第9話 散ったスペイン財宝艦隊の宝

 1715年7月。ニュープロビデンス島・ナッソーにはマリサが以前来た頃に増して海賊や元私掠たちが集まり、勢力を伸ばしていた。

 酒と女と宝。奪うものは何でも奪い一攫千金を夢見て集まる男たち。


 夜となればいつもの女遊びと酒宴だ。そしてマリサ達の噂も情報として飛び交っている。

「お前たち、きいたか。あの”青ザメ”はすっかり堅気になってしまって商船として航海をしている。襲おうとした海賊が返り討ちにあった。奴らにはグリンクロス島の総督から特別に恩赦をもらい、鼻高々だ。でもよ、元海賊だ。いつまでものんびりと商船遊びをしているとは思えねえ。奴らの船アーティガル号は自衛のために堂々と艤装をしている。これも総督の許可があってできたことだ。ということはいつでもまた海賊へ復帰することは可能ってことだぜ」

 ”青ザメ”を知っている男たちは彼らの海賊としての復帰を期待している風でもある。それは仲間としての期待ではなく、お高く留まっている彼らを再び略奪の世界へ引きずり込もうとしての期待だった。

「まあ、あのマリサがどうするかだな。マリサと海軍は必然的につながっているからな。マリサが動けば海軍も動く、そんな図式だ。それに”青ザメ”は一攫千金を狙っていた海賊じゃないからな。奴らは時代遅れの海賊だった。自分たちの取り分を残し、後はくそ真面目に国へ治めていた。だがデイヴィス船長は吊るされた。なんでも過去の罪で恩赦の対象にはならなかったそうだ。”青ザメ”は解団しているが連中は残り、船も新しく作られている。復帰の要素は無きにしもあらずだが、俺は難しいと考えている」

 

 すると話を聞いていた海賊船の船長が加わってくる。ナッソーを治め、私掠や海賊たちをまとめようとしている男、ベンジャミン・ホーニゴールドである。ホーニゴールドはもともと私掠船で名を挙げていたが戦争が終わり、食い扶持ぶちにも困り海賊化していた。ナッソーにはホーニゴールドの仲間の海賊が集まっていたのである。

 

「下手に手を出すとやけどをするぞ。奴らには海軍が絡んでいるのは本当だ。俺はその一人を見破った。あのときデイヴィージョーンズ号に中年の新米水夫がいたが、そいつはイギリス海軍から副長として船に乗り込んでいた。ぞっとする目つきをして侮れない男だ。海賊船デイヴィージョーンズ号は沈んだが、イギリス海軍に裏切られた結果だろう。奴らは馬鹿なんだよ。だけど馬鹿ゆえに何をしでかすかわからない。海軍を動かすことを知っているからな」

 ホーニゴールドはこれまでにも一味を率いて略奪行為をしていた。前年、略奪の被害に業を煮やしたスペインがニュープロビデンス島に報復へ来るという噂があり、それを恐れて足を洗った海賊もいたが報復は行われず、ホーニゴールドはそのまま仲間のコックラムとともに海賊行為を続けていた。その略奪品をさばくためにホーニゴールドはエルーセラ島の悪徳商人とつながって富を得ており、1714年にはスループ船ハッピー・リターン号を手に入れて新たに仲間を加え、海賊行為を行っていたのである。

 

 マリサが頭目をしていた時代遅れのくそ真面目な海賊”青ザメ”は、私掠時代からの船デイヴィージョーンズ号を最後まで自分たちの船として使っていた。海賊行為で船を略奪しても真面目に国へ治めていた。しかし今や海賊(pirate)全盛の時代である。”青ザメ”のような海賊(buccaneer)はもういない。


 そのホーニゴールドの隣へ娼婦が酒をもって座る。長い黒髪の女だ。

「さっきから何を難しい話をしているんだい。難しい話はごめんだよ。ここは楽しけりゃいいのさ。一夜の夢を見て英気を養ってまたここへお金をおとしてくれたらいい」

 そう言って女はホーニゴールドに抱き着く。

「お前たちも夢を見なければ元気も出ないぞ。女と酒は俺たち海賊の晩飯だ。明日のために今日できることをやっておけ」

 ホーニゴールドはそのまま女を抱いていく。さっきまで話をしていた仲間の海賊もそれぞれお目当て娼婦のもとへ行った。


 この場にマリサがいたらまた騒動だろう。しかし運命はマリサをここへ引き寄せようとしていたのである。


 

