第3章第7節「誰が為の代償」

 タワー内のロビーはかなり豪華な作りになっていた。また、ここも外と同じように照明に電気ではなく火を使っているのが特徴的だ。エネルギーとして用いられているのは同じ魔力とはいえ、電気と火では明るさに差が出る。若干の薄暗さを感じるが、逆に心地良い明るさのようにも思えた。オレンジ色という暖色が、余計にそう思わせているのだろうか。一緒にいる浅垣やコレットも、どこかいつもとは違う雰囲気を纏って見える。

 ロビーを通され、大型のエレベーターへ案内される三人。彼ら以外に乗り込む人はいない。

「俺たちで最後かな?」

「かもな」

 腕時計で時間を確認すると、十九時まであと五分か十分といったところだ。

「それにしても、外から見たら真っ暗だったけどちゃんと明かりはついてるんだな」

 エレベーターに乗って退屈になった桜井は、ふと疑問を口にする。

「どうしてエクリプスタワーっていうか知ってる?」

 すると、隣にいたコレットがそんなことを聞いてくる。

「なんでかな?」

 面白い冗談も思いつかず、彼は素直に首を傾げる。

「アンドロメダプラザは星を観るための場所。そんなところに高い建物があったら雰囲気を壊しちゃうでしょ? だから、このタワーは一切の光を外に漏らさないように魔法が施されてるの。常に光を覆い隠す皆既日食の状態にあることに因んで、エクリプスタワーって言うのよ」

「道理で外からは明かりが見えないわけだ。浅垣は知ってた?」

「当然だ。前にも来たことがあるからな」

「へぇ……」

 あまり面白くなさそうな桜井。知らなかったのは自分だけらしい。

 コレットから豆知識を聞いたところで、ランタンに照らされたエレベーターは十三階へ到着。扉が開き、待ち構えていた関係者に「こちらへ」と案内される。そして大扉が開かれると、大勢の人々が詰めかけた会場が広がっていた。

 桜井たちが中へ入ると、大扉が閉められた。前方にあるステージから扇型に広がる空間には、複数の丸いテーブルが並べられワイングラスや小皿が乗せられている。小皿にあるのは魚介類や肉などのバリエーションに富み、量こそ控えめだが豪勢な盛り付けだ。

「ん~、実に見事な味だ! 魚を食べたのは四年前、月城財閥の宴会に出席したぶりだが、またこうして海の幸にありつけると思うと感慨深いものがありますな」

「まったくです。美味もさることながら、今や絶滅に瀕してしまった魚介類を食べる、この背徳感こそが至上の調味料なのは言うまでもありません」

「あらあら、さすが日頃から食べられるお方は舌が肥えているようですね。ふふっ。それにしても、このご時世では魚肉を買い取ることでさえ一苦労だというのに、社長はいったいどのようなルートを使って仕入れているのやら」

 料理を囲み談笑しているのはタキシードに身を包んだ男や、セクシーなドレスで着飾った女性たち。ほかを見渡しても一般人と呼ぶにはかけ離れた装いの者ばかり。それもそのはず、大多数はレヴェナント工房のVIPか、魔具を取引する関係者なのだから。

「俺たちみたいなDSRはお断りかと思ったけど、意外とすんなり入れたな」

 桜井達は後方の比較的空いているスペースで、小声で話す。

「彼らは分かってて招いてるんだ。実業家も指名手配犯も関係ない。この場に限って争いは禁物。そういうものだ」

 言うなれば、ここは仮面舞踏会。魔法犯罪に手を染めるテロリストも、業界におけるビジネスマンも、ここでは敵意を持ち込まずに集う。あくまでもレヴェナント工房が設けたビジネスの場、ということなのだろう。

 居心地の悪そうな桜井は、場内にいたある人物を見ながらため息を吐く。

「まさかネクサスのお偉いさんまで来てるとはたまげたね」

 そこにいたのは桜井よりも二回りは大きい肥満体型の男性。エミール・ガスクェットというその人物はテレビなどでも見かけられ、桜井だけでなく誰もが知る人物だった。

「造園理事会統括か。ここじゃ常連だろう」

 常連という言葉を聞いて浅垣の顔を見る桜井だったが、すぐに驚きは霧散した。彼の脳裏に浮かび上がった答えは、コレットが桜井を宥めるように読み上げる。

「相手はレヴェナント工房よ? 世の中はお金と権力が全てなの」

 魔具を開発するという技術において、レヴェナント工房は元祖であり最先端。強力な魔具を狙うテロリストはもちろん、楽園政府の人間が集まることは納得だ。ただ異様なのは、本来は対立する者達が談笑していること。

「……」

 それが魔法社会を成り立たせる上での必要悪──ビジネスであることを理解できる。納得しながらも、桜井は腰に手を当て呆れ気味に首を振った。

「コレットか?」

 と、ワイングラスを片手に声をかけてきたのは、スーツを着た茶髪の男だ。わざと崩した着こなしを見るに、いかにもブラックマーケットに一枚噛んでいるといった印象だ。胸元からはサソリを模した刺青が覗いている。

