第35話  美人姉妹

「翔くん...君は本当に凄いな」


「何がだい、東吾くん...僕なんかしたかな」


「いや...俺の母親の事だ...あんなに喜んでいた母は見た事が無い」


「そう...凄く良い人なのに」


俺はあんなに喜んでいる母を見た事が無い。


大きな商談に成功した時でも笑顔になった事は無かった。


だが、今日の母は始終笑顔だった。


それは翔くんがお金や権力を欲しているのではなく、純粋に母を友達にしたい。


そういう思いで話していたからだと思う。


俺は息子だ。


だが、血を分けた息子の俺ですら母は怖いし気持ち悪い。


はっきり言って同じ部屋で1週間も暮らしたら発狂するだろう。


それなのに、此奴は女神だと言い出した。


そして、恋する男の様な目で見ていた。


そんな目を母は向けられた事が無い。


だから、母は嬉しそうな目で俺に助けを求めてきたが...知らないよ。


翔くんが何を基準であんな優しい行動をするか俺も解らないからな。


俺は最初、翔くんがブス専なのかそう思った事があった。


だが、学園では翔くんの恋人達以外のブサイクには一切靡かなかった。


翔くんが何が基準で好き嫌いが決まるのか俺には解らない。


だが、翔くんは好きになった者にはとてつもなく甘い。


母が驚くのはこれからだ。


願わくば後2回この奇跡が起きて欲しい。


俺はそう思うばかりだ。


「そうか、母は良い人か」


「うん」


それはお前にだけだよ。


そう言いたくなる。


「次は、妹の所に行ってみるか?」


「姉妹なら一緒に会った方が良いんじゃないかな?」


「すまない、言いにくいが二人とも引き籠りなんだ」


「そうなんだ、じゃぁ仕方ないね」


僕は物凄く期待している。


貴子さんは、まるで女神の様な人だった。


それと同じ位醜いなら...僕にとっては同じ位美しいのかも知れない。


「おい、美優いるか?」


「お兄ちゃん、なにかよう?」


「今日は俺の友達が来ているんだ」


「そう、じゃぁ美優は部屋から出ないようにしているから大丈夫だよ。だけどお兄ちゃんにもようやく友達が出来たんだね、、良かったね」


「それでな、美優良かったら...美優も一緒に会ってみないか?」


「嫌だ...どうせ、皆んな...美優の事、化け物だとか気持ち悪いとしか言わないんだもの」


「そんな事いわないで...試しに会ってみないか?」


「嫌だ、嫌だ、嫌だ...だって馬鹿にされるか、怖がられるか、気持ち悪がれるだけなんだもの」


聞いてられなかった。


こんなのってない。


もし、この子が僕の目から見て、醜くても友達になってあげよう、そう思った。


この子は、僕と同じなのかも知れない。


世の中の人間が化け物にしか見えない僕。


世の中の人に化け物にしか見られない彼女。


違うのかも知れないけど、、孤独感は同じだろう。


僕がもし、白百合さん達や北條くんに出会えなかったら...やはり引き籠ったと思う。


「初めまして美優ちゃん...僕は、東吾くんの友達で黒木翔って言うんだ...美優ちゃんとも友達になりたいんだけど...ここ開けてくれない?」


「嘘だ...そんなこと言って開けたら...化け物だ...気持ち悪い...無理だって逃げるんだ...」


「僕はそんなことしないよ」


「嘘なんだもん、そんなこと言っても...絶対に逃げるんだもん」


実は、今回の前にも美優に友達を作ろうとした事があった。


その時には、北條財閥の更に下の子会社の社員の息子に白羽の矢をたてた。


その母親は莫大な借金があり、一家心中を考えていた。


死ぬくらいまで思い詰めていてその息子も死のうとしていたのなら、その借金を払ってやれば感謝位するだろう。そう考えていた。


