第2章第6節「生命と死の存在証明」

 そうして、二人は記念公園を抜けてすぐに大きな門を潜ると、中央に大きな噴水のある広場へ辿り着く。正面にはもう一つの門が構えられ、向こう側には月城財閥の屋敷が聳え立っている。歴史を感じられる屋敷は教会のようにも見え、発展した都市の中にはあまり似つかわしくない。それでも違和感がないのは、ラストリゾート記念公園の中にあるからだろう。噴水を中心とした広い空間は円形になっていて、半径数十メートルはある。辺り一帯は公園内と打って変わって舗装され、草木は適切な分量まで剪定されている。

「ずいぶんとご立派だな……教会みたい」

 この森の中を切り取ったかのような景観は、荘厳な空気さえも感じ取れた。

「祈りでも捧げるのか?」

「まさか。俺が信じてるのはサンタさんだけ」

「もう来ないだろ」

 桜井が言っているのは、DSRの本部内では毎年恒例となりつつあるクリスマスイベント。そこではコレットや蓮美がサンタのコスプレをしてプレゼントを配ってくれるのだが。

「はぁ……悪い子のとこには来ないぞ」

 つまらなそうな桜井をよそに、浅垣はしっかりと舗装された石畳の地面を歩き出す。人気もなく、噴水の音だけが響く空間。その空間に妙な違和感を感じた桜井は、何気なく背後を振り返る。後ろには誰もいなかったが、潜ってきた門の上に不自然な影があるのに気づく。太陽の光に目を細めて見上げると、それは逆光に包まれた人影。

「また来やがったな! 今回はこっちから行かせてもらうぜ!」

 突如として降ってくる脈絡のない挑戦状。彼の真意を汲む余裕など与えられず、門の上に立つ男は光と共に喚び出した弓を引く。

「……ッ!」

 銃弾の如き速さで放たれた矢に対して、桜井は自身の愛剣を手に喚び出す。下から振り上げられた剣は風を切り裂く魔法の矢に衝突、矢は火花となって打ち落とされた。

「おいおい一体なんだ?」

 矢を放った何者かはすぐさま持っていた弓を光に変え、門の上から跳躍。空中で身を翻すとブレスレットに嵌められた赤い宝石を光らせ、手に弓ではなく剣を構える。剣は柄を中心に光ると炎を帯び、そのまま炎の尾を引きながら桜井へと襲い掛かった。剣からなびく炎はさながら、炎の翼のようにも見えた。

 上空から振り下ろされる炎の剣を受け止めようと剣を構えた桜井。といってもまともに受け止めるつもりはない。炎の剣を一時的に受け止めることで、僅かな猶予を生み出す。その隙に桜井は剣を滑らせてステップを踏み、剣の下を潜って立ち位置を入れ替える。それからもといた場所へ炎の剣が打ち付けられ男が着地した。

「せいっ!」

 男は振り向きざまに剣を返し、落下斬りを軽いステップで躱した桜井を狙う。相手の剣は炎を帯びた魔法剣。刀身に纏わせた炎は剣の本来のリーチよりも長く伸び、振り払うと火の粉を散らす。桜井の目と鼻の先を過ぎる炎の剣を辛うじて避ける。すると、魔法剣を持った男は空中へ飛び上がって一旦退く。桜井と立ち位置が入れ替わったことで浅垣と挟み撃ちになる状況から脱したのだ。

 二人の争いを静観していた浅垣は、男の顔を見るなり正体を暴く。

月城時成つきしろときなり

「やっと名前を覚えたのか? って、そっちは見ない顔だな」

 茶色の髪を短く整えた爽やかな風貌。髪の一部を染めているのか白くなっていて、そこを編み込みにすることでワンポイントの飾りに。貴族的な装いの中に多くのアクセサリーを身につけた身なりは、いわゆる庶民ではないことがひと目で分かる。右手のブレスレットには四色の宝石が嵌められ、耳にはピアス、首元にはネックレスが輝いていた。おそらくそのどれもが、アクセサリーを装った魔具なのだろう。

「まぁいい。誰だか知らねーけど、レリーフの仲間だってんなら一網打尽にするまでだぜ」

 なにやら二人へ因縁めいた視線を向ける月城時成。彼の口からは思いもよらない言葉が出てきた。

「なに?」

 いまいち状況が掴めずにいる桜井は思わず聞き返すが、月城は聞く耳を持たなかった。

「今さら謝ったって遅いぞ。ここで会ったが最後、覚悟しな!」

 再び魔法剣に炎を灯す。どうやら彼は本気で戦うつもりらしい。

「ちょっと待った。何か勘違いしてるんじゃないか?」

 月城の態度は明らかにおかしい。初対面のはずが敵意を持たれているこの状況。

「いいぜ、二人まとめてかかってきな」

 会話は成立せず、月城は魔法剣を構えて桜井の正面へ躍り出る。月城が繰り出したのは炎の魔法剣。

「これでも食らいやがれ!」

 桜井が魔法剣を剣で受け止めると、火の粉が散る。相手の熱を帯びた刀身は触れる刃さえ溶かしてしまいそうだ。このまま鍔迫り合いをすれば、そのまま焼き尽くされてしまうだろう。剣に力を込めて弾き返し、そこから流れるように剣を振るう。

