7話 奇襲
マリーナの口が開く。
「とりあえず、王国へ報告に──」
──瞬間、無風だった障壁内に風が吹き込み、彼女の髪をなびかせる。そして、目の前に降り注いだ何かが、足元に光の水溜りを作った。
それは破片、砕け散った『障壁』の欠片であり、明らかな敵意を持った何者かが限りなく近くにいることを表していた。
「っ……! 『落雷』!」
僕の背後に大雷が落ちる。きっとそれはマリーナから、この『障壁』を破った何者かに向けられた贈り物だ。
並のモンスターであれば、瞬く間に消し炭と化す彼女の雷。振り返った僕の目に、信じられないものが映る。
そこにいたのは、傷一つついていない赤いゴブリン。頭には揺らめく赤髪を、その手には弾ける炎魔法を。
視界の端のマリーナの手元に、稲光と共に弓が現れ、彼女は流麗な動作で矢を放った。それは奴の脳天を貫きそして、標的の座標を確認した、意志を伴わぬ大雷が幾度となく降り注ぐ。
雷が止んで。
土埃の中から、再び奴は現れた。
「アンリ、逃げるよ。今は退いて魔法局に報告を」
差し出されたマリーナの手をつかんだ僕は、彼女に抱かれて森を駆けた。彼女の頬を冷や汗が伝っている。こんな様子のマリーナを見るのは初めてだ。
「あの赤いゴブリン……」
マリーナが呟く。
彼女は僕を抱いて、木々の枝を乗り移りながら『身体強化』で王国へと向かっていた。きっと魔法の命中率を少しでも下げるためだろう。基本と言える。
「私の雷魔法で……殺せなかった……あんな異常な再生能力、初めて見た……」
どんな言葉をかけてあげられたら良いだろう。何も頭に浮かばない。今はただ、無力な自分が情けない。
「アンリ、後ろから追われてないか確認して」
僕は頷き、後方を見た。そこには何もいない。
「追ってきてないよ。諦めたみたいだ」
「そう、それなら良──」
彼女が立ち止まったその瞬間、僕の視界の端に映ったもの。──赤髪のゴブリンが、僕たちの背後にいた。
直前までは確かに居なかったのに……!
「マリーナ逃げっ……!」
奴の手が僕に触れ、離れた。しかしそれでも、触れたそこから瞬く間に炎が広がっていく。このままじゃ彼女も……!
「僕を落とせ! 奴の狙いは僕だ!」
逃げるため、再び駆け出した彼女に僕は言った。
「……! でも……」
「早く!」
「……やっぱりだめ。私はもう二度と大切なものを──」
僕は、彼女の腕の中から空中に躍り出た。落としてくれないなら、自分から落ちるまでだ。
……これでいいんだ。何も──君まで死ぬ必要はないんだから。着地まで、数秒。その間注意を引き付けられたら、彼女は王国へ行ける。その表情すら見えないまま、彼女が少しずつ遠ざかる。視界が炎に包まれていく。
──そして耐え難いほどの熱を浴び、光に包まれて、僕は意識が遠のいていくのを感じていた。
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