第12話 ジェニングスの企みとホーニゴールド

 ニュープロビデンス島ナッソーには海賊行為をするでもなく毎日飲み明かしているホーニゴールドたちがいた。長いこと船は出帆することなく停泊したままである。彼らは毎日飲み明かすことができるほど財宝艦隊の宝を回収していたのだ。

 

 ある日、店で女や仲間たちと飲んでいるところへ男が姿を現す。ホーニゴールドの噂を聞きつけたジェニングスである。ジェニングスはこれまでにもフレッドとグリーン副長が乗るスパロウ号を略奪し、戦力としていた。マリサ達のアーティガル号にも目を向けたが、急がずとも手に入れる手段はあると考えて今回は見逃している。


「毎日酒宴とはいいご身分だね」

 ジェニングスは店内にいるホーニゴールドや仲間たちを見回す。そして酒を注文し、ホーニゴールドの前に立ちはだかった。

 ホーニゴールドとジェニングスの視線は互いに相手をしっかりととらえている。

「君が酒を飲んでいる間に我々は宝を得た。いつまでものんびりとしている君がこうして酒を飲んでいる間にな」

 酒を飲むとジェニングスは無言で見つめているホーニゴールドを見て嘲笑した。

「……侮るな。俺たちは再び宝を手にしてやる。ここはナッソーだ。誰よりも稼いだほうが尊敬される。見てくれだけの金持ちのお坊ちゃまのお前とは違っているんだよ」

「フフッ……その言葉を待っていたよ、ホーニゴールド。私は君たちと違い、私掠免許を持ち、私掠を行っている。ただ分捕ぶんどるだけの海賊とは違う。君と私のどちらがナッソーを制圧するか楽しみだな」

 そう言って笑うとジェニングスは無言のホーニゴールドを一瞥して店を後にした。


 ジェニングスは自分がジャマイカに土地を持つ裕福な身分であることや、海賊ではなく私掠免許を持った私掠であることで、貧しい身分で海賊行為を行っているホーニゴールドたちを見下していたのである。

 マリサ達に近づいたのは、”青ザメ”時代、彼らは私掠免許を持ち私掠を行っていたこと、海賊(buccaneer)となってからも真面目に国へ戦利品を治めていたことから、彼らに対して他の海賊集団とは違うとみていたのが理由だった。


 

 そして事件がおきる。


「船長!大変なことになった」

 女と寝ているときに仲間の一人がホーニゴールドを起こしに来る。

「どうした、何があった?」

 慌てて飛び起きると血相を変えた男がこう叫ぶ。

「船をジェニングスに奪われた!」

 驚いて窓を見ると自分たちの船が沖合に消えていくではないか。海賊が船を奪われるなんて恥ずべきことだ。それは海軍が船を奪われるぐらい海賊たちにとって不名誉なことだった。


 ホーニゴールドが船を奪われた事実はたちまちナッソーに広まり、他の海賊仲間の笑いのもとになった。


「奪い返しに行かないのか。ジェニングスにやられっぱなしなのか」

 ホーニゴールドの仲間たちは彼を取り囲み、口々に言ってくる。ここニュープロビデンス島ナッソーにおいて臆病な船長は民主的に交代させられるのだ。だがなぜかホーニゴールドはなかなか行動を起こそうとしない。

「焦るな。1隻奪われたなら今度は2隻奪えばいい。それが海賊の流儀だ。このお返しを必ずしてやる」

 そう彼が言ったとき、店にいた一人の男がホーニゴールドのそばに座り、酒を差し出した。黒いひげを生やしたその男は海賊として名を上げるためにナッソーへ来ていた。

「俺を弟子にしてくれ。俺の名はエドワード・ティーチ。文字の読み書きができる」

 エドワード・ティーチと言ったその男はとある良家の子息であり、教育を受けていた。どのような集団であっても教育を受けた者は重宝がられる。ホーニゴールドに断る理由はない。


 ホーニゴールドは酒を受け取ると一気に飲み干し、こう彼に告げた。

「ああ、俺もお前のような男を探していた。一緒にここを大きくしようぜ」


 ホーニゴールドとエドワード・ティーチはこうして出会っただけでなく、ティーチの仲間でアフリカのある部族の王子だった元奴隷のブラック・シーザーも加わることになり、ともにの興亡にかかわるのであった。



 一方、ジェニングスはスパロウ号の存在を隠すため船団をいったん解き、別行動をとらせた。海軍の駐屯地があるジャマイカへ海軍のスパロウ号をするわけにいかなかった。

 前回、スペイン船を襲撃し宝を奪ったことでハミルトン総督に苦情が届いており、そのため処罰を恐れながらもジャマイカのハミルトン総督にホーニゴールドから奪った船を差し出した。カリブ海の航海の安全を脅かす海賊の船を奪ったという大義名分である。

