第3章第9節「誰が為の代償」
「さぁこっちだ! 急げ!」
アンドロメダプラザは天文台であると同時に有名な観光地でもある。つまり、都市部と比較しても引けを取らないほどに人々が大勢集まる場所だ。そんな場所にレリーフが出現すればどうなるか。逃げ惑う人々の中から大勢の犠牲者が出てしまう。それを防ぐために、桜井よりも先に人混みに流され地上階へ降りていた浅垣は避難誘導を行なっていた。
レリーフの出現に伴って
上層と下層の二層構造になっているプラザは、下層側にエントランスがある。人々はエントランスに向かって逃げていて、浅垣は上層と下層の中間地点にいた。
そして舗装された地面を割って広がっていく草花。建物には蔦が絡まり始め、植物の成長を早送りにした光景があった。そんな中から、植物質の肉体を持った複数のレリーフが生まれ出る。レリーフは木の腕を伸ばして逃げる市民を捕まえようとするも、上からあっけなく切断された。
レリーフの前に立ち塞がったのは浅垣で、その手には腕時計とペアリングした得物が握られている。機械剣ペンホルダーと呼ばれるそれはDSR本部の前技術主任が開発した多様な機能を持つもの。彼が剣を構えると複雑な変形機構によって刀身が二つに分割され、回転式シリンダー状のカートリッジから魔力を放出する。青く発光するエネルギーはレーザーとなってレリーフを吹き飛ばすも、免れた別のレリーフはこちらへ突撃してきた。
対して、機械剣を再び変形させると純粋な剣に戻りレリーフと斬り結ぶ。だが力も技術も数枚上手、浅垣はあっという間にレリーフを怯ませてその首を落とした。
彼は機械剣を冷却させるために排出された煙の具合を見てから、腕時計に触れて通信を起動する。
「蓮美、状況は?」
『現在、プラザのエントランスにはラストリゾート市警察が集結しています。DSR側も
ラストリゾート市警察『Gardens Police Department』、又の名を楽園守護局。本来の公安職である警察もプラザに集結し、エントランスにはDSRの装甲車によるバリケードが築かれている。DSRエージェントたちも彼らと連携し、市民の避難を急いでいる。蓮美の報告通り、その中には月城時成の姿もあった。彼はレリーフから逃げる女性の手を取り、彼女を庇うようにしてレリーフの前へ立つ。
「よし、ここは俺に任せな」
「あ……ありがとう」
「あぁお礼はいいって。君のような美しいお嬢さんに一目会えたことが────」
その時、人込みから男性が駆け寄ってくると、「なにしてる? はやく逃げるぞ……!」と女性を連れて行ってしまった。時成は苦笑いを浮かべつつも「気をつけてな!」と遠のく二人に声をかけ、指輪を光らせて出現した魔法剣を構えレリーフと対峙する。
ひとまず避難誘導は駆けつけた応援部隊に任せて、レリーフの対処をするのが得策だ。
「了解」
通信の間も周囲に残された人がいないか探し回りつつ浅垣は、コンデンサーへと向かう。蓮美が言うには、残りはコンデンサー付近に集中しているという。プラザの特徴的外景のひとつでもある石灯籠や天体望遠鏡は、既に草木に絡め取られている。市民達の中には護身用の武器となる魔具を所持している者もいるが、浅垣のように戦闘慣れしているわけでもない。一刻も早く向かわなければ、犠牲者が出るのも時間の問題だ。
『コンデンサーはラストリゾート内におけるネットワークを構築する上で、大切な電波塔としての役割を持っています。もしレリーフに占領されれば、プラザだけでなく隣接するセクターにも被害が及ぶ危険性があります。それだけは何としても避けてください』
コンデンサー付近では、逃げ回る住民達の中に子どもの姿もあった。少年は口を固く結び、辺りを見回している。と、少年は走っている大人に押されて、その場に転んでしまう。そんな彼に覆いかぶさる人影。人影は助けに来た大人ではなく、有象無象のレリーフだった。少年の目に映るのは、顔のないレリーフが剣を振り上げる姿。だが、その剣が振り下ろされることはなく、レリーフの肉体は塵となって消えていく。肉体を構成していた魔力の粒子が舞い散ると、そこには機械剣ペンホルダーを斬り払ったDSRエージェントの姿があった。
「大丈夫か?」
差し出された手を取り、少年は立ち上がる。
「ここは危険だ。早く逃げるんだ」
浅垣は膝を折って少年と目線を合わせて話すと、彼はコクリと頷きエントランスへ向かって走っていく。
小さな背中を見送ると、どこからともなく声を聞いた。
「なぜこんなことをしている? あの時犯した罪を贖っているつもりか」
立ち上がった浅垣は声のした横合へ目をやった。そこには四本の柱を構えたコンデンサーがあり、中心には虹色に煌めく魔力を抱えている。それはまるで小さな太陽のようで、周辺地域に魔力を供給する核として機能する。
そんなコンデンサーの上部を見上げると、桜井結都と瓜二つの姿をしたレリーフ──ユレーラの姿があった。
「罪を犯したとは思っていない」
浅垣の言葉を受け、ユレーラはため息を吐く。真下にあるコンデンサーの光に照らされた表情は、失望の色が見て取れた。
「今からでも遅くはない」
ユレーラはコンデンサーから飛び降りて地面へ着地する。彼が着地したのはコンデンサーの内側で、真上には虹色の魔力の核が蠢いている。そして、ユレーラは手に黄金の魔剣を喚び出して告げる。
「あの時のことを後悔させてやろう」
剣の柄を顔の前に掲げ、彼は数歩下がるとその剣を真上へとかざす。直後、ユレーラの足元に巨大な魔法陣が現れ、真上にある魔力の核が輝きを増す。太陽の如く輝くそれから魔力を吸い寄せた剣は、やがてユレーラの肉体を呑み込んでしまう。
凄まじい風圧と光に目を細めていると、コンデンサーから光が打ち出された。空に輝く天の川へと昇ったそれは光の膜を破って巨大な魔法生命体の姿を現す。星空に浮かぶ神々しい巨体はやがて回転しながら地上へと急降下。コンデンサーの手前へ目にも止まらぬ速さで舞い戻ったそれは、大きな体をうねらせてとぐろをまいて動く。
そして宙に漂ったそれは、胸元にコンデンサーの核と同じ煌めきを堪えて咆哮をあげた。
「こいつは……」
浅垣が圧倒されて見上げたのは、龍。そう形容するに相応しい魔法生命体は、唸り声を上げて顎を開くと青い炎を放つ。
「ぐッ……!」
放たれたブレスを正面から受けた浅垣は数メートルの距離を吹き飛ばされてしまった。
ゆうに三〇メートルはある龍は、青白く透き通った肉体を持った神秘的な姿をしている。頭には黄金の角を持ち、前脚はヒレのようになっていて、顎の付け根からは髭が伸びている。中でも特徴的なのは、全身の至るところから生えた飛膜。その姿は衣を纏っているかのように神々しく宙に舞う龍神だ。
龍は巨躯をうねらせて空中へ飛び出すと、プラザ内を縦横無尽に飛び回り始めた。体表に纏った魔力の奔流が建物や道に傷をつけながら。
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