第5章第10節「可能性を現実に変える力」
世界魔法史博物館の黒い太陽が崩壊を始めた。
早朝に差し掛かる時間帯ということもあり、星空は少しずつ青みを持ち始めている。そんな空へ昇っていた黒い太陽が崩れ、地上へと堕ちていく。
博物館の外で魔法生命体レリーフと戦っていたコレットも月城も、博物館が崩壊していく様を目撃していた。
「すげぇな……」
遠方に浮かぶラストリゾートの空中城塞シャンデリアに匹敵する高度に達していた黒い太陽が沈む。博物館を呑み込んでいく様を見上げていると、レリーフたちの姿が砂となって消えてしまった。
「終わったのね」
全てを察したコレットは、長い金髪を風になびかせて行く末を見守る。
その頃、浅垣と澪は崩壊する博物館の中で佇んでいた。
ずっと桜井を信じて待っていた二人だが、桜井が帰ってくることはない。ただ時間だけが過ぎていき、それを表すように刻々と博物館の至るところに雑草が生え始めている。
博物館はもともと魔具を展示する都合上、『魔胞侵食』を未然に防ぐためある程度の対策が施されている。その内の一つが、屋上にある煙突は館内の魔力を排出するための設備であり、虹色の煙を吐くことから周辺住民には神秘的な景観として広く知られていた。それが崩れた今は魔胞侵食が止まることはない。
「もう行くぞ。ここに居ても巻き込まれるだけだ」
澪は微かに潤んだ瞳でもう一度、黒い太陽を見上げる。が、墜ちてくる太陽は博物館の辛うじて残っていた天井などを破壊するのみ。浅垣の言う通り、このままだと瓦礫の下敷きになるだけだ。
二人は異空間に沈みかけるその場から去り、館の外へ急ぐ。通路や壁には蔦が走り、通路に生えた雑草はすくすくと頭を上げている。展示されていた魔具は崩れた床に散らばっていて、館は地割れによって足場のほとんどを崩落させていた。
「こっちだ!」
浅垣の先導で、澪は崩れかかった壁を潜ってようやくエントランスホールまで戻ってきた。
「足を止めるな!」
浅垣に急かされるようにして、澪は崩れた出入り口から外へ飛び出す。続けて、浅垣も館内から脱出すると博物館に黒い太陽が沈み込む。太陽が地上に堕ちれば、どれほどの破壊が生み出されるか想像もしたくない。浅垣と澪は全力で館から離れる。
そして、黒い太陽が地上に堕ちたのは間もないことだった。
音はなかった。むしろ、音は何も聞こえなかった。ただただ強い閃光を放ち、館を中心に衝撃波が一瞬にして広がる。だが衝撃波は館の敷地を包み込む程度に留まった。そして次の瞬間。
プツン、と。
まるで、テレビ画面を消した後に残るようなノイズを最後に、全てが消えた。
そう、博物館が文字通り消えてしまったのだ。残っているのは、煙に包まれた大きなクレーター。博物館の敷地全てが丸ごと焦土になっていた。
同刻、地平線から昇り始めたのは本物の太陽だ。夜は明け、朝焼け空の下に彼らは立ち尽くしていた。
「…………」
浅垣と澪のところへ助けに来ていたコレットと月城は、博物館の跡地を見つめる。いるはずの誰かを探すように。消えてしまった彼を探すように。
浅垣と澪に桜井のことを聞くことも憚られ、前を見ることしかできない。それでも、彼らは最後の希望を心に強く抱きとめていた。茎に残された最後のひとひらの花びらを散らさないように。
コレットたちよりも前にいた浅垣も澪も、全員が同じ気持ちだった。もし彼がいなくなったとしても、彼の居場所はそこにあるのだと。証明するように。
「…………」
澪が唇を噛んで俯くと、浅垣は数歩前へ出る。何かを見つけて近づく。ごく自然な動作で。
浅垣が動いたのに気づき、澪は顔を上げる。運命の爆心地へ。
「…………!」
桜井結都は灰が積もった崖から這い上がってきた。ようやく、彼の仲間たちの顔が見える。
ついに戻ってきた。安堵から、桜井は思わず口角を上げて微笑む。
そんな彼を見て、澪は涙を散らして走り出す。彼の前へたどり着くと、涙を拭いながらも彼女は確かめるように桜井を見る。
「……てっきり、もう会えないかと」
「あぁ。けど、なんとかなったみたいだ」
桜井は、澪の姿を見てようやくホッとすることができた。彼女の後から、浅垣もやってくる。
「生きてると思ってた」
「嘘つけ」
実際のところ、浅垣が桜井を心配していたかどうかは分からない。それでも、普段は堅物な浅垣が笑っているということは、きっとそういうことなのだろう。
桜井の相変わらずの照れ隠しに、浅垣は嬉しそうに彼を抱きしめた。
ユレーラは倒した。厳密には、桜井の中に取り込まれたということになるだろう。とはいえ、黒い太陽の中で見たものや、ユレーラが魔法によって分裂した桜井結都の半身だったことを含めて、彼らに打ち明けるかどうかは分からない。信じてもらえるかどうかも、どう説明すればいいかも、今の桜井には時間が必要だ。
「その調子なら本物で間違いなさそうだな」
どこか疑り深い浅垣。
「もしかして入れ替わってるとか思ってる?」
「ドッペルゲンガーと戦った後だからな」
そうあるのが普通というより、もはや鉄板とまで言いたげな浅垣に桜井は薄く鼻で笑った。
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