 体重を乗せた一撃ほどの破壊力は出ないが、桜井は手首を使った鋭く素早い攻撃を得意とする。左右に二回斬り払い、生み出した隙に剣のリーチを活かした突きを放つ。突きまでを月城に防がれると、今度は一歩前へ出て大きく斬り払い、素早く斬り返した上で更に真横へ斬りつける。五回目の斬撃で怯まされた月城は、次の一手を能動的に弾くことはできず剣の腹で受け止め大きく弾かれてしまう。

「へぇ、なかなかやるじゃねぇか」

 月城は頬を擦り、ブレスレットの紫色の宝石を光らせる。すると剣が変わり、その場で振り払うと炎の代わりに雷を散らす。そうして炎から雷へと変化した様子を、桜井は用心深く観察していた。

 どうやら、月城は宝石を魔具にしているらしく、ブレスレットに嵌められた宝石毎に武器を対応させて呼び出しているようだった。流石は財閥の御曹司とでも言うべきか、多数の魔具とその器用な使い方を見せつけられた桜井はわずかに口角を上げる。

「よし分かった、そっちがその気なら相手になってやる」

 月城の好戦的な姿勢に感化され、まんまと挑発に乗せられる桜井。それを後ろで眺めていた浅垣は呆れたように目を回す。

「桜井、いい加減にしろ」

 しかし、二人が再び激突する前に異変が訪れた。

 円形の広場の中央にある噴水。水のカーテンには桜井の姿が反射している。その部分は太陽の光を受けて小さな虹を生み、その虹が不自然な挙動で動く。宙に浮いた虹から火花が散ったかと思うと粉々に砕け散り、破片は人型を作り始める。足元から白い骨を築き上げその上から肉、皮膚、そして服を覆っていく。

 現れたのは紛れもない魔法生命体レリーフ。

 そこではっきりと、桜井はを認識する。

「こいつは……」

「桜井、お前は下がってろ」

 桜井が言いかけた時、彼の前へ庇うように出たのは浅垣だ。明らかな異常を目の前に、浅垣の背中を見ることしかできなかった。

 二人の注目はすっかりレリーフへと集まり、月城もまた異変にキョロキョロと首を回す。

「えっ? おい、いきなりどうした? お前が仲間を呼んだんじゃないのか?」

 そこで、はようやく目を開ける。まるで長い眠りから覚めたように。

「やはり、お前たちに魔法は過ぎた力のようだ」

 この場にいる誰もが、男の一挙一動に注目する。だが何よりも目を疑うほどに惹きつけたのは────────ということだった。

 そして、顔を上げた彼────ユレーラと、桜井の目が合う。確かに。短くも、長い間。鏡の中の自分が違う動きをしているような、得体の知れない違和感が背筋を這う。

「お前たちは魔法の力をさも当然のように使っているようだが、分かっているのか?」

 桜井結都に瓜二つ、それでいて禍々しい雰囲気を持つ男は告げる。

「元より、魔法はお前達のものじゃない」

 言いながら、レリーフは手で虚空をなぞる。するとなぞった線に沿って白黒の火花が生まれ、黄金の刀身が目を引く美しい大剣が現れた。虚空から現れた黄金の魔剣を握ると、水面を斬る。水面から飛び散った雫は霧のようになると、虹を作り出す。そうして歪んだ空間から、まるで滲むようにして骸骨が現れ出す。共に流れ出た大量の血を纏い、やがてより人間に近い姿をしたレリーフが生まれた。その姿はユレーラとは違い目鼻口のない顔をした、マネキンの如く無個性な個体だった。

「…………」

 ユレーラの姿を目の当たりにした浅垣は言葉を詰まらせていたが、すぐに襲い掛かるレリーフに気づく。レリーフは腕を刃の形へ変貌させて斬りかかってくる。咄嗟に腕時計に触れて機械剣を喚び出し迎え撃つ頃には、ユレーラはその姿をサラサラと崩していく。

 皮膚、肉、骨、それらを丁寧に剥がしていくようにして火花と煙になったユレーラは風に乗り、噴水広場を抜けて公園の奥へ向かう。それを見た桜井は反射的に駆け出した。

「悪い、ここは任せた」

 自分と同じ姿をしたレリーフ。その事実に呪われた桜井は、またしても浅垣の指示を待たずに行動した。

「…………」

 機械剣で一体のレリーフを退けていた浅垣も、桜井を呼び止めることは叶わず。代わりに残された月城が喚いた。

「ちょっと待ってくれ! なぁ一体全体どういうことなんだよ? あんたら、あいつらの仲間じゃなかったのか?」

 混乱した様子の月城に対し、浅垣は胸元のネックストラップを摘み上げ忍ばせていた身分証を見せた。

「話は後だ。とりあえず、こいつらを片付けるぞ」

『Division of Supernatural Reception』。その名前を見た月城はひとまず彼の正体を知った。桜井とユレーラが同じ姿をしていたことはともかくとして、まずはユレーラが残していったレリーフを片付けるのが先だ。

「こりゃ参ったぜ」

 結局腹を括ったのか、浅垣の隣で月城も魔法剣を構えた。

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