第5章第6節「可能性を現実に変える力」

「ふぅ、いっちょあがり」

 カチン、とコレットは刀を鞘に納めて息を吐く。

 博物館前には浅垣、コレット、月城、そして澪の四人が集まっている。魔法生命体レリーフは無尽蔵に出現してきていたが、やがてレリーフの姿は見えなくなってきた。全員倒し切ったのかどうかも分からないが、四人は一旦武器を納めていた。

「何だよ、もう終わりか?」

 威勢の衰えない月城は、体ごと回って周囲を見回している。

「時間稼ぎは終わり、か」

 そうね、とコレットが浅垣の言葉に続く。

「民間人の避難もそろそろ終わる頃だと思うし」

 彼らが戦っている間に、付近の住民の避難活動は並行して行われていた。湧き出てくるレリーフたちの相手をしたことも、決して無意味ではなかったはずだ。

 コレットは黒い手袋をした手でスカートや胸元の汚れを払いつつ、オペレーターの蓮美へ状況を確認しようとする。と、澪は浅垣が言おうとしていた真意に気づいて呟く。

「……それだけじゃないわ」

 時間稼ぎ。それは、何も自分たちだけのことではない。まだ気づいていない月城に、澪は自分たちが戦っている間に何が起きていたかを伝える。

「時間稼ぎしてたのは向こうも同じ」

 その時、突如として地面が揺れだす。博物館を震源とした揺れは次第に大きくなり、地面には亀裂が走り出した。

「うわっ!」

 月城とコレットの足元にも亀裂が伸び、地響きを立てて亀裂が広がる。

「捕まって!」

 コレットは慌てて月城の手を握って引き寄せ、亀裂へ落下する事だけは防ぐ。

 二人ずつに分断された彼らが続けて見たのは、博物館の方だ。骨組みを抜き取られたが如く轟音を立てて館全体が崩れていき、無数の瓦礫は本来の重力に従わず宙を漂い始める。館の中心からくる引力に引かれて回り、その領域だけが宇宙空間に投げ出されたかのよう。さらに内部からは強烈な閃光が迸り、やがて白黒の太陽を形作った。

 館の残骸という地平線から、ついに白黒の太陽が顔を出したのだ。

「何だありゃ……」

「嘘でしょ……」

 禍々しい日の出を眺める四人は唖然として立ち尽くす。と、四人の元へDSR本部から無線通信が届く。

『みなさん、気をつけてください! 「灰皿」が起動されたようです。世界魔法史博物館を中心に、魔力が膨張を続けています。危険ですので、今すぐ撤退してください!』

「膨張だって⁉」

 驚いたのは月城だけではない。もし膨張を続けているとすれば、放っておくと周辺地域だけでなくラストリゾート全体が焦土と化すのも時間の問題だ。

「桜井が危ない」

 目を細め、浅垣は博物館へ向かおうとする。隣にいた澪も、はっとして博物館に目をやる。

『あぁ、そんなっ……』

「蓮美ちゃん? 何かあったの?」

 無線通信が届けたのは蓮美の焦る声色。

『魔力の膨張に呼応してか、周囲でレリーフが活動を再開しています。その地区の外周には避難所があります。もしそこに近づかれたら……』

 レリーフは彼らの周囲ではなく、博物館から離れたところで活動を再開していた。もし臨時設置された避難所を襲撃されれば、住民たちにも危害が及ぶことになる。

「まずいわね」

状況の深刻さにコレットは声を落とす。愚図愚図していれば、有象無象のレリーフは避難所へ向かい住民たちを襲う。かと言って、博物館の黒い太陽を放っておけば、ラストリゾート全体が危険にさらされる。究極の状況を前に、浅垣は決断を下した。

「コレットは月城を連れてレリーフの掃討に当たってくれ。俺たちは桜井の援護に行く」

 浅垣の指示はこうだ。コレットと月城の二名が有象無象のレリーフを迎撃し、浅垣と澪の二名が博物館内部で戦っている桜井の援護へ向かう。

「俺も行くよ」

 月城は桜井への援護に立候補して前へ出ようとするが、ぱっくりと開いた亀裂に気づいて足を止める。三メートルもの大口を開ける亀裂。深い暗闇へ落ちた後のことなど考えたくもない。

「ダメだ。どうせこっちに来られないだろう。コレットを手伝え」

 その気になれば亀裂は飛び越えられる。が、今は浅垣の言うことに素直に従うことにした。

「おっけー、分かった」

 月城が桜井の援護に立候補したのは、出会いの勘違いを償うチャンスだと思ったからだ。桜井がピンチの時に彼を助けたい。その気持ちは月城だけでなくこの場にいる全員が持っている。月城はそのことに気づき、コレットと目を合わせて頷く。

「生きて連れて帰ってきてね」

「いつものことだ」

 浅垣とコレットは一言ずつ交わし、亀裂から離れてそれぞれの戦地へ向かう。

コレットと月城は、周辺に出現しているレリーフの殲滅。浅垣と澪は、博物館内部で戦っている桜井結都を助けに急ぐ。

「彼、大丈夫だと思う?」

 少し不安げに聞いてきた澪に、浅垣は短く返す。

「さぁな」

 けど、と浅垣は付け加える。

「ああ見えて、あいつは俺に似てタフなんだ」

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