2話 突然の来訪者
大賢者でありながら、魔法が使えないとは。僕の人生、十七年間で一番の危機だ。先が、見えない。正直今の状況も飲み込めていないし、これからどうなるかも分からない。
とにかく今の僕にできるのは、王国を目指すことだけだ。マライスカに辿り着けば少し希望が見えてくる。魔法が使えないことを打ち明けて、それから……どうする?
大賢者の称号を剥奪されて、白い目が背中を指差し続ける、そんな人生を送るのか?
何をしたとしても、明るい結末を迎えられる気がしない。もうここまでくれば、このまま森で野垂れ死んでも、王国で爪弾き者にされても、同じように思えてくる。
「炎灯」
指先に炎の光が灯るはずのこの魔法も、やはり使えない。それは、灯りのない真っ暗な未来を示すかのように。
本来なら、大賢者として栄光を受け、魔法の発展、モンスターの討伐に努めながら、慎ましくも幸せな生活を送れるはずだったのに。
考えていても仕方がないのに、仕方がないのに……涙が出てくる。
……とにかく、マライスカヘ行こう。何か、目標を作らなければ心が折れてしまう気がする。
僕は涙を拭き、森を抜けるため、王国のある北へ走り出した。
──瞬間。
雷光、背後に迸る。落雷の音、光が突然現れる。
突然の出来事に驚いて、体が反射的にビクッとなった。
「……アンリ」
後ろから僕の右肩に置かれた手は柔らかく、女性のものであるようだった。そしてどこか懐かしい声色の、僕を呼ぶ声が。目に涙が浮かぶ。先程のものとは違う、安堵の涙。
不意に風が吹き、木の葉を揺らしたあと、いつかの甘い香りを僕に運んだ。
僕が振り返ると、そこには。
『雷の大賢者』、マリーナ・ヘラルがいた。
風になびく金色の長髪、そして底のない光を宿した碧眼。エルフ族の狩衣装の上に羽織った、大賢者のローブ。腰に下げた矢筒が揺れている。
「マリーナ、どうしてここに……」
何年ぶりに会ったのだろう、僕たちは。しばらく見つめ合うその時間は、まるで止まっているようだった。
「詳しい話は後にしよう。事態は深刻みたいだしね」
そう言ったマリーナは突然僕の手を握った。柔らかい。
「準備はいい? とにかく今は私の家に。『身体強化』」
彼女の詠唱に反応した魔素が、繋いだ手を通して僕の体にも流れてくる。僕の『身体強化』とは違う、体内が痺れるような感覚。
──そして僕たちは、雷になった。
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