第3章第11節「誰が為の代償」
「なぁ、何か考えはあるのか!?」
龍が放つブレスや下半身を用いたなぎ払いをジャンプで避けつつ、桜井は近くに来ていた澪へ問いかける。
「私がこいつをもう一度転ばせるわ。あなたはその隙に胸の奥にある心臓を狙って!」
彼女が言っているのは、龍の飛膜と鱗に覆われた胸の内側で輝く核のことだ。モノリスの内側にあった核と似たそれを攻撃できれば有効打になり得るかもしれない。
「それで倒せるかな?」
半信半疑に、桜井はもう一度だけ問いかけた。
「……可能性がないなら作るまでよ」
アンドロメダプラザで魔法の龍と対峙する。こんな状況にもなると、桜井にとって彼女の一言はとても頼もしいものに思えた。
「いいね」
桜井が腹を括って微笑むと、新垣とコレットも戦線に復帰するのが見えた。新垣は機械剣ペンホルダーと銃を持ち、コレットは腰の鞘に納めた刀とゼベットが持っていた杖を持っている。
そして、澪は手に魔力を集めるとそれを龍へ打ち出して前へ出る。同時に、桜井が剣を構えて駆け出す。澪は魔力の翼で飛び上がって空中へ。龍のブレスを避けつつ上空へ向かう。対して地上では、龍を守るように展開された刃が桜井を迎え撃つが、それらは炎と魔力による弾丸が撃ち落とす。
「私たちも手伝うわよ」
桜井を援護したのは、浅垣とコレットによる銃と杖のコンビネーションだった。
援護を受けて龍との距離を縮めていく桜井だったが、そのまま近づけるわけもない。龍は体をきりもみ回転させて地面をえぐりながら突進する。桜井は靴によって底上げされた身体能力を発揮し横へ回避。桜井と龍の立ち位置が逆転し、先ほどまで桜井の後方にいた浅垣とコレットの二人が龍を正面に晒される。が、二人は一切動揺せずに息を合わせた。
「今度はやられるなよ?」
「ふふっ、じゃあ手伝ってよね」
こんな状況になって浅垣からの珍しい冗談にクスッと笑いながら、コレットは超能力者の杖を回転させ燃え盛る火炎へと変化させる。轟々とした火炎を手のひらに宿したまま、腰の鞘に納められた刀の柄を握り込む。火炎は柄を通して鞘の中へ入り込み、彼女は腰を屈めて目を閉じると深呼吸する。鞘の中では燻る火炎を抑えきれないかのように、黒い鞘自体が鈍く赤い光と熱を放ち始めている。そしてゆっくりと静かな動きで鞘から刀を数センチだけ抜き、超能力者の火炎を纏った刀身をわずかに閃かせた。
彼女が超能力者の炎を纏った刀を抜くまでの間、隣の浅垣もまた機械剣ペンホルダーを構える。その複雑な機構は、カートリッジに充填されたエネルギーを少しずつ消費することで強力な魔法弾を射出できる。しかし乱発すればオーバーヒートしてしまうため、エネルギーを温存し再充填を完了させる意味でも彼はここまで銃に頼ってきた。そして、温存してきた切り札を切るのは今しかない。
決して素早くないゆったりとした動きで、滾る熱に耐えながら徐々に抜刀するコレット。彼女の為に時間を稼ぐべく浅垣は前へと躍り出る。
前方に掲げた機械剣の刀身を三つに分割させ、浅垣が持つ機械剣の本体を中心に魔力の電撃が流れる三角形のフィールドが形成。その上、三方向に分割したユニットからエネルギーを変換した青いレーザーが突進する龍へ照射される。
前に出た浅垣によるレーザー照射を受けてなお龍は勢いを失わず、数秒もせずに突破する。が、その数秒さえあれば十分だった。浅垣が背後を見ると、コレットはあともう少しで刀を抜き放つところだったのだ。額から汗を流し息を上げる彼女と目が合い、ただ頷く。長い間培ってきた信頼関係があるからこそ、二人は言葉をなしに息を合わせることもできる。
浅垣は三方向に分割していた機械剣を瞬時に連結させて飛び退く。同時に展開されていたフィールドが解かれ、食い止められていた龍が解き放たれる。機械剣の技巧や超能力者の炎すらものともしない勢い。だが、それらを一度に喰らえばどうだろうか。
肩で息をするコレットは顔から汗を噴きながらも、鞘から刀を抜こうとする。しかし緩慢な動作では足りないと考え、一度身を翻して無理矢理に勢いをつけた。火照り痺れた体から全身全霊の力を振り絞り、
「……さっきの、お返しっ!」
灼熱の刀を熱風と業火と共に抜き放つ。いままさに鍛え終えたばかりの如く、生命の刻み込められた熱を帯びる真の刃を。
飛び退いた浅垣は膝をバネにし、連結させた機械剣を再び大ぶりに斬り払う。先ほどの抵抗でカートリッジの残量は少なく、オーバーヒートしかけていたがそんなことは気にせず。彼は機械剣に充填された全てのエネルギーを渾身の一撃にかけた。
二人から放たれた──赤い灼熱の居合と青い極限の斬撃──その一撃は、十字に交差し龍の頭部にあった黄金の角を切断。超能力者の一撃によって飛膜を裂かれた時以来の深傷を負い、龍は全身を震え仰け反らせて怯んだ。
