第3話 商船アーティガル号と海賊

 マリサとフレッドが見えない『壁』を前にしているころ、オルソンとマリサが投資した商船アーティガル号はグリンクロス島からたくさんの荷を積んで航海の途中であった。


「リトル・ジョン、なんでお前はいつまでも船長代理なんだ?オルソンやマリサから船長になることを打診されているのを断ったそうじゃないか」

 掌帆長のハーヴェーが操舵をしているリトル・ジョンに声をかける。

 

 リトル・ジョンは”青ザメ”の仲間たちと同じくあの忌まわしい収容所に囚われていたのだが、マリサに助け出され、そのまま”青ザメ”の仲間として残っていた。リトル・ジョンに限らず、後から仲間に加わった連中が相当数いる。特赦によって海賊や私掠の罪を許された彼らは、まっとうな生き方を望んでそのまま商船アーティガル号で仕事をしているのだ。

 リトル・ジョンは”青ザメ”に入る前はとある私掠船で操舵を任されていた。”光の船”との海戦で、”青ザメ”の船デイヴィージョーンズ号で航海長をしていた大耳ニコラスが亡くなり、その後を引き継いだ形だ。そのままデイヴィス船長を助けながら航海をしていたが、そのデイヴィスが過去の罪で犯罪人として処刑されると船長として動くことができるのはリトル・ジョンだけだった。


「俺はそんなたいそうなうつわじゃねえよ。いい人材が来たらそいつが船長をすればいい。デイヴィス船長の様に落ち着いて物静かでありながら連中の支持を得てまとめあげるなんて俺には無理だよ」

 舵を取りながらボヤくように話す。


 リトル・ジョンは船長代理として仕事をしているものの、やはり彼には亡きジョン・デイヴィス船長の存在は大きかった。

 

(デイヴィス船長……俺は船長代理になったがデイヴィス船長にはなれねえよ。デイヴィス船長と同じことを言い、同じようにふるまってもデイヴィス船長にはなれない。俺には荷が重すぎるんだよ)


 何かにつけてデイヴィス船長の影をみてしまうリトル・ジョン。彼はその影の前にたちはかだっていた。

 もっともそれに気づかないハーヴェーではない。ほかの”青ザメ”の連中もうすうす気づいている。


「リトル・ジョン、お前はお前だ。俺たちはお前にデイヴィス船長を求めていない。それにな、”青ザメ”は解団してもう存在しない。船も海賊船じゃあない。この船は商船だ。気にしなくてもいいんじゃないか。俺たちは船長を必要としている。考え直してくれ」

 ハーヴェーが言ってもそのまま黙り込んでしまうリトル・ジョン。


「みんな、お前のいい返事を待ってるぜ」

 そうハーヴェーが言うとリトル・ジョンは少しだけ笑って見せた。



 そうして商船アーティガル号は、グリンクロス島からの荷を少しでも早く本国へ運ぼうと風をつかんで航海をしていた。


 このまま順調に航海をすれば相応のお金が入るし、国へ帰れば待つ人もいる。海賊だった連中は恩赦をもらい、まっとうな生き方ができていることを実感している。そのいいお手本となったのが一足先に結婚という形で陸へ上がったマリサだった。


 しかしこののどかな航海は来客によって乱される。



「左舷後方からスループ船が追ってくる。海賊旗をあげているぞ!」

 檣楼からメーソンが叫ぶ。海賊時代からずっと檣楼で風を読みながら見張りをしており、歳はとったもののまだまだ体は身軽で、高いところもものともしないでいる。

 メーソンの声にリトル・ジョンが我を取り戻し、連中に声をかける。


「おいでなすった!荷を守れ!逃げるぞ」

 商船である今、艤装はしていてもまずは逃げるが勝ちである。砲撃が必要となるかもしれず、その準備を指示していく。


 風は向かい風だ。逃げるほうも追うほうも有利とはいえない。

 


