第3章第2節「誰が為の代償」

「魔導工房レヴェナントは、魔具を開発する世界最大の企業だ。ラストリゾートでも、彼らは魔具を売るために精力的に活動している。だが彼らが魔具を提供している経済は通常の市場だけじゃない。いわゆるラストリゾートの暗黒街、ブラックマーケットにも魔具を提供している。もちろん、彼らは巧妙に隠し通してはいるがな─────じゃあどうやって彼らが隠し通しているかというと……こいつだ」

 浅垣がホログラフィックディスプレイを直接スクロールして引っ張り出したのが、『魔法品評会』と記されたイベントだった。

「楽園律令省は魔具の競売行為、いわゆるオークションを禁止している。そこで、彼らは魔法のデモンストレーションを行うこの『魔法品評会』を開催している。このイベントは一般客はもちろん全ての業界人が参加できる。つまり、表と裏社会の人間とが入り乱れた社交場だ。そこで披露された魔具はあくまでも工房の開発した試作品として紹介される。そして後日、得意先に売り込む」

「要するに競売行為のないオークションってわけか……もともと怪しいとは思ってたけど、まさかそんな裏があったとはな」

 月城の推察通り、結局のところはオークションであることに変わりはない。表向きには単なるデモンストレーションに見えているのだろうが、実際は発表の体を表したブラックマーケットそのもの。競売行為がない以上、ラストリゾートの法的にはグレーゾーンであり、取り締まることもできないのが実状だ。

「つまり、ここに行けば社長にも会えるってことか?」

 魔法品評会というものが存在していること自体は知っていたが、参加したことはない桜井。デモンストレーションというものは社長自らが行うのだろうか。疑問には浅垣が答えた。

「その通り。簡単に通信に応じる相手でもないし、会って直接聞いた方がいいだろう」

 可能なら、量子通信室で交渉する方が楽だ。しかし、相手は大企業の社長。そう簡単に連絡は取れない。であれば、直接コンタクトを取る方が面倒がない。DSRとしてもそうした潜入任務を通して水面下に活動する方が得意だ。

 ホログラフィックディスプレイには詳細な開催場所と開催時刻も表示されている。開催場所はN3セクターのアンドロメダプラザにあるエクリプスタワーの十三階。時刻は今夜の十九時。

「今夜か。もうチケット売り切れてるかも」

 腕時計を見ながら言う桜井に、浅垣は「その心配はいらない」と返す。

「DSRはVIP権限を持ってる。チケットは優先して取れるから安心しろ」

「そこは思いっきりコネを当てにするんだな」

「黙ってろ」

 レヴェナント工房は取引先には厚待遇を約束する特権を与えている。魔法品評会においては、一般人の応募よりも優先して入場することができる。それゆえに、実のところ一般人は滅多に参加することができない。

「なぁちょっと、俺はどうすればいい?」

 協力する姿勢を見せる月城だったが、浅垣は淡泊に答える。

「ここまでの協力には感謝する。あとはDSRが引き受けよう。何かあれば連絡する」

 そう言い残してオフィスを出る浅垣を、月城はしつこく追いかけた。

「まぁまぁそう言わずにさ、なんか手伝わせてくれよ」

 おそらく月城としては桜井をレリーフと勘違いした負い目を引きずっているのだろう。浅垣がどう出るのか、桜井も廊下を歩きながら彼の言葉に返事を意識する。

「そうだな……ここに残って監視を続けて欲しい。もしレリーフが別の場所に現れたら対応してもらうから、そのつもりでいてくれ」

 魔具を狙っているレリーフだが、必ずしもレヴェナント工房の社長がいる場所に現れるとも限らない。あくまでも先回りすることを考えるなら、別の策を練っておく必要もあるだろう。

 本当のところ、浅垣はDSRの正式なエージェントでない月城を下手に動かしたくないとも思っている。彼の落ち着きのない性格のせいとは言わない。どの道、月城財閥の御曹司という立場にある彼は現地に潜入する任務に適さない部分があるのは事実だ。

「あぁ、任せてくれ。こう見えて腕には自信があるんだ」

「そいつは頼もしいな」

 あまり関心のなさげに応じる桜井。財閥の御曹司と聞いてどんな男が出てくるかと思えば、月城はどこか子どもっぽい。桜井をレリーフと勘違いしたり、超常現象対策機関DSR本部に招かれて落ち着かない様子からして、単に純粋なだけかもしれないが。