さらに、上空にいた澪は空間に描いた剣の星座を握り込む。浅垣とコレットが作り出したチャンスを見逃さず、光の剣を携え龍を真下に捉える。
「はぁっ!」
彼女は垂直に急降下し背中へ斬りかかる。真っ逆さまに落ちる澪はバランスを崩していた龍の背中へ剣を突き刺し、そのまま体重をかけて龍の重心を奪い去った。剣を手放し彼女が勢いを殺して地面で受け身を取ると、龍は雄叫びを上げて倒れ込む。
膝をつき刀を燃やした炎を杖に戻し息を整えるコレットも、オーバーヒートした機械剣を手にした浅垣も、衝撃波に顔を庇っていた桜井もその様を見ていた。
そして。
「今よ!」
澪の言葉を合図に、体勢を立て直した桜井はすぐさま龍と距離を詰める。龍の胸部を目掛けて。鱗に覆われているが、やはり接ぎ目が見て取れる。その接ぎ目の奥、体内の核を目掛けて桜井は剣を構えた。
「受け取れっ!」
力の限り、体重を乗せて剣を突き出し鱗の接ぎ目へ向かって放つ。桜井の手を離れた剣は見事に鱗の接ぎ目へと侵入すると、体内の核へ突き進む。剣は核を斬り付けるも、貫くことは叶わず。桜井の剣は逸れて回転しながら体内を突破。体内から飛び出た剣は、ちょうど先にいた浅垣が器用にキャッチする。浅垣は剣を一旦空中へ放り投げると、槍投げの体勢を取って落ちてきた剣をキャッチし勢いよく投げ飛ばす。
「これはおまけよ!」
加えて、縦回転をする桜井の剣にコレットが超能力者の杖を振るって炎を弾く。魔法の炎を受けた剣はそれを纏い、龍の体内へ。二度目の接近で、炎を纏って回転する剣は核を捉える。両断する形で斬り付けられた核はついにその形を乱す。二度目の通過を終え、体内から飛び出した剣を今度は澪が捕まえる。
「これで最後!」
さらに、澪は剣を振って構え直すと再び剣を投げた。澪の魔力によって制御された剣は回転することなく一直線に軌道をなぞる。龍の体内へと戻った剣は今度こそ核を貫く。勢いを殺さず鱗を内側から破壊した剣は、桜井のもとへ。彼は手元に来た剣を掴み、刀身に残る魔力を落とすようにして剣を振り払った。
一度ならず二度ともいわず三度までもの斬撃を核に受け、龍は咆哮を上げて力なく倒れ込んだ。核を破壊されたせいか、龍の肉体を覆っていた鱗は徐々に崩れ始めていく。
「終わったか?」
上がった息を整えながら言う桜井。彼の予想に反して、龍の肉体が消滅することはなかった。
未だ止まらない魔胞侵食によって雑草の蔓延る周囲を照らす、魔力の火が灯された石灯籠。そこから火が抜き取られ、龍の体内へ巡っていく。四方八方、プラザ内で明かりとして使われる石灯籠から、龍は間接的に魔力を吸い上げているのだ。
「これは、再生してる……?」
澪の予測通りだった。
『先輩、聞こえますか⁉』
蓮美からの通信に、桜井は耳を傾ける。
『天の川から吸い取った魔力を失ったことで、龍は生命を維持するために魔力を求めています! プラザにあるコンデンサーは無尽蔵に魔力を供給しているので、格好の餌です! コンデンサーをシャットアウトしない限り、完全に倒すことは難しいかと……』
離れた位置にいる浅垣とコレットも、通信を共有回線で聞いていた。
「……もしコンデンサーをシャットアウトすれば、周辺地域に魔力の供給がなくなってインフラが完全に麻痺するわよ」
コンデンサーはいわば魔法のブレーカー。ラストリゾートはライフラインの全てを魔力に頼っている。その魔力を供給するためのコンデンサーをシャットアウトすれば、周辺地域で停電や通信障害が起きることは避けられない。しかし、そうすれば龍の蘇生を防げるだけでなく魔胞侵食も食い止めることができるはずだ。
「あぁ。だが迷う時間もない」
DSRは魔法に関連する事件に対応するスペシャリスト。であるならば、活動の中で厳しい選択を迫られることもある。それを選び抜いてこそ、彼らは仕事を遂行できるのだ。
蓮美からの通信を聞いた桜井が、浅垣のもとへ駆け寄る。
「なぁどうする?」
指示を仰ぐ桜井に、浅垣は簡潔に命令した。
「コンデンサーをシャットアウトする」
桜井に続いて合流していた澪が口を開く。
「ちょっと……それ本気で言ってるの?」
彼女は自分の耳を疑うように聞き返す。無理もないだろう。一時的な閉鎖であるロックダウンとはわけが違う。浅垣の命令は、生活に欠かせないライフラインを停止させろと言っているようなものなのだから。
「これ以上戦っても埒が明かない。そうするのが妥当だな」
澪が動揺する一方で、桜井は躊躇いもなしに浅垣の提案に賛同した。浅垣の命令に従っているだけとすればそうだが、桜井は戸惑いも迷いもしていない。
しかし難しい局面において、澪は彼らのやり方に口を出すことはできなかった。
