第3章第10節「誰が為の代償」

 その頃、エクリプスタワーから地上へ降りた桜井とコレットも、坂道を上がって龍が宙を舞う光景を目の当たりにする。目を疑いたくなる龍の姿は、大海を悠々と泳ぐシャチやサメのようにも見えた。そんな龍が起こす魔力の奔流は建物を次々と崩壊させていく。

「おい嘘だろ……」

 桜井達が部屋を借りたばかりのネビュラホテルの看板を破壊した龍は、現れた二人に気づくなり魔力を纏って突進してくる。受け止められるかも避けられるかも分からないが、桜井は焦りながら剣を構えた。と、彼の隣にいたコレットが持っていた杖を振って前に出る。

「どきなさい!」

 桜井に言ったとも龍に言ったとも取れるが、とにかく彼女は杖を正面に回転させて魔法陣を作り出す。炎を帯びた魔法陣などものともせずに突進する龍は、魔法陣を食い破ろうとする。コレットは杖が作る魔法陣に亀裂が入り始めたのを見て、一瞬の内に思考を巡らせた。彼女は杖を止めてすぐさま右手を腰へやると、触れたベルトが光りペアリングされた得物を召喚。突如として現れた鞘から刀を引き抜き、空間に残された魔法陣ごと龍を斬ったのだ。

 流石に効いたのか、龍は軌道を逸らして上空へ逃げる。その拍子に鞭のようにしなった尻尾が桜井とコレットを弾き飛ばす。衝撃で、コレットは杖と刀を手放して気絶してしまう。

「コレット! ……ちくしょうッ」

 桜井が痛みを堪えて上体を起こすと、龍が空中で翻ったのが見える。

 龍は空中で静止すると角の生えた頭部を掲げ星空に咆哮を上げた。するとラストリゾートの上空に輝いていた天の川の光が龍に向けて吸い寄せられていく。まるでブラックホールのような現象は星々の光や星雲の輝きも、夜空の光の全てを捉える。そうして天の川を飲み込み、夜空に輝く唯一無二の光となった龍は太陽の如く燦然と輝きを放った。

 天の川を喰らう。前代未聞の現象にラストリゾート中の人々が闇に包まれた夜空を見上げる。

 空から光を奪われた絶望的な状況下。唯一の光を放つ龍を見上げていた桜井は、その時確かに見た。

 漆黒の闇に包まれた空を引き裂く、虹色に煌めく流星を。

「……!」

 流星と相対する龍は、その光すらも飲み込まんとする。もはや視界に捉えるだけで痛みを与える光を放つ体をうねらせ、凄まじいブレスを放つ。ブレスはそれ自体が天の川のように光るが、流星はその中を泳ぐように突き進む。そして勢いを止めることなく、太陽光を放つ龍へ衝突。空中で一閃された龍はよろめき、光を翳らせて地面へと墜落していく。太陽と化した龍を落とし、虹色の光を纏った超能力者は桜井の前へ優雅に着地する。

「君は……」

 桜井が立ち上がると、墜落した龍はもがきながらも再び浮かび上がる。龍は体のヒレを揺らめかせているが、飛膜のほとんどが先ほどの衝撃で引き裂かれるなどしてしまっている。今は浮力を起こすのがやっとの様子だ。

 それを見て、桜井は超能力者――――暁烏澪の隣に立つ。

「話は後だ。とにかく今はあいつを倒すために、君の力を貸してくれ」

 対して、澪はほんの少し桜井の方へ視線をやった。彼女はすぐに龍に視線を戻して言った。

「いいわ」

 桜井と澪が対峙する龍は威嚇するように咆哮を上げる。澪の一撃によって太陽の如く光は剥がれ落ちたが、再び魔力を纏い始めた。以前ほどの輝きはないにしろ、十分に脅威となり得る力強さだ。

 先に動き出したのは超能力者である澪。目に見える武器は持たずに駆け出すと背中に魔力の翼を羽ばたかせ、龍の顎から放たれた光線を避けつつ空へ飛び上がる。彼女はヒレを持たない代わり、背中に集めた魔力で翼の如く星座を描き浮力を得ているようだ。そして彼女は手に赤と青に煌めくエネルギーを生み出し、龍へと撃ち出して攻撃する。

 その間、地上の桜井は光線による爆風を振り払って突撃すると、剣で胴体を狙う。周囲には魔力の刃が生み出されて桜井を阻害するも、彼は刃を難なくいなす。刃は一つだけではなく、次々と襲い来る。桜井はいくつかを剣で弾き、時に体をきりもみ回転させて避け走り続ける。彼は一際大きく飛び上がると、浮遊する龍の胴体を斬り付ける。

 胴体をベールのように包んでいたヒレが裂かれ、鱗には脆い継ぎ目があるのが分かった。継ぎ目からは光が漏れ出ていて、体内にある核と思しき部分が見える。

「ちゃんとサイズ合わせしとくんだったな」

 桜井は剣を露わになった鱗の継ぎ目に突き立てる。悲痛の咆哮を上げる反応を見るに、効いているらしい。

 空を舞って次から次へと魔法攻撃を浴びせていた澪は地上へ立つ。そこへ龍が口から青い炎を放つ。着地の隙で反応が遅れた澪は、正面からブレスを受け止めザザザッと靴底を滑らせる。

 また、龍は体を捻って尻尾を動かし、胴体を攻撃していた桜井を振り払う。胴体から吹き飛ばされた桜井が地面を転がる。彼は咳き込みながらも足元に剣を突いて踏ん張ると、

「桜井!」

 遠方から駆けつけて来たのは浅垣だ。大丈夫だと手をかざして合図を送り、浅垣は近くで倒れているコレットのもとへ急ぐ。

「おいしっかりしろ」

 コレットを起こし肩を掴んで声をかけると、

「ん……あたし、まだ生きてる?」

「死なせはしない」

 若干うつらうつらとしているが、意識は戻ったようだ。投げ出された地面が魔胞侵食によって草が茂り、クッションになっていたおかげか目立った傷もない。

 浅垣はコレットに手を貸して立ち上がらせると、龍の方を見る。

 超能力者である澪は距離を保ちながらエネルギーを駆使して戦い、桜井は龍の注意を引いて攻撃を避けながら相手をしている。

「かなりマズそうね」

 コレットの言う通り、何か決定打を考えない限り打ち倒すことはできないだろう。

 もちろん、桜井も同じことを考えていた。

「なぁ、何か考えはあるのか!?」

 龍が放つブレスや下半身を用いたなぎ払いをジャンプで避けつつ、彼は近くに来ていた澪へ問いかける。

「私がこいつをもう一度転ばせるわ。あなたはその隙に胸の奥にある心臓を狙って!」

 彼女が言っているのは、龍の飛膜と鱗に覆われた胸の内側で輝く核のことだ。コンセントの内側にあった核と似たそれを攻撃できれば有効打になり得るかもしれない。

「それで倒せるかな?」

 半信半疑に、桜井はもう一度だけ問いかけた。

「……可能性がないなら作るまでよ」

 アンドロメダプラザで魔法の龍と対峙する。こんな状況にもなると、桜井にとって彼女の一言はとても頼もしいものに思えた。

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