「言っておくけど、決着はまだついてないからな? 勘違いっていってもあんたとはいい勝負ができそうな気がするんだ」

「おかしいな。水に流したつもりなんだけど、詰まってるのかな」

 つい先ほどまで、出会い頭に襲い掛かったことを謝っていたはずが宣戦布告をされる。彼の中では、勘違いと勝負事は別のことらしい。

「それにしてもDSRの基地って、随分広いんだなぁ」

 廊下を歩いていると、量子通信室や武器庫、研究開発室など様々な部屋を通りがかる。職員たちは、タブレット端末を持ちそれぞれ仕事に打ち込んでいる。

「その反応、ここに初めて来た時の桜井の反応にそっくりだな」

「やめてくれ」

 そうこうしているうちに、三人は中央司令室へ足を踏み入れる。部屋には多くの機材が並べられており、現在もエージェントたちがラストリゾート内部におけるレリーフの情報を捜索しているようだ。中でも特徴的なのは、司令室の中央に浮かんでいる巨大なホログラフィックディスプレイ。空間に直接投影されたそれは手で直接触れて操作することができ、複雑な情報を一挙に映し出している。その近くで、端末を見ていたオペレーターがこちらを振り向く。

「あ、先輩! お疲れ様です」

「お疲れさん。彼女は桐生蓮美。俺たちのオペレーターだ」

 初対面となる月城に、桜井が簡単に紹介する。

「俺は月城時成。よろしくな」

「蓮美です。こちらこそよろしくお願いしますね」

 月城と握手をしている蓮美に、浅垣は次の指示を出した。

「蓮美、アンドロメダプラザの近くにホテルを予約しておいてくれ」

「はい……え?」

 一拍遅れて驚く蓮美だったが、無理もない。いきなりホテルを予約しろと言われれば誰だって驚くだろう。それが意中の相手だとしたら余計に。

「あ、あの……浅垣先輩、今夜ですか?」

 赤くした顔をタブレット端末で隠して恥ずかしげに問いかける蓮美。浅垣はデスクに置かれたパソコンを操作しながら言う。

「今夜、レヴェナント工房の魔法品評会に出ることになった。それまでまだ時間があるから、宿を取って待機する。桜井も休みが必要だからな」

 ようやく誤解がとけた蓮美はこほんと咳払いをひとつ。

「わ、分かりました。……はぁ」

 どこか残念そうな様子を見せる蓮美。そんな彼女と浅垣を交互に見て、桜井はため息をつく。

「いつものこと。あんまり気にしないでくれ」

 隣で呆気に取られている月城に耳打ちしていると、浅垣が桜井を呼ぶ。呼ばれた桜井が浅垣のもとへ行ってしまうと、月城は退屈そうに腰に手を当てて辺りを見回した。仕方なく、ホテルを予約するためにタブレット端末をいじっている蓮美へ声をかけることにした。

「ねぇ、蓮美ちゃん。プラザのホテルならいいところを知ってるんだ」

「桜井。お前にも一つ確認したいことがある」

 呼びかけに振り返ると、浅垣はディスプレイを操作してある写真を映し出す。それは、地下鉄で出会った女性の顔写真だった。

「お前が会ったっていうのは彼女か?」

「間違いない。俺を助けてくれた」

 あの時、彼女は桜井の前に現れてレリーフを速やかに撃退した。桜井の報告を受けて、調査を進めていたらしい浅垣は彼女の素性について語る。

暁烏澪あけがらすみお。世界に九人しかいない超能力者の内の一人だ」

「なんだって?」

 桜井は己の耳を疑った。彼女の名前を知っていたわけではない。彼女が何者かという点だ。

「魔具を使わないで魔法を操るっていう、あの超能力者か?」

 世界には九人の超能力者が存在する。一般的に魔法は魔具を使わなければ扱うことができない。それを、彼らは生身の体で扱うことができるという。魔法産業革命以前から存在していたとされる彼らは、未だ謎の深い部分が多い。

 とはいえ、あの暁烏澪というらしい女性が超能力者であるという事実は、桜井の中ではすんなりと納得できていた。なぜなら、彼女は単身でレリーフを退けていたのだから。

「ひとつ言えるのは、敵に回さない方がいい」

 簡潔に言い切る浅垣だったが、言われずとも心得ているつもりだ。

「そんなこと分かってる。でも、彼女もレリーフを追ってるのは確かだ」

 桜井たちの所属する超常現象対策機関DSR、月城財閥の御曹司である月城時成。

「同じ敵を追っているからにはまた会うこともあるだろう」

 そして、超能力者の暁烏澪。

「重ねて言うが、慎重にな」

 魔法生命体レリーフを追っているのは、一人だけではない。

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