第3章第5節「誰が為の代償」

 一方、DSR本部で留守番を任された月城時成は、同じく残っている蓮美と話をしていた。

「君は現場に行かないの?」

 レリーフが別の場所で観測された場合に対応をすると言っても、レリーフが観測されない限りは退屈だ。特にすることもなく、月城の興味は自然と蓮美へ向けられていた。

「私は先輩たちのオペレーターですから」

 まだ高校生ほどの年齢の割にはしっかりしている。月城の印象は大方のエージェントが抱いているものと同じだった。蓮美は慣れた手付きでパソコンを操作し、時折空中のホログラフィックディスプレイに触れて作業を進めている。

「それに、魔法アレルギーなんです。だから、現場に出るのは禁止って言われちゃって」

 魔法アレルギー。いわゆる魔力と呼ばれているものを科学的に説明すると、魔導粒子ユレーナという素粒子に行き着く。魔導粒子ユレーナは特殊なエネルギーを放っていて、基本的に人体にこれといった悪影響はないとされている。しかし、過度のエネルギーは人間を死に至らしめてしまう。また、体質的に魔力に対して拒絶反応を示すケースもあり、皮膚の炎症や目眩、失神などを引き起こす恐れから魔法アレルギーと呼ばれている。

「そっか。この仕事なのに大変じゃないか?」

 DSRの仕事は魔法に関連する事件や事故の調査が主となる。月城に言わせれば、魔法アレルギーを持つ蓮美には向いていないように思えた。大気中に溶け込んだ魔力程度なら問題ないにしても、強い魔力に触れる機会の多い仕事のはずだ。

「そこまで重症じゃないですし、魔法を使わない限りは大丈夫です。せっかく魔法があるのに魔法が使えないのはちょっと悔しいですけどね」

 作業の手を止めて、蓮美はどこか遠くを見つめる。横顔は寂しげにも、誇らしげにも見えた。

「でも、私はこの仕事が好きですよ。世界で起きている超常現象を解明して、先輩たちの役に立てて。だから、大変なんて思ったことは一度もありません。むしろ、楽しいくらいです。えへへ」

 微笑み、蓮美は作業の手を動かす。彼女はまだ十七歳という年齢だ。見かけからは想像もつかないほどしっかりとした心構えを持つ彼女に、月城はすっかり関心の目を向けていた。

「しっかりしてるんだなぁ、蓮美ちゃんは」

「いえ。先輩たちのおかげですよ」

 蓮美の言う先輩というのは、桜井結都や浅垣晴人といった他のエージェントのことだろう。親しい関係性を築いているあたり、仕事をしてから長い付き合いなのは容易に想像がつく。

 そんなDSRの活躍といえば、デイリーレンダリングを始めとするメディアでも報道された一件があったことをふと思い出す。

「そういえばニュースで見たけど、あの金盞花を逮捕したんだって?」

 金盞花といえば、ラストリゾートの暗黒街に潜む闇の象徴。魔法犯罪はもちろん、魔具の密売や横領を行なっていた彼女は、月城財閥から見ても目に余る極悪人だった。財閥が管理するラストリゾート記念公園にも彼女は何度も足を運んでいる。

「はい。現在も留置所で取調を受けていると思います。ブラックマーケットの情報を洗い出すには良いチャンスですからね」

 金盞花は楽園政府ネクサスに指名手配されていた。同時に、ラストリゾートの暗黒街の立役者でもある彼女は、数々の犯罪の生き証人でもある。その身柄について簡単に処罰されるわけもなく、しばらくは取調が続くと蓮美は予測していた。

「あいつには俺も手を焼いてたんだ。さっき聞いたけど、今朝の大規模滅菌の原因もあいつが関係してるって話だろ? これで少しは静かになればいいな」

 どうですかね、と蓮美は先行きを憂う表情を浮かべる。

「金盞花はラストリゾートの中でもかなりの危険人物でした。彼女が捕まったことで、これを好機と見た他の犯罪者たちが台頭する可能性もありますし。暗黒街の頭領の首が変わることは以前もあったことですから」

 金盞花の背後には『コヨーテ』と呼ばれるテログループが存在する。リーダーである金盞花を失って、彼女を取り戻そうと動く可能性も捨てきれない。コヨーテ以外にも、彼女と敵対していたテロリストについての動向も警戒しておく必要がある。

「結局、リスクは付き物か。でもまぁDSRがいるなら安心だな!」

 冷静に状況を分析する蓮美とは対照的に、楽観的に物事を捉える月城。蓮美も、彼のペースに乗せられたのか頬を緩めて言う。

「そうですよ、先輩たちはすごいんですから!」

 桜井や浅垣のことになると、途端に彼女は自慢げになる。当然、彼らの他にもエージェントはいるはずだ。確かに、桜井は月城の魔法剣をいなして見せたが、他にどんなエージェントがいるのか。彼は純粋な好奇心で問いかけてみる。

「あの二人以外にも、強いエージェントはいるんだろ?」

 問いかけを受けた蓮美は少し考え、ゆっくり言葉を選ぶ。

「いますけど、彼女はシャンデリアの常駐警護任務に当たっているので離れられないんです。他の方も、別の任務に出ていて……」

 おそらく、月城のような外部の人間には言いふらせない情報もあるのだろう。

 でも、と蓮美は付け加える。今度は堂々と胸を張って。

「晴人先輩や桜井先輩、コレットさんだって負けてないんですから」

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