第4章「意志の在り処」

第4章第1節「意志の在り処」

 ユレーラが召喚した龍を撃退した桜井たちは、本部へ戻り被害状況の報告に目を通していた。

「N3セクターを中心に発生した魔法障害は周辺地域にも大きな影響を及ぼしています。ラストリゾートでライフラインとして利用されている魔力がシャットアウトされたことで、停電や断水、ネットワーク通信を含む魔法障害が発生しています。復旧には朝方までかかる見通しです」

 一旦の危機こそ退けたが、見聞きするだけでも被害は大きい。天の川を飲み込まれたことで夜空からは光が消え、一帯では魔法障害が起きている。幸いにも該当地区から離れているDSR本部に影響はないものの、喜んでいい状況ではなかった。

「こりゃ始末書だけじゃ済まされないな」

 被害状況を映したディスプレイから目を逸らし、桜井はため息を吐く。もちろん政府の楽園律令省の審査を通ればDSRには超法規的権限が認められる。それでも、おいそれと責任をおろせるわけでもなければ、被害の全てが即座に復興するわけでもないのだ。

「桜井先輩は悪くありませんよ。確かに被害状況は深刻ですけど、一般住民からの重軽傷者は共に一人も出ていません」

 悪いニュースがあれば、良いニュースもある。

「桜井、ああするしかなかったんだ。お前はよくやったさ」

 次いで浅垣が桜井を励ます。いつの日も、浅垣や他の仲間たちは桜井の味方でいてくれる。そうして、仲間でもあり友達でもある彼らに感謝しながら、桜井は前向きな気持ちになることができた。今だって、それは変わらない。

「うーん……旧世代ならここまで深刻にはならなかったろうに。ライフラインを魔法に一本化した弊害、か。便利も不便も紙一重ね」

 コレットの言う通り、問題は差し迫っている。もっと言えば、よりその脅威を誰しもが肌で感じ取れるようになってきているのだ。

「……ラテランジェロ総帥の言ってたことは、やっぱり本当だったのかもしれない」

 そう。総帥が言っていた、魔法が意思を持って牙を剥くということ。言われた時には実感が湧かなかった。だが、今の桜井にはその意味がよく分かる気がした。

「魔法が意思を持って牙を剥く、それが魔法生命体レリーフだって。いまいちピンと来なかったけど、今までに起きたことを振り返ればはっきり分かる。金盞花を逮捕した昨日の夜から今日のアンドロメダプラザの事件まで。この、今の状況だってそうだ。まるで、魔法を利用してきたツケを払わされてるみたいな……」

 パラダイススクエアを侵食する自然、ラストリゾート記念公園では自身と同じ姿のレリーフと出会い、そして今回のアンドロメダプラザに現れた龍。徐々にではあるが、魔法生命体レリーフによる侵略はその勢いを強めているのが事実だ。

「だったらどうする気だよ?」

 プラザの避難誘導を手伝ってくれていた月城時成が、その場にいる全員の疑問を口にする。司令室には浅垣やコレット、蓮美の他にも大勢の職員がいる。今の状況に困惑しているのは他の職員たちも同じ。自分の仕事をしているようで、桜井たちの会話に耳を傾ける職員もいた。

「あいつらは魔法そのものなんだろ、そんなのどうやって倒す? 次にいつどこに現れるかも分からねぇんだろ?」

 答えたのは、ディスプレイを操作し始めた蓮美だった。

「コンデンサーが遮断された時点で、レリーフの活動は消滅。魔胞侵食まほうしんしょくによって植物も枯れてしまい、滅菌の必要もない状況です」

 確かに、あの場でレリーフは消滅した。ラストリゾートの一部ライフラインを犠牲にはしたが、確実に消滅は確認されたのだ。しかし、喜ぶには早急だった。

「言いにくいですが、次の出現を予測することは現状不可能に近いです。パラダイススクエアやラストリゾート記念公園、アンドロメダプラザ。これまでの三件は全て前触れもなく起きています。そして、三件とも必ず消滅が確認されているんです。滅菌によって、暁烏あけがらすさんの手によって、シャットアウトによって。今回も次にレリーフが出現しないと断言することはできません」

「……ラストリゾートにはそこら中に魔力が存在する。いつどこに現れてもおかしくない」

 蓮美に続き、桜井が益体もなさげに補足する。

 月城は頭を掻き落胆した表情を浮かべた。

「じゃあ、このまま待つしかないってのか?」

 打つ手なし。そんな雰囲気さえ感じられる沈黙に、桜井はある考えをゆっくりと口に出す。

「助っ人がいる」

 何も、桜井は一人でレリーフを退けてきたわけではない。地下鉄駅においても、プラザにしてみても、そこには必ず助っ人がいた。それが誰であるかを真っ先に勘付いたのは浅垣だ。

「あの超能力者か」

 桜井は首を傾げて言う。

「何か知ってるかも」

 彼女ならば、何か知っているかもしれない。おそらく、彼女は独自の手段でレリーフを追っている。少なくとも、地下鉄と魔法品評会の二箇所で出会ったのだから、追跡ないし特定する方法を知っていても何らおかしくはない。

「分かった」

 桜井の考えを信頼する意向を最初に持ったのは浅垣。コレットや蓮美、月城も桜井の考え以外に思いつくこともなく、事態はようやく進展の兆しを見せた。

「こちらは魔法障害の対応をしておこう」

「助かる」

 魔法障害。言うまでもなく、魔法が関連する事故であるからにはDSRにも対応する義務がある。加えて、彼らは当事者でもあるのだから対応は避けられないものだ。

「彼女なら、テラスにいると思うわよ。外の空気を吸いたいって」

 ひとまず魔法障害に関する対応は浅垣たちに任せることにして、桜井はコレットから伝えられた場所へ向かう。今、桜井が考えるべき問題は、超能力者である暁烏澪あけがらすみおから情報を聞き出せるかどうか、ということだ。

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