第3章第8節「誰が為の代償」

「私はゼベット・レヴェナント。そう、魔導工房レヴェナントのCEOを勤めている男だ」

 沸き起こる拍手を浴び、ゼベットは深々と頭を下げる。一連の流れが、魔法品評会の幕開けを示す。

「早速我が社の製品のデモンストレーションに移りたいところだが、最初に申し上げておこう」

 焦らすかのようにして、彼は人差し指を立てて念を押す。

「私がこの場を設けたのは、愚かな罪人を告発するためでもなければ、淫らな交渉を締結するためでもない。我々のビジネスの場だ、それを御留意いただきたい」

 魔法品評会はあくまでも、開発した魔具のデモンストレーションだという。が、実際には披露された魔具は後に得意先へ売り込まれるらしい。確かに、開発した魔具を単に売り渡すよりも大勢に披露した方が、企業と技術のアピールになり発注に繋がるだろう。

「だがこれ以上の前置きは諸君には酷というものだ。私も焦らされるのは好きでないものでね」

 では、とゼベットは繋げる。

「我が社が実現する本当の魔法をご覧に入れよう」

 パチン、と指を鳴らす。舞台袖から運び込まれるキャスター付きの台。その上には、光沢を放つ細長い杖が置かれていた。

「諸君は『超能力者』と呼ばれる存在を知っているだろうか」

 ゼベットが杖を手に取り、頭上へ掲げる。杖の先端には歪曲した意匠があり、鋭く尖った杖は槍としても扱えそうだ。そんな意匠に沿って魔法陣が浮かび上がると、杖に炎が灯った。

「彼らは魔法産業革命以前から存在し、魔具を使わずして生身で魔法を操った。その原理は長らく未知そのものだったが、魔導科学は遂に彼らの謎を解き明かそうとしている」

 灯火を宿した杖を手に、ゼベットは豪語する。

「この杖はその魔導科学の叡智が編み出した魔装。世界に九人いる超能力者の内が一人、フィニクス・アルバーシュの力を再現した代物だ」

 言って、ゼベットは杖を振り天井へ火を放つ。放たれた火は天井に炎の魔法陣を描き出す。魔法陣からは火の粉が散り、観衆へ触れる寸前で消える。彼らは驚きつつも歓声を上げていた。後方にいた桜井達にも火の粉は飛び、顔を照らす熱に顔をしかめる。

「彼は炎を自由自在に操ることができた。この杖を握れば、誰もがその力を得ることができる。このまま諸君らを焼き尽くすことだって……こんなふうに」

 ゼベットがもう一度杖を掲げると、天井の魔法陣が炎の渦となって流れ出す。それは会場内を大蛇のように駆け巡り、消されていた照明を掠めると光を灯した。会場を席巻する炎の大蛇に身構える桜井だったが、浅垣がそれを片手で制す。目の前で暴れる炎をよく観察してみると、杖によって制御された炎は決して観衆に危害を加えることはない。次々と室内の照明を点灯させていったゼベットは、高らかに笑いながら杖を振るう。

「ハハハッ! 所詮は超能力も、魔法によって再現できる技巧に過ぎない!」

 杖の動きにならって流れる炎の渦は室内全ての照明に明かりを灯し、ゼベットのいるステージへと雪崩れ込む。炎に呑まれたように思えたゼベットだったが、彼は杖を使って炎の竜巻を自らに纏わせていたのだ。やがて、炎の竜巻は光を放つ杖へと戻っていく。凄まじい勢いの炎を完璧に操って見せたゼベットは、未だ空間に漂う火の粉を眺め満足げに深々とお辞儀をする。

「魔法の母たるユリウス・フリゲート卿に多大なる敬意を表する。そしてこの炎が哀悼の灯火となることを祈って」

 桜井たちも思わず身構えるほどのデモンストレーションは大成功。拍手喝采に盛り上がる会場だったが、桜井の目は確かに異変を捉えた。いや、その場にいた誰もがそれを目撃した。

「そもそもの話をしようか。魔法とは未だ解明されていない科学技術に過ぎない。現にこうして科学は超能力を再現してみせたのだ。過去の我々から見れば、これは偉大な魔法なんだ。木や石で火を起こしていた時代からすれば、ライターだって立派な魔法になることと同じように」

 ステージ上に舞い散る火の粉。それは杖によって完璧に制御されていた。ゼベットの背後に火の粉が集中していくのも、デモンストレーションの一環。観衆の誰もがそう信じていた。

 しかし、それは間違いだった。火の粉はゼベットの背後で何かを形作り始める。それは骸骨となると、やがて肉体と皮膚を生成していく。ゼベットが気付いて振り返る頃には、それは人間としての形を整えていた。

「お前は……?」

 突然のことに動揺するゼベットを見て、会場に招かれた人々はようやくそれがデモンストレーションの一環でないことに気づく。が、既に遅かった。

 次の瞬間には、レリーフ──ユレーラはモノクロの火花から黄金の魔剣を喚び出して振り抜く。ゼベットの肩が斬り裂かれ、ステージに飛び散ったのは赤い血。

「くそッ」

 桜井が駆け出すのと、大勢の悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。逃げ惑う人々の波とぶつかり、思うように前へ進めない。そうしている内に、人混みの間からステージの上がチラつく。

「あれをどうするつもりだ……それ以上近づくなッ!」

 ユレーラからの斬撃を肩に受けて倒れ込んだゼベットは、尻餅をついて徐々に追い詰められていた。そこで彼は力を振り絞って杖を振るい、ユレーラに向けて火球を放つ。超能力者の力を再現する杖から放たれたのは隕石のような火球。触れるものさえ溶かしてしまう火球を前に、ユレーラは逆手に構えた剣を使うでもなくただ右手を振るう。右手に弾かれた火球は会場の壁へ衝突。壁は音を立てて崩落し、星空の輝く外へ続く大穴を穿つ。幸いにも、近くを逃げていた人には当たらなかったが、瓦礫の大半は外へ放られ地上へ落下していく。

