が船長と交渉をしたいと言ってきています」
ヴェインの言葉はジェニングスを喜ばせる。
「そうか。ぜひ通してくれ」
ジェニングスが促すとヴェインの後ろからマリサとアイザックが現れる。
「ジェニングス、あたしの家族を拉致するという汚い手を使ってまであたしたちと組みたいのか。まったく、海賊の風上にも置けないやつだな」
怒りを抑えたマリサは平然としている。マリサの3幕目が始まったのである。
「こうでもしないと我らと同じテーブルにつくことはないだろうからな。お前の家族は丁重に扱われてある程度の自由もある。もちろん拘束や拷問といったものを行っていない。折を見てその目で確かめさせてやろう」
ジェニングスは薄ら笑いをしていた。そして交渉の要点を続ける。
「……ここへ来たのならわかっていると思うが、アーティガル号を含め、我らの船団に加わる気はないか。船団で略奪すればどのような商船も、場合によってはフリゲート艦も奪えるだろう。私が
「いいだろう。アーティガル号と連中はあんたの船団に加わることとする。このことをきちんと書面に書いてくれ。アーティガル号には文字の読み書きや計算のできる者があたしを含めて何人もいるからな。
「承知した。お前は敵に回せばいろいろ面倒な女だな」
そう言って書面をしたためるジェニングス。
そこへじっと話を隣で聞いていたアイザックがその場にいたジェニングスの仲間に声をかける。
「ちょっと聞いてもいいかな……ナッソーには海賊だけじゃなく女もたくさんいるそうだが、若くて胸の大きな女もいるか。僕はそれを楽しみにしている」
アイザックの言葉にその場の連中はニヤニヤとし、場の緊張感がなくなっていく。
「ここは海賊共和国だぜ。男を喜ばせる女はどこにでもいる。ここへいる間に何人抱けるか挑戦したらいい」
そう言って笑う。
「ところでお前はマリサを抱くことはなかったのか。女を乗せている海賊はそうないぞ」
男の言葉にアイザックの顔色が変わり、拳に力が入った。しかしそれよりも早くマリサが反応する。
グサッ!
とっさにマリサは胸元の小刀を男の腰すれすれに投げつけたのである。
「あたしの通り名を知っているか。〇〇(18禁の言葉)切りのマリサだ。次に何か言ったらあんたのアソコを切り落としてやる」
ここでもマリサは平然としていた。それに反するかのように男はブルブル震えている。
「さすがだ。”青ザメ”にとって男女差はなかったようだな。失礼した。私の部下の躾ができていなかったようだ。ではよろしく頼む」
ジェニングスはマリサに手を差し出す。マリサも仏頂面のまま手を出し握手をする。
家族の救出やスパロウ号の乗員の消息など探ることはこれからだ。波乱の3幕目の始まりとなった。
やがてアーティガル号を含めたジェニングスの船団は、ハミルトン総督へ納める資金を得るために財宝艦隊難破現場へ向かう。
そしてその船団にマリサ達は見覚えのあるフリゲート艦が加わっていることを確認する。海軍から拿捕したスパロウ号である。
”青ザメ”だった連中はスパロウ号を覚えており、違和感を感じていた。そう、そこに乗っていたのは海軍の乗員ではなく、海賊だった。
(スパロウ号が拿捕されたのは間違いない。それなら乗員たちはどうなったんだ……)
あまりスパロウ号に関心を持つと怪しまれるだろう。今の自分たちの弱みはマリサの家族である。そのためマリサもアーティガル号の連中も関心がないように見せかけた。
スペイン財宝艦隊の難破以降、財宝回収目的の船が各国から出向いている。海賊たちはそういった船を襲い、宝を横取りするのである。
出帆前、マリサ達はジェニングスからある指示を受けていた。
「君たちが本気で我らの船団に加わり、私掠行為を行うというのなら、最前線で船を襲え。我らは後に続く」
マリサ達を試すというのである。人質を取られている以上、それは従うしかなかった。
「どこまでも性根が腐った船長だな。あたしたちの船長ならとっくに交代させているぜ」
マリサはジェニングスを
難破現場に近づくと一隻のスペイン船が航行していた。すでに回収した後であろう、荷の重さで船足は遅いように思われた。アーティガル号にとって向かい風となるが、アーティガル号のはるか後方にはジェニングスの船隊が追尾している。もし仮に逃げたとしても船隊が拿捕するだろう。
「海賊は健在だ。今回は乗り込み組が優先だ。船を沈めずに拿捕しろ」
マリサの声にリトル・ジョン船長代理が声を張り上げる。
「海賊旗を揚げろ!」
その声にあのエリカの花を刺繍した海賊旗がスルスルと揚げられる。どう見ても海賊旗に見えないアーティガル号の旗をみてスペイン船の乗員たちは首を傾げた。どこの国の旗でもない、まるで貴族のような紋章の旗であり、しかも『 I love Erica』という文言さえある。マリサ達はその油断に付け込んだ。
「歓迎の挨拶をしよう」
マリサは船首に立ち、結んでいる髪を降ろした。長い金髪がたちまち風になびく。それは女性がこの船に乗っているということで気を引くためだ。そしてマリサはスペイン語で話しかけた。”光の船”に捕らえられた経験がこんな時に役に立つのである。
