第16話 騙し騙されて

 1716年。

 前年7月に難破したスペイン財宝艦隊の難破船を探していた小さな船(ピローグ船)があった。ウイリアムズの船とベラミーの船である。ベラミーは恋人グッディとの結婚のために大金を稼ぎたいと思っており、難破船を探せば宝がまだあるのではないかと思っていた。しかし財宝艦隊の難破からすでに月日がたっており、どこを探しても見つからなかった。いよいよもって水夫たちへ払うべき資金が枯渇をし、航海が困難になってきた。


「ベラミー船長、仲間たちが給料をはらってもらえないのではと疑心暗鬼になっている。ここらで成果をだしておかないと反乱が起きかねないぞ」

 ベラミーに資金提供をし、行動を共にしているポールスグレイブ・ウィリアムズが仲間たちの様子をみて言った。船の反乱ほど怖いものはない。もし約束の給料を支払えなかったら彼らは必ず反乱を起こすだろうと危惧していた。

「それは俺も感じている。だてに海軍で働いていたわけじゃない。俺たちは海賊だ。略奪するならもはや国籍を問う必要はない。……そう、目の前を行き交うイギリス国籍の船を襲おう」

 ベラミーはそういうと仲間たちを甲板に集め、目的を難破船捜索から国籍関係なく襲撃する海賊行為へ変更することを伝えた。月日がたっており難破船の捜索など正気ではないと思っていた仲間たちは、一攫千金の可能性がある海賊行為をすることに異議を唱える者はなく、反乱が起きかねなかった雰囲気は消えていく。


 

 その後、ベラミーたちはイギリス商船を襲った。商船は取引の関係上、集荷目録を持っている。船に積んでいる荷物の明細である。これを見れば闇雲に商船をあさらずとも何を積んでいるのかわかる。マリサたちのアーティガル号も当然集荷目録があり、主計長モーガンが作成し、リトル・ジョン船長代理が確認ののち保管していた。


 小さい船ながらも海賊行為は的確に行われ、短期間に富を得ていくベラミーたち。たちまち新聞によってその行為は広められ、イギリス商船はこの新手の海賊を恐れた。いつしか人々はベラミーを『ブラック・サム』と呼ぶようになった。


 

 そして今日も海賊行為をしていたベラミーたちは、自分たちより大きな船に出会う。ジャマイカ・ポートロイヤルから海賊共和国ナッソーを目指していたジェニングスが率いる船隊である。

 ジェニングスは本土のジャコバイトの一味にマリサの家族を拉致させ、ナッソーへ送り届けさせている。拠点をナッソーとし、アーティガル号を船隊に加えてより大きな海賊集団を作ることを目指していた。


「なんだよ、あの大きな船は。ありゃ武装船に違いない。近づかず様子を見ろ」

 小回りの利く自分たちの船に比べ、かなり大きいジェニングスのベルシェバ号を見たベラミーは、下手に動けばやられるだろうとその場から逃げ、ジェニングス船隊と距離をとる。


 

 数時間後、彼らはフランスの船サン・マリ号に遭遇する。サン・マリ号はカノン砲を備えた船であり、スペイン財宝艦隊の宝を回収していた。このことに気付いたジェニングスは、この船を拿捕して船隊に加えようとする。ところがそれは私掠行為ではなく海賊行為だとして、ココア・ナッツ号のリデル船長が戦いを拒否した。

 拿捕は困難だと思われたが、その一方でジェニングス船隊から距離をとり様子を見続けていたベラミーはジェニングスと共闘することを提案してきた。カノン砲を持つような商船を自分たちの小さな船では狙えないからである。ジェニングスはこの申し出を好機とみた。


(新進気鋭の海賊であるブラック・サムことベラミーが共闘を申し出てきた。彼らは若いがもうすでにかなりの金額を稼いでいる。サン・マリ号だけでなく彼らも船隊に加わればナッソーの制圧も近いだろう。ホーニゴールド、お前の負けだ)


 ベラミーと共闘をすることになったジェニングスの野心は大きくなっていく。大地主あり、その経営で培われた野心だ。それだけに先々のことを計算している。

 

 先陣を切ってサン・マリ号に向かうピローグ船。カノン砲を持ったサン・マリ号に真向から向かっても返り討ちだろう。そこでベラミーは作戦を考える。

「お前たち、服を脱げ!」

 ベラミーの声に率先して裸になる仲間たち。甲板は裸の男たちの乱舞だ。


 その様子に最初は警戒をしていたサン・マリ号の乗員たちは笑いであふれ、そこに油断が生じることになった。もとより小さな船だ。まさか海賊行為をするなど予想だにしなかっただろう。