「あら、ガルシアじゃない」

 ガルシア・スノウは、桜井と浅垣の二人には目もくれずコレットに近づく。

「久しぶりだな。こんなとこに何しに来たんだ?」

「仕事で来てるのよ」

「そりゃ奇遇だな、俺もだ」

 大げさな身振りを取って笑うと、ガルシアは手に持っていたワイングラスをくゆらせる。

「飲まないのか?」

「生憎ね。二人ともあまり飲まないから」

 しれっと桜井と浅垣のことに触れる。単に巻き込んだ風にも取れるが、二人が仲間であり一人でないことを知らせるためだ。

「ふむ」

 ガルシアは指を鳴らして近くのウェイトレスを呼ぶと、ワインを持ってくるように指示する。そして彼はようやく桜井と浅垣に目配せする。

「それにしてもボディガードに男二人も連れてくる必要もないだろう? ここじゃ誰も手出しはしない。たとえお前みたいな美人が丸腰でいてもな」

 暗に二人が邪魔だとでも言いたげなガルシア。隣にいる桜井は何か言い返そうと考えたが、先にコレットが腕を組んで言う。

「失礼ね。逆よ、逆。あたしが二人のボディガードなの。彼ってば、怖がりだからあたしが守ってあげないとね」

「ふん、相変わらず小賢しい女だな」

 彼女は誤魔化しを効かせて上手く立ち回って見せた。どこか忌々しげにため息をつく男とは、お互いのことを知った仲のようだが。

 先ほどのウェイトレスが真っ赤な液体の入ったワイングラスを持ってくる。それを受け取ったガルシアはニヤつきながらコレットに手渡す。彼女が断らないことを前提にした行動だ。

「せっかくだ。乾杯しよう」

「いいわよ」

 コレットは素直にグラスを受け取る。会場が用意したワインであるからには毒が入っている危険性もない。彼女は特に反抗する素振りは見せずにグラスを傾けた。

「再会を祝して」

 ガルシアの合図でカチンとグラスを合わせるとワインを口につける。ガルシアは残りを飲み干してしまい、コレットは一口に留めた。コレットがグラスに付着した口紅を手袋をつけた指で拭き取っていると、こんな問いかけを受けた。

「ところで、金盞花が捕まったって話は本当なのか?」

 桜井も知る、というより当事者に当たる話題。桜井は会話に混ざるべきか迷い、コレットの目を見る。ここで勝手に動くほど、未熟でもない。彼女は特に桜井を見ることもなく淡白に答えた。

「本当よ。あなたも気をつけたほうがいいわ」

「そうか……あの金盞花が」

 にわかには信じ難いといった様子のガルシア。彼の反応を見て、桜井は聞こえるように咳払いをした。

 まさか、逮捕した張本人が近くにいるとは思いもしていないだろう。コレットが桜井を巻き込まなかったのは面倒事を避けるためだが、桜井からすれば逮捕の事実を後ろ盾にできる状況。この会場において、桜井が唯一牽制できることである。ガルシアの素性がなんにしろ、桜井も何かしら圧をかけたいというのが本心だ。そんな必死のアピールが一つの咳払いだった。

 ガルシアは桜井と一瞬だけ目を合わせると、何度か頷く身振りをする。咳払いをどういった意味で解釈したか、桜井には分からない。

「まぁいい。ここはビジネスの場だ」

 言いながら、彼はコレットの手からワイングラスを取り上げる。すると飲みかけのワインをそのまま喉の奥へと流し込んでしまった。わざとグラスの向きを変えて、つけ口が重なるよう調節してから。

「目をつけられないよう、大人しくするこったな」

「お互いにね。縁があったらまた会いましょ」

 ガルシアは空のワイングラス二つを持って人混みの中へ去った。背中を見届け、桜井はコレットに小声で質問する。

「知り合い?」

 飲みかけのワインを飲まれても嫌な顔ひとつ見せなかったコレットは、思い出すように目を閉じて答えた。

「えぇ。少し前に潜入任務があってね。彼のせいであたしの変装がバレちゃったのよ」

「……へぇ、良いやつそうだな」

 DSRの職務上、ラストリゾートの暗黒街に触れる機会は多い。魔法品評会がブラックマーケットとしての側面を持つならば、顔見知りがいたとしても何ら不思議ではない。

「お前もその内分かるさ」

 浅垣が口を挟む。桜井が先輩から自分にはまだ早い話を聞かされた時の蚊帳の外のような感覚に浸っているその時だった。

 ゆっくりと会場の照明が落ちる。暗闇に包まれ人々がざわめくと、前方のステージだけがライトアップされた。そして舞台袖からは、純白のスーツを来た男性が登壇する。

 彼は、ステージの中央に立つと目だけを動かして観衆を一瞥した。

「紳士淑女の諸君、今宵はお集まりいただいたことに心より感謝を申しあげよう」

 スピーカーから発せられる男の声。

「本日、諸君に集まってもらったのは他でもない。我が社の新製品を……おっと、失礼。私としたことが申し遅れるところだった」

 仰々しい挨拶に、まばらに起きる笑い。望んだ反応に、彼は頬を吊り上げた。

「私はゼベット・レヴェナント。そう、魔導工房レヴェナントのCEOを勤めている男だ」

 沸き起こる拍手を浴び、ゼベットは深々と頭を下げる。一連の流れが、魔法品評会の幕開けを示す。

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