1話 喪失
謁見の間には、王を守る役目を持った賢者らしき者たちが数人いた。豪華な造りの部屋の奥、王はこれまた豪華な椅子に座り、こちらを見ている。
そこまで高齢ではない。五十代後半くらいの、男だ。
「大賢者、アンリ=ロイ殿。先日は見事な活躍であった」
「身に余る光栄、恐縮です」
「いきなりであるが、既に皆集まっておる。一言頼めるか」
僕は承諾し、会場へと移動した。
王城の大広間に、たくさんの貴族、王族が集まっている。机上には料理や飲み物が多く並び、賑わいを見せている。
王に呼ばれ、登壇した僕が、
「皆さん、こんにちは。大賢者のアンリ=ロイです」
「先日僕が倒した竜は、鱗や肉まで余すことなく使われ、王国は更に潤うでしょう。今日はそれを祝し、乾杯!」
そう言うと、歓声が聞こえた。
……自分たちは何もしていないのに、民から巻き上げた税金で宴会とは、不愉快だ。引き留めようとする王をなだめ、僕は何も口にすることなく城を後にした。
風者で戻った、居住区の路上を歩きながら。
慎ましい生活を送る国民たちに後ろめたさを感じることもなく、贅沢三昧の王族。
嫌気が差す。
僕は物心つく前からあの王族たちが大嫌いだった。波風立てないよう、今さっきはああしていたのだが。それはきっと、彼らの行為に対する物だけではなく、もっと深く僕の血に根付いたもの。
──言うなれば、彼らと僕の先祖の確執。
……なんてね。そんなこと、あるわけがない。
尋ねようにも僕には血の繋がった身寄りがいない。もとより親戚はなく、両親は幼い頃に消え失せていた。体の不自由な僕を置いて。
代わりに、僕には育ての親がいる。称号は『雷の大賢者』。僕は彼女に魔法を教わり、また生活の術も学んだ。体の不自由さも彼女の薬で良くなった。とは言っても、現在も魔法無しでの運動は厳しいのだが。
彼女のもとを離れてから何年も会っていない。
少し、恋しくなる。
とにかく、今は家へ帰ろう。王国にいてもやることはない。……後で、彼女を訪れてみようか。僕は王国を出て、再び『身体強化』で草原を駆けた。
それからは、特に何もしていない。嫌っている王族に会ったからか、何をする気も起きなかった。いつもどおりの夕食を取り。少し、早めに寝た。
……そして、朝はやってくる。
北の空から登る朝日が、森に指し、木漏れ日が顔を照らす。
体を起こし、窓から外を見るとそこには、緑色の害獣がいた。名をゴブリンというそれは、棍棒を両手で持ち、辺りを見渡している。
奴らは人類に害しか及ぼさない。加えて繁殖能力が高いことから、見かけたら積極的に駆除するように、と言われている。
僕は気づかれないようにそっと窓を開け、手のひらを奴に向けた。
『炎弾』
手のひらから放たれる巨大な炎の弾。それは、ゴブリンを焼き尽くし、生命の痕跡を塵一つ残さない。
──はずだった。
実際には魔法は不発、ただ静寂のみを湛えていた。
おかしい。今までこんなことはなかった。
背筋に冷たいものが走る。以前にも。いつか、ずっと前にも味わったあの感覚が再び、体を包み込む。
まずい。何か、とんでもないことになっている気がする。
『炎弾!』
全神経を集中させ、もう一度詠唱する。
しかし、詠唱が成功することは……なかった。
──それどころか今度は、声で奴に気づかれた。最悪だ。
逃げるしかない!
僕は剣術も体術も使うことができない。体が弱いからだ。戦うことはともかく、逃げることすらできないかもしれない。
僕は身分証明書と最低限のお金を持ち、小屋を出た。
幸いまだ奴は僕が逃げた方向を認識できていない。
きっと奴は目が悪く、それ故に群れから弾かれたのだろう。
『身体強化』
ダメ元で詠唱したそれも、やはり効果はなかった。
「くそっ……」
頼れるのは自分の体だけ、か。
森を駆け、そして駆ける。木々が後ろへ流れる速度が落ちていく。足が痛い。喉が張り付いて、呼吸が苦しい。
「はぁっ、はぁ」
息切れが止まらない。これほどまでに、体が貧弱だとは、思いもしなかった。
……僕の体はあの日と何も変わっていなかった。
奴との距離は離れた。木々に紛れながら、王国を目指そう。森は出られるとして、問題は草原だ。草原は見渡しが良すぎる。モンスターに見つかりやすい。
裏を返せば、早期発見が可能ということだが……逃げられるかどうかは別問題だ。
……どうしてこんなことになったんだ。僕はこれから一体どうなる?
魔法が使えない大賢者など、もはや大賢者ではない。
このまま爪弾き者にされて破滅……。あのゴブリンのように。
未だに信じられない。
僕はアンリ=ロイ、十七歳。職業は大賢者……のはずだ。
──今日、魔法が使えなくなった。
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