第4章第7節「意志の在り処」

「言ったでしょう。もう付き合う気はないわ」

「いつかはこの時が来ると思っていたが、こんなにも早いとは────」

 最後に、博士は澪へ話しかけた。対して、澪は明確な敵意を持った眼差しを向ける。その返事は言葉にはならない。

 彼女は右手を中心にして虹色に激る魔力を呼び起こし、博士めがけて放った。鋭く放たれた光は博士の胸を貫かん勢いだったが、博士は瞬時に拳を胸の前へ上げていた。彼の拳には澪と同じく虹色に煌めく魔力があり、衝突して相殺し合う。

「────実に残念だ」

 先制攻撃を防いだ博士は右腕に赤と青二つの魔法陣を浮かび上がらせ、胸の前で力を溜め込む。魔力の衝動を左腕の魔法陣も使って制御すると、澪に向けて右手を開け放つ。同時に五本の指から激しい赤と青の光弾が無数に放たれ、澪へ襲いかかった。彼女も咄嗟に腕を交差させて防御姿勢に入るも一撃に体勢を崩され、後ろへ怯んだ。

「くそっ」

 射線上からわずかに外れた位置に立っていた桜井も、流れ弾にさらされていた。彼は咄嗟に剣を喚び出そうと右手を動かす。火花が剣の形になるのも間に合わず、右手と光弾が衝突。カラフルな火花が飛び散り、右手に焼けるような痛みが伝わる。辛うじて事なきを得るも、弾幕に斬り込むことはできない。

 超能力者であるはずの澪を圧倒した博士は、一旦攻撃の手を止めた。風に煽られてコートが捲れると博士の下半身は服というより鋼鉄の鎧になっている。鋼鉄の腕に加えて二メートルを超える逞しい体躯も手伝って、まるで科学者というより甲冑を着込んだ武人のようにも見える。

 そんな博士は桜井を見下ろして、思い出したように問いかけた。

「時に桜井友都、心や命は何処にあるか考えたことがあるかね?」

 それは博士が執念深く取り組んでいる命題。以前は澪に投げかけた言葉だったが、同じ内容でも声色は違う。なぜなら、桜井はユレーラとドッペルゲンガーのような関係にある当事者だったからである。

 博士は真意を得られると期待していたが、桜井に取り合う素振りはない。

「あんたみたいに頭で理屈を捏ねる科学者には分からないかもな」

 博士に言いくるめられないためにも突っぱね、改めて剣へ意識を集中させる。先ほどは光弾の嵐を迎え撃つに間に合わなかったが、今回は十分な時間がある。右手にはカラフルな火花と共に孔雀の羽を象った意匠を持つ剣が現れた。

 彼は当然のように腕時計には触れず、ペアリングしていないにも関わらず剣を取る。本来は魔具──この場合は腕時計がなければ、武器の不可視収納はできない。が、博士は剣そのものに注目していた。

