第5章第3節「可能性を現実に変える力」

 桜井たちは路傍に停めた車から離れ、博物館へと歩を進める。広大な敷地面積を存分に生かして横に広く、煌びやかな星空の下で雄大に構える博物館はどこか不気味だ。窓枠や煉瓦に絡む雑草も見られるが、元々ある程度の草木を取り入れた景観のためかそれほど違和感はない。中には世界中から集められた魔具が展示、保管されているという。必然的に魔力濃度が高くなってしまう魔胞侵食による雑草は防ぎきれず、装飾品として取り入れられているのだ。

 ラストリゾート記念公園といい、アンドロメダプラザといい、今日はやたらと観光名所へ訪れることが多い。心の中で自嘲していると、博物館の上部にある窓から砂鉄状の魔力が流れ出す。それは風のように桜井たちの前へと流れ、骸骨、肉体、そして皮膚を順に作り上げていく。彼らの前に立ち塞がるのは桜井結都のドッペルゲンガーのレリーフ、ユレーラだ。

「お前達はこの世界で魔法を何なのかも知らずに利用し、生きてきたんだろう?」

 宙に浮くユレーラは四人へ一瞥をくれ、桜井を見下ろす。瓜二つの顔を持つ者同士。

「桜井結都。私はお前のせいでここにいるんだ」

 胸ぐらを掴まれるような感覚。素手で無遠慮に心を逆撫でされる嫌悪感。

「私は、お前たちに呼ばれてきたんだ」

 怨念が滲む言葉に、桜井は視線を流す。間に受けるのではなく聞き流す、そんな素振りで。

「悪いけど、お前を呼んだ覚えはない」

 無論、桜井だけではない。背後に並ぶ三人。浅垣はドーントレスと呼ばれる戦斧を担ぎ、コレットは鞘に納められた刀の柄を退屈そうに撫で、月城は腰に手を当てて威圧している。

 四人の強靭な意思を見せつけられ、ユレーラは嘲るが如く口角を上げる。

「なら、思い知るがいい」

 直後、桜井達の周囲の空間が歪み出す。空中にできた水溜りにも見えるそれからは次々とレリーフが出現。空間から滲み出たレリーフは数十体近くにも及び、各々は剣だけでなく槍や杖、斧などの武器を生み出す。有象無象のレリーフを呼んだユレーラは空間に亀裂を作り出し、姿を消した。

 完全に包囲された桜井たち。博物館へ入るにはレリーフ達を全滅させる他ないだろう。

「さて、ここを片付けるぞ」

 桜井が孔雀の羽を象った美しい愛剣を呼び出して周囲を一瞥する。以前から進化し全ての個体が崇高な彫刻の顔を持つせいか、神話に描かれる風景画のようにも見える。大抵の人は神や天使を模した像を壊すことに罰当たりだと感じるが、有象無象のレリーフはそれらと通ずる性質の顔を持つ。気後れを感じていないといえば嘘になるが、自分と同じ顔をしていることに比べればマシだ。

「お安い御用!」

 真っ先に動き出したのは月城だ。彼は手ぶらのまま、有象無象のレリーフへと飛び込んでいく。迎え撃つレリーフの魔法攻撃を走ってかわすと、彼はブレスレットに嵌められた四色の宝石の内の赤──火炎の宝石を光らせて炎の魔法剣を掴む。

「それ!」

 炎の魔法剣で二体まとめて斬り裂き、周囲のレリーフ達へ火の粉が飛び散る。続けて月城は紫──紫電の宝石を光らせると刀身の炎が雷へと変化。雷の魔法剣は焼け落ちるレリーフを吹き飛ばし、さらにもう一体を巻き込む。そして緑──疾風の宝石を光らせると刀身は風を纏う。

「もう一発!」

 風の魔法剣を振り下ろし、剣圧は風の刃となって杖を持つレリーフの魔法陣ごと切り刻んだ。

「張り切っちゃって」

 文字通りの猛威を振るう月城を眺めていたコレットのもとへ、別のレリーフが槍を構えて襲いかかる。突撃に対し、コレットはハイヒールを履いているにも関わらず、身軽な動きで槍をかわす。

「よっと」

 そして鞘から刀を抜くと、槍を持った腕を斬り落とした。流れるように首を斬り、続けて来ていたレリーフの剣を弾く。弾かれたレリーフは隙を狙ってきたコレットの刀を避け、立ち位置をもう一体のレリーフと入れ替える。

「こらこら、二体一はちょっと卑怯じゃない?」

 そんな余裕たっぷりな愚痴を聞いていた浅垣は、正面から来たレリーフに銃を数発撃ち込み、怯んだところを斧で斬り伏せる。彼はさらに押し寄せるレリーフ達三体を見上げた。

「やれやれ」

 一体目のレリーフが振り下ろした剣を左手に持った銃で無理矢理弾き、右手に持った斧で真っ二つに薙ぎ払う。そのまま、彼は遠心力を利用して斧を振り払う。彼の手を離れた斧は襲いかかる二体のレリーフを引き裂くと、回転しながら別のレリーフの胸を裂いた。

 そこで、レリーフの腹部を剣で刺し貫いていた桜井が振り返る。弧を描いて飛ぶ斧ドーントレス。それは軌道上にいた、桜井を狙うレリーフを魔法陣ごと斬り伏せていく。

 不敵に笑った桜井はレリーフから剣を引き抜き、続けざまに襲いかかる二体目のレリーフの剣を受け止めてその体を蹴り飛ばす。そうして斧の軌道上へ無理矢理飛ばされたレリーフは飛んできた斧に引き裂かれた。桜井は振り返って、先刻腹を貫いたレリーフを斬り伏せた。それからもう一度浅垣へ向き直って親指を立てる。

「ありがと!」

 弧を描いた斧は多くのレリーフを狩り、今度はコレットのもとへ。彼女は一本の刀で二体のレリーフを手玉にして戦っていたが、その内一体の首が落ちる。浅垣の斧が斬り落としたのだ。

「よそ見しちゃ」

 残ったレリーフが振り向いて隙を晒していると、甘い声がひとつ。コレットは居合い抜きをし、引き裂かれたレリーフは塵と化す。彼女は流れるような動きで刀を鞘に納め、囁いた。

「メッ」

 やがて戻ってきた斧ドーントレスをキャッチする浅垣。倒すべきレリーフはまだ残っている。

 一方で、ユレーラは世界魔法史博物館内にあるドーム状の空間にいた。

 空間の中央には腰ぐらいの高さがある台座があり、上には『灰皿』が乗っている。と言っても、ただの灰皿ではない。灰皿には確かに灰が積もっているが、灰は魔力を帯びて宙に浮かんでいっているのだ。

「かの世界の遺灰はやがて、魔法によって穢された世界を照らす、新たな太陽となるだろう。それが空へ昇りきった時、真の夜明けが訪れる」

 灰皿の上。宙をたゆたう灰は、球体を作り出そうとしている。今は欠けた月のようだが、徐々に灰を吸って形を整えていく。落ちる砂時計を逆再生するかのように。

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