だから、息子が美優と友達になるなら借金の全額を払ってやる。


そう母が持ちかけた。


その家族はその提案にすぐに飛びついた。


顔合わせの日、実際に美優を見たその家族は、無礼にもそのまま立ち去ろうとした。


引き留め、事情を聴いた。 すると、その家族は美優がいるにも関わらずにいきなり叫びだした。


「私にもプライドはある。化け物に子供を差し出す気はない...息子を化け物に差し出す位なら死を選ぶ」


怒った母はそいつの会社に圧力をかけてクビにした。


そして、その他にも圧力をかけて地獄に落とした。


1週間後、その家族は借金苦で自殺した。


そりゃそうだ、ただのサラリーマンが10億近い借金があれば死ぬしかないだろう。


ただ、この事で美優は深い心の傷を負った。


死んだような目で美優は「私と友達になるなら死んだ方がましなんだね...私ってそんなに化け物なのかな?」そう言っていた。


それ以降、ただでさえ不登校だった美優は屋敷の中を歩く事もしなくなり部屋に引きこもった。


「僕はそんなことしないよ」


「嘘つき...信じない」


「はぁ...仕方ないかな...東吾くん...僕は君の友達だよね? これからする事を許してね」


「翔くんは友達だから...何でも許してあげるけど...何をするんだ」


僕は東吾くんの許しを貰うと、扉に体当たりをした。


ドラマと違って物凄く固い。


「何をしているの?」


「開けてくれないから、無理やり開けようとしているだけだよ」


「やめて、やめて、やめて」


「せーの!」


扉はビクともしない。


「翔くん、この扉を壊そうとしているのか...簡単には壊れないぞ」


「うん、だけどこれ壊さないと美優ちゃんには会えないのでしょう? ならやるしかないじゃん」


何回も扉にぶつかっていった。


全然ビクともしない。


そりゃそうだ、普通の家ならともかく、ここは北條家だもの華奢な扉がついている訳はない。


「翔くん...手から血が出ているじゃないか...もう辞めろ...」


「ごめんね、東吾くん、これは意地だから辞められない」


「そうか、ちょっと待ってろ」


東吾くんは仁美さんに言ってカギを持ってこさせた。


よく考えたら、カギをもってくれば良かっただけだ。


扉を壊そうとした自分が恥ずかしい。


「開けないでよ、お願いだから」


「ゴメン美優、翔くんは俺の友達だから、翔くんが開けると言うなら俺は開ける」


「止めてよお兄ちゃん、、止めてよ」


「さぁ...開けたぞ 翔くん」


「解った」


僕はドアを閉められる前に部屋に入った。


美優ちゃんは慌ててベットに飛び込んで頭から布団をかぶった。


「嫌ぁ 見ないで...見ないでよ」


僕は、妙な背徳感を覚えたが、そのまま布団をはぎ取った。


「見ないで、見ないで、見ないで」


美優ちゃんは顔を手で一生懸命隠していた。


驚いた、この子もただごとで無い位に可愛い。


貴子さんが女神なら、この子は天使だ。


慌てて布団に潜って、顔を隠したからパンツが丸見えになっている。


仕方ない。


「美優ちゃん、顔を隠すのも良いけど...そのパンツが見えているよ?」


慌てた美優ちゃんはスカートを押さえた。


「あの、美優ちゃん...僕が君を怖がっているように見える?」


僕はわざと美優ちゃんの顔を覗き込むように目を見ながら話しかけた。


「見えない、だけど...美優、、気持ち悪くないの? 化け物に見えるんでしょう?」


「見えないよ...天使にしか見えない」


「ふぇぇぇぇー 天使ってあの頭に輪っかが付いている天使さんの事?」


「うん、そうだよ」


北條家ってビックリ箱なのかな?


