第3章「誰が為の代償」

第3章第1節「誰が為の代償」

 リニアラインの駅構内で魔法生命体レリーフ──ユレーラを撃退した桜井は新垣たちと合流すると、DSR本部へと戻ってきていた。参考人として、月城財閥つきしろざいばつの御曹司である月城時成つきしろときなりも特別権限で入館している。

「本当に悪かったって! 俺はてっきりレリーフが来たもんだとばかり」

 DSR本部にあるオフィスの一室。外部からの客人との面談にも用いられるそこで、月城は桜井と椅子に座って話をしていた。浅垣は腕を組み近くの壁に背中を預け、尋問の様子を見守っている。話の内容はもちろん、レリーフの件について。特に、月城は勘違いしていたことを深く反省しているようだった。

「それはもう分かったよ。俺だってあいつが俺と同じ姿をしてるなんて知らなかったし、今回の件は仕方なかったんだ」

 月城は桜井たちを急襲し、話も聞かずに剣で斬りかかってきた。確かに度が過ぎた行為ではあったが、今の彼の態度を通してみても、彼が本当に心から悪く思ってることは十二分に伝わってくる。

「だから一旦水に流そう。お互いにな?」

「わ、分かった」

 尤も、月城を本部に連れて帰ってきたのは、彼の勘違いを責め立てるためではない。桜井たちが追跡している魔法生命体レリーフ、特に桜井と同じ姿をした個体についての情報を聞き出すためだ。

「それより、ヤツのこと、俺と同じ姿をしたあのレリーフのことについて聞きたい。知っていることをなんでもいいから話してくれないか?」

「DSRなのにあいつを知らなかったのか? 正直俺が聞きたいくらいなんだけど」

 月城はDSRに対しやや懐疑的だ。DSRといえば魔法や超自然的現象が絡む事件のスペシャリストであり、レリーフが現れれば颯爽と駆けつけて対処するエージェントたち。月城を含む外野から見ればその認識で、彼はむしろレリーフの正体を訊ねたい側。しかし正体を知らないらしいDSRを、財閥の御曹司として信頼できるかどうか逡巡しているようだった。

 と、壁際で腕を組んでいた浅垣が口を挟んだ。

「記念公園はあくまで財閥の管轄区域だ。公園内部で起きていることは、我々でもそちらの判断なしでは関与できない。DSRに部分滅菌だけを依頼したのはそちらの判断だろう」

 彼の主張は尤もで、月城は気まずそうに額をかく。

「そ、そういえばそうだったっけかな」

 桜井たちの知る由もないが、父の失踪により財閥は多くの問題を抱えている。それらを把握すらできていないというのが、財閥の現状であった。

 レリーフについて、月城がどこまで知っているかは分からない。だが少なくともあのレリーフを見たのは初めてではないはずだ。月城財閥という大きな勢力の実質的なトップでもある彼を前に、桜井は声を低くして言った。

「俺たちDSRは魔法生命体レリーフを追ってる。あの他とは違うレリーフの目的が何なのか、正体を知る必要がある。次にいつ現れるかも分からない。それを突き止めるためにも協力してほしい」

 月城もまた事件に巻き込まれた被害者でもある。加えて言えば、魔法関連の事件や事故においてDSRには定評があった。財閥という強大な脈を持っている男ではあるが、観念した月城はDSRと協力する手段を選んだ。