 彼らの裸作戦のおかげでジェニングスの船団はあっさりとサン・マリ号の襲撃に成功し、拿捕した。


 ところが船の集荷目録と積んであった荷の量が合わないのだ。

 

「宝を積んだ船は他にもあるかもしれない。ヴェイン、船長を締め上げて白状させろ」

 ジェニングスはサン・マリ号の乗員たちを捕虜とすると、さっそくヴェインに拷問を命じる。


 幼少のころから娯楽代わりに海賊の処刑を見てきたヴェインは人の命の重さなど考えもしていない。あの苦悶に満ちた表情と吊るされて宙を歩くかのような体の動きに体中がぞくぞくすることで満足をして育った。

「任せてください」

 若手のヴェインはナイフを持つと捕虜が締め上げられている船内へ向かう。


「さあ、おとなしく宝のありかを吐け」

 ヴェインのナイフは船長の身体を傷つけていく。それは生かさず殺さずの拷問をやっていたあの”光の船”の『嘆きの収容所』に近いものだった。そして耳をそぎ落とそうとしたとき、船長が叫ぶ。

「わかった!話すから助けてくれ」

 船長は痛みと怖さで涙が溢れ、やっとの思いで宝のありどころを話す。

「船はもう一隻ある。マリアンヌ号に積まれている。今頃近くの港にいるだろう」

 

 どうやら2隻で行動をしていたらしい。ジェニングスは仲間たちに近隣のフランス領の港を捜索させた。そして求めていたマリアンヌ号がキューバ以北、バイーヤホンダ沖合にいることを掴む。


「ディスカバリー号のカーネギー船長はベラミーたちのピローグ船とともにマリアンヌ号の捕獲に向かってくれ」

 ジェニングスの指示でディスカバリー号とピローグ船1隻がマリアンヌ号の捕獲に向かう。


 このことで意見がジェニングスと対立していたココア・ナッツ号のリデル船長はジェニングスの船団から離脱を決める。


 だがそれも気にならないほどジェニングはとても高揚していた。サン・マリ号とマリアンヌ号が回収していたスペイン財宝艦隊の宝を奪うことができるのである。計算高いジェニングスはこのことを私掠行為であって海賊行為ではないと言い切り、ハミルトン総督にも一筆書いてもらうこととした。



 一方、ベラミーとカーネギーが向かった先へ偶然別の海賊集団も向かっていた。ジェニングスに船を奪われ、笑いものとなったナッソーの巨頭、ホーニゴールドである。

 ホーニゴールドたちは略奪のためにある商船を追いかけていた。マリエル港を出て目的地へ向かおうとしていたマリアンヌ号である。

「ホーニゴールド船長、俺はあなたに憧れて海賊となった。必ずあの船をしとめよう」

 望遠鏡でマリアンヌ号の様子を見ているホーニゴールドのそばで黒ひげの男が話しかける。

「俺もお前に期待をしているぜ。お前は必ず大物となるだろう。一緒にやろうぜ、エドワード」

 そう言って答える。


 黒ひげの男はエドワード・ティーチ。良家の子息でありながら海賊に憧れ、ホーニゴールドに弟子入りしていた。教育を受けた者であるエドワード・ティーチは計算だけでなく文字の読み書きもでき、交渉能力も優れていた。


 ホーニゴールドは船を奪われたという屈辱を晴らすために航海へ出ていた。あのジェニングスに言われるがままになっているわけにはいかなかったのである。


 

 海賊に追われ、船足を早めるマリアンヌ号。財宝を積んだ船ならなおさらだろう。

 ところが運の悪いことにマリアンヌ号は別の海賊にも出くわしてしまう。ジェニングスの船隊である。


 ジェニングスはさっそく望遠鏡でマリアンヌ号を追っている海賊がホーニゴールドであることを掴む。

「天から与えられた獲物を奪われてはならん。錨を上げろ!」

 ジェニングスはベルシェバ号を急遽動かすことにし、ホーニゴールドを追跡する。


 ホーニゴールドもマリアンヌ号をジェニングスに横取りをされるわけにいかず、必死である。ジェニングスはマリアンヌ号を自分の獲物ととらえ、何としてもホーニゴールドよりも先に略奪したかった。


