第15話 新たな海賊旗とのろし台

 家族の救出と奪われたフリゲート艦スパロウ号の詳細を探るため、海軍から秘密命令を受け取ったマリサ達はジェニングスと話をすべくナッソーへ向かっている。確実にジェニングスはアーティガル号を配下とすることを望んでいる。

 マリサとリトル・ジョンは連中と集めると、情報を共有し、どのように立ち向かうか話し合った。


「みんなに守ってもらいたいことがある。スパロウ号にフレッドとグリーン副長がいたことを決してジェニングスたちに話すな。ジェニングスは幸いなことにフレッドとグリーン副長のことを知らない。そして同様にお義母さんとエリカを救出してもフレッドとグリーン副長のことやスパロウ号の乗員のことを聞かれても知らないで通せ。くれぐれも海軍の命令だということを悟られるな」

 マリサの言葉に頷く連中。


 グリーン副長が名と身分を偽って海軍におり、正体はマリサの叔父テイラー子爵であることを知っているのはウオルター総督、オルソンとフレッド、そして海軍の上層部ぐらいである。だが身分がどうこう言っても同じ乗員だ。ごっそり乗員たちがいなくなれば心配をするのは誰であっても変わらない。


「それから……あたしたちは海賊としてナッソーへ潜り込むことになるが、ジェニングスの望むまま略奪はしても不要な殺人はするな。あくまでもこれは海軍の命令で動いている。戦いが必要ないのに殺人を犯せばどうなるか身をもって知っているだろう?」

 自分たちが動いているのはウオルター総督の特別艤装許可証に基づき、海軍に協力をするという目的であると釘をさす。


 そしてこの状況に不安を持っている連中がおり、青ざめた顔をしていた。伝染病で亡くなった乗員の代わりに新たに仲間となった海軍あがりの5名である。彼らはずっと海軍の乗員として勤務をしていたのだが、戦争が終わり、士官たちが港勤務となるなかで、身分や階級もない彼らは仕事にあぶれて生活に困っていた。そこをアーティガル号に雇われたのである。


「海軍に協力をし、命令を受けたのはわかった。だが、結局俺たちは海賊になるのか」

 そう言うのも無理はない。彼らは真面目に海軍に従事していたのだ。


「心配すんな。ちゃんとマリサが海軍から書面をもらっているぜ。目的が命令の遂行にあるなら、例え海賊となっても俺たちは処刑されることがないとな。というより、海賊として潜り込まなけりゃナッソーへ行くことはできねえんだ。あそこは国や海軍も手を引いた無法地帯だ。良い子は近寄らねえ場所だ」


 そうのようにリトル・ジョンが言うと5名の男たちは安心した顔をみせた。彼らも海賊が処刑される姿を知っているからである。


 

「マリサの言う通り不要な殺人はやめておけ。やるなら格好よく紳士的に海賊行為をするんだぜ。昔、俺たちはイギリスを相手にしない海賊(buccaneer)だった。だが今回はそうもいかないだろう。時代遅れの海賊(buccaneer)から流行りの海賊(pirate)となるわけだ。そのあたりの気持ちの切り替えができねえで歴史ある海賊を名乗れるかってんだ。……ところで肝心なものを忘れちゃいねえかい?」

 年長のハーヴェーが言うと口々に他の連中も言う。

「海賊のシンボルだよ」

 リトル・ジョンが笑ってマリサに言った。それを受けてマリサは満面の笑みでこたえる。このような顔のときのマリサは何かを考えているときだ。

「それはもう用意してあるぜ。じゃ、さっそくお披露目だ」

 マリサは自分の船室からたたまれた黒い布を持ってくる。そして連中にその旗を掲げるように指示をした。


 さっそく黒い布が掲げられると連中はあまりのことに目を丸くした。

「こ、これが俺たちの海賊旗かい?これが……」

 さすがのハーヴェーも驚きを隠せない。

 マリサが海賊旗として揚げさせたものは、マリサとハリエットが共同でつくっていたあのタペストリーである。航海前にお守りとして船へ持ち込んでいたのをマリサが旗として作り直していたのだ。


 黒い布に薄紫色でエリカの花が刺繍され、布の周囲は白いタティングレースで縁取られている。そればかりか、マリサが後からエリカの花の下に刺繍を加えた文言が特に連中を驚かせた。


 I love Erica.


「マリサの家族愛は伝わるが、これで俺たちは恐れられる海賊じゃなくなるな。まあ油断してもらえるからよいとしても、普通ならこんなデザインはしないだろう」

 海賊歴が浅いモーガンは自分なりに受け入れようとしている。

「周りが海賊旗に見えなくてもあたしたちがそう思っていたらそれで十分だ。つまりそこがポイントでありあたしたちの作戦の1つなんだ」

 すまし顔のマリサを前に連中も徐々に海賊旗として受け入れていく。


 青空にはためくアーティガル号の海賊旗。はた目にはどこかの貴族の紋章とみられても仕方がなかったが、それが相手を油断させるのだろう。無事にお披露目が終わった海賊旗は再び降ろされ、出番待ちとなった。


