第4章第5節「意志の在り処」
「ごめんなさい」
謝罪の声が書斎に響く。デスクの方を見ると、澪は腕を抱えたまま立ち尽くしていた。
「……なんで謝るんだ?」
突然のことに戸惑う桜井。彼女が謝るべきことはない。振り返ってみても、彼女には助けられてばかり。この研究所で手がかりを掴むことができたのも、それを知らせてくれた澪のおかげだ。礼を言いたいくらいのものだが、彼女は俯いたまま。
そして、すっと顔を上げる。覚悟を決めた真っ直ぐな瞳で、桜井を見つめて。
「こうなった責任は私にある。いずれあなたも知ることになるわ。その前に、正直に話しておきたいの」
「……」
澪は話し出す。怪訝な表情を浮かべる桜井に、罪を自白するように。
「気づいてるかもしれないけど、私は魔導科学に……フィラメント博士にサンプルとして能力を提供したの。以来、博士の研究に協力し続けてきたわ。この力が少しでも役に立つのならと思って」
言いながら、澪は手のひらを広げて綺麗な星空を生み出して見せた。本来、人間は魔具がなければ能力を使うことはできない。澪のそれは魔具を使わない、純粋な超能力だ。
「七年前、まだ小さかった私はこの力についてよく知らなかった。当時の科学機関は私の力を参考にして、ユレニアス・リアクターを開発したわ。リアクターは簡単に言えば魔具に使われているエンジンのことよ。それからラストリゾートに招かれて、私の力が役立てられてるんだって分かって本当に嬉しかったのは今でも覚えてる」
手のひらにある綺麗な星空──それは超能力者である彼女によって完璧に制御された魔力。実際にラストリゾートの空に浮かんでいるカラフルな星雲がそこにはあり、様々な形をした星座が浮かんでは消えていく。超能力というものは星空すらも掌握してしまうのだろうかと目を奪われる桜井に、澪は過去を思い出しながら続ける。
「世界をより良くするためだと思って、私は疑いもなく協力を続けたわ。でも、博士はレリーフを研究するために黄金の魔剣を求めた。そのために博士は金盞花を利用したんだけど失敗して、私を代わりによこした。魔剣を博士のもとへ持っていったのは私なの」
元凶となる魔剣を最初に運び出したのは金盞花だったらしい。思わぬところで真実を知った桜井だったが、そこは些細な問題だ。
澪が言いたいことはおおよそ分かる。自分が魔剣を運んでしまったことで実験が行われ、レリーフが現れるという事態を招いてしまったと言いたいのだろう。
「でもレリーフを呼び出したのは君じゃない。むしろ君は被害者じゃないか」
あくまでも、レリーフを呼び出したのはフィラメント博士だ。澪は自分の力を役立てたいと願っただけで、悪用されることを願ったわけではない。レリーフを呼び出すことを、願ったわけでないのは明らかだ。
「元を辿れば私のせいよ。博士の実験のためと知りながら、私がこの手でレリーフを呼び寄せてしまったの。だからレリーフが現れて被害を出しているのは私にも責任がある」
問題となるのは、澪の力が悪用されていることにある。科学の発展のために能力を提供してしまった以上、そこに責任が発生するのは道理だ。仮に悪用されたとしても、利用することを本人が許可したのは紛れもない事実なのだから。
「だとしても」
罪の衣を被る澪を、桜井は必死に擁護しようとする。が、彼女は桜井の気持ちを遮った。
「私は超能力者。だから私には価値があると信じてた。超能力者の私なら役に立てる、必要とされるんだって。無価値な私が、超能力者である限り……」
自分自身を戒めるように胸へ手を当てる。自分が超能力者であることを、確かめるように。そして徐々に手から力を抜いて、だらりと下げた。
「その価値に縋った結果がこれよ」
超能力者。その価値に生きてきた彼女は、瞳の奥に意思を滾らせた。
「これは私が片付けるべき問題なの。諸悪の根源たる私が」
超能力者として力を提供し、結果として災いを招いてしまった。その責任を取って償う。
「いいや、君はそんなんじゃない」
それでも、桜井は決して引き下がらなかった。
「あの時、君は俺を助けてくれたし、今だって率先して事態を解決しようとしてる」
地下鉄でも、アンドロメダプラザでも。彼女は桜井に力を貸して、事態の解決に努めた。それは間違いない真実であり、桜井自身がそれを証明する。
「当然のことをしているだけよ」
冷めた声色で諭す澪。既に、彼女の決意は揺るぎないものとなっている。出会ってから関係の浅い桜井では、説得することは難しいだろう。
「なら一つだけ覚えておいてくれ」
彼女の正義を察した上で、桜井は告げる。
「誰も君を責めたりはしない」
言葉に、澪は反応を示さなかった。ただ、彼女はデスクの上のパソコンに触れる。
「もうこれ以上、レリーフを野放しにはさせないわ……ここで終わらせましょう」
言い終わると、澪はキーボードのエンターキーを押す。
すると、桜井たちがいる部屋に大きな変化が訪れた。草と蔦に隠された壁に、突如として光の切れ込みが入った。縦一直線を割いた光は、徐々に広がっていき光と白い煙が漏れ出す。本棚が左右にスライドして開き、向こう側に隠されていた広大な部屋へと繋がる。
「ついてきて」
書斎の奥に隠されていた空間は広い研究室だった。奥行きも天井もかなりのスペースが確保されており、研究所自体の間取りの大半をこの場所が占めているのも想像に難しくない。ここへ来るまでに通ってきた一階から三階が妙に狭く感じたのも、全てはこの空間のためだ。おそらくここで博士の秘密の実験が行われていたのだろうが、目に映る景色はとても実験が行える状態ではない。
多くの雑草に覆い尽くされていた書斎と同じように、この研究室も自然に埋もれている。デスクに置かれている装置のほとんども蔦に絡め取られ、本来の機能を維持できているのかも分からない。高い天井に向けて十メートルにもなる木が生えていて、研究機材がなければ植物園に見違えるほどだ。
そんな数十年の時を経た廃墟のような研究室の奥へ進むと、ドーナツ型の装置を見つけた。今も起動しているらしい装置の中心には、レリーフ出現の元凶である黄金の魔剣が浮かんでいる。
「あれを破壊すれば、俺と同じ姿のレリーフは消えるのか?」
「そう願うわ」
二人が禁錮装置に気を取られていると、視界の端から人影がチラつく。視線を下ろすと、科学とは縁遠く思える大男がいた。
「おや、もう帰ってはこぬと思っていたが……気が変わったのかね?」
「……フィラメント博士」
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