第4章第4節「意志の在り処」
「フィラメント博士の書斎はここよ。多分、レリーフの手がかりもあるはずだわ」
博士本人に話を聞くことはできないが、諦めて帰るつもりもない。レリーフに関わる手がかりを探すには、またとないチャンスだ。既に被害が出ている以上、遠慮する必要だってない。
「それじゃ探すとするか」
「えぇ。私はパソコンを調べてみるわ」
澪は正面のデスクへと向かい、置いてあったパソコンを起動する。桜井も何か情報を探ろうと、背の高い草をかき分けて奥へ進む。草と蔦だらけの本棚には数多くの論文をまとめた本が並べられ、いくつか抜かれているのが分かった。だがそれらを読み込んで博士の実験に理解を示すだけの時間はない。
そこで、壁に埋め込む形で備えられたディスプレイへ近づく。電源は既につけられていて、ディスプレイに触れると様々なデータが閲覧できた。画面上部には、『ドクター・カルマ・イクシード・フィラメント』と表示され研究レポートがずらりと連なっている。
試しに、桜井はその内の一つに触れる。すると、音声データが再生された。
『超能力と魔法は実に興味深い関係にある。我々の科学技術によって魔力を操作することを魔法と呼び、未知の力によって魔力を操ることを超能力と呼ぶ。だが、先に存在していたのは超能力であり、魔導科学はそれを再現する形で魔法という技法を編み出した。魔力というものは未だ謎が多く、魔法の始祖と呼ばれるユリウス・フリゲート卿によってもたらされた。そもそも、魔力とは魔導粒子ユレーナと呼ばれる新たな素粒子だ。この無限の可能性を持つエネルギーは、……。大袈裟に聞こえるかもしれないが、万物の性質が刻まれた世界の遺伝子と言ってもいい。そこから任意の可能性、例えば電気や炎のようなエネルギーを自由自在に引き出す……それを可能にするのが、我々が「魔導器具」通称「魔具」と呼ぶ道具だ』
「科学の授業かな?」
フィラメント博士の音声を聞き、桜井は少し皮肉っぽく呟く。どうやら、博士は魔導科学という分野において、超能力者について研究をしているらしい。その他のレポートのタイトルだけをざっと目を通すと、ほとんどが超能力者やそれを再現する魔法技術の実験に関するものだった。どれがレリーフの実験に該当するかも分からないが、一本ずつ見るわけにもいかない。適当にスクロールして流し見ていると、ふと桜井の目が見覚えのある名前を捉える。
「待った、フィラメント博士とラテランジェロ総帥の記録?」
「ラテランジェロって、あのラストリゾート総帥の?」
パソコンを操作していた澪も、その名前に反応する。
「あぁ。俺たちDSRのボスでもある」
なぜ、ここに彼の名前があるのか。桜井は考えるまでもなく記録を再生する。収録されていたのは、空中にホログラムを投影する立体的な映像だった。
『フィラメント博士。直近の魔導実験について進捗があったそうだな』
室内の照明から空間へ投影された映像に振り向くと、そこにはラテランジェロ総帥とフィラメント博士の姿があった。桜井だけでなく澪も、その場に彼らがいると錯覚するような映像に注目する。
『ご存知とは思いますが、世界ではレリーフと呼ばれる魔法生命体が観測されている。その正体について謎は多いが、少なくとも彼らは魔力によって築いた命を持っている。そう、純粋な魔力のみの肉体と、純粋な魔力のみの命。我が友よ、これは魔法産業革命に次ぐ発見になるやもしれん』
敬語と平語のないまぜになった口調は、普段のフィラメント博士を知る澪にとって新鮮なものだった。博士といえども総帥には頭を下げているかと思えば、博士の声色はどことなく親しみめいた感情を帯びている。
『見解を聞かせてもらおう』
対する総帥は感情の起伏がなく、桜井が量子通信で見た姿と何も変わらなかった。
『これまではレリーフの正体を探ろうとするばかり最大の特徴を前提として踏み、見落としてしまったのです。量子力学では万物は全て素粒子によって構築され、肉体はもちろん命や意識もその例外ではない。だが肝心となる命や意識を構成する物質が何であるか、長い間解き明かされることはなかった。……しかし、命を持った魔法生命体の出現はその謎を晴らしてくれた。命や意思を構成する物質は魔力であった、と』
『生命や意識の領域は科学では説明の効かない例が多い。それを覆せると?』
『いかなる時も科学とは無限から唯一の可能性を導き出して証明する分野です。ユレーナエネルギーはその常識を覆す。魔法とは言わば、シュレディンガーの猫を強引に確定させることができる。箱の中にいる猫は死んでいるか生きているか、そこには二つの可能性が存在するが開けてみるまでは分からぬ。しかし、魔法はその可能性を自由に選べてしまう。猫を生かすこともできれば殺すこともできるのです』
『生命や魂という曖昧な概念さえも、魔力なら裏付けることができる。そう言いたいのか?』
『しかし仮説は実証しなければなりません。そのためには記念公園にある魔剣が必要です。レリーフの魂が、誰であるのかを知るためにも。この私め、科学の為であれば我が身に課せられる代償を厭わぬ覚悟です。かつてリュッツベル博士がそうしたように』
『いいだろう』
博士からの報告を受けて、総帥は淡々と命令する。
『研究を続けたまえ。レリーフの扱いにはくれぐれも気をつけるように』
ご協力感謝します、と博士は頭を下げた。
やりとりを終えてラテランジェロの姿が消えると、博士は後ろを向いて微笑みを浮かべた。
『
次いで博士の姿が消えると、程なくして記録の再生が終わる。
二人の間で交わされた議論はすぐに理解することはできないが、桜井でも分かることがあった。
「やっぱり君の言う通りだった。博士は魔剣を使ってレリーフを呼び出してたんだ」
手がかりは見つかった。ラテランジェロ総帥がこの事件に一枚噛んでいるということは気がかりだが、それは後々問い詰める機会があるはずだ。とにかく、この手がかりがあれば博士を追い詰めることは容易だ。一連の事件も幕引きとなるだろう。
「えぇ、そうね」
状況の前進とは裏腹に、澪は要領を得ない様子で返事をする。
「それにしても、まさかラテランジェロ総帥が博士と繋がってたなんて」
手がかりを得たからといって、すぐに状況が好転することはない。むしろ複雑化するばかりだ。記録の通りなら、総帥はフィラメント博士の実験を知り許可を出していたことになる。総帥が桜井たちにレリーフ討伐を命じたのも、その後処理のためなのだろうか。桜井が混乱する頭で状況を整理していると、
「ごめんなさい」
謝罪の声が書斎に響く。デスクの方を見ると、澪は腕を抱えたまま立ち尽くしていた。
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