 マリアンヌ号を追うホーニゴールド。彼らを追うジェニングスの船団。


 

 だが、頭の回転の速い海賊がジェニングスを窮地に立たせることとなる。


「お高く留まっているジェニングス、俺たちはあんたじゃなくホーニゴールドの側につくこととしたぜ」

 マリアンヌ号の捜索をしていたピローグ船の船長、『ブラック・サム』ことベラミーとウィリアムズである。マリアンヌ号を捕獲するために向かった先でホーニゴールドの船を見かけ、様子を見ていた。ベラミーはナッソーでのホーニゴールドの噂を聞いていた。

 ホーニゴールドはニュープロビデンス島ナッソーの総督を自称し、巨頭として海賊たちの憧れとなっていた。


 ジェニングスの船団は全力でホーニゴールドを追跡している。そして自分たちはジェニングス信頼され、サン・マリ号が残されている。

「さて、お宝をいただくぞ」

 ベラミーは仲間に銘じてサン・マリ号の宝をピローグ船に積み込みとその場から逃げてしまった。

 計算高いジェニングスはこうしてまんまとだまされてしまったのである。


 

 海賊たちの船団に追われるマリアンヌ号だが、さすがに船足が速い海賊船から逃げ切れるものでなかった。

 ホーニゴールドはジェニングスを振り切ることに成功しマリアンヌ号と積み荷のお宝を見事に奪った。

「船を奪われた雪辱を果たしたぞ。俺の勝ちだ」

 略奪成功に喜ぶホーニゴールド。その横で満足そうにマリアンヌ号を見つめているエドワード・ティーチは彼の弟子となったことは正しかったと認識する。



 ホーニゴールドの船を見失い、結果的にマリアンヌ号も見失ってしまったジェニングスだが、まだサン・マリ号の宝があるからと自分に言い聞かせ、サン・マリ号が停泊している錨地へ向かう。

「私たちにはベラミーたちが加わっている。サン・マリ号の積み荷をさっさといただいて出直すぞ」


 まだ気持ちに余裕があったジェニングス。だが、サン・マリ号に起きた事件を知り、驚愕のあまり言葉を失う。

「我らをだますとは!許さんぞ、ベラミー、ウィリアムズ!」

 怒りが収まらないジェニングス。今になって彼らを信じたことを後悔する。


 やがてマリアンヌ号捕獲のため向かっていたディスカバリー号とベラミーの仲間が乗っているピローグ船は、マリアンヌ号がすでに出帆したと知りマリエル港から錨地へ戻ってくる。ベラミーたちの裏切りを知り、怒りが再燃するジェニングス。もはや誰もジェニングスの怒りを止めることはできなかった。

「あのこざかしい船を沈めてしまえ!」

 ジェニングスはベラミーの仲間が乗っている小さなピローグ船を木っ端みじんに破壊したのである。



 

 4月。悔しさと失意のままジェニングスの船団はナッソーに停泊していた。宝を横取りされたジェニングスの噂はナッソー中に広まっている。あのベラミーとウィリアムズはホーニゴールド側についていた。自分たちよりはるかに小さなピローグ船にやられたことで悔しさと恥が混ざった日々を送っていた。


 このままではやられっぱなしで笑いものとなるジェニングス。だが、ジェニングスがナッソーへ来たときにある吉報が島にいた仲間から入る。

 

「例のマリサの家族を連れてきた。マリサは拉致を知って必ずここへ来るだろう。さすがに旦那の前で強がりを見せた女もこれで堕ちるだろうぜ」

 それを聞いてジェニングスは希望を見た気がした。

「マリサとアーティガル号が我らの船団に加わればホーニゴールドを見かえしてやれる。元々私掠だった彼らは海賊(buccaneer)となって国へ貢献をしていた。ただのならず者であるホーニゴールドとは『育ち』が違うんだよ」

 そう言うと隠れ家へいき、マリサの大切な家族を見ることにした。


 ナッソーの住民が海賊の横行に住むことをあきらめ、去っていった簡素な住居にジェニングスが招待した客人はいた。

 簡素だからこそ客人のができるとあって、四六時中客人は行動を見張られ、軟禁状態だった。


「私の客人に失礼はないだろうな」

 ジェニングスが家の前で男に声をかける。彼らは海賊であったため、正直このような見張りなど退屈で仕方がなかったが、もし客人が逃げたらジェニングスのお気に入りの冷酷非道なヴェインにどんな傷を負わせられるかわからず、まじめに見張っていた。