 そして海賊たちの運命を変える大きな事件が起きる。

 

 1715年7月23日。カリブ海周辺は猛烈な嵐に見舞われていた。空へ吸い上げられるような高波に横殴りの暴風雨。このような嵐ではどんな帆船も無力だが、気象の変化を予測することができない当時では『運が悪い』といか言いようがなかった。


 この日12隻のガレオン船で編成されたスペイン財宝艦隊がハバナからスペイン本国へ向かっていた。スペイン本国は戦争に負けて資金が枯渇しており、この船団のお金を心待ちにしていたのだが、この船団は大西洋を渡ったことがなく気象を読めずにいたことが災いとなった。スペイン財宝艦隊は嵐に向かって直進する形でむかっていた。船内には溢れんばかりの財宝とピースオブエイト銀貨(この時代貴重なもの)が積載され、戦争で国の財政が悪化していた本国を救う財宝だった。しかしそんな財宝の荷もこの嵐の中ではまったくの役立たずであり、船内では乗組員が浸水をくみ出したり荷崩れをしないように固定したりしていたほか、甲板上では船が波にのまれないように舵を守り、縮帆が急がれていた。


 休む間もなく荒波が甲板を覆い、ときに15mの高波が船を襲う。波と風により海岸部からどんどん遠ざけられ、船体にひびがはいっていった。すでに何人かの乗組員が海へ引きずりこまれていたが助ける余裕はなく、自分たちの船が何とか嵐を乗りきってくれたら……とそんな思いでいっぱいだった。

 ゴオーッとうなり声をあげて横殴りの風と雨がガレオン船を襲う。視界が悪く他の船の状態を知ることは難しい。いやそれ以上に自分たちのこと精一杯なのだ。すでに仲間の船の姿を見失っている。かわりに沢山の船の残骸が波間に見え隠れしていた。

 

「神よ。われらを救い給え!」

 天を仰ぐ船長。手は尽くした。彼はこの時初めて全身全霊で神に祈った。声にならない声で何度も叫ぶ。


 そこへ船を飲み込まんとするほどの三角波が牙をむいて船団を襲う。


 バキッバキッ!


 強風に耐えかねて転行索が折れ、落ちてくる。それだけではない。船体が大きく波にもまれる中で、満載された積み荷が荷崩れを起こし船は傾斜してしまう。そこを再び三角波が襲った。


 バキバキッ!


「浸水の水をくみ出せ!」

 船長が叫ぶが再び三角波は船を飲み込んだ。


 そのまま横倒しになり、多くの人員と積み荷を積んだまま船が割れるように砕けていく。


 財宝艦隊の12隻の船全てが同じ状況だった。

 阿鼻叫喚の叫び声を残し、この日艦隊すべての船が嵐により海へ散った。



 嵐が通り過ぎた朝。海ではまだ嵐の余波とみられる波があったが、財宝艦隊があった地獄を打ち消すかのような静けさである。ここフロリダ半島ベロビーチには多くの遺体が打ち上げられていた。住人の中には彼らが身に着けているものを奪う者もいた。そしてベロビーチ沖にはあの財宝艦隊の財宝が散っていた。そこへいち早く情報を聞きつけ財宝を回収していた私掠船があった。

 ナッソーにいたあのホーニゴールドである。ホーニゴールドは仲間とともに散った財宝を集め、奪うことでの頭として君臨することになる。このニュースはニュープロビデンス島ナッソーの海賊たちや周辺の植民地総督の『欲』をそそる。



 ホーニゴールドの船団が財宝艦隊の宝を回収し富を得たというニュースはいち早くジャマイカのポートロイヤルにも伝わる。

「海賊どもをいつまでものさばらせておくわけにはいかない。戦争は終わったのだ。海賊を討伐し、宝を奪い返すのだ」

 白い巻き毛のかつらが威厳を見せている。ジャマイカに駐在するハミルトン総督である。

 ハミルトン総督はあることで財力を必要としており、その協力をベルシェバ号の船長であるジェニングス船長に求めた。そのためハミルトン総督はジェンングス船長に海賊討伐に対する私掠免許を与えたのである。


 ハミルトン総督をこの行為に向かわせた理由は、彼がカトリック教徒であるために王位継承の枠から外されたジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート側の人間、ジャコバイト派であることに他ならない。

「私は力のある私掠船を集めて民間の艦隊として集め、として動かすつもりだ。イギリスに英語を話せぬ国王など必要はない。我々がこの地からジェームズ・スチュアート様の国王即位へ道を開くのだ」

 ハミルトン総督の決意にジェニングス船長は笑みを見せる。

「海賊共和国と称して支配をし、国王気取りのホーニゴールドの鼻っ柱を折ってやります。お楽しみに」

「良い報告を待っているぞ、ジェニングス船長」

 ハミルトン総督はジェニングス船長とその艦隊に大きく期待を持った。



 ジェニングス船長はベロビーチ沖に散ったスペイン財宝艦隊の宝を回収するために2隻の大型船、3隻のスループ船で艦隊を編成し、300人もの海賊たちと現地へ向かった。

 しかし日にちが経過しており、何事もなかったかのように宝の欠片さえ残っていなかったのである。

「なんてことだ……すでに他の海賊に回収されたということか」

 悔しさのあまり唇を噛む。

「宝を回収したのならまだこの近海のどこかに隠されているはずだ。締め上げて奪い返そう」

 あれほどの大量の宝を船にずっと隠し持っているとは考えにくい。ジェニングスは財宝艦隊の宝が散った現場からそう離れていないフロリダ半島のどこかにあると判断をしたのである。



 ベルシェバ号を含むジェニングスの艦隊は船を拿捕しては情報を得ようとしていた。そしてついにあるスペイン船が財宝艦隊の宝の一部を回収していたことを掴んだ。

 しかしの船長は口をなかなか割らなかった。せっかく回収した巨万の富を奪われたくなかったからである。その態度にジェニングスはある男を呼ぶことにした。

 ジェニングスが信頼を置く若手のチャールズ・ヴェインである。ヴェインはロンドン出身で、子どものころから何度も処刑場で海賊たちの処刑を見ていた。その中には海賊にとって英雄的な存在だったキャプテン・キッドもいた。文字の読み書きができず貧しい家庭の人々にとって娯楽は処刑の現場であったのである。ヴェインもその一人で、目の前で吊るされて命を落としていく姿をみてぞくぞくするような感触を得ていた。これはヴェインの人格形成に影響をし、残虐で非道な行為を好む性格へと変えていった。


 

 ニュープロビデンス島にあるイギリス入植地は1703年と1706年の二度にわたるスペインとフランス連合艦隊の襲撃により入植達が放棄し、国の統治が撤退された。それを機に次々と私掠や海賊たちが拠点とし、スペインとフランスの船に対し海賊行為を行っていた。国の統治がなされない放棄されたニュープロビデンス島ナッソー、海賊共和国である。

「ヴェイン、お前なら船長の口を割ることができるだろう」

 ジェニングスに呼ばれてニヤリとするヴェイン。

「船長が望むままにしてみせます」

 そう言って小刀など拷問道具を持つと郵便船の船長が囚われている船内へ行く。


 

 船内ではスペイン郵便船の船長が縛り付けられていた。

「お前たちが宝を回収したことは知っている。どこに隠した?その場所を言え」

 やんわりというヴェインの言葉に黙ったままの船長。

 ヴェインは小刀を出し、彼の頬を切りつけた。たちまち血が一筋二筋と流れ落ちる。それでも船長は黙ったままだった。

「なるほど……。ならばこうしてやろう」

 そう言ってヴェインは船長のズボンを切り裂いて男の一番大事な部分に小刀を充てる。

「お前の宝はこれだろう。ここを切り落としてやる」

 刃物の冷たい感触が船長の股間に広がる。たちまち船長は大きく首を振り叫んだ。

「い、嫌だ。助けてくれ。宝の隠し場所を教える!」

 船長は恐怖で体を震わせ、冷や汗を流している。

「良い子だ。怖い夢はもう終わるぞ」

 ヴェインはそう言って回収した宝の隠し場所の詳細を聞き出していった。


 

 ヴェインは生かさず殺さずといった”光の船”の『嘆きの収容所』のような痛めつけを得意としていた。望むものが得られなかったらそのまま命を切り捨てても動じない男だった。それは理知的なジェンングスの気に入ることとなり、信用のおける配下となっていた。


 郵便船の船長から宝の隠し場所を聞き出したジェニングスたちはフロリダ半島のある野営地を急襲することにした。


 嵐で難破したスペイン財宝艦隊はピースオブエイト銀貨を満載していた。この時代、銀の相場が高く、価値あるものだった。回収したスペイン郵便船はそれらをいったんフロリダ半島の野営地に隠したのである。そしてそこには守備隊が野営して守っていた。


「ほう、酒を飲み明かしているのか。いくらでも飲むがいい。せいぜいいい夢を見てな」

 野営地を守っていた守備隊の男たちは酒を飲み、仲間と歓談をしている。野営地には店どころか女もいない。宝の守りとは言え、退屈なのだ。

 そんな彼らの様子をジェンングスの一味はずっと見ている。


 やがて夜も更け、酒に酔った男たちの中には転寝うたたねをするものが出てきた。テントの中で、或いは焚火のそばで笑みを浮かべて眠っている。とても楽しい酒だったのだろう。彼らはここに誰かが宝を奪うとは思ってみなかったのである。


「よし、お前たち行くぞ」

 ジェンングスの一味は野営地へ飛び込むと次々に男たちを殺していった。寝込みを襲われ、声を上げるまでもなく息絶えていく守備隊の男たち。パニックのあまり彼らは森へ逃げていった。そして大量の財宝やピースオブエイト銀貨を奪うことに成功したのである。


 ジェニングスの一味が宝を奪うことに成功したことによりジャマイカのハミルトン総督は資金を得た。そして報酬としてジェニングスたちも大金を得ることができた。

 私掠免許を与えられたジェニングスはその後もハバナへ向かうスペイン船を襲撃する。ハミルトン総督のお墨付きとあらば怖いものはないと言ったところだろう。ただ、彼らの目的は財宝だったので船を略奪することはせず、船と乗員については見逃していた。

「全く戦争が終わり平和ボケしているのか奴らには危機感がない。私が奴らの立場ならもっと警戒をするんだが……」

 ジェニングスの一味は笑いが止まらない。それは海賊行為を行っている他の船もそうだろう。

「さあ、ハミルトン総督閣下がお待ちだ。ジャマイカへ向かうぞ」

 まるで凱旋のごとくジェニングス率いる船団はジャマイカへ向かう。ところがスペイン船を略奪せず、乗員も船に残したまま財宝だけ奪ったので、スペイン船はハバナまで逃げ延び、略奪事件についてハバナ総督の知ることとなる。

 

 戦争は終わり、イギリスとスペインは平和関係にあった。ハバナ総督はジャマイカ総督に抗議をし、ジェニングス一味が奪った荷の返還を求めたのである。

「私掠免許があるとはいえ、国際問題となると我々は処罰されかねない。残念ながらすぐにここを出よう」

 ジャマイカへ入っていたジェニングスたちは処罰を恐れてジャマイカを出ていく。


 ジャマイカのハミルトン総督のお墨付きの意味を無くしたジェニングスたちはその後、国籍関係なく船を襲う。途中でスループ船に放逐されていた乗員たちを仲間に加え、勢力を増していく。ただ、逃げ場所や拠点がないゆえにこれでは彷徨さまよえる海賊だ。

 ジェニングス自体はジャマイカに土地を持ち、教育を受けた金持ちの地主であるが、今はジャマイカへ帰ることもできない。これからの活動を考える上でも拠点は必要だった。


「大方の海賊はニュープロビデンス島を拠点としてる。あの島は国が統治を投げだし海軍さえ入ることはできない。我々も拠点としたほうがよかろう」

 ジェニングスの言葉に仲間たちも頷いていく。


 その後ジェニングスの一味と船団は、スペイン財宝艦隊の宝を回収し、財を成したベンジャミン・ホーニゴールドが待つニュープロビデンス島ナッソーへ向かった。

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