第14話 密航者と人質

 ジェニングスの一味に家族を連れ去られたマリサ達は家族を救出し、スパロウ号や乗員たちの情報を掴むためナッソーを目指していた。そして4,5日たったころだろうか。主計長モーガンと料理長のグリンフィルズはあることに気付く。


「船には俺たちの食料が積んであるんだが、数を見て料理をしているのに残数が合わないんだ。特に酒の残量が合わない……」

 グリンフィルズの訴えを聞いてリトル・ジョン船長代理の立ち合いのもと、食料の残数とグリンフィルズがモーガンに報告した使用数と照らし合わせる。本当に数が合わない。大きな違いなら視覚的にわかるのだが少しずつ違うのである。


「計算間違いというものじゃなさそうだ。リトル・ジョン、俺はあることを疑えと経験から理解しているぜ」

 モーガンが笑みを見せる。

「ああ、俺もそれを思っていたところだ。船にいる猫たちはどうやらその大きなネズミを捕まえられないようだな」

 リトル・ジョンも笑う。

「……さて宝さがしをしなきゃならねえな。モーガン、連中を呼んで盛大に宝さがしをしようぜ。大きなネズミというお宝をな」

 リトル・ジョンは連中を呼ぶとこの事件について話し、協力を求めた。マリサもその宝さがしに加わった。

「今までこんなゲームはなかったぜ。あたしの気晴らしのためならもう少し気のきいたことがなかったのか」

 思わぬことにマリサは文句の1つでも言いたくなった。

「考えようによっては航海の危機だ。協力をしてくれ」

 モーガンはマリサとともに船倉や厨房のいたるところを捜索する。


 するとネズミ対策として飼われている二匹の猫が船倉の一角に止まり、においをかぎだした。自分たちの縄張りに侵入者がいることをかぎつけているのだろう。そしてニャーニャーと甘えた声でなきだした。


「猫は人間より正直だよ。船倉なんて用がなけりゃ来ない場所だからな」

 そう言ってリトル・ジョンは猫たちがいる場所に銃を向ける。

「そこにいるのはわかってるんだ。今すぐ出てこねえと銃弾が降ることになるぜ」

 その声を聴き、その場にいるマリサ達は銃口を向けた。

「そうれ、5,4,3……」

 リトル・ジョンが数唱を唱えたとき、何やら物音がし、やがてマリサ達の前に一人の若い男が両手をあげて現れた。


「や、やあ。怪しいものじゃから銃を下げてくれ」

 茶色の髪の若い男をみてマリサは驚愕する。


「……アイザック……様?……」

 マリサの結婚式以来会っていないが、確かにオルソンの三男アイザックだった。

「何やら緊急事態だと言ってお父さまが船に乗ることとなったのを知り、僕も力になりたいと思ったんだ」

 アイザックはそう言ってコップの中のものを一気に飲み干す。恐らく酒だろう。

「あたしはアイザック様が船へ乗ることを領主様から伺っておりません。ちゃんと許可をいただかれたのですか」

 密航者という思わぬ客に屋敷で働いていた頃の使用人マリサが見え隠れしている。連中は慌てて仲間を呼びに行く。

「船上では民主的に物事を考え、立場や身分も同じなんだろう?ここにいる僕はただのアイザックだ」

 アイザックがすましている間に幾人かの連中が駆け込んでくる。そこにはオルソンもいた。


「アイザック、お前は何をやっているのだ……。私が留守にしている間、領地の仕事を手伝うように言ったはずだ」

 軍隊経験どころか人と戦うことが全くなかったアイザック。今のアーティガル号の目的にそぐわないことは確かだ。

「あのまま領地にいても酒と女で一日終わるだけだ。マリサとこの船が事件に巻き込まれていると聞き、じっとしていられなくなった。アーネスト兄さまにはちゃんと手紙を残しているよ。お父さま、僕も力になりたいんだ。イライザがどんなに心配して取り乱していたかをお父さまも理解しているでしょう?」

 アイザックの言葉をじっと聞いているオルソンのそばで、イライザの名前があがったことに目を見開くマリサ。

 