「海賊だからと言って髑髏どくろのデザインばかりじゃ個性がないからな。俺たちの海賊旗は上品で繊細だ。みんな、お上品にいけよ」

 貴族であるオルソンもまんざらではなさそうだ。

 すると密航者から乗組員として立場が変わったオルソンの三男、アイザックも答える。

「いいねえ。僕も禁酒してこの作戦にかかるつもりだ。みんなの役に立つよ」

 そう言うと連中の1人が要らぬことを言う。

「マリサも相変わらず禁酒中だぜ。仲間がいてよかったな」

 もともと傷の治癒のために禁酒をしており、とっくにその必要もなくなっていたのだが、マリサは禁酒を継続している。たまに羽目をはずすこともあるが……。


「うるせえ!余計なことは言うな」

 マリサの一言で話し合いは終わる。



 その頃、ジェニングスたちの作戦に引っ掛かり、孤島へ置き去りにされたスパロウ号の生存者およそ50名の乗員たちは生き残りのために奔走していた。

 海賊にとって反乱者や裏切り者など置き去りにするための島のようだったが、以前には略奪した宝を置き、守らせるためにも使用されていたことを白骨化した遺体の状況からグリーン副長が推察していた。

 どの航路からも外れ地図にもまだ記載されていないこの孤島で、スパロウ号の生存者たちはいつか脱出できるように観察をしている。


「君たちばかり働かせて申し訳ない。私もできるなら一緒に動きたいものだが」

 そう言って体を動かそうとするエヴァンス艦長をフレッドが引き留める。

「食料調達ぐらいは我々がやります。艦長は体を休めてください。回復が優先です」

 フレッドに支えられてエヴァンス艦長は立ち上がり、深呼吸をする。だが、まだ呼吸のたびに痛みがあり、再び座り込んだ。

「船を奪われ、君たちを指揮できないとは艦長失格だな。こんなことなら死んでいればよかった」

「ボヤキは体が回復なさってからいくらでも伺います。必ず船を奪還し、その足で甲板に立ちたいのではないですか。生きてさえいれば策はあるはず。私たちに任せてください」

 フレッドは士官候補生のクーパーを呼ぶと艦長のそばにつかせた。


「君は艦長のそばにいてくれ。少し弱気になっているようだ」

 そう指示をするとグリーン副長がいる高台へ向かった。


 グリーン副長は他の乗員とともにあるものを作っている途中だった。

「何ができるんですか?ここで鳥を捕まえるための罠でしょうか」

 フレッドが尋ねるとグリーン副長は小さく笑った。

「鳥が来るかな。いや、来た時のために作っておくのだ。スチーブンソン君、これは合図を送る仕掛けだ。君も同じものを向こうの高台に作ってほしい」

 雨風にやられないように周囲を石積みで囲い、板で覆われているが、これは晴れれば取り払って使うのだろう。


「ここへ来てから嵐に遭遇してその後船の残骸が流れ着いたこともあり、その残骸で使えるものは有り難く使ってきた。今までの探検でも様々な漂着物があっただろう?残念ながら宝はなかったがね。ということは地図に載っていないだけで近くを通る船はあるということだ。航路から外れているというジェニングスのはったりに騙されるな。我々はまずここを脱出することを考えねばならん。こののろし台はそのためのものだ」

 エヴァンス艦長の負傷で今や統率力を上げているグリーン副長。フレッドはマリサの叔父でもある彼の行動を逐一観察し自分のものとしようとしていた。

「スチーブンソン君、君も以前に比べるとずいぶん肝が据わったように思えるよ。今の君ならマリサとけんかをしても勝てるだろう」

 そう言ってグリーン副長は笑みを見せる。

「……いや……副長、僕にそのような権限はありません。なぜなら僕はマリサを傷つけてしまったからです……」

 フレッドの顔がたちまち曇る。自分はマリサの気持ちを考えず、身分違いの結婚という事実で卑屈になっていた。あれほどまでに愛したはずなのにその手でマリサを抱くことを拒んでしまった。

「何があったのかは聞かないが、傷つけたのなら傷を修復すればよいだけだ。ただし、マリサが『フレッドが裏切ったから殺して』と言ってくれば本当に君を殺すかもしれないけどな」

 グリーン副長の言葉に目を大きく開け、まっすぐ見つめるフレッド。

「はは……冗談だ。それぐらい私は姪のマリサを大切に思っている。なぜならマリサとシャーロットにとって私は唯一血のつながった身内だからな。さて、スチーブンソン君、今日は本当に鳥でも食うか。釣りの部隊が小舟で偶然鳥をとったらしい」

「海上で鳥を捕獲?」

 空高く飛ぶカモメを捕らえたということか。そしてカモメは食べられるものなのか?フレッドは疑いを持つような視線をおくる。

「正しく言い直せば鳥のように飛ぶ魚だ。何匹もの魚が羽を広げて群れなして飛んでいたのを、釣りの部隊が釣り上げたり網の力を借りたりして捕らえたようだ。ああ、これでマリサが作るホットパイでもあれば最高なんだがな。マリサのホットパイは君の母の直伝だろう?あれは本当に美味かった。ここにいると国で食べていたものが懐かしくてならん」

 グリーン副長はそう言って目を閉じる。グリーン副長だけでない。言葉には出さないが誰しも国を懐かしく思っている。特に食べ物に関して思い出のある者が多いのだ。


 グリーン副長が『空飛ぶ魚』と言っていた魚はトビウオのことだった。

 その日、皆が総出でトビウオの下ごしらえをし、焼いていった。普段魚をあまり食べない肉食の彼らも背に腹は代えられず、空腹の勢いで食べきった。体力と気力がなければ脱出はあり得ない。

 今の彼らの間近な目標は生き残ること、それだけだった。

 

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