やがてマリサの笑顔と見慣れぬ海賊旗に油断したスペイン船はアーティガル号左舷近くまで接近した。マリサは相変わらずニコニコしている。髪を結んだり編まずにおろしている姿はふしだらな女性の象徴でもあった。
マリサは娼婦とみられていたのだ。それも貴族の紋章のような旗がなびいており、スペイン船はアーティガル号をどこかの金持ち貴族が乗っており、マリサは貴族に囲われている娼婦とみられていた。それだけにスペイン船の乗員たちはマリサを小馬鹿にしてみていた。
そしてついにマリサが連中に向けて手を振る。
「かかれ!」
乗り込みの準備をしていた連中が一斉にロープを使ってスペイン船に移乗していき、何人かはシュラウドを登るといくつかの帆桁を落とした。これでこの船は残された帆でしか風を操れなくなる。
アーティガル号の連中はマリサの忠告どおり彼らを殺すことはしなかった。
剣と銃とで向かっていくが、急所を外していく。
「本当はこんなことはしたくないんだが訳ありでね……。荷をいただくよ。心配するな、あんた達に危害は加えない」
マリサが船長を締め上げる。
「わ、わかった。乗員の命だけでも助けてくれ」
船長を人質に取られたスペイン船の乗員が集荷目録をモーガンに渡す。連中は集荷目録に基づき荷を確認し、回収していた財宝をアーティガル号へ運んでいった。
「これが本当に俺たちの宝だっていうなら大喜びだが、このままあっさりジェニングスに持っていかれるかと思うとなんだか情けねえな」
やりきれない表情のモーガンは集荷目録を読みながらつぶやく。
「まあ、久しぶりに活劇ができて刺激にはなったけどな。忘れるんじゃねえ。これは作戦なんだ。やつらに気づかれねえようにしろよ」
リトル・ジョンがモーガンの肩をたたく。
「了解。今回はアーティガル号の乗員すべてがシェークスピア劇場の俳優だからな。って言っても俺はシェークスピアの本を読んだことはねえし演劇も知らねえけどさ」
モーガンの言葉にリトル・ジョンは笑顔を見せる。こうした対応も演技の1つだ。
スペイン船はアーティガル号の連中に指揮権を取られ、そのままアーティガル号とともにジェニングスの船隊に向かっていく。財宝だけでなく船も奪われたスペイン船の船長は体が震えていた。
これが戦時中であったなら彼らは捕虜として人間的に扱われるだろうが、ジェニングスの船団は海賊化した私掠である。マリサはスペイン人の乗員の扱いについて口をはさむことをしなかった。
自分たちは船隊のリーダーでない以上、”青ザメ”の海賊の流儀は通用しない。リーダーであるジェニングスを立てなければいけなかった。すべての責任はジェニングスにあるということだ。
マリサ達の働きによって宝を得たジェニングスは改めて元海賊のアーティガル号の連中を称える。
「やはりな……。君たちはそれがお似合いだ」
自分たちとは違い、海賊や私掠として経験を積んできたアーティガル号の乗員たち。年齢は上がってきているがまだまだ現役でいけそうな動きだった。
ジェニングスの船隊に加わっているスパロウ号。そこにはジェニングスの仲間の海賊が乗っており、マリサたちが知っている海軍の乗員はいなかった。フレッドやグリーン副長、エヴァンス艦長もいない。
スパロウ号の乗員たちの安否が気になる。海軍のフリゲート艦クラスなら海兵隊含めて400名ぐらいの乗員がいると思われる。それなのにそれだけの人員がいなくなるのはどうしてか。海難事故でないのは確かだ。
ジェニングスたちがスパロウ号を襲撃し、拿捕したのは間違いないだろう。だが乗員全員が死亡したとは考えにくい。
(お置き去りの刑……?)
マリサは昔デイヴィスからそのような話を聞いたことがあった。“青ザメ”はもめ事を民主的に話し合いで解決をしてきた。マリサが始末した裏切り者のコゼッティは別だが大体そうだ。しかしほかの海賊たちは謀反や仲間割れなどでそうした刑をすることがあったらしい。
(折を見て調べるか……)
海賊たちが操るスパロウ号を見ながらマリサは策がないかと考え込んでいた。
宝と拿捕した船をジャマイカのハミルトン総督へ納めるため、ジェニングスはスパロウ号とアーティガル号を残してジャマイカへ向かう。スパロウ号に乗っているジェニングスの配下である海賊たちにアーティガル号を見張らせるためである。さしものアーティガル号もフリゲート艦相手に裏切ることはしないだろうとみていた。
アーティガル号の甲板に立ち、ジェニングスの船隊が視界から消えていくまで見つめるマリサ達。
「マリサ、あのスパロウ号に乗っていた乗員たちの情報を探ってみるよ。君が動くと何かと怪しまれるからね。酒と女が取り柄の僕なら怪しまれずに済むかもな」
アイザックが少しだけ笑みを見せた。
「領主様から無理はするなと言われてます。それを守ってください」
相変わらずアイザックの前では使用人マリサがでてしまう。
「船上において身分や立場も皆同じだろう?僕には僕のやり方がある。まあ、見ていてくれ」
アイザックが再び笑みを見せる。マリサはその笑みに賭けてみることにした。
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