5話 追憶
父が消えた、十二年前のあの日、僕は生まれて初めて魔法を使った。今は一人で住んでいる森の中に建つ小屋の前、開けた場所に僕と父はいた。
炎、水、風、土。魔法の基本四属性だ。魔力と魔才をもつ人間は、基本的にこの内から一種類の魔法を扱うことができる。
極稀にそれらから外れた魔法を扱う者がいるが、その日僕が父から告げられた魔法は、炎だった。
「ほら、アンリ。手のひらを前に向けて、詠唱するんだ。お前の適性は炎魔法……つまり、炎弾を」
「うん、お父さん……『炎弾』!」
父の言うがままに僕は一連の動作をし、炎弾を放った。僕は手の数倍大きな炎を飛ばした衝撃で、後ろに転んだ。父が抑えてくれたが。
父は森の中で炎魔法を使う危険性を考慮して、魔素に硬質化の命令を与える『障壁』を使っていたが、幼く制御ができなかった僕の炎はそれにすらも延焼し……。父は慌てたように、より強力な『障壁』で炎を包み、消火した。
「お父さん! すごいね、僕の炎──」
「アンリ……お前はやはり…………」
父はあの時、何を言ったのだろう。今となっては表情すら思い出せない。その後僕は、家に帰りいつもより無口な父と夕暮れまで過ごしそして、夕食を取り、眠りについた。
そして朝、目覚めると僕の体は……動かなくなっていた。まるで磔にされたように、起き上がるどころか指一本動かすことすらできない。
直後……唸り声が聞こえ、小屋の入り口を破ってゴブリンの上位種であるオークが立っていた。あまりの巨躯に扉を破って尚、小屋に入ることすらできていないが、それも時間の問題だった。
──瞬間、目の前に雷が落ちた。
緑の肉塊は瞬く間に灰の粉と化し、それを踏むようにして一人の女性が入り口から入ってきた。彼女は僕を見て驚き、言った。
「君……どうして逃げなかったの?」
黒いローブを纏う彼女に僕は助けを乞う。
「動けないの。そのせいで魔法も使えないし……助けて、お姉さん」
「うん、もう大丈夫。安心していいよ。ところで、君の名前は? お父さんかお母さんはいる?」
そう言って彼女は近づき、僕の頭を撫でた
「名前は、アンリだよ。お父さんは、起きたらいなくなってた。お母さんはもともといないよ」
「そうなんだね……じゃあ、お父さんが帰ってくるまで私はここにいるよ」
そう言って、彼女は椅子に腰掛けた。それからは僕の夢──大賢者になること──の話をしたり、お互いの身の上話をしたりして、同じ時を過ごした。
また、彼女はオークに壊された扉の修理もしてくれた。
彼女は熱心に僕の世話をしてくれて、そして父が帰ってこないまま、三日が経った。
「お父さん、帰ってこないね……。ねぇ、君さえよかったらなんだけど……」
「なに? お姉さん」
「北にある森で、私と一緒に暮らさない?」
思いがけない提案だった。
「あの、大賢者になりたいって言ってたし、その体のことも、私なら役に立てるかなー、なんて……」
「本当にいいの? でも、お父さんは……」
「書き置きを残していけばいいよ。」
そう言って彼女は羊皮紙を取り出して、文字を記した。
「これでお父さんのことは大丈夫。あとは君次第だけど、どうする?」
「僕は……お姉さんと一緒に暮らしたい!」
彼女は笑顔で頷き、机の上の花瓶の下に羊皮紙を置いた。
「そう言うと思ってたよ。そういえば名乗ってなかったね。」
そう言いながら彼女が取り出した身分証明書には、
「私はマリーナ・ヘラル。よろしくね、アンリ」
『大賢者』と記されていた。
*
それから僕は、魔法薬にも精通した彼女の薬を飲んだり、王国の解呪師の元へ連れて行ってもらったりして、なんとか日常生活は遅れるまでに回復した。
あの日の僕の症状が、呪いによるものだったと思い出した今、呪いを僕にかけた者を突き止める必要がある。今回の呪いもその人にかけられたものかもしれない。
「マリーナ、あの日、僕と君が初めて会った日に何があったのか、全て教えてくれないか?」
「……突然どうしたの? そんなに慌てて……。依頼で森に行ったら襲われそうな君を見つけた、それだけだよ」
「本当に? 僕の父さんについて何も知らないの?」
「何を求めてるのか分からないけど、私は何も知らないよ」
僕は、父はもう死んでいると思っている。きっとあの日、僕を呪うためにやってきた何者かに殺されたんだ。彼女なら父の死体……を見た上で、あえて僕に伝えなかったのかもしれないと思ったが……嘘をついている様子も、何かを隠している様子もない。
「いや……君が僕の父さんの死体を見たことを隠しているんじゃないかと思って」
「……! アンリのお父さんが亡くなってるなんて……どうしてそう思うの?」
「普通に考えて、あんな幼い子供を置いていなくなるなんて……ありえないからね」
僕たちの間に、沈黙が流れる。話題が話題なだけに、しょうがないか。
「マリーナ……あの日僕に呪いをかけた人間と、今回の魔法喪失の呪いをかけた人間は──」
「同一人物、でしょ? 私もそう思うよ。ここまでの強力な呪いを扱える人間はそうそういないからね。」
やはり、同じ考えの人間が一人でもいると、心強い。それが心の底から信頼している人物ともあれば、尚更だ。
「アンリ、お昼ご飯を食べたら試したいことがあるんだけど、いいかな?」
僕は快く承諾した。もう、何も恐くない。志を共にする者が一人いるだけで、こんなにも重荷が下りるものなのか。
話しているうちに、時は決して止まることなく流れていく。そして僕はもう一人などではなく、眼前にはマリーナがいた。
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