「あいつが出始めたのは最近のことだ。なんの前触れもなく屋敷の中に現れて、何回倒してもまた出てくる。それに、あいつは他のやつと違って言葉を話せた」

 桜井も言葉を交わすことができた通り、あのレリーフは明確な人間として自我を持つ。月城は既に何度か遭遇しているらしく、だからこそ桜井をレリーフと勘違いしたのだろう。

「最初こそ世間話みたいなもんだったよ。でもあいつは何かを探してるみたいだったな。そう、確か……『灰皿』だ」

『灰皿』。聞き覚えのある言葉に反応したのは桜井だけではなく、腕を組んで俯いていた浅垣も顔を上げて月城を見やった。

「俺もその『灰皿』がどうとかって話はヤツの口から聞いた。けどまさかタバコを吸いたいってわけじゃないだろ……その、『灰皿』っていうのがなんなのか分かるか?」

 桜井の問いかけに、月城は渋々といった調子で頷いた。

「風の噂程度なら聞いたことがある。なんでも、魔法の掟だとか言われてるみたいなんだ。その魔具を手にしたやつは魔法を支配できるらしい。掟には世界中のありとあらゆる魔法の使い方が刻まれてる。でも掟は燃やされて灰になっちまった。その灰を集めたから灰皿って呼ばれてるらしい。……つっても諸説あるけど。多分、それを探して俺の屋敷に来たんだと思う」

 月城財閥は世界中の魔具をコレクションしている。その月城が言うのだから、噂は虚飾ではなく真実なのだろう。レリーフがそれを狙って屋敷に現れたのだとすれば、尚更その魔具が実在するという裏付けにもなる。同時に、その灰皿は屋敷にあると考えられるが……

「思う? 灰皿の在り処を知らないのか?」

 浅垣は壁から背中を離して月城へ近づく。

「少なくとも屋敷にはないはずだ。親父が売っ払っちまったからな」

 財閥が灰皿を手放したことを知り、浅垣は怪訝な表情を浮かべる。

「やはり金盞花きんせんかが公園から持ち出したものが気になるな。灰皿でないならいったい何を運んでいたんだ?」

 もともと月城財閥を訪ねたのは金盞花の足取りを追って。だが月城が勘違いして襲って来たり、桜井と同じ姿をしたレリーフが出現したりとハプニングが相次ぎ、桜井の中で当初の目的はすっかり抜け落ちていた。が、浅垣はその点を忘れてはいなかった。

 もし金盞花が灰皿を運んでいたとすれば、レリーフが彼女を追って出現するのも筋が通る。大規模な魔胞侵食まほうしんしょくの原因にもなるだろう。が、灰皿が屋敷になかったのであれば崩れる推察だ。

「金盞花? また公園で何かしてたのか?」

 話についていけていない月城。その様子からすると、金盞花が公園に立ち寄っていたことすら知らないようだ。

「金盞花は公園に立ち寄って、向かった先のホログラム街でレリーフが出現した。おそらく、金盞花はレリーフに関係する何かを運んでいたはずだ。ホログラム街の魔胞侵食の原因になる何かを」

 浅垣が簡潔に説明するが、桜井の注意はすっかり灰皿へ向いていた。どの道、金盞花のことで頭を悩ませるより灰皿を狙うレリーフをどうにかする方が優先すべきだ。

 そう考えた桜井は、一度情報を整理してから提案した。

「とにかく、レリーフはその灰皿って魔具を探してるんだろ? なら、先回りして俺たちが見つけよう。俺たちが先に見つければ、きっとまた現れるはずだ」

 燃やされた魔法の掟の灰を集めた灰皿。レリーフはその灰皿の魔具を使うことで、世界中の魔力を手中に収めようとしているのだろうか。なんであれ、灰皿がレリーフの手に渡ることだけは阻止せねばならない。

「金盞花が運んでたものだって、その内分かるかもしれないだろ」

 今は悩んでいても答えは出ない。桜井からの提案を素直に受け入れたのか、仕方なしに頷く浅垣。

 しかし問題は灰皿の方にもある。彼らは灰皿の場所を知らず、月城曰く財閥の屋敷にもない。手詰まりかとも思えたが、「あのー」と月城が手を挙げて発言する。屋敷にないは言ったが、在り処に心当たりがないわけではないらしい。