この子も人間に見えない。


東吾くんとそんなに歳が違わないはずなのに...歩美ちゃんより年下に見える。


しかも貴子さんと同じ様に...人間に見えない。


本当に天使にしか見えない。


「本当に美優、怖くないの、気持ち悪くないの?」


「うん、怖くないよ」


僕は美優ちゃんの頭を撫でた。


美優ちゃんは嬉しそうに目を細める。


「本当に怖くないんだね、頭って撫でられるとこんなに気持良いんだね」


美優ちゃんの顔が赤い。


そして見つめているとポロポロと泣き出した。


僕は美優ちゃんを抱きしめるとそのまま顔を僕の胸にあてた。


僕は美優ちゃんを抱きしめながら、泣き止むまで頭を撫で続けた。


「ごめんね...泣いちゃって」


上目遣いで僕を見つめてくる。


これは凄い、目が離せなくなる。


「別に気にしないよ...寧ろ嬉しかったかな?」


「なんで?」


「天使みたいな美優ちゃんを抱きしめられたからかな...」


「そうなんだ...黒木くんなら何時でも抱きしめていいよ...えへへ」


「そう...じゃぁせっかくだから...」


これ、凄い...体が心から溶けちゃう...離れたくなくなっちゃう。


翔くん、君は一体何者なんだい。


あれ程、化け物みたいな母を女神と呼んだり、この気持ち悪い妹を天使だって。


俺にやれって言われたら出来ない...妹とはいえ、これ程醜い女を抱きしめて頭を撫でるなんて。


勿論、妹だから、可哀想だからどうにかしてあげたい、そんな気持ちはある。


だけど、同情心はあるけど、母や姉や妹と結婚してやるのか、そう聞かれたら全力で逃げる。


そして、どうしても結婚しなくちゃいけない...そんな状態になったら自殺するだろう。


それなのに君は...もう俺には翔くんは...慈悲深い神にしか見えない。


「翔くん、悪いが次は姉の所に行かなくちゃいけないんだ...そろそろ」


「あっゴメン、美優ちゃん...痛くなかった?」


「ううん、ぎゅっとされて凄く気持ち良いし、嬉しくなるから...大丈夫」


「じゃぁ、僕いくね、挨拶が終わったら...あれっ東吾くん、今日これからどうするの?」


「考えてないな...翔くんがしたいようにして良いんじゃないか?」


「じゃぁ、僕が作ってきたお弁当を食べながら、手が空いている人で集まって遊ぼうか...それで良いかな」


「えっ」


俺が、母や姉と妹...更に三人のメイドと遊ぶのか...幾ら翔くんと一緒でも嫌だな...


美優をみた。


目が笑ってない。


邪魔したら殺す。


そんな顔をしている。


恐らく、母にもこれを断ったのが解ったら...何されるか解らない。


「俺は用事があるから、美優と他に手の空いた者と遊ぶといいよ」


これで良い筈だ...美優の顔から殺気が消えた。


「それじゃ、美優ちゃん、また後でね」


「うん、黒木くんもまた後でね」


天使の笑顔に送られて僕は美優ちゃんの部屋を後にした。



「次は姉だな」


「うん、お姉さんなんだね、どんな人か楽しみだね」


「楽しみなのか?」


「うん、楽しみだよ? 何でそんな事聞くの?」


翔くん...本当に楽しそうだな、嫌々じゃないのかな?