「ハミルトン総督閣下、私は拠点をジャマイカからニュープロビデンス島ナッソーへ移します。その方が双方に利点があるでしょうから」

「なるほどな。それなら私の部下であるアシュワース、ディスカバリー号のカーネギー船長、ココアナッツ号のリデル船長の仲間たちもそれぞれ加えるといい。艦隊として動けばこれ以上のものはない。海は広い。活躍を期待しているぞ」

 ハミルトン総督はジャコバイト派として革命を期待しており、そのための資金と民生軍隊を計画していた。ジェニングスに加わる仲間はその一部だった。


 

 前年の1715年9月1日にフランスへ亡命をしていたジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートを擁護していたルイ14世が崩御した。9月6日にはスコットランドにおいてジョン・アースキン伯爵(マー伯爵)がジャコバイトとして独断で蜂起し、パースを占領する。しかし攻勢は続かず、後のいくつかの戦いでジャコバイト派は敗れていく。それでもスチュアート家を存続させたい、或いは利用したいジャコバイトは根強く残っており、機会をうかがっていたのである。



 ジェニングスはジャマイカへ寄った際、ハミルトン総督や新聞などからスコットランドで起きたジョン・アースキンをはじめとするジャコバイトの反乱の動きを知った。

「ルイ15世はジャコバイトにさほど興味がないようだ。ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート様がいつまでフランスで保護を受けられるかわからない状況だ。スコットランドでは反乱は鎮圧されたが、まだあきらめるべきではない。英語を話せぬ王など私は認めぬ」

 ハミルトン総督があきらめきれないといった表情を見せた。しかしジョン・アースキン伯爵の反乱の失敗は痛手だった。

「もっと資金があればよそから兵をかき集めることも武器をそろえることも可能でしょう」

 ジェニングスは自分がもっと私掠をすることで貢献できると思っている。

「お互いに火の粉をかぶらないようにやっていこう。いい知らせを待っている」

 ハミルトン総督の言葉に笑顔で答えるジェニングス。


(なんとしてもマリサとアーティガル号を手に入れたいものだ)


 ジェニングスは他の女と違い、媚を売らないマリサに興味を示した。そしてそれ以上に艤装をしているアーティガル号を自分の艦隊に加えたいと考えていた。

 

(海軍に協力をする前提であり、自衛のための艤装か。いや、理由などどうでもよい。要はあの船が私の望む船であるということだ)


 ジャマイカに土地を持つ裕福なジェニングスは政治の成り行きも見ていた。一攫千金だけなら処罰の危険を冒してまでわざわざ海賊行為をしない。


(船を手に入れるなら、まずはマリサにゆさぶりをかけないとだめだろう。さて国にいるジャコバイトの残党に声をかけてみるとするか)


 ジャコバイトの劣勢はジェニングスの耳にも入っている。その残党も資金と兵力を待っていた。ここに付け入る気でいたのである。

 そしてジェニングスの計画は配下の船によってたちまち本国のジャコバイト派へ知らされることとなる。



 恩赦をだしたのはウオルター総督だが、それよりも上位の意見としてアン女王の一言で、マリサが罪を犯していないことや”光の船”の本拠地を叩いたのは海軍ではなく海賊だったことを示され、和平直後のイギリスとスペインに再び戦火があがることはなかった。

 それだけにマリサたちにはアン女王に恩義があるとみていた。つまりスチュアート王朝復活に力を注ぐべきだとジャコバイト派はみており、それゆえにその機会を伺っていたのである。



 ナッソーを後にしたアーティガル号はその後グリンクロス島へ予定より少し遅れて荷を降ろすと、荷積みまでの間、少しの休養に入る。

 マリサもできるだけウオルター総督に会うのが礼儀だと心得ており、いつものようにシャーロットの出迎えを受けて屋敷へ向かう。


 相変わらずシャーロットは島の人々とよく交流をしているようで、あちこちで声を掛けられる。仏頂面で育ったマリサにはなかったものだ。


「アーティガル号は順調に航海をしていましたが、連中の中から8名が海賊に戻りたいと謀反を働いたので、ニュープロビデンス島ナッソーへ立ち寄って彼らを降ろしました。グリンクロス島への到着が遅れたのはそのためです。ナッソーではジェニングスという私掠船の船長に会いました。彼はアーティガル号に興味を示し、あたしたちに海賊へ戻る気はないかとも聞いてきました。ナッソーは今や海軍・国もかかわっていないせいか脅威となっています。国籍関係なく船を襲う彼らは戦後の新たな問題です」

 マリサはナッソーでの様子をウオルター総督に話した。同じ総督でもウオルター総督はジャコバイトでなく、国のありようを受け止めている立場だ。

「それでジェニングス船長の誘いを受けたのか」

 総督に言われ、仏頂面にゆるみが出る。

「誘いを受けたのならここへは来ておりません。あたしたちはお父さまからいただいた恩赦を無駄にする気は全くありませんから」

 そしてマリサはようやく娘マリサの顔となる。


 マリサの育ての親であったデイヴィスは処刑されてもういない。ウオルター総督はマリサに長い間慕われることがなかったが、彼はマリサの夫となるフレッドと出会わせた。マリサとウオルターとの距離は少しづつ縮まり、マリサも心を開きつつある。それはマリサ自身が親となったことで自分を振り返ることができている証だ。