『現在、コンデンサーは魔法生命体の核と共鳴している影響で、非常に不安定な状態です。通常であれば核には近づくこともままならないですが、今なら銃弾一発だけでも破壊には十分なはずです』
蓮美の説明の通り、シャットアウトすると言っても特定の手順に従うのではなく単純に破壊するだけ。だがその単純な行為には、釣り合わないほどの重責が伴う。
「桜井、お前が行け」
それを背負う役を任されたのは、誰でもない桜井だった。
なぜ自分が選ばれたのか。なぜ桜井よりエリートである浅垣が自ら行かないのか。
大役を任せてくれるほど信頼されているからだろう。いや、あくまで上司として試しているのかもしれない。
逡巡するのは簡単だ。だが桜井にとって、理由や言い訳は不要。
「……了解」
こうしている今も、龍の核は魔力を吸い上げて再生を続けている。完全に葬るためには、一刻も早く供給源──コンデンサーをシャットアウトしなければならない。
「急いで桜井くん! ここはあたしたちに任せておいて」
コレットと同じく、浅垣も澪も言わんとしていることは同じ。
「頼んだ」
やりとりを終えた桜井は覚悟を決め、コンデンサーのある方へ急ぐ。
彼が通り過ぎると、倒れていた龍が浮力を失ってなお咆哮を上げる。上体を起こせるまでには回復を終えた。まだ再生は不完全だが、じきに体を覆う鎧や浮力も再生していくだろう。
プラザ内にはもう観光客の姿はなく、緑に覆われた廃墟と化している。それでも、これ以上暴れられては被害が拡大してしまう。ここで食い止めるためにも、浅垣たちは武器を構える。再生する龍は、立ちはだかる者を蹴散らすべくその口に強大なエネルギーを溜め始めた。
『桜井先輩、プラザ内付近の全ての魔力が一点に吸い寄せられています! まるでブラックホールを作っているみたいです……このままではプラザ内だけでなく周囲のセクターごと吹き飛んでしまいます! 先輩、コンデンサーのシャットアウトを急いでください!』
ラストリゾートの生命線でもある魔力を自身のエネルギーに利用して、ブラックホールを生もうとする。魔力に頼って生活してきたことを後悔したくなる状況に、桜井は唇を噛んだ。まさしく、あのレリーフが伝えようとしていること。それが、この後悔の感情なのだろうか。
龍と戦っていた場所から離れていないことも幸いし、桜井はすぐにコンデンサーへと到着する。コンデンサーが抱える魔力の果実を見上げ、桜井は腕時計を操作しペアリングしたハンドガンを召喚。その引き金を引けば、周囲の地域のライフラインである魔力が絶たれてしまう。生活に必要な魔力が消失することで出る被害は想像もつかないが、全て破壊されることと天秤にかける。
「思い通りにはさせない」
そして、桜井は躊躇なく引き金を引いた。撃ち出された魔力の弾丸は空を突き進み、一瞬でコンデンサーの太陽の如き核に命中。途端に火花を散らし音もなく分解されていく。
桜井の周囲でも、変化はあった。灯されていたはずの石灯籠からは火が消えてしまい、プラザ全体が暗闇に包まれる。それも、プラザに限った話ではなかった。N3セクターはもちろん、隣接するN2セクターやS3セクターの一部地域においても、魔法障害が確認された。
DSR本部司令室、ディスプレイに表示されていたラストリゾートの地図。N3セクターを中心に魔法障害の文字が浮かび上がり、地区全体の活動が停止したことを指し示している。
桜井の腕時計も魔力をエネルギーに駆動している。それでもまだ動いているのはバッテリーのおかげだが、蓮美との通信はもう繋がらない。魔法障害により、魔力によるネットワークが遮断されてしまっているのだ。
その頃、魔力を吸収していた龍にも変化があった。あまりの力と光の強さに立っているのがやっとだった浅垣たちも目を開ける。
肉体の再生よりも、魔法の発動を優先していた龍。口には魔法陣が生まれ、周囲の石灯籠から魔力を吸い上げることで強大な魔法を発動させようとしていた。周囲には溢れ出した魔力の奔流が吹き荒れ、浅垣やコレットも膝をつくほどの規模。しかし、魔力の供給がなくなったことで龍に集まっていた魔力も失われ始めていた。もし肉体の再生に回されていれば再び脅威となり得ただろうが、龍はもがき苦しむように消滅していった。
「今度こそ終わったのか?」
コンデンサーを遮断させた桜井が戻ってくる頃には、龍は既に息絶えた後だった。
「おそらくは、な」
桜井の問いかけに、浅垣が答える。と、
「いいえ」
滅びゆく龍を見つめる澪。彼女はそれから目を離さずに言った。
「まだ終わりじゃない」
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