呪われた大賢者編
0話 プロローグ
今から百年以上前、人類は『魔素』の存在を認知した。
それは空気中に漂う不可視の極めて小さな物質であり、命令を与えることでどんな物にでも変化する性質を持っていた。
その理由も、出自もまったくもって不明であったが、同時期に出現した『モンスター』に対抗するため、人類はそれを利用した。
そして彼らは、魔素に命令を与え、それによって消費する力を『魔力』。
命令を与えるための、生まれ持った力を『魔才』。
そして、魔素を変化させること、もしくは変化したそのものを『魔法』と呼んだ──。
*
窓から差し込む朝日が、ベッドに横たわる僕を照らす。
小鳥のさえずりが耳に届き。
──朝だ。善人にも、悪人にも、平等に訪れる朝。僕は起き上がり、窓から小屋の外を見た。少し開けたそこには何も、いない。
森の中で無数のモンスター達と暮らし、時たまに都市へ出かける。
悪くない生活だ。
朝食は干し肉と果実。果実は木に生る物を、肉はモンスターのものを食べている。モンスターの肉は見た目こそ醜悪なものが多いが、味がよく、安価であるため庶民には人気だ。貴族や王家の者たちは貴重な家畜の肉を食べるらしいが。
収入は十分すぎるほどあるし、生活に困っている訳でもないが、生まれたときから暮らす森で、生まれたときから食べているものを食べている。高望みはしていない。
……そういえば、僕は今日王国に向かわなければならないのだった。王に宴に参加してくれ、と頼まれていた。何をしたかって?
飛竜を倒したんだよ。
突如北から飛来した炎竜を、大賢者である僕が一人で。僕の魔法系統は炎だから、耐性のある炎竜には少々分が悪かったが、終わってみれば一瞬だったような気もする。
あの日、一人で何もできず泣いていた僕が、今の僕を見たらどう思うのだろう。
……そんなことは置いておいて。
とにかく、遅れたら恥さらしだ。英雄が遅れて許されるのはおとぎ話の中だけだからな。朝食を急いで食べ終えた僕は、身支度を始めた。
黒い短髪の寝癖を直し。金のボタンがついた漆黒のローブを身に纏う。
おっと、これを忘れるところだった。王国に入れなくなってしまう。僕は王国が発行する身分証明書をローブのポケットに忍ばせ、小屋を出た。
森の綺麗な空気をたくさん吸って。
『身体強化』
詠唱し、体内の魔素に命令する。たちまち全身に力が漲り、北にある王国を見据えて。
「さあ、行こう」
誰に言うでもなく僕は呟きそして、駆け出した。
風よりも早い速度で。
だんだんと王国が近づいてきた。
王国、マライスカは大陸で最も発展した都市だ。大陸の真ん中、草原に囲まれたそこでは沢山の人が生活している。そして彼らの多くが、冒険者として草原のモンスターを倒すことで生計を立てている。
ちなみに、魔法が最も発展した都市でもあり、『魔法局』や『大賢者』といった概念はマライスカにしかない。つまり、王国でどれだけ持て囃されても国外では無意味だということだ。
「これ、お願いします」
僕は城門前にいる兵士に身分証明書を見せ、入場許可をもらった。
「あの黒いローブ……あんな小さいのに大賢者だもんな……。自分が情けなくなるぜ」
「あんまし気にすんなって。才能の差はどうしようもないさ」
背後で兵士たちの会話が聞こえる。
たまにこういう奴らはいるし、気にしないようにはしているのだが、やはり才能が全てという考え方には不快感を覚える。大賢者は皆、得てして血を吐くような努力を繰り返しているというのに。
そんな思いを打ち捨てるように石造りの地を蹴った。
この王国、マライスカは三つの区域に分かれている。城壁に近い順に、居住区、商業区、王城区だ。重要度が高い順に中心から作られたのだろう。居住区が一番外側なのは……そういうことだ。
王族は性根の悪さで有名だが、理不尽な処刑や増税があるわけではないから許されているところもある。
とにかく、宴が行われる王城区まで時間がかかる。歩いていけば日が暮れる。しかし王国路上での魔法の使用は、安全を考慮して制限されている。
じゃあ、どうするのか。
『風者』を利用する。
風者というのは、魔法局直属の組織で、戦闘力には長けず、しかし風魔法に長けた者達が集っている。彼らには特別に魔法使用の制限がかけられていない。王国内なら、身分証明書さえあればどこへでも運んでくれる組織だ。
別途料金はかかるのだが、大賢者は支払いが免除される。
日々お世話になっているから、らしい。
そして僕は城壁近くに立っていた『風者』の男に話しかけ、王城区まで飛んだ。風に乗ってひとっ飛び。『身体強化』とはまた違う、爽快感だ。
気の良い彼に見送られ、僕は王城区を囲む壁の前に立った。
目の前には門があり。そして横にはやはり二人の兵士。僕は王国内に入るときと同じようにして、入場した。
王への謁見手続きを済ませ、いざ対面。
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はじめまして。作者のよみぃと申します。
決してエタることなく、完結まで必ずアンリの物語をお届けすることを誓います。
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