「今後もアーティガル号だけでなく、お前自身も目を付けられるだろう。お前がもしも海賊に戻れば犯罪行為となり、夫であるスチーブンソン君を苦しめるだろう。グリーン副長も同じだ。ジャコバイト派がくすぶっているのは確かだから国へ帰った時に情報を得ておくように」

 マリサが海賊に戻ればウオルターの総督としての立場にも何かあるかもしれない。その予見もあったが、それ以上に政治に利用されそうなマリサ達をどう守るか考える日々だ。

「ご心配をおかけします。そしてありがとう、お父さま」

 そう言って笑顔を見せるとマリサはシャーロットとのおしゃべりのために執務室を後にした。



 シャーロットは家の存続のために結婚しろと言われている。

「マリサがうらやましくて仕方がないのは変わらないわよ。こう見えて私は結構不自由な身で好き勝手に一人で動けるわけじゃないし島からも出られない。だからと言ってジェーン・ブラントのように政略結婚なんて私は遠慮したいところよ」

 そう言って屋敷の周囲にあるプランテーションを散歩しながらシャーロットは口を尖らせる。

 ジェーン・ブラントといえばデイヴィージョーンズ号に客として乗り込み、わがままし放題好き勝手をした貴族の令嬢だったが、身分を利用してのあまりのわがままにマリサがぶち切れ、彼女を昇降口から船内に投げ込んだほどだ。それを思い出してクスッと笑うマリサ。

「だけどいつまでも一人でいるわけにはならないぞ。ウオルター家の存続はシャーロットにかかっているんだ。それは姉であるあんたの肩に乗っかっている。あたしが自由奔放でうらやましいだなんて思わないでくれ。論より証拠、ついこの前まで処刑を待つ身だったんだからな」

 そう言って空を見上げる。


 グリンクロス島の空は本当に透き通っていて青い。本土に比べ晴天の日が多く、しかも乾燥した風もよく吹いている。オルソンの屋敷にいたころ見ていた空とは違い、どこかその果てにおとぎ話の世界があるように思えてならなかった。


「全くね……運命なんて不思議なものね。双子でありながらこうも違っているんだもの。……そのうち引き際が来たら覚悟してお父さまを安心させることにしなきゃね。そうなったら当然のこと、あなたを呼ぶわよ」

 シャーロットは少し寂しそうな顔をした。それは自分の立場を再認識してのことなのかもしれない。

「そのときがきたらあたしは市民としてお祝いに来るよ。ただし、レディなんて称号をつけるなよ」


 身分違いの結婚をしたマリサには市民であるフレッドと結婚した事で名前にあるものが付けられ、呼ばれることがある。


 ”レディ・マリサ”


 ウオルター総督の爵位のおかげでこう呼ばれることが嫌いだった。それはフレッドとの間の溝を深めることになるからだ。

「海賊は船上において民主的に物事を考え、決めていた。少なくともあたしたちはそうだった。連中のなかにはカトリック、イングランド国教会、清教徒もいたし、自分の国の神を信じる者もいたが、そのことで争うことはなかった。そして出自もいろいろあったけどもちろん争いはなかった。自分と違う相手の立場にあたしたちは付け入ることをしなかったし、かかわらなかった。狭い船の社会で仲間としてやっていくためにそのやり方は必要だったんだよ」

「そうね……ここでは奴隷たちの扱いをなるべく健康的にしているけど、他の島では非人道的な扱いを受けていると聞いているわ。結婚するなら奴隷たちや島の人たちを守ることができる人を望むわ。そんな人が現れたら、との話だけどね」

 話しながらもシャーロットは行き交う人々や畑の奴隷たちに挨拶をしている。

 マリサは彼女のその姿にシャーロットが成長しているように感じた。初めてグリンクロス島で出会ったあの日からお互いにものの考え方や捉え方に変化がある。戦争中に経験した出来事は様々な成長の糧となっていたのである。



 数日後、休養と荷積みを終えてアーティガル号は本国へ向けて出帆する。


 その日の風は湿気を含んでおり、汗ばむことがあった。急激に天候が変わるのだろう。

 

 留守を預かるハリエット、帰るたびに愛おしさが増すエリカ。思いは募る。穏やかな思いを胸に秘めるマリサだが、二人の身に危険が迫っていることを知らずにいたのである。

 

 

 ※本編ではストーリーに絡ませるため史実をいじったエドワード・ティーチですが、ここでは史実に近いエドワード・ティーチとして書きます。

 本編との整合性がなくなってしまいますが、本編のティーチ像は資料が乏しかった学生時代に書いたものがベースとなっているのでご容赦願います。

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