8話 消えた灯火【マリーナ視点】
「とりあえず、王国へ報告に──」
言葉が詰まったのは、アンリの背後に信じられないものが見えたからに他ならない。
──全身を真紅に染めた、ゴブリンが。
奴らは普通、緑色で、魔力を持つものの、その低い知能故に魔法を扱うことができない。しかし私の目には見えていた。奴の手に揺らめく炎、そして散る火花によって、足元の草が瞬間に灰と化すのを。
そしてその直後、爆発によって私の『障壁』は破られ……。殺すことができず、必死に逃げたはずが、気付けば私は森に独り、ただ立ち尽くしていた。
眼前、アンリがいたはずの虚空を見つめて。
「──様、ヘラル様?」
魔法局受付、ラミスの呼ぶ声で我に返る。
「あっ、はい……」
「局長とご対面されたいとのことでよろしかったでしょうか?」
私は頷いた。局長に、彼に直接報告しなくてはならないことがある。
……アンリの……ことを。
「ではこちらへどうぞ」
受付横の廊下を、彼女は進んだ。後ろをついていけば良いのかな。廊下の両脇にはたくさんの部屋が並び、その中で局員がそれぞれの業務を行っている。
……ああ、自分がまともではないと感じる。そんなことを気にしている場合ではないのに、何かを考えていないと気が、おかしくなってしまいそう。
そして私は何度か階段を上り、廊下の最奥にある部屋、その扉の前に立った。
「中に、いらっしゃいます。では、ここで」
彼女は礼をして、そそくさと扉の前を後にした。重々しい雰囲気を感じたのだろうか、そんなことはどうでもいいのだけれど。
私は少し息を吸って、小さなノック音を廊下に響かせた。
「失礼します」
扉を開けるとそこは、こぢんまりとしていて、本棚や正面の仕事机が散らかっていた。そして奥に、局長が扉と向かい合うように座っている。
「久しぶり、グリッド」
「……そのやつれた顔から話題は予想できる。何があった?」
私は、彼と向かい合うようにして置いてある横広の椅子に座った。
「大賢者のアンリ=ロイが……死亡した」
彼の目が一気に見開かれる。
「死体は……確認したのか?」
「……背後からの強襲だったんだ……炎に包まれて、灰すら残らなかっ
たよ」
私の手のひらは、アンリのローブの切れ端を握っていた。炎に焼かれた彼を……落としてしまった……とき辛うじて手に残ったもの。
「私、これからどうしていけばいいのかな……」
涙があふれて止まらない。
アンリと離れた数年間、私は彼の強さを知っていたし、会いに行こうと思えばいつでも行ける距離だったから、耐えることができていた。
しかし今、魔法を扱えないまま、無惨にも彼は私の手が届かないところまで……行ってしまった。抵抗すらできず……どれだけ無念だっただろう。
もう私は──襲い来る悲しみに耐えることができない。
「……しばらく自分と向き合って、気持ちを整理するといい。幸いにも、時間はたっぷりあるからな」
「そうだね……ありがとう……それじゃ、またね。リンも、君も、お元気で」
そう言って報告を終えた私は、部屋を出た。涙で滲んだ空は、赤く燃えている。
もうすぐに、幾度目かも分からない夜がやってくる……そしてアンリはこの世界にもう、いない。
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