6話 魔力譲渡
葉が日光を遮る、薄暗い巨大樹の森で。僕とマリーナは、彼女の家が建つ木の根元に立っていた。
──あることを試すために。
「……『魔力譲渡』?」
「そ、試してみない? せっかくだしさ」
僕が彼女から『魔力譲渡』について聞いたのは、今朝の話だ。彼女曰く、文字通り体内の魔力を他人に譲渡する魔法、らしい。
僕はそんな魔法の存在を聞いたことがない。そこから予想するに、『魔力譲渡』とは彼女の創造魔法なのだろう。
──エルフ族は、魔法を使うことができない。
彼らの殆どは無魔力者であり、他人からの迫害を避けるために森で暮らしていた。
『魔力譲渡』とは……エルフ族でありながら、莫大な魔力を持って生まれ、大賢者となったマリーナが育った環境に由来しているのだろう。そこからも、彼女の慈愛を垣間見ることができる。
「魔力譲渡って……マリーナの魔力を僕に渡すの? どうやって……」
「……どうやってって……口移しだよ!」
……?
僕は一瞬、彼女が言った言葉が理解できなかった。口移しって……まさか……そういうこと?
そして彼女はそれを、その行為をどう思っている?これまで色々な人に……やって、きたのだろうか……?
「ん〜、なんてね! つい、からかいたくなっちゃって……驚いた? 本当は手を繋げばできるよ!」
彼女は、笑顔で言った。
………………。
「なんだ、そうなんだ……」
不意に漏れた言葉に気付き、ハッと口を抑える。がっかりしているとか思われたら最悪だ。
「どう? 試すよね、アンリ?」
「もちろん。お願いするよ。ありがとう」
ただ今は一刻も早く、魔力を取り戻すために。その手掛かりとなるものを手繰り寄せ、導き出してやる。魔力奪還への、道のりを。
「……決意したみたいだね。じゃあ、行こっか」
彼女は突然僕の手を取り、僕はまた雷に包まれた。そして直後僕たちは、彼女の家が建つ巨大樹の根元にいた。
『障壁』
彼女がそう詠唱すると、途端半球状の結界が僕たちを包んでいく。
「結構広めに作ったから、炎魔法の延焼も反射も気にすることはないよ。もちろん、耐久性は折り紙付き!」
そう言う彼女を横目に、僕はマリーナの手を取った。
「早速、やろう」
「あ……うん……」
直後、彼女は軽く息を吸い、
『魔力譲渡』
瞬間、繋いだ右手から何かが流れ込むのを感じる。きっとこれが、彼女の魔力なのだろう。僕に流れ込むそれは、乾ききった体を潤し、満たしていく。その魔力は元来雷魔法を使う者の物であるからか、少し体が痺れるような感覚を覚えた。
睡眠中に行われるはずの魔力回復。こんな感覚なんだ……。
「ほら、今だよ」
恍惚とした感覚に溺れていた僕は、マリーナの言葉で我に返った。
魔法を使える気がする。今なら、できる。
直感は確信に変わり──。
「我が魔力よ、炎を顕現しすべてを焼き尽くせ! 『炎弾』!」
一瞬の静寂を経て、突き出した手のひらから炎が現れる。夕日の如く燃え、微かな雷を纏いながら紅く輝くそれは、いつもより幾らか速く直進し、『障壁』にぶつかった。
……炎弾は、弾け散り、直下の草を焦がしやがて、消えた。
「やったね、アンリ! ……って、泣いてるの……?」
どうしてだろう。涙が溢れて止まらないのは。きっとそれは、不安による負担からの開放のせいだろう。冷静に自己分析をしろ。僕はもう、子供じゃない。
「自分だけの力じゃないとはいえ、魔法が使えたのが嬉しかったんだ……きっと」
「……そうだね。ところで、もう一回魔法使うことってできる?」
僕は頷いて、『炎弾』の詠唱をした。
……しかし炎が現れることはなく、静寂が耳に響くのみだった。さっきのは偶然だったのか……? 焦る僕に彼女は冷静に言った。
「これで確信が持てたよ。君の『魔法喪失』の原因にね」
「本当に!? 今すぐ教え──」
「まあまあ、焦らないで」
思わず急かした僕をなだめ、彼女はしゃがみ込んだ。
「アンリ、これ見てみて」
彼女の言葉に僕もしゃがみ込み、見てみるとそこには、彼女が地面に描いた絵があった。水の入った容器……だろうか?
「この容器がアンリの体で、水が魔力だとして──」
彼女の言ったことを要約すると、僕の『魔法喪失』の原因は、持続的な魔力の減少だった。割れ、ヒビが入った容器から水が滲み出るように、僕の体内からが絶え間なく放出されているらしい。
魔力の放出量は、時間経過によって回復する量を上回っていて、常に僕の体内には魔力が留まっていられないのだと。
「つまり、さっき魔法が使えたのは、『魔力譲渡』でアンリが一時的に私の魔力を受け継いだからだね。だから、炎の周りに少し雷が見えたでしょ?」
かなり『魔法喪失』の全貌が見えてきた。しかし気掛かりなのが、彼女の力を持ってしても、ほんの短い時間しか魔法を使えないということだ。
そして、『魔力譲渡』が彼女に与える負担はかなり大きいようだ。さっきから彼女は冷や汗をかき、息を切らしている。……僕のせいで、申し訳ない。
「漏れ出た魔力はどこへ行くんだろう……」
彼女が静かに呟いた。
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