「よりによって荷を満載しているときに……なんてこった!」

 アーティガル号は荷を満載している。いくら船足が速い船でもこの荷の量では船足が落ちる。リトル・ジョンに一抹の不安がよぎる。


(デイヴィス船長、あんたなら勇敢に立ち向かっただろうが、今の俺は荷を守ることが優先だ。あんたのようにはなれない……)


 そうつぶやくと操舵を航海長に任せ、甲板へ出た。


「どう考えても船足はこっちの方が遅い。追いつかれるのも時間の問題だ。奴らの射程内に入らないうちに砲撃の準備をしておけ。撃つぞ!」

 商船の仕事は荷を運ぶこと。荷を守らねばならない。逃げきれないと分かれば攻撃あるのみだ。



 戦争が終わり、船長代理としてリトル・ジョンが指揮をしているものの、グリーン副長が海軍へ戻った今、相変わらず副長が不在だ。昔ながらの連中が場を読んで判断をして動き、自分をサポートしてくれている。しかしやはり人手不足なのは否めない。

 特別艤装された商船アーティガル号はデイヴィージョーンズ号よりひとまわり大きい。それは荷をより多く積むためだった。人手不足解消のために海軍なら艦長が自ら指揮を執って強制徴募隊でも組むだろうが、自分たちは商船である。せいぜい港で声掛けぐらいだ。それでもなかなか乗組員は集まらなかった。船長は代理、副長不在という指揮系統の脆弱性を見られてしまうのである。そんなこともあり、オルソンとマリサは船長代理から船長への昇格を何度も打診していた。



 アーティガル号の船内では砲撃の準備が急がれている。砲手長を務めていたオルソンも領地へ戻っており、ラビットをはじめとする連中が受け持っていた。

 オオヤマやギルバートなどの乗り込み組も白兵戦に備えた。

 そうこうしているうちに海賊船はどんどん追い上げてくる。


「奴らの射程内に入るぞ!こっちは風上だ。一発ぶちかましてやれ!」


 リトル・ジョンの指示はすぐにラビットたちに伝えられる。


「あいよ。この大砲が宝の持ち腐れにならなくてよかったぜ」

 ラビットは不謹慎ながらも笑顔だ。ラビットはまだまだ若い。冒険や海戦を待ち望んでいる。

 すぐさま砲門が開かれ砲撃組の連中が海賊船に挨拶をした。


 ドーン!


 白煙とともに砲弾が海賊船へ撃ち込まれる。硝煙で漂いその間に少しでも距離を稼ぐアーティガル号。しかし海賊たちも馬鹿ではなかった。

 海賊船は背後から硝煙を避けるように大きく右舷側に回り込み、追いかけてくるのだ。


「あいつらは新手の海賊か?海賊旗に見覚えがないぞ」

 メーソンが叫ぶ。

「時代遅れの俺たちと違って海賊も進化するんだよ。だからと言ってこの船を獲られるわけにはいかねえ。元海賊のプライドにかけてな」

 ハーヴェーが甲板にいる連中へ声をかける。古くからいる連中はいつもこうして自主的に動いていた。

 

 

 船倉では荷が崩れないようにモーガンの指示でより強く固定しているところだ。グリンクロス島から積んだたくさんの綿やサトウキビ。濡れてしまったら損害である。

 船倉の連中と同じくネズミ対策と船の守り神として飼われている三毛猫たちもそばでニャーニャー鳴いている。デイヴィージョーンズ号だったならこうも気を遣わなかっただろう。


 そうしているうちに激しい衝撃が船内に伝わり、モーガンがバランスを崩す。荷崩れはどうにか免れ安堵する。

「なんだなんだ?ボヤボヤしてると腹に穴をあけられるぞ」

 こんな時は文句の1つでも言ってやりたいのをこらえながらモーガンとフェリックス他、船倉の連中は固定を急ぐ。


 

 

 しかしこの砲撃は威嚇だろう。なぜなら海賊の目的は荷物と船だからだ。船に損害を与えるようなことはしないだろう。リトル・ジョンはそのように考えた。

 海賊船はどんどん近づいてくる。

「奴らを銃撃するんだ。指揮系統を崩せ!」

 リトル・ジョンの声に連中が動き出す。こんな時はオオヤマやギルバートもマスカット銃を手にする。今は防衛だ。


「行くぞ。正確に狙わねえと帰ってからオルソンに怒られるぞ」

 ギルバートの声に乗り込み組の連中が笑う。そして撃ち放った。


 バーン、バーン、バーン!


