第6章第4節「奇跡と不条理の選り好み」

「浅垣、ちょっとプラネタリウムに行ってくる」

 最先端の魔導科学技術によって実現する、量子通信。桜井が立っている不透明な空間に、青い光が景色を描き出す。あっという間に仮想空間へと辿り着いた桜井は、あの時と同じ場所に立っていた。

 美しい天の川と夕焼けが彩る空の下、水平線まで広がる水面の上。幻想的な空間で、桜井はラテランジェロ総帥と対面する。

「エージェント桜井。金盞花の逮捕、並びに魔法生命体レリーフの対処についてはご苦労だった。君が提出してくれたアクセスカウンターについても検討しておこう」

 まず、総帥は桜井の功績について触れた。この数日で多くのことをやってきたが、それらについて総帥は当然の如く把握している。桜井が気になっているのは、いったい彼がどこまで把握しているのかだ。

「単刀直入に聞きますけど、レリーフについて何か知っているなら教えてくれ」

 魔法生命体レリーフ。桜井結都の半身だと名乗ったユレーラ。聞きたいことは山ほどある。

「……フィラメント博士の実験のことも知ってたのかどうかも全部」

 浅垣以上に表情を変えないラテランジェロが眉をひそめた。何を隠そう、あの時見た資料の中で、総帥はフィラメント博士の実験について許可を出していたのだ。さらに言えば、レリーフの件についても容認する姿勢を取っていた。

 桜井からの詰問を受けて、総帥は簡潔に述べた。

「把握している」

 やはり、彼は全てを知っていた。知っていて、桜井たちをレリーフの対処に向かわせたのだ。

「どうして知ってたのに止めなかったんだ?」

 桜井は声に怒りに近い感情を乗せる。

「あいつは、レリーフをラストリゾートに呼び出して実験していたんだぞ?」

 総帥は観念するように息を吐くと、淡々と事実を口にしだした。

「フィラメント博士の実験は有意義なものだった。魔法生命体レリーフを制御することができれば、世界に出現している彼らをコントロールできるようになるんだ。そうなれば、未知の脅威に怯えることもなくなる」

 それから彼は指を立てて桜井の勘違いを指摘する。

「一つ勘違いをしているようだが、レリーフは自然現象だ。これまでも世界では活動が報告されている。君もデータを見たはずだ」

 確かに、桜井はレリーフが世界各地で発生していることを総帥から聞かされていた。

「フィラメント博士の実験は、その制御不能な自然現象をコントロールできるかもしれない唯一の手立てだった。しかし博士は研究成果を改竄して独自にレリーフを利用する計画を立てていたらしい。とはいえ、博士は逆にレリーフに利用されていたようだがね」

 総帥の言い分だと、フィラメント博士は独断でレリーフを利用する計画を立てたらしい。言われてみれば、博士は生命や心について執着を見せていた。レリーフの研究ではなく、科学が到達していない領域そのものを見据えていたのだ。それはあくまでも博士の独断だと語るが、本当に総帥が把握できていなかったかは疑問だ。

「だとしても、レリーフを呼び出す実験に許可を出したのはあんただろう。ラストリゾートに危険が及ぶことが分かっていながら」

 結果として、レリーフはラストリゾートに実害を出している。それは紛れもない事実だ。実験を主導した博士も悪いが、実験の内容を知って許可を出した総帥も同じ責任を負うべきなのだ。

「博士の実験に超能力者が関与していることは?」

 続けて、桜井が問い質したのは澪のことだ。直接関係があるのは博士かもしれないが、総帥がどこまで把握しているかを確認するためにも聞いておく必要がある。

「暁烏澪の超能力をサンプルとしているのは知っている。七年前、私が彼女に同意を取った」

「なんだって?」

 思わず聞き返すと、総帥は真実を告げる。

「私とフィラメント博士は全ての魔具の基盤となるユレニアス・リアクターを共同で開発した。暁烏澪のテレキネシスともう一人の超能力者が持つオムニキネシスを参考にしてだ。彼女たちの協力がなければ、ラストリゾートは今日まで存続していなかっただろう」

 ラストリゾート総帥として有名なラテランジェロだが、彼がユレニアス・リアクターを発明したという話は聞いたことがある。澪が研究所で語っていた事実とも一致するため、話は本当のことなのだろう。

「……確かに、それは凄いことだよ」

 しかし論点はそこではない。たとえ、総帥は澪の力から希望の可能性を引き出していたのだとしても、フィラメント博士はレリーフという絶望の可能性を引き出していたのだ。

「でも悪用されてたんだぞ? 博士は彼女の力を利用してレリーフを呼び寄せた」

 威圧気味に話す桜井に対して、総帥もまた声をより低くして言い返す。

「彼女と博士の責任だ。力をどのように使うかの権利は本人にしかない」

 そこに関しては、総帥の言う通りだ。遡れば最初に利用した総帥が発端にはなるが、彼を問い詰めたところでどうにかなる問題でもない。

 澪の力は科学にとって価値があることは分かる。事実として、澪の力のおかげでユレニアス・リアクターが開発されラストリゾートを築き上げたのだ。反して、レリーフを呼び出す手段としても利用された。奇しくも、科学は澪に眠る両極端な可能性を引き出して見せたということになる。