「そんな馬鹿なっ」

 魔法を素手で弾かれ困惑するゼベット。ユレーラはゆっくりと彼へ歩み寄ると、容赦なく剣を突き立てた。胸を刺し貫かれる痛みに杖を手放し、ゼベットは間もなく絶命する。彼の着こなしていた白いスーツは、溢れ出す血で真っ赤に染められた。

 その時、人混みを抜けた桜井は剣を呼び出してステージ上へ駆け上がる。ゼベットを殺害したユレーラの首を狙って剣を振り抜く。

「そこまでだ!」

 直後、桜井の腕に伝わったのは、ユレーラの首を斬り落とす感覚ではなく重い金属にぶつかる振動。

「ッ!?」

 驚くのも束の間、桜井の剣はもう一本の半透明の剣と交差していた。見れば、そこにいたのはリニアラインの駅で出会ったあの超能力者──暁烏澪。彼女も驚いた顔をしてこちらを見つめていたが、すぐに虹色の光を帯びた剣を解くと駆け出す。

 どうやら火花になって二人の攻撃を避けたユレーラは、ゼベットから放たれた火球を弾いて破壊した壁から外へと逃げ出したらしい。澪はその後を追うようにして、躊躇いもなく外へ身を投げた。桜井も彼女の後を追おうと駆け寄るが、その間際に来て慌てて足を止める。

「おっと……!」

 ここは十三階という高さで、地上までは五十メートル以上。このまま壁に開いた穴から飛び降りたとして、DSR支給の靴でも耐えきれるかは運と実力次第になるだろう。流石というべきか、超能力者らしい彼女は高さをものともしないらしい。

 立ち往生していると、腕時計が着信を知らせる。相手は浅垣だ。腕時計に触れて人差し指と中指を立てるとホログラムが覆って受話器となり、耳元に当てて報告する。

「まずいことになったぞ。俺のドッペルゲンガーがゼベットを殺して逃げた。でも超能力者の彼女がいて、今もあいつを追っかけてる」

『地上にもレリーフが現れてる。おそらく、ヤツも遠くには行ってないはずだ。お前も早く地上に降りてこい。ゼベットは諦めろ』

 いつの間にか地上に降りたらしい浅垣からの報告と命令。大方逃げ惑う人の流れのまま地上へ降りたのだろうが、事態の規模は桜井が思っているよりも大きく拡がりつつあるようだ。

「了解」

 通信を切ると同時。

「桜井くん!」

 コレットの呼び声に振り返ると、会場にレリーフが出現していることに気づく。と言っても、桜井に似たレリーフ──ユレーラはいない。月城財閥の屋敷前でも見た、有象無象のレリーフだ。ゼベットのSPと思われる男達が魔法銃で応戦しているが、あまり効果が見られない。よほどの重火器でない限り、銃は魔法で防がれてしまうため有効打になりにくい。魔法産業革命後に剣が台頭したのは、魔具強度による力比べや技量で差が出やすいため。DSRではそうした理由もあって銃はサイドアームに過ぎず、剣がメインの武器になっていた。

 桜井は剣を構え直し、接近してくるレリーフを見据える。間近でみると目鼻口のない不気味な顔をしており、挙動も操り人形のようにぎこちない。とはいえ自分と同じ姿をしているより何倍もマシだ。

「まずはこっちを片付けるとするか」

 言葉を合図に、レリーフが桜井へ斬りかかる。刃状の腕を振り下ろすレリーフの斬撃を、桜井は剣をあてがって軌道を逸らす。体勢を崩したレリーフを桜井は後ろ蹴りに突き飛ばし、先ほどまで自身が覗いていた壁に開いた穴へ落とす。

「じゃあな」

 一方のコレットは、ゼベットの遺体のそばで屈む。落ちていたのは、ゼベットがデモンストレーションに用いたばかりのあの杖だ。

「借りるわよ」

 杖を拾ったコレットは、彼がしていたように杖を掲げる。すると杖の先端に炎が灯り、力を蓄え始めた。彼女が杖を振るうと魔法陣が形成され、炎が弾丸となって放たれる。まるで流星のように煌めく炎はレリーフへ直撃し、肩や手といった部位を消し飛ばす。続けてコレットは杖をバトンのように数回振るうと、スーツの男を襲っていたレリーフの注意を引く。レリーフは一気に距離を詰めると、コレットへ剣を振りかざす。

「うふふ、杖だからって近づけば安全だと思った?」

 対して、コレットはそれを軽く避けると杖を槍のように突く。杖でレリーフを突き刺し、そのまま横へ薙ぎ払う。炎を纏った杖は肉体を裂くだけでなく塵へと焼き尽くしてしまった。

 そうして瞬く間に会場内のレリーフを殲滅した桜井とコレット。二人の活躍を見ていたスーツの男は力なく礼を言う。

「た、助かりました」

「ほら、これあげるからあなたも早く逃げたほうがいいわ」

 コレットがスーツの男へ持っていた杖を渡すが、彼は拒むように杖を返す。

「使える人が使ってください。私はこのまま、タワーに残っている人の避難誘導に向かいます」

「そう……?」

「はい、あなた方もお気をつけて」

 係員の男から杖を渋々受け取るコレット。

「それじゃあ行くぞ。地上にも、ヤツらが現れてるらしい」

 桜井とコレットは会場を後にして地上へと向かう。

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