「その剣……生命を司る魔剣ライフダスト……死を司る魔剣デスペナルティと対になる魔剣」

 博士の背後にある禁錮装置、その中心に浮かぶ──同じく孔雀の羽を模った意匠を持つ黄金の魔剣。二つの魔剣は非常に似通っていた。

「なぜお前がそれを持っているのか、単なる偶然か?」

 桜井が持つ剣とユレーラが持つ魔剣。それらの外見が似ていることはともかく、魔剣ライフダストという名前に聞き覚えはない。

 彼は心のどこかで確かな違和感を覚えつつも、博士から目を離さない。

「知らないね。これは俺の親友から貰った剣だ。お前の研究のために渡したりするもんか」

 先刻博士が放った光弾を正面から受け切っていた澪は、二人のやり取りの間に体勢を立て直す。彼女はまだ反撃の手を打っていないが、その瞳は敵対する博士を捉え続けている。

 桜井と澪は何としても博士を止める気でいる。そのことを肌で感じ取り、博士は大きくため息を吐いた。

「愚かな。この時代を支配する新たな世界秩序が何であるかも知らぬが故に、その素晴らしさにも気づかぬとはなんと嘆かわしい」

 価値とは測るものさしによって変わるもので、人々が持つものさしはそれぞれ違う。

 しかし、博士が語る価値は変わらない事実として明らかな危害をもたらしている。たとえ多大な利益が得られるとしても、代償が大き過ぎるのだ。

 DSRとして、桜井は博士の野望を止めなければならない。

 そして超能力者として、澪は自分たちが始めたことに終止符を打とうとする。

「あなたこそ分かってないようね。その力が誰のおかげで得られたのか、忘れたとは言わせないわ」

 彼女の周囲には虹色に輝く魔力が呼び寄せられ、カラフルな星雲が浮かぶ星空と遜色のない空間を描き出す。博士が操る魔力とまったく同じ性質のテレキネシスは、元を辿れば澪の力だ。そのことを証明すべくより多くの魔力を従え、今まさに先陣を切ろうとした瞬間。

「ではこれは恩返しだ!」

 彼女が力を存分に発揮するのを許すわけもない。博士はその場で腕を薙ぎ払い、澪が立つ周囲一帯の空間を横に裂いた。澪が駆け出したのはほぼ同時で、先ほどまで彼女がいた場所で爆発が起きる。爆発は連鎖的に繋がり桜井のもとにまで届き、彼も前へ飛び出すことで避けた。

 虹色の魔力を従えた澪は光の残像を生みながら距離を詰め、星座で描き出した半透明の剣で斬りかかる。しかし剣は空を切るだけで、そこにいたはずの博士はテレポートで距離を取っていた。

 それから博士は羽織っていたコートを風になびかせると、コートの内側から無数の光球が射出される。魔法陣を搭載したドローン──スフィアユニットは高速で飛行する圧縮魔力の塊であり、魔法と科学が組み合わさった最新鋭の兵器だ。博士はそれらを意のままに操ることができ、紅い魔力で形成した照準装置を両腕に浮かび上がらせている。狙うは澪と桜井の二人だ。

 スフィアユニットの群れは機敏に飛び回り、攻撃対象である二人それぞれへ分割していく。

 桜井の元へ飛来したユニットは体当たりで突撃し、彼は剣を振るってそれらを撃墜。対処こそできるものの、博士へ近づく隙を与えない。

 一方の澪は飛来するユニットを撃ち落とすべく、右手から虹色の魔力を拡散させた。誘爆によって数機を巻き添えにするも、ユニットは爆風を掻い潜って接近。絶えず動き回る七機のユニットはあっという間に澪を包囲する。

「無知なお前には辿り着けぬ魔力の神髄……」

 博士はホログラムで投影された照準装置を操作する両腕を緩やかに動かし、ユニットに命令を出した。

 彼女を包囲していたユニットが一機ずつ懐に潜り込み、自爆によって爆発を引き起こす。七機全てが特攻すると、博士は姿を消して高い天井付近へテレポート。魔力で槍を生成すると、ユニットに攻め立てられ身動きの取れない澪がいる真下へ構える。落下する軌道が即座に演算され、博士が広げた左手から幾層にもなる魔法陣が軌道上に浮かぶ。

「その身を以て知れい!」

 そうして真下目掛けて振り落とされた赤と青の槍は幾層もの魔法陣を貫き、黒煙の中へ着弾。建物を揺るがす振動と大爆発を連鎖させた。

 やや離れた位置でスフィアユニットの相手をしていた桜井も、爆風に飲み込まれていた。彼は黒煙の中で剣を振り払い、何とか窮地を脱する。魔法によってあらゆる衝撃が一極化されていたため、彼は致命的な衝撃を受けることはない。が、安全になったわけではない。

 桜井の近くにテレポートを駆使して現れたのはフィラメント博士。博士は両腕に四つの魔法陣を腕輪のように浮かばせ、その光を強めて牽制する。

「まだ戦うつもりか?」

 広い研究室全体に及んだ衝撃波は、魔胞侵食によって成長した木をも薙ぎ倒す。超能力者である澪を相手に渡り合うだけの破壊力を物語るが、退くわけにもいかない。

 桜井は息を呑み込んでから、禁錮装置にかかった魔剣デスペナルティに似た剣を構え直した。

「まだ戦ってすらないぞ」

 威勢の張ったものとは言えずとも、戦う意志がある。そう受け取った博士は一度目を閉じ、両腕を持ち上げた。胸の高さまでくると徐々に腕に浮かぶ四つの魔法陣が光を強め、

「ならば露と消えい!」

 博士が目を見開くと同時に、両腕から紅い雷撃が放たれた。凄まじい勢いの雷撃は床を覆う草花を焦がし、瞬く間に桜井の元へ達する。彼は咄嗟に手にした剣で防ごうと構えると、剣は避雷針のように紅い雷撃を受け止めた。