「それでも彼女はレリーフを呼び出すために協力したわけじゃない。なのに、どうして博士の実験を止めなかった?」

 澪を庇うために念押しする。科学にもやっていいことと悪いことの線引きがあると信じたかったが、そうではないらしい。

「魔導科学は魔法というブラックボックスの謎を解き明かすために存在している。危険が伴うのは承知の上だ。魔法と共生するということは、そういった危険と隣り合わせの生活をするということでもある。実際にアルカディアでは魔胞侵食が深刻な状態だ」

 魔法。全ては結局、そのエネルギーの存在に辿り着く。当たり前に存在し、生活していく中で利用している魔法は身近な存在だ。が、その正体について詳しくは分からない。そして、コントロールしているつもりでいた魔法は文明を緑豊かな自然へと還し、レリーフとして生命を持ち出してラストリゾートを攻撃した。さらにあろうことか、桜井の前にはドッペルゲンガーが現れたのだ。

 代償を払わせるために。

「なら教えてくれ。あの、俺のドッペルゲンガーのことを」

 桜井結都と瓜二つの顔を持つ男ユレーラ。彼について、総帥は知っていたのか。

 空中に映し出されていたインターフェイスを操作し、博士の研究室から押収された資料を見て総帥は言う。

「フィラメント博士はあれのことをユレーラと呼んでいた。レリーフであることに変わりはないが、レリーフの中でも主格としての意思を持つ個体だ」

 そんな答えが聞きたかったわけじゃない。桜井が求めているのは、もっと本質的なことだ。ユレーラが言っていたことが真実だと信じるに値する、証拠。

「あいつは分裂したもう一人の俺自身だと言った。だけど本当にそうなのか……」

 戸惑う様子を見せた桜井を、総帥は見透かすように推量する。

「それは君の方が詳しいのではないか?」

 鏡の中の自分が違う動きをする。未来から来たと名乗る人と会う。そんな言い知れぬ違和感を味わったこと。

 だが、桜井にはそれしかなかった。違和感を裏付けるだけの証拠はない。同時に、その違和感こそが証拠にもなっていた。あたかもそれらしく。

 もっと言えば、桜井はユレーラをその身に取り込んでいる。結果としてユレーラの目的は果たされることになり、桜井結都の分身であることをも証明することになった。

「尤もレリーフはその姿を自在に変えられる。とはいえ、ユレーラが君の姿を表したことには何か理由があるだろう。現段階で確かに言えるのは、姿がどうあれ、あれは君の敵だということだ」

 総帥がどこまでユレーラの正体を掴んでいるのかは分からない。だが彼の口ぶりは濁しているというより、核心を突いているふうにも聞こえる。プラザのホテルでも浅垣が話していた通り、ユレーラがドッペルゲンガーであろうとなかろうと、敵であることに変わりはなかった。フィラメント博士でさえユレーラを把握できなかったのだから、いくら総帥に聞いても答えが見つかると考えにくい。

 それに加えて、総帥は桜井が置かれている状況の内、彼自身が気づいていない事実を伝えた。

「しかし、一部では君の演説を見てレリーフを率いていたユレーラと似ていることに気づいた者もいる。彼らの誤解はユレーラが君を真似たとして説明しておこう。君からして、何か弁明はあるかね?」

 ユレーラのことばかりで思考が回らなかったが、桜井と同じ容姿ということは月城のように桜井とユレーラを勘違いするケースはあるだろう。総帥曰く既に噂は立っているらしく、彼は逆にユレーラの正体について訊ね返してきた。

 まさか質問を返されるとは予期していなかった桜井がすっかり言葉を詰まらせる。問題は彼の想像以上に多く、報道機関も桜井とユレーラの関係性に目をつけているらしい。桜井は残っている不満を飲み込み、総帥の対応に賛同した。

「今はそれでいい。何を言ったところでメディアを納得させる証拠がないからな」

 言い争うことはやめて、一度冷静になった桜井は今後のことに目を向ける。

「戦うべき相手を見誤りたくはない。俺も少し考えを整理する時間が欲しい。ラストリゾートを守るためにも」

 ラテランジェロは曲がりなりにもラストリゾートの総帥。啖呵を切った相手が誰であるか、桜井はまだ見失っていない。信じるかどうかは別として、状況を鑑みれば従うほうが賢明だ。

「いずれにせよ、魔法の存在がこちらの世界を侵略する由々しき事態だ。だが、文明進化の礎となった魔法を世界から排除することは不可能。今後もレリーフは現れるだろう。我々DSRとしてはそれらの特異点へも対処していかなければならない。そのつもりでいてくれ」

 ラテランジェロ総帥からの指令を最後に、量子通信は終了する。

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