「金盞花のことはさっぱりだけど、灰皿をどこへやったかなら分かるぞ。確か、あの時親父はゼベットと取引してた覚えがある」

「ゼベット?」

 聞き慣れない名前を桜井がおうむ返しする。すると、月城の口からはラストリゾートの住民なら誰もが知る名前が飛び出してきた。

「ゼベット・レヴェナント。魔導工房レヴェナントの社長さ」

 魔導工房レヴェナント。ラストリゾートだけでなく世界規模で展開する最大手の企業であり、魔法を使うための道具である魔具を開発することで有名な名前だ。世界に流通する魔具のほとんどはレヴェナント工房によって開発・提供されたものであり、彼らは開発した製品を市場へ売り渡して今日まで経済を回している。ここまで魔法が浸透したのは、魔導科学とレヴェナント工房のおかげと言っても過言ではないのだ。

「なるほど。お次は大企業の社長と来たか」

 桜井は浅垣と顔を見合わせて言った。それを受けた浅垣はやれやれと言った調子で腕を組み直す。

「逆に言えば、足取りは掴みやすい。迂闊に距離を間違えれば厄介なことになりかねないが」

 相手は大企業。いくら魔法に関連する事件や事故に介入する権限を持っているとはいえ、彼らを敵に回すようなことにはなりたくないのが本音だった。

「うちの財閥が世界中の魔具を保護するために集めているのは知ってるよな? さっきも言ったけど親父はゼベットとも何度か取引をしてたから、コネを使えば取り合ってくれるかも」

 企業が相手となると、力の優劣だけでなく脈も重要になってくるのは事実。だがそれは月城財閥もDSRも同じだった。

「俺たちDSRもよく世話になってる。支給されている腕時計や靴、銃や剣のほとんどがレヴェナント製品だからな。おかげでペアリングも楽らしい」

 桜井の言う通り、DSRの武器庫にある装備品のほとんどがレヴェナント工房の純正品。エージェントたちが自在に武器を出し入れできるのも純正品だからこそ。中には技術部門によって改造されたものこそあれど、元を辿れば行き着くところは同じ。桜井が愛用している剣のようにエージェント個人の私物もあるが。

「じゃあ、どっちのコネを使う?」

 月城の質問に桜井が悩む素振りを見せると、隣にいた浅垣がため息をついて近づいてくる。

「コネは当てにならない。どいてみろ」

 彼は桜井をどかして椅子に座ると、腕時計に触れてから机を触る。浅垣の左手を中心にデバイスが起動し、液晶画面になっていた机がタブレットのように機能した。

「おぉ……なんか秘密の諜報機関っぽくていいなこういうの」

 素直に驚く月城をよそに、浅垣が検索をかけたのはレヴェナント工房についてだ。月城からは逆さで見づらいが、液晶画面には工房が所有する倉庫や施設が並べらえている。

「……もしかして、工房の倉庫に忍び込むとか?」

「いや、そんなコソ泥みたいなことはしない」

 言いながら、浅垣は液晶からつまみ上げるような動作で手を離す。すると、机の上に立体的に映し出されるホログラフィックディスプレイ。表示されているのは、レヴェナント工房の直近の活動履歴だ。現在までの倉庫への搬入履歴や、今後の搬入予定まで記されている。

「魔導工房レヴェナントは、魔具を開発する世界最大の企業だ。ラストリゾートでも、彼らは魔具を売るために精力的に活動している。だが彼らが魔具を提供している経済は通常の市場だけじゃない。いわゆるラストリゾートの暗黒街、ブラックマーケットにも魔具を提供している。もちろん、彼らは巧妙に隠し通してはいるがな」

 そう。レヴェナント工房が世界規模で発展してきた理由は、彼らが裏社会にも貢献してきたことが大きい。強大な力を求めるブラックマーケットにおいて、魔具は表の経済では考えられないほどの価値で取引されている。時に、生命までもが賭けられるほどに。

「じゃあどうやって彼らが隠し通しているかというと……こいつだ」

 浅垣がホログラフィックディスプレイを直接スクロールして引っ張り出したのが、『魔法品評会』と記されたイベントだった。

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