「ぐっ……!」

 剣を通じてかかる全身への痺れに歯を食いしばり、桜井は一歩ずつ足を前へ運ぶ。紅い雷撃の勢いは留まるところを知らず、床を覆っていた草花をとうとう焼き尽くす。それでも負けじと進む桜井を、博士はまじまじと見つめていた。目を離すことができない興味をそそられるものを見た時の瞳で。

「ふん!」

 そしてついに博士の近くまで来た桜井は、本来の床で踏ん張り紅い雷撃を跳ね除けた。そのままの勢いで博士の元へ斬り込むが、次の瞬間にはテレポート。姿を消した博士は背後を取ったかと思うと、腰と脚部の機械的な部分が露わになりブースターを噴射。桜井の背中へ鋼鉄の拳を放つ。

「ぬぅ!」

 対する桜井も瞬時に気がつき、剣を当てがって拳の軌道を逸らす。鋼鉄の拳と剣、交差の度に虹色の火花が散る。博士の身長は二メートルをゆうに超すため、桜井との体格差から苦戦を強いている。その一方で、細長い剣のリーチを活かした桜井が一太刀を浴びせることに成功。が、剣は鋼鉄の左腕によって受け止められていた。

 一瞬の膠着状態。睨みを効かせて剣に両手で力を込める桜井に対し、博士は空いている右腕を見せびらかした。

「さてはてどうするかね?」

 鋼鉄の右腕からは蒸気が噴出され、嵌め込まれた魔法陣の輪が二つから四つに増える。それから拳を作ると左腕で抑えていた剣の刀身にぶつけ、同時に四層の魔法陣の輪を拳の先端に重ね合わせて衝撃波を起こす。桜井は敢えなく突き飛ばされてしまうが、空中で受け身を取り床に膝をついて着地。しかしは博士は更なる追撃を仕掛けていた。

 翻したコートの内側から再びスフィアユニットを射出し、特攻させていたのだ。桜井は慌てて立ち上がり何機かのユニットを弾くも、ついには剣を弾き飛ばされてしまう。

 そして、大きく怯んだ桜井の視界には両腕を重ね合わせた博士の姿が映った。

「斬り返してみせよ!」

 博士の両腕の先へ集まったユニットを連鎖的に爆発させ、その爆発を一直線に放射する。剣を弾かれた桜井に防ぐ手立てはなく、彼は一方的な連鎖爆発に吹き飛ばされた。

「────ッ!?」

 受け身を取ることも叶わず、後方の草に覆われた壁へ激突する桜井。もともとは鉄でできた壁であり覆っている草はクッションにもならないが、彼は意識を手放してはいなかった。だが壁にもたれかかった拍子、桜井の両手首に魔法の輪が出現。それは磁石のように引き合うと彼の両手を後ろ手に拘束する魔法の手錠となった。手錠は壁にめり込むようにして繋がれ、まったく身動きが取れない。

「失望したぞ、桜井結都。まったく使い熟せておらんではないか」

 体の自由を奪った桜井を眺め、博士はブツブツと呟きながら歩み寄る。次いで視線を先ほど弾かれて床に刺さっていた桜井の剣へ移した。ユレーラが持つ黄金の魔剣と酷似した黒鉄の剣。『レミューリア神話』で語られる一対の魔剣が手の届くところにある。

 またとないチャンスを掴もうとした次の瞬間。

「はぁ!」

 研究室の内の煙を切り裂いて現れたのは澪だった。彼女は三つに拡散した光線を放ったが、博士のコートの内側から出たユニットが身代わりとなる。光線を受けてユニットが爆発したその熱風を横顔に受け、博士は忌々しげに振り返った。

「私が相手よ博士。彼に構わないで」

 澪の顔や服には黒い汚れが目立ったが大きな外傷はない。博士の攻撃を受け切ったにも関わらず、彼女は耐え凌いでいたのだ。

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