(イライザ母さん……ごめん、また心配させている……)

 育ての親である大好きなイライザを悲しませるのが何より辛い。イライザはデイヴィスが生きていた頃からマリサとデイヴィスのことを心配し祈る日々を送っていた。

 

 密航者という手段をとってまでマリサの力になりたいというアイザックを前にオルソンは考え込む。

 

「リトル・ジョン、今からアイザックを本国へ送り返すにはかなりの時間のロスだ。私たちはマリサの家族のためにも一刻も早くナッソーへ着かねばならない。迷惑をかけないようにするからこのまま息子を船へ乗せてもらえないか」

 オルソンの言う通り、出帆以降順調な航海であるこの船を今さら国へ方向をかけるのは無駄な時間だった。それならこのままアイザックを乗せて航海を続けた方が良かった。

「オルソン、俺たちに断る理由はねえよ。ただし、自分の身は自分で守ってくれ。アイザックの仕事はオルソンと同じだ。アイザック、オルソンからしっかり仕事を教えてもらうんだ。ここは一人が何役もしなければならない現場だ。酒ばかり飲んでいたら海へ投げ込まれると思った方がいいぜ」

 リトル・ジョンが言うとその場の連中も大笑いだ。

「海賊復帰で去った仲間が8人、その後加わったのはオルソンとアイザック。相変わらず人手不足だができないというわけにいかねえんだ。よろしくな」

 リトル・ジョンをはじめ連中は好意的に受け止めている。

 こうしてアイザックのことは皆に周知され、仲間の一人として迎えられることとなった。


 

 話はジェニングスたちの動きに移る。

 ジャマイカのハミルトン総督から私掠免許を与えられたジェニングスは、船団を組んで海賊行為を行っていた。ハミルトン総督はフランスへ亡命をしているジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを国王とし、スチュアート王朝復活をはかりたいジャコバイト派の人間であり、活動のための資金を必要としていた。そのためジャマイカに土地をもつ金持ちでもあるジェニングスに海賊行為を行わせることで資金を得ようとしていたのである。


 本国では1715年にジョン・アースキン伯爵がジャコバイトとして蜂起し、一時はスコットランドの大部分を手中に収めるほどだったが、その後ブレストンを襲撃するも大敗し、体制が崩れていた。なんとか盛り返したいジャコバイト派はあらゆる手を使って資金を得て戦力を高めようとしていた。


 こうしてジェニングスはハミルトン総督の望むまま海賊行為をしていた。しかし度重なる海賊行為に被害を受けたスペイン政府から抗議の声があがる。


「我々は総督閣下のお望みのままに海賊行為をし、資金として貢献してきました。しかし国と国の政治的解決は我々の仕事ではありません。そのことを踏まえ、これ以上総督閣下にご面倒をおかけするわけにいきませんから我々は去ることとしましょう。ここは海軍の駐屯地が有り、素性がばれればわが身も危ないですから」

 そう言って涼しい顔でハミルトン総督に別れを告げるジェニングス船長。

「お前は私に後始末を押し付けて逃げるのか」

 頼りにしていたジェニングスから別れを告げられ、慌てているハミルトン総督。私掠免許を与えて海賊行為をさせていたことから逮捕される可能性があるとみていた。

「政治のことは政治家に任せるのが当たり前だと思われますが……」

 ジェニングスは言葉を失っているハミルトン総督を見ることなくその場を去った。政治的解決が行われるまで、国の手が及ばないナッソーを拠点とするつもりだったのである。

 

 野心家であり、自分の立場のために何が有利か考えて行動するジェニングス。

 (ホーニゴールド、私はナッソーを制圧し、お前より上位に立つ。身分や立場が違うことを知らしめてやろう)

 野心を胸にジェニングスはジャマイカのポートロイヤルを後にする。


 

 マリサ達より先行してイギリスからナッソーを目指す船には、すでにジャコバイトの一派によって拉致されたマリサの家族が船に乗せられ向かっている。

 不安でたまらなく怯えるハリエットは、船室に監禁され、監視される日々に疲弊している。それは幼いエリカにも伝わり、ずっとハリエットのそばを離れないでいた。小さな窓から見える景色は海ばかりだ。この先どうなるかわからないだけじゃなく、男たちは自分たちを人質としており、命の危険さえあった。


