第6章第2節「奇跡と不条理の選り好み」

 DSR本部へと帰ってきていた桜井はサロンのソファーに座ってタブレット端末を操作していた。画面には『アクセスカウンター』と題された資料が表示されている。

「おつかれ、桜井くん」

 サロンの奥にあるキッチンからやってきたのは、コレットだ。ちなみに、キッチンではエプロンをした蓮美が料理をしている。

「良い演説だったわね」

 その件でいじられることは想定していたが、いざいじられると居心地が悪い。

「やめてくれ。ああいうのは俺じゃなくて浅垣の方が向いてるのに」

 あれはシェン長官が直々に桜井を指名してやったこと。今にして思えば、桜井に期待して振ったというよりも失言するかどうかを試していたように思う。DSRを嫌う長官らしい、意地汚いやり方だ。

「まぁまぁ良いじゃない。結果上手くいったんだし」

 報道機関の見出しをチラッと見たが、桜井はラストリゾートを救った英雄として紹介されていた。そんな柄でもないのだが。

「それに今だけよ。大抵の人は一時のニュースなんてすぐ忘れるわ。マスコミが詰めかけてきゃあ大変! 一躍人気者〜なんて、なるわけないじゃない」

「それはそれで傷つくけど、そっちの方がありがたいな」

 人気者になりたくないとか、人気者になれないならなれないで寂しいとか。色々と思うことはあれど、いつも通りでいる方がなんだかんだと居心地は良い。

「ところで何見てるの?」

 コレットは桜井の隣に座り込んでタブレット端末の画面を覗こうとする。甘い香りが分かるほど距離が近いのはいつものこととして、見られて困るものでもないが。

「ちょっとチームを編成しようと思ってさ。それで何かが変わるわけじゃないけど、今までよりも色々とやりやすくなるだろうし」

「ふーん。アクセスカウンター……」

 ラストリゾートに侵入する敵を撃退する。少し気になるのは、侵入という点だ。少なくとも今までは金盞花のような内部のテロリストを中心に戦ってきた。しかし状況は変わって、今回は魔法生命体レリーフと戦うことになった。つまりは魔法を通してラストリゾートへ侵入した敵だ。そうした敵に対応するためのチームが、桜井が考案したアクセスカウンターということになる。

 ラストリゾートで発生し得る超常現象を観測・撃退するDSRの方針にも則ったコンセプトだ。言い換えれば、レリーフのような超自然的存在の調査と迎撃に特化したチームといえるだろう。

「レリーフはまだ消えてない。魔法生命体なんだから当たり前だけど、この世から魔法なんてものがなくならない限り、俺のドッペルゲンガーがまた現れたとしてもおかしくはない」

 手渡された端末に表示されている資料にはその内容がまとめられており、コレットはザッと目を通した。

「でも、フィラメント博士の実験に使われていた装置はもうないんでしょ?」

「まぁな。でもヤツらが二度と現れないとは限らないし、対策は考えておいたほうがいいだろ? ほら、備えあれば何とやらってやつだよ」

 なるほどねぇ、とコレットは納得したのか桜井に端末を返してソファーに深く座り直す。それから彼女は珍しく手袋をしていない腕を組み、人差し指で自分の口のあたりをつつき出す。

「それじゃあきっと、桜井くんの大好きな頼れる大先輩のコレットさんの席は当然あるんだろうなぁ〜」

 わざとらしく催促してくるコレットに、桜井は苦笑いしつつも適当に流す。

「あは、そうだな」

 そもそも、チームを編成しようと思った経緯はレリーフの襲撃が根本的原因だ。今回協力してくれたコレットももちろん、できることなら誘いたいというのが本音だ。

「はぁ」

 桜井の隣で大きくため息をつくコレット。彼女の冗談に付き合うのも慣れたものだが、面倒見は良いし本当は真面目なところもある。そういう頼りになるところも含めて、コレットは桜井にとって良い上司だった。

「あ~あ。それにしても、これからどうなるのかしらね」

「どうって?」

 おうむ返しする桜井を見ずに、コレットは足を組み直して窓の外を眺めた。

「いろいろあったじゃない。例えば、レヴェナント工房の社長が殺されちゃったこととか」

 魔法品評会の会場で、ゼベット・レヴェナントはユレーラに殺された。世界最大の魔導工房の社長ということもあり、彼は魔具の流通する業界においてなくてはならない存在だ。

「確かに。影武者でも立てるのかな」

「どうかな〜。ニュースを見る感じ、社長の生死は伏せられてるみたいだけど」

 報道機関は連日の事件で大騒ぎだ。次から次へと事件が起こり、報道機関にとってはある意味で豊作とも言える。彼らが住民に対してどのように情報を伝えているかにもよるが、犯人がユレーラということもあり、世論は混沌としているだろう。

「そう言えば、社長が使ってた杖どこやったの?」

「そうだ聞いてよ桜井くん!」

 あまり深く考えずに話題を変えるも、桜井の予想以上の食いつきを見せるコレット。

「あの杖、一応はレヴェナント工房に所有権があるからとかで回収されちゃったのよ。あ〜あ、結構気に入ってたのになぁ」

 コレット曰く、超能力者の炎を操る力を再現した杖は工房に回収されていたらしい。仕方のないことではあるが、コレットは龍との戦闘で使いこなしていただけに少しもったいないという気持ちも分かる。

「まぁしょうがないな。俺たちは泥棒じゃないし」

 その時、サロンに入ってきた女性に気づく。誰かを探しているのか辺りを見回す彼女の顔を、桜井は見たことがあった。

「暁烏……?」

 桜井が名前を呟くと、暁烏澪と目が合う。おそらく桜井に用があって来たのだろう。

彼女が何か口にする前に、コレットは澪を歓迎した。

「あら、ちょうど良いところに来たわね。今、蓮美ちゃんがカレー作ってくれてるから、よかったら食べていってね。もうすぐできると思うから」

 言われた途端にカレーの匂いがしてきたような気がする。その内、匂いに釣られて他の職員たちも集まってくるだろう。

「そうだな。蓮美のカレーはうちの中じゃ評判が良いんだ」

 桜井もコレットにならって勧めると、澪も断りきれずに頷く。

「えぇ、ありがとう」

「それじゃ、あたしはまだ仕事が残ってるから」

 言って、コレットはソファーから立ち上がった。

「また後でね」

 二人に手を振り、コレットはサロンから出ていってしまった。

「悪いやつじゃないんだ。ただちょっと馴れ馴れしいだけで」

「あ、大丈夫よ。……桜井くんこそ忙しかったわよね?」

 後ろに回した両手の指を組み、澪は桜井に問いかける。

 桜井は持っていたタブレット端末をテーブルに置いて両手を広げた。

「いや全然? まぁ、とりあえず座って話そう。な?」

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