「ちゃんと生きてるぜ。ちっちゃい奴がよく泣きわめいてどれだけぶち殺そうかと思ったけど我慢した。船長、同じ客人ならもっと若い姉ちゃんがよかったのに、あのガキは小さすぎるぜ」

 男がそう言うとジェニングスは笑って彼らに金貨を与える。

「客人は餌だよ。大きな魚が釣れるだろう。だからもう少し頑張ってくれ」

「へい。船長、承知しました」

 ベラミーにだまされた悔しさもあるが、客人のことを考えれば気も持ち直せる。

 ジェニングスは機嫌を良くして簡素な家へ入っていく。


 家の中では軟禁状態の二人が不安な日々を送っていた。軟禁状態としたのは、ある程度の自由を与えていたということでマリサには客人を丁重にもてなした』と言えるからである。これがもしも金にならない人間だったらヴェインの拷問にかかっていただろう。


「はじめまして。マリサの大切なご家族の皆様。お名前はハリエットと聞いているがそれでよろしいかな。ロンドンのコーヒーハウスでかなりマリサの噂が広まっていてあなたたちの住まいをすぐに探り当てることができたよ。私はあなたたちをここへ招待したベルシェバ号の船長、ジェニングスだ」

 ジェニングスは部屋で縫物をしていた女に声をかける。女のそばにはほんの小さな幼児がおり、知らない男が現れたことで女の体にしがみつく。

「ジェニングス、マリサを誘う気なの?”青ザメ”は解団し、船も沈められたのよ。今さらマリサをあなたたちの野望に巻き込まないで頂戴」

 ハリエットは縫物をテーブルへ置くとエリカを抱きしめた。

「解団だなんてもったいない。世の中は海賊がものを言っている時代だ。アーティガル号も艤装をしていながら自衛のためにだけ使っている。実にもったいない。彼らは時代の波に乗るべきだと私は思うのだよ」

 そう言ってジェニングスはエリカの顔を覗き込む。

「おお……。髪の毛や瞳の色以外はマリサに似ているね。この子はきっと美人になるだろう。ハリエット、大切に育てなければならないぞ」

 ジェニングスはエリカにとって知らない男であり脅威であった。思わず泣き出すエリカ。


 わあーん……。


 エリカはハリエットの胸に顔をうずめるとしばらく泣き続けた。

「そんなこと、余計なお世話よ。とにかくマリサ達を巻き込まないで頂戴。もうマリサ達は堅気なのよ」

「堅気もいいがもう一度夢を見たいと言ってアーティガル号を降り、ナッソーで海賊に戻った奴らもいるんだよ。8人もね」

 そう、ジェニングスの言う通り、アーティガル号で8人が海賊復帰をするためにナッソーで船を降りた。なかには”青ザメ”時代からの古参の連中もいた。

「ハリエット、我らはあなたとその幼子に対して手を出さない。それはマリサ達を呼ぶためでありアーティガル号を船隊に加えるためでもある。

 私はならず者のホーニゴールドたちとは違い、それなりの身分もあり私掠免許を持っている。ジャマイカのハミルトン総督が私たちの後ろ盾だ。マリサ達が断る理由はないと思うよ。安心しなさい、快適な生活を約束しよう」

「なら……今すぐ私たちを本土へ帰して!住み慣れた家へ帰して!」

「それはマリサ達次第だな。私を裏切ればどうなるか……。裏切りは許さない!」

 ベラミーに騙され、裏切られたという悔しさが再燃したジェニングスは険しい顔つきになり、そう言い残して軟禁している家を後にした。


 ジェニングスの大きな声に怯えたエリカがまた声を上げる。


 うあーん、あーん……。

 

「よしよし、心配ないわよ。大丈夫、大丈夫」

 泣きじゃくるエリカをなだめながらハリエットは深呼吸をする。自分自身も緊張していた。


(マリサ、本当にここへ来るの?それはジェニングスの仲間になるために?)


 マリサが連中を処刑から助けるために悩み、奔走したことを知っているハリエットは、自分たちを助けるためにまた海賊となるのではと危惧し、心配のあまり涙がとまらなかった。


(イライザさん、きっとあなたも同じ気持ちでしょうね。あなたならマリサにどう言ってあげるのかしら……)


 しばらくエリカを抱きしめまま、ハリエットは考え込んだ。

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