「大丈夫よ……きっと、きっと助けが来るわ……」

 そう言いつつもハリエットの顔は青白い。マリサが怪しい男たちには気を付けて、と言っていたのだが、まさか本当に事件が起きるとは思っても見なかったのである。


 やがて乗員たちがバタバタと走り回る音が聞こえた。


「ニュープロビデンス島が見えたぞ。ナッソーにもうすぐ到着だ。準備をしろ」


 誰かが叫ぶ声が聞こえた。どうやら船は目的地へ着くようだ。


(ナッソー……、国の統治も海軍の手も及ばない海賊共和国のことだわ。マリサ、あなたならここへ来ることができるわよね。神様、お願い。みんなを守ってください……)


 フレッドの身に起きていることを知らないハリエット。自然とエリカを強く抱きしめる。


「ばあちゃん、怖い。母さんと父さんに会いたい」

 エリカはハリエットの胸に顔をうずめる。

「私も会いたくてたまらないわ。父さんと母さんに会えるよう、神様に祈りましょうね」

 そう言うしかできない。



 やがてナッソーへ船は到着する。二人は監視付きでボートに乗せられ、港町で降ろされた。

 怪しげな男たちが店で騒ぎ、娼婦たちの笑い声が聞こえる。昼間から酒を飲んでいるのだろう。中にはジェニングス一味に拘束されたまま歩かされている二人をじろじろ見る男もいる。エリカはその視線に耐え切れず泣き出した。


「うるせえぞ、このガキ!」

 連行している男がエリカに怒鳴りつける。

「うああーん、ああーん」

 怒鳴り声に驚き、怖さのあまり大きく泣き出すエリカ。

「こんな小さな子に怒鳴ったら余計怖がるでしょう?怒鳴らないでください」

 ハリエットはエリカを抱きしめると背中をなでた。

「よしよし……。いい子ね、心配しないで」

 震えていたエリカはハリエットにしがみついたまま少しずつ泣き止んでいく。


 男はチッと舌打ちをするとそのまま黙って二人をある場所へ連れていく。そこはジェニングスが管理している小さな家だった。管理していると言っても、ここは海賊の横行に住人たちが逃げ、空き家となっていたところへ前回の訪問でジェニングスが勝手に自分のものとしていたのである。


「もうここまで来たら逃げられると思うなよ。ここはどこにいても海賊ばかりだ。人間を拉致するよりも海賊として宝を奪った方が金になるというのに全くジェニングスの旦那も物好きだぜ。まあ、せいぜいお前たちの神に祈ることだな。アーティガル号の連中が海賊となることをな」

 男の言葉に動揺するハリエット。

「そんなこと、ありえないわ!マリサ達は恩赦で堅気になったのよ。海賊に戻るなんて馬鹿げているわよ」

 強い調子で話すハリエットに、男は嘲笑で返す。

「馬鹿げているのはそっちじゃねえのかい。いいかげんにお前の立場を理解したらどうだ。俺は金持ちになれるんならイギリス国王が誰だろうとどうでもいいが、ジェニングスの旦那が考えたことだ、きっとお前たちはアーティガル号の連中を動かすいい金づるだろうよ」

 そう言って腰から銃をとると入口めがけて撃った。


 バーン!


 銃撃音とともにドアが開き、一人の男がなだれ込む。どうやらドアの外で様子を伺っていた仲間の1人らしい。それをみてハリエットとエリカも声を失い、二人抱き合った。

「こそこそしてんじゃねえ!俺たちはジェニングスの旦那の言うことさえ聞いてりゃいいんだぜ」

 銃を撃った男は、腕から血を出して倒れている男を蹴るとそのまま出ていった。けがをした男はハリエットとエリカを見ることなく、血を滴らせながら男の後を追う。


 二人きりになった家だが、その周りに見張りがいることを窓から垣間見て知る。目の前で起きたことにショックを隠せないハリエットはエリカを抱いたまま床に座り込み、神に祈った。

 

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