「それなら良かった」


「玲奈姉さん...入って良い?」


「東吾...どうしたの、貴方が私の所に来るなんて珍しいじゃない」


「いや、姉さんに紹介したい人が居るんだ」


「私にね? 正直会うだけ無駄じゃねぇ? どうせ顔見たら逃げ出すだけじゃん」


この人も人に見えない。


もう驚く事はやめよう。


北條家は特別なんだ。


「初めまして、玲奈さん、僕は黒木翔って言います、東吾くんの友達をしています」


「おおお男...ゴメン、こんな醜い顔で...すぐにどっか行くからね...安心して」


この人も良い意味で人に見えない。


北欧神話のバルキリーの様に凛々しく綺麗だ。


何故、北條家の人がこんな風に見えるか解らない。


だけど、規格外に...物凄く綺麗に見える。


「そんな事言わないで下さい。僕には玲奈さんは醜くなんて見えませんよ」


玲奈さんの顔が物凄く怖くなった。


明かに怒っている。


そんな様子が見てわかった。


「醜くないだと...嘘言うなよ! この吐き気を催す程気持ちの悪い顔のどこが醜くないんだ」


弱った、僕から見て物凄く綺麗って事はこの世界では凄く醜いって事だ。


「僕は人を外見では見ません...貴方は、凄く魅力的に思えます」


「それはな、お前が、そんな綺麗な人間に生れたから言える事なんだ、男に限らず女ですら私を見たら逃げ出すんだ...なぁ...この顔が醜くない訳がないだろう?」


私は小さい頃から自分が醜いって事を知っていた。


だから、人とは付き合わずに生きてきた。


弟の東吾は気づいてないかも知れないが、お前が私を化け物を見る目で見ているのを知っているぞ。


まぁそれでも気にかけてくれるだけありがたいがな。


あの三人のメイドだってそうだ、どんなに醜くても私たちはまだ人間なんだ。


そんな目で私を見やがる。


私の仲間は多分、妹の美優。貴子母さん位しか居ない。


私と同じ位、いや母さんに到っては私以上の化け物だ。


その三人だけが私の仲間。


他は...私を見下すだけの敵だ。


そう考えて生きてきた。


綺麗な顔立ちで光の中を歩いてきた人間。


此奴は私とは違いさぞかし幸せな人生を送っているのだろう。


お前なんかに私の気持ちが解ってたまるか。


「幾ら言われても、僕には玲奈さんが綺麗な人にしか思えません...信じて貰えないのは悲しいけど...どうしたら信じて貰えますか?」


こいつ、、借金でもあるのか?


随分粘るな...だけど...可笑しいな...此奴と話していると自分が美女にでもなったような気分になる。


だったら、絶対にお金を払っても男がしない事を言ってやる。


「信じて欲しいのか? だったら私にキスしろ...もしやれるのなら信じてやるよ」


これは幾らお金を積んでもやる男はまずいないだろう。


普通の女なら、金を積んだらやる奴もいるかも知れない。


だが、私位に醜い女に出来る男なんかいない筈だ。


どうしようかな?


別に口にキスしても良いんだけど、したらまずいよね。


だったら、ほっぺで誤魔化すしかないな。


「それで、信じてくれるなら...チュ」


「えっ、えっ...」


「流石に少し恥ずかしいから僕は行きますね、これから皆んなで遊ぶつもりなんで、もし時間がるなら一緒に遊びませんか?」


これで良いのかな?


流石に彼女がいるんだから口は不味いよね。


「翔くん...男の唇はそんな安い物じゃないぞ...幾ら挑発されたからって」


なんで翔くんは姉さんにキスが出来るんだ。


俺には絶対できない。


姉さんとキスするか、ウンコとキスするかなら間違いなくウンコを選ぶ。


それに流石の姉さんも顔とは思っていなかったと思うぞ。


どうしてもしたいなら手にでもすればいい...それでも普通はやらない、それで充分だったはずだ。


いや充分どころかあの姉の容姿じゃ、億単位積んでやって貰えるのか解らない。


俺なら10億でもやらないな。


翔くんは俺の話を聞いていないのか、顔を赤くして出て行った。


「あの...東吾、私、今頬っぺたにキスされたのか?」


「あぁ、されていたな」


「私は悪い事をしたのかな?」


「したな、翔くんの人の良さに付け込んで最低だよ姉さんは」


「そうか...黒木くん、彼にとって私は化け物じゃないんだな」


「翔くんだからね...彼は美優にも母にも優しかったからね」


「本当?」


「あぁ嘘じゃないよ、だけど姉さんはもう嫌われたかもね?」


「なんでさ?」


「あんなセクハラしたらどんな男だって嫌いになると思うよ」


「謝ったら許してくれるかな」


「さぁね」


「あっ、だけど黒木くん、後で遊ぼうって誘われていた...嫌われてないよね」


「チェ...気づいたか?」


「東吾?」


「ともかく、翔くんは物凄く純粋で優しんだから付け込むなよ」


「もう、しないよ...私を化け物って見ない唯一の男に嫌われたくは無いからね」


姉さん、凄く嬉しそうだな。


翔くんはこの屋敷の人間全員と仲良くなれそうだな。


奇跡だな...本当に良かった。


どんなに怖くても醜くても家族だから。

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