第2章第5節「生命と死の存在証明」
ラストリゾート記念公園。魔法によって開発されたラストリゾートは、高度に発達した魔導科学の集大成である。それゆえに、一切の自然が淘汰されてしまうのも必然的だった。人工のものを除いて湖や川といったものもなく、その土地のほとんどが科学によって耕されてしまっているのが現状だ。そんなラストリゾートの中でも、この公園は珍しく天然の緑が栄えている場所だった。科学のルーツとして、母なる自然への敬意を忘れないためにと設置されたのが記念公園であり、
尤も、その豊かな自然は魔胞侵食であることが発覚し、レリーフの温床になっているのだが。
桜井と浅垣は関所を通って公園の中へ入り、月城財閥の屋敷を目指していた。屋敷は公園の中に建てられていて、財閥の御曹司はそこに住んでいるという。
公園内は都市の真ん中にあるとは思えないほどの木々や草花が溢れていて、ここでしか見られない未知の生物たちの姿もあった。虹色の翅を持つ蝶々やクラゲに似た浮遊生物などは、魔胞侵食の起きている都市部でも見受けられる原始的な生き物。足元を浮遊して泳いでいるナメクジのような軟体生物は、三対のヒレを持ったウミウシに似ている。木々へ目をやれば、胴体が網目状の空洞になり体内で魔力の核を有するカブトムシがいた。
ワニのような顎を持つ植物や、不思議に蠢くキノコなども生えており、サイケデリックな色味の植物たちは桜井たちの目を飽きさせない。それらはサンゴ礁の如く広がり、好奇心をくすぐる。
森林の中でありながら海の中のよう。そう思える幻想的な景色は、月城財閥が保全しようとするのも頷けるものだ。
桜井たちが進んでいくと、それまで閉じていた蕾を開き美しい花を咲かせる植物があった。花の中心からは複数の触手が伸び始め、何かを求めて空を泳いでいる。桜井がそれを不思議そうに見ていると、
「おい、あまり近づき過ぎるな。毒を吹きかけられるぞ」
忠告する浅垣の言う通り、魔法植物の中には危険なものも多い。DSRでも魔法植物や魔法動物がもたらす被害に対応することがあり、桜井は好奇心だけでなく警戒心も持つように努める。
「そういえば前に角が生えたライオンみたいな動物を本部で保護してたけど、ここに放したのかな」
「あぁ。もともとここに生息していた動物だからな。暗黒街ではあの猛獣を生け捕りにして飼い慣らし、人や施設を襲わせる者もいる。だが自然にいれば人を襲うことはない。少なくとも、縄張りに入らない限りはな」
「自然ね……ここを自然って言っていいものなのかどうか」
嘆かわしく呟く桜井に、浅垣は彼の思考を汲み取ってこう続ける。
「ここが魔胞侵食の温床だからといって、今朝のお前が言ったように焼き払うだけでは意味がない。確かにレリーフの発生を未然に食い止められる件数は増えるだろうし、密猟者たちも立つ瀬がなくなる。だが、人々が緑を恋しがったからこそこの公園ができたんだ。それに今や絶滅危惧種の犬や猫だってここで生き永らえている」
記念公園には実に多くの問題と多くの利点が共存している。ラストリゾート唯一の自然というだけで、ここはあまりに惜しいものだ。
しばらく進んでいくと、いくつかの青い薔薇が咲いていた。近くにはプランターが置かれていて、本来は存在しないそれらの花が植え替えられている。奥にある小屋の近くにはいくつものプランターが並べられ、公園内の園芸員らしい人影があった。中はきちんと手入れされているらしい。
「コレットが言ってた密猟者が集めてる花はこれのことかな。せっかくだし一輪ぐらい摘んでく?」
「魔力由来の花は摘むとすぐ枯れる。だから園芸員はプランターを用意して中で再利用するんだろう」
密猟者はこういった珍しい花を外へ持ち出すという。そこかしこに咲いているものは摘んでしまうとすぐに枯れる。であるからには、こういったプランターを頂戴するのが手っ取り早いだろう。
「本気で言ってないって」
「……ならいい」
頭の固い浅垣には時折冗談が通じないことがある。しかし桜井からすればそれもご愛嬌。正反対と言っても過言ではない噛み合わなさも、二人の関係性の形である。仕事でコンビを組む上では、お互いにダメ出しができてかつ理解できる方がベストなこともあるのだ。
地面に埋め込まれた木の足場に従って奥へ向かうと、今度は記念公園らしい場所に通りがかった。
「いかにもな自然公園って感じ」
一本の巨大な木の上には器用に小屋が乗っていて、枝からは吊り下がっているのはブランコだ。ツリーハウスの周囲には子どもたちが遊べるような遊具が他にも多く設置されていた。
「この程度のツリーハウスに驚いているようじゃ、アルカディアに行ったら腰を抜かすぞ」
「これよりすごいツリーハウスね……外国旅行に行く機会があったら是非とも拝みたいもんだね」
桜井は外国へ行ったことがなく、浅垣の言うアルカディアのツリーハウスがどんなものかは知らない。しかし浅垣が言うのだから相当すごいのだろう。桜井に見る機会が訪れるかは別として。
そうして、二人は記念公園を抜けてすぐに大きな門を潜ると、中央に大きな噴水のある広場へ辿り着く。正面にはもう一つの門が構えられ、向こう側には月城財閥の屋敷が聳え立っていた。
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