 相手の顔が視認できる距離であり次々と連中が撃っていく。倒れこむ海賊たち。しかし彼らはなんとか乗り込もうとロープで移乗を図ってくるではないか。


「お前たちのその意地を褒めてやるよ。仲間に入るかい?」

 乗り込み組はマスカット銃からピストルに持ち替えて移乗してくる海賊を撃っていく。銃撃されロープから落ちていく海賊たち。

 あるいはアーティガル号に乗り込んだものの連中のカットラス(舶刀)やオオヤマの刀の餌食にされるものもいた。


 アーティガル号の甲板上で繰り広げられる海賊と元海賊の戦い。多くの死傷者が横たわっているがアーティガル号側は皆無だ。

「これはキャリアの違いってもんだよ。出直して来な」

 ギルバートは余裕の笑顔を見せ、海賊船から銃口をこちらに向けている男めがけて撃ち放った。


 バーン!


 血しぶきをあげて倒れこむ男。海賊船の船長なのだろう。これで指揮系統は崩れた。

「威嚇だ。砲口を奴らに向けろ」

 リトル・ジョンの指示で砲口が海賊船に向けられる。至近距離でありこちらも狙われる危険があったが、それが不可能になるくらい海賊の戦力は落ちていた。

 威嚇と気づかず、すべての砲口が向けられて戦意を喪失した海賊たち。


 彼らはアーティガル号の前に堕ちた。


「どうする?食料や武器をいただいておくか」

 モーガンが尋ねる。

「俺たちの仕事は海賊じゃない、商船の乗組員だ。ここで海賊行為をしたらまた海賊に逆戻りだ。捕虜として捕らえ、直近の港で役人に引き渡せ。海兵隊も暇そうだからな」

 リトル・ジョンは真面目にそして笑って答える。その声に従って海賊たちは捕虜として捕らえられ、海賊船の前部船倉に押し込まれた。このまま港まで幽閉の身分である。


 アーティガル号は無事に海賊船を制圧し、海賊たちを捉えた。

 誰しも久しぶりの海戦で緊張をした中での戦いだった。


(デイヴィス船長……あんたのようにはいかねえが、なんとか船は守ったぜ)


 リトル・ジョンは無事に海賊を制圧した祝いとしてハーヴェーが持ってきた酒を飲み干すと大きくため息をつく。


(こんなことがこの先に何回もあるっていうのかよ。戦争は終わり、今度の敵は海賊ということか……)

 海賊との接触はもはや避けられない状態だ。港には戦争が終わって失業した船乗りたちがたむろしている。海軍ならまだしも私掠船で国に協力をした船乗りたちは恩給が支給されないことに不満を持っていた。

 

 

 

 商船アーティガル号は直近の港で海賊たちを役人に引き渡す。元海賊・元私掠の自分たちがこうして海賊を捉えて役人に引き渡すのはどこか後ろめたい気持ちもあった。事実、海賊の一人がこう叫んだのである。


「お前たちは裏切り者だ!」


 この一言は無事に役人に引き渡した連中の顔色を変える。恩赦をもらってまっとうない生き方をすることが裏切りになるというのか。

 時代遅れだった海賊は時代の流れに乗り今は商船の船乗りである。裏切り者と呼ばれる筋合いはない。


「俺たちは自分の生き方に正直だ。ただそれだけだ」

 囚われ、役人に連行される海賊たちを見送りながら元時代遅れの海賊の一人であるハーヴェーがつぶやいた。



 商船アーティガル号はたくさんの荷と土産話